アメリカ大統領選 HBSにて

HBSの学生にとっては予想外、という言葉が当てはまる大統領選の結果だった。マサチューセッツ州は選挙結果にもあるように伝統的に民主党支持の地域であるので、街中で共和党支持の声を聞くことは少なかった。加えて、今年はドナルド・トランプが女性や移民蔑視の発言を繰り返していることから、「あんな人が大統領になれるわけはない」とHBSにおいては90%以上がヒラリー支持であり、ヒラリーで決まりという空気が支配的だった。

僕は8日の選挙当日にはヒラリーの選挙を応援しているセクションメイトの家で選挙の結果を見ていた。当日は前週のFBIの再調査の件や隠れトランプ支持者がいることの可能性を考慮しても、ヒラリーの勝利について皆楽観的だった。7時から始まった集まりも、最初は皆ヒラリーの勝利を祝う準備をしていた。しかし、フロリダ、ペンシルベニア、ノースカロライナが接戦かつトランプの方が若干票数で上回っており、オハイオでトランプが優勢ということが分かってくると、雲行きが怪しくなってきた。事前予想ではかなり細かったトランプ勝利の道筋がだんだん太くなるに従って、皆の口数が少なくなっていった。上記の州でトランプが優勢であることが報道され、皆もトランプが大統領になる可能性が高いことが明らかになると、部屋は葬式のようなムードになっていった。廊下や外で一体何が起きているのだ、と叫ぶ人もいた。予定では12時まで部屋にいる予定だったが、皆早めに部屋から離れた。午後11時、まだ結果は出ていなかったが、途中結果の様子からヒラリーが負けたのはほぼ明らかであった。

翌日はクラス全体が暗い雰囲気に包まれていた。僕の最初の授業はミット・ロムニーの選挙戦略を担った、ロバート・ホワイト(Robert White)のEntrepreneurial Financeの授業。いつもはケースのディスカッションを行う授業であるが、「今日は、まずこの話をさせてほしい」、と選挙についての話から始めた。彼はミット・ロムニー vs バラク・オバマの結果と今回のドナルド・トランプ vs ヒラリー・クリントンの結果を比較し、ポイントを述べた。一つ目は、ドナルド・トランプがオハイオをはじめとしたラストベルト(Rust Belt: 製造業が盛んであったが、現在は廃れてしまっている地域)に戦略的に注力して票を獲得したこと。二つ目は、前回の選挙が”Which candidate cares me”(私のことを気にかけてくれるか)であったのに対して、今回の選挙が”Change”(変化)がテーマの選挙となり、エスタブリッシュメントの象徴であるヒラリーにとって不利に働いたこと。その後、クラスで結果を受けたディスカッションが行われた。議題に上がったのは、「ヒラリーは女性だったからガラスの天井に阻まれて、当選できなかったのではないか」、「共和党の内部も割れているが、トランプと共和党はどのように国を運営していくのか」、「どの層がトランプを支持したのか」、など。トランプについては、どのように政権を運営するのかの不確実性が高く、現時点では読めない、というのが結論だった。

次の授業のStrategy and Technologyにおいても、前半は選挙についての議論を行った。Intelの社外取締役でもある教授のDavid Yoffie自身もショックを受けた様子で、不確実性が非常に高まったことを述べた。クラスメイトの中の一人はオハイオ出身の元軍人で、彼はクラスの雰囲気と彼の地元の比較についてのコメントをした。彼によれば、軍人コミュニティはトランプ支持者が多く、彼らから見れば、「ヒラリーを支持する方が信じられない」、と。彼らは、「ヒラリーは嘘をつき、権力と共謀して罪をもみ消し、ウォール街から多額のお金を受け取り、軍人を関係もない中東へ派遣する。一方でトランプは他国に対して強い態度を取り、国民の安全を守ることを優先し、軍人をアメリカを守る任務に就かせてくれる。」と感じている、と共有してくれた。他にも似たコメントがあり、HBSのコミュニティでは見えていない側面がある、ということに気づかせてくれた。

授業外のオフライン、オンラインともに選挙に関する議論が行われた。選挙がもたらす影響についての議論が休み時間や昼休みに行われ、特にインターナショナル生は、大きな関心事であるH1-Bビザ (就労ビザ)やグリーンカードの発給への影響について懸念していた。また、オンラインでは、友人がいかにエリート層が異なる意見を理解していなかったかを述べた上で、互いに理解しあうことの大切さを促す投稿が目立った。一方では、冗談半分でカナダ人のクラスメートがFacebook Marketplaceに「私と結婚する権利」(カナダ人であり、結婚するとカナダ人の国籍が手に入る)を出すなど、ユーモアで暗い気持ちを笑い飛ばそうとする行動も見られた。

僕個人としては、今回の選挙で今の場所から見えていないものが多いことに気づかされたと同時に、人の感情がもたらす力についても考える機会となった。良くも悪くも、HBSは流動的な労働市場でも勝ち残っていける人が多く、より自由かつ世界と繋がった、競争があっても機会の多い社会を好む。一方で、今回の選挙結果のように、世の中は皆が同じように自由貿易の恩恵を得ているわけではなく、そういった人たちはエスタブリッシュメントが作り上げたこのシステムが不公正なものだと感じている。その感情は、ニューヨーク、ボストンやカリフォルニアのシリコンバレーのようなエスタブリッシュメントが多いところでは見逃されがちだが、今回の結果を見る限り、そういった感情をいだいている人の方が多数なのだろう。

この感情の影響力は、想像以上に強かった。影響力の大きさは、トランプがひっくり返した、ヒラリーとの最初のスタート時点からの差を考えれば明らかだ。今回の大統領選に向けて、ヒラリーは何年、十数年単位で準備を進めてきた。ファーストレディ、国務長官時代に連邦レベル、州レベルで政治家との関係を築き、政策についての知識や経験を蓄積し、ボランティアやサポートしてくれる企業の開拓も行った。企業、個人から合わせて$1 billion以上の寄付を集めた。対してトランプはもともと政治家との繋がりも薄く、政策についての知識も深くはなく、共和党からの支持も完全には得られず、メディアからはバッシングを受け、企業、個人からの献金も$500 million程度とヒラリーの半分程度だ。こんな不利な条件をどうやってひっくり返したのか。

トランプは人々の強い感情に訴えた。彼は人に強い感情を抱かせる、事実に基づかない言動を繰り返し、怒り、不安、恐怖、不信、を強調した。同時に自分がアウトサイダーであり、強く、批判にもたじろがない、一貫したリーダーであることも示した。強い思いをいだいたトランプの支持者は草の根で支持を広げていき、選挙当日にもヒラリー支持者よりもより積極的に投票場に足を運び、結果的に選挙では勝利をした(国民投票全体ではヒラリーの方が得票数が上だった)。一貫性や自信の示し方など、トランプからリーダーが学べることもあると感じた。

ただし、過度に感情に訴える手法のダウンサイドが出てくるのは、これからだとも思う。支持者の感情は、トランプの勝利という9日に最高潮を迎えて、ここから理性による判断が入ってくる。選挙は言葉による約束だが、現実の政権運営ではその約束を実行し、人々の期待値を満たせるかが鍵となる。トランプは人々の期待値を上げた点で、それを満たす行動をしようとしたならば、既存の仕組みと対立し、通常の安定した政権運営を取ることが難しいだろう。具体的には、トランプほどの変化を望んでいないであろう共和党との折り合いをどうつけていくか。トランプは、議会の反対により自身の公約を満たせなかった時に、どう人々に説明するのか。人々が期待したレベルのChangeをもたらせなかった時にどうするのか。期待が高いが故に、反発のリスクも大きいと思う。

良くも悪くも、政権移行は行われる。アメリカに住んでいる一人として、どのように移行が行われるかに継続的に注目したい。