ギリアド (GILD) の新型コロナ治療薬、25万円は高いのか?

製薬のギリアド・ライフサイエンシズが世界初の新型コロナ向け治療薬のレムデシビルの価格を発表しました。

先進国向けの「25万円」という価格に対して、2つの驚きがあるように見えます。一つは「高すぎる」。もう一つは「安すぎる」。今回は薬の価格について書きたいと思います。

この記事を読むと、薬の効果と価値、価格の決め方、なぜレムデシビルがその価格をつけたのか、がわかります。

レムデシビルの効果

NIAD (National Institute of Allergy and Infection Disease)が行ったACCT-1試験とギリアド主導で行ったSimple Trialの2つの臨床試験からは、下記のような効果が観察されました。

Remdesivir Clinical Trials

結果の抜粋は以下になります。

  • 中程度の患者に対して、5日間処方すれば、標準治療よりも65%高い確率で患者さんがより症状が改善した状態となる (SIMPLE trial)
  • 5日間の処方も、10日間の処方も、統計的に有意な差は生じていない (SIMPLE Trial)
  • 重症者に対して、レムデシビルは死亡率について統計的に有意な改善は示さなかったが、平均4日間入院期間を短縮できる(NIAID study  ACCT-1 Trial Journal)
  • 標準治療と比較して、統計的に有意な重篤な副作用は観察されなかった (SIMPLE Trial)

つまり、レムデシビルの主な効果は、「より良い状態になる」と「入院を4日間短縮できる」という2つです。

レムデシビルの経済的な価値

「より良い状態になる」という価値は算定しにくいですが、「平均4日間入院期間を短縮できる」ことには明確な経済的な価値があります。

患者さんからしても早く退院して日常に戻りたいです。

病院としてもベッドが早く空けば、より収益性の高い手術の回数を増やして収益を増やせるため、入院期間を短縮させたいです。実際に病院に支払いを行う保険会社の視点からしても、入院期間が短くなればそれだけ病院に支払う入院費用が減らせるため、望ましいです。

この3者にとっての価値が薬の価格に影響を与えるのでしょうか?

実は、この3者の視点は価格決定のときに考慮はされますが、価格決めで最も大事なのは保険会社の視点です。患者さんではありません。理由は、お金を出すのが保険会社であるからです。

他の産業とヘルスケアでは、サービス・薬で便益を受ける人と、実際にお金を支払う人が異なることが大きな相違点です

薬の価格は、「お金を支払う人の視点から見て、どのくらい価値があるか」が重要になります。

米国の場合は公的保険は政府、私的保険は民間保険会社になります。日本をはじめとする多くの西欧の場合は、国民皆保険であるために政府となります。つまり、政府および民間保険会社の視点が最も価格に影響してきます。

米国においてのレムデシビルの価値をCEOのDaniel O’Dayは下記のようにOpen Letterで述べています

Taking the example of the United States, earlier hospital discharge would result in hospital savings of approximately $12,000 per patient (米国の例では、(4日間)退院を早めることは、患者さんあたり$12,000の価値があります)

つまり、レムデシビルを処方することは政府・保険会社にとって$12,000の価値があるよ、と言っています。

実際、米国では州や病院の形態にもよりますが、ベッドを1日使われる費用で$3,000かかることはあり得るので (参考:Becker’s Healthcare)、保険会社・病院の視点から見て入院を4日間減らせることに$12,000の価値がある、というのは大げさではありません。

異なる視点では、NPOで薬の価格が適切かの分析を行っているICERが算出したコスト便益分析では、米国では$4,500-$5,000が適正価格であり、重症患者に対して効果があるというdexamethasoneを対照群とした場合は、$2,520-$2,800まで落ちる、と分析しています (ICER Remdesivir)。

Dexamethasoneはあくまでも重症患者に対する効果しか現在まででは報告されていないため、ICERが中程度の患者さんに処方する前提で対照群とするのはやや厳しい見方です。最大限厳しめに見て、$2,520というところでしょう。

まとめると、$2,520から$12,000まで、幅広い価値の推定が行われていました。薬の価値の決め方には幅があり、難しいとも言えます。

レムデシビルの価格

6月29日に、ギリアドのCEOであるDaniel O’Dayがレムデシビルの価格を発表しました。

  • 先進国の政府向けは5日間の治療前提で、$2,340 (約25万円。1本$390 x 6回分)
  • 米国の民間保険会社向けは5日間の治療前提で、$3,120 (約34万円。1本$520 x 6回分)
  • 新興国向けはジェネリックの製造メーカーと組み、より安価で提供する (インド、バングラディシュでの販売価格は1本$40-80程度と報道されています。先進国の1/10から1/5です)

この価格の水準と出し方について、3つポイントがあります。

価格の水準

1つ目は、政府向けの価格の$2,340は、$2,520-$12,000という価値の幅のさらに下であった、という事です。

未曾有の危機である新型コロナで、初の治療薬であるレムデシビルの価格には世界中から注目が集まっていました。ここで、$4,000程度でしたら、米国内ではコスト便益の観点から、「適正な価格をつけた」と評価されていた可能性が高いです。

ギリアドはさらに一歩踏み込んで、ICERが算出した価格の下限である$2,520よりもさらに低い価格をつけました。ICERが出す数字は政治家も用いる数字であり、この下限より低い数字を出したのは、「ギリアドは世界中の人のためにできる限り多くの人の手にわたる価格をつけます」というメッセージになります。

また、米国は世界一薬の価格が高い国であり、他の先進国では米国ほど価格が高いわけではありません。米国を基準に価格をつけると、他の先進国から見ると「高すぎる」、という印象になります。$2,500を下回る価格は、欧州でも「適正だ」と受け取られる値付けをしたのでしょう。

さらに、$2,340という価格は、米国では他に効果のある薬が出てきた時にも「併用しやすい」、あるいは「コスト便益の観点から競争力がある」価格です。現在、他の製薬会社が新型コロナ向けの新薬を開発していることも意識した価格になっています。

まとめると、レムデシビルでの利益を短期的に最大化するよりも、ギリアドとしての評判と長期的な売上を考えた価格付けです。

一律の価格の提示

2つ目のポイントは、一律の価格にした事です。

薬の価格で、このように全世界で一律の価格を提示するのは、極めて異例です。

通常、認証が取得できた後、薬の価格の交渉になります。米国であれば各保険会社との個別の交渉となり、欧州・日本であれば当局との保険償還価格の交渉になります(保険償還価格=保険からいくら支払われるか。病院が保険から受け取れる価格)。

当局側もその価格が適正なのかの分析の準備がかかりますし、今回のように他に薬がないような場合ですと、前例となる物差しがないためにさらに時間がかかります。

今回の場合、各国と交渉をする時間を省きたかったことと、透明性を確保したかったのでしょう。

「みんなこの価格だよ」と言うことで、価格の自由度は失いますが、「他の国よりも高いじゃないか」、という批判は出なくなります。また、先進国はみな公平に扱うという姿勢を明確にすることで、個別の国からの値引きの要求を断りやすくする効果もあります。

言い換えれば、一律の価格を提示することで、スピードと公平性を重視しました

新興国を別枠に

3つ目のポイントは、新興国を完全に別枠としたことです。保険価格を決める際に、「参照価格」として他の国の価格を参照する国・地域が多いです。そのため、安い価格で出さないと人々の手に入らない新興国に薬を回すのは後回しになりがちです。

今回の場合、新興国を特別扱いとし、生産・販売元を分けることで、先進国の価格に影響を与えないようにしながら、新興国にも薬を提供できるようにしました。

得られるライセンス料は先進国からの収入に比べれば微々たるものだと想像されますが、各国と良い繋がりを作り、ブランド認知度を高めるのに良い方法です。

医療業界は規制業種であることから、規制当局から信頼されることは非常に重要です。今回のレムデシビル供給により、新興国における規制当局との繋がりを強める効果があると考えられます。

他銘柄への影響

ギリアドのレムデシビルの価格は、今後出てくる治療法の価格に影響します。言い換えれば、各国がレムデシビルの価格を基準に考えます。

実際、ギリアドのレムデシビルの価格はかなり抑え気味であり、重症者向けに効果があるというデータが出てきたdexamethasoneも非常に安価です。

今後治療法が出てきた時にはこの2つの薬の組み合わせよりも有効であり、かつコスト便益に優れていることを示す必要が出てきますが、これは現在治療法を開発している企業にとってはあまり良いニュースではありません。

高い価格を提示した時に社会的な批判が出る可能性が高いため、新型コロナ関連の売上予想を押し下げる要因になります。

一方、ワクチンについては、そもそもカテゴリーが違うため、あまり影響はないと考えられます。

まとめ

以上のように、ギリアドは「いかにレムデシビルの利益を最大化するか」というよりは、「中長期的にギリアドとしてビジネスを拡大していくために、いかにレムデシビルを使うか」を考えて、値付けを行ったように見えます。

これは戦略的に正しいと思います。株式市場もこの価格を正しいと捉えたようで、株価は横ばいです。

幸か不幸か、新型コロナの感染は衰える様子がなく、特にアメリカでは1日に40,000人を超える新規感染者が続いています。

worldometersより

このまま感染がおさまらなければ、アメリカ国民にとっては悲劇ですが、ギリアドにとってはレムデシビルの需要が増え、売上増に繋がりそうです。

ギリアド(GILD)についてより知りたい方はこちらをどうぞ。

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ギリアド (GILD) – レムデシビルで注目を浴びるバイオ製薬会社

ギリアド・サイエンシズは新型コロナの治療薬候補として「レムデシビル」を持つことで、注目を浴びている企業です。

今回はギリアドについて分析していきたいと思います。この記事を読むと、製薬会社のビジネスモデル、ギリアド・サイエンシズのビジネス、新型コロナ向けの治療薬開発の進捗、についてわかります。

製薬会社のビジネスモデル

まず、製薬会社のビジネスモデルについて簡単に説明します。

製薬会社も製品(医薬品)の開発・生産・販売、をする点は他の業種のメーカーと同じです。一方、大きく違うのはその製品開発の特殊性です。

医薬品の開発には、長い年月と多額の費用がかかります。

医薬品は安全かつ有効な製品が求められるため、ほぼ全ての先進国で規制当局による販売規制がされています。販売するためには、規制当局の承認を得る必要があり、そのためには開発段階ごとに安全性・有効性を示すデータを提示しなければなりません。

具体的には、薬を作用させる対象を決めた後に、コンピューター上でのシミュレーション、実験室での実験、動物での治験、人間での治験(通常、安全性を見る第一段階、安全性・有効性をみて用法・用量を決める第二段階、最終的に大規模な試験を行って安全性・有効性を確かめる第三段階の三段階)、規制当局への認証申請、保険償還申請、のプロセスを経る必要があり、通常10年以上かかります。

薬の候補となる物質を研究者が見つけて、そこに社内で予算がつくのは数%。人での臨床試験までたどり着くのがさらにそこから数%。人での臨床試験(治験)段階まで進んだとしても、薬として製品化されるまで行くのはわずか12%と、8候補薬あってようやく1つが世に出る割合です。

候補となる物質から考えると、万に一つの世界です。加えて、薬として製品化された後も安全性・有効性についてモニタリングを行う必要があり、このモニタリングにも多額の費用がかかります。

複数のプロジェクトを走らせて、ようやく一つがモノになるような製品の性質上、一つの製品を開発・販売するのにかかる金額は平均$2.6b (約2,800億円)、販売後のモニタリングで$0.3mで合計約$3b (約3,300億円)かかると推定されています。10年間でこの数字は倍以上になりました。新薬の開発がそれだけ難しくなってきているからです(Joseph (2016) “Innovation in the pharmaceutical industry:New estimates of R&D costs”, Journal of Health Economics 2016)。

これだけの費用をかけて開発する医薬品ですので、他社が開発をせずに「ただ乗り」することを防ぐよう、特許による法的な保護が行われています。米国の例では、特許出願時から20年です。つまり、「その間は独占的に販売をしていいよ」、という政府からのお墨付きです。

製薬会社は「既存の製品で稼ぐことで、将来に向けての研究開発費を捻出し、自社開発または他社の買収・他社との提携を通じて、新たな製品を獲得して世に出すことでまた稼ぎ、将来への投資にあてていく」というビジネスになります。

そのため、大手製薬企業の財務を単年度で見ると、営業利益率は非常に高い一方、「研究開発費」も高い水準になります。

下のギリアドの例では、2019年の粗利益率が84%と高い一方、研究開発費(R&D)は$3.77bと17%近くであり、非常に高くなっています。

Gilead Financial Highlights 2018 vs 2019

また、その製品の性質から、買収と提携が非常に多く、ニュースを賑わす業界でもあります。

一方、特許が切れたあとは他社も参入できるようになり、一般的に特許が切れた後のその薬の価格は大きく落ちます。

「ジェネリック」医薬品という言葉を聞いたことがあると思います。これは特許が切れた後、開発元でない企業が同じ成分の薬を生産して販売している医薬品のことを言います。

米国ではジェネリック医薬品が市場に入ると値崩れすることに加え、シェアも奪われるため、「いかに特許期間を長くするか」、「いかにジェネリックが入ってこられないようにするか・入るのを遅らせるか」が製薬企業の既存の製品ポートフォリオ管理において重要になります。

バイオ医薬品

「バイオ医薬品」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。ギリアドはこの分野で強みを持つ企業です。

ざっくりと言えば、バイオ医薬品以前の薬は、化学物質を合成することで製造する薬です(低分子医薬品)。化学物質と化学物質を「ねるねるねるねして作る」と想像すると、わかりやすいかもしれません。生産プロセスの管理がしやすく、大量生産に適しています。僕らが日常飲んでいる薬は、ほとんどこのカテゴリーです。

一方、「バイオ医薬品」は特定のタンパク質を生物に生産させることで得られる医薬品です。目的のタンパク質の情報が含まれた遺伝子を細胞(大腸菌、酵母、動物など)に導入し、その細胞を培養し、タンパク質を作らせて、その後に特定のタンパク質だけを抽出し、精製し、薬剤とします。

要は、バイオ医薬品は、他の生物に薬を作ってもらうという点で、ヒトが化学物質を合成して作る低分子医薬品と異なっています。

バイオ医薬品は、一般的に化学合成で作られる低分子医薬品よりも製造の難易度が高く、手間もかかります。治験で人に効果が出るタンパク質を特定できた、けれど製造がどうにもならない・・・ということも頻繁に起こります。

そのため、バイオ医薬品の開発・生産は専門性が高く、限られた大手製薬会社しか生産まで含めてできない分野です。また、バイオ医薬品は高価であることも多く、現在の新薬開発の主流になってきています。

IQVIAが2019年に発表したレポートによると、全世界のトップ100のうちバイオ医薬品は41品目で、低分子医薬品は59品目。売上で見るとバイオ医薬品が低分子医薬品を上回りました。低分子医薬品の大型製品が特許切れで売上が減少するのに対し、バイオ医薬品はまだ特許が残っている製品が多く、バイオ医薬品の製薬全体に占める割合は年々上昇していっています。

また、バイオ医薬品は「再生医療」や後述する「細胞療法」など新たな治療法が生まれてきており、発展著しい分野です。

ギリアドのコアビジネス

ギリアドはバイオ製薬会社であり、主にHIV向けの薬とC型肝炎向けの薬(HCV)に強みを持っています。もう一度2018/2019年の売上を見てみましょう。売上の70%以上がHIV向けで、15%程度がC型肝炎向けです。Yescartaという新規事業が2%程度、その他が10%程度です。

Gilead Financial Report 2018 vs 2019

特にHIV向けの薬はシェアが高く、アメリカではシェア上位の薬を独占し、シェアNo.1。欧州でも高いシェアを誇ります。
C型肝炎ビジネスもソバルディ・ハーボニーという優れた製品を保有し、アメリカでは60%近いシェア、欧州でも高いシェアを持ちます。

C型肝炎ビジネスの売上が急激に減少しているのは、競合がいることもありますが、この薬が「効きすぎる」ためでもあります

実際、ギリアドの売上はこの薬の爆発的なヒットのため、2010年代中盤にピークを迎えました。

下の図のように、ギリアドのビジネスは「HIV向け」が順調に毎年伸びる一方、C型肝炎向けのビジネスは急速に伸びた後、急激に失速しています。なぜでしょうか?C型肝炎は、インターフェロンという体の中でも作られるタンパク質を注射することでC型肝炎ウイルスの排除を行う治療が以前までの標準治療でした。こちらはC型肝炎の種類にもよりますが、完治率は低く、治療期間も長いため、多くの患者さんが新しい薬を待ち望んでいました。

それに対し、ハーボニー・ソバルディは完治率が非常に高く、さらに治療期間も短い、という患者さんにとっては福音でした。そして、瞬く間にシェアを得て、これらの薬は普及しました。これがC型肝炎向けビジネスが爆発的に伸びた理由です。

結果、何が起きたのでしょうか? ハーボニー・ソバルディが必要な患者さんが激減したのです。高血圧や糖尿病などの生活習慣病であれば、ずっと薬を飲み続けるため、患者さんが生きている間は需要が見込めます。一方、画期的な新薬で患者さんが完治すると、患者さんはいなくなります。

つまり、発売されて数年が経つと、既存のC型肝炎で苦しんでハーボニー・ソバルディが必要となる患者さんが激減し、薬の需要が新規でC型肝炎にかかる人のみになってしまいます。当然、対象となる患者さんが少なければ売上も落ちます。C型肝炎向けのビジネスは年20%以上の勢いで減少していますが、これは薬の競争力が落ちているわけではなく、そもそも需要が減っているためです。

一方、HIV向けの商品は、HIV患者はHIVの発症を抑えるために薬を飲み続けなければならないため、既存の患者さんは薬を飲み続け、新規の患者さんもギリアドの薬を飲むことになります。つまり、売上は積み上げ式になり、患者さんが生存し続ける限り、増えていきます。事実、HIV向けの製品の売上は順調に増加を続けています。

画期的な新薬は必ずしも長期的なビジネス的成功につながらない、というのは古くからある製薬ビジネスのジレンマです。継続的に飲み続けられる生活習慣病や、患者数が多く再発率も高いガン治療向けの開発プロジェクトが多いのはそういう背景もあります。

HIVやHCVと並んでいるYescartaは「細胞療法」と呼ばれる新しい治療法であり、FDAから認可を受けたのは2017年。まだまだ薬としてのライフサイクルが始まったばかりの薬です。ギリアドはこの技術と製品を持つKite Pharmaという企業を2017年に1兆円以上の金額で買収しました($11.9b)。

現在はほぼ同時期に認証を受けたノバルティスのKymriahとギリアドのYescartaの2つがFDAより商品として認可されています。

細胞療法は生産が非常に難しく、現在は適応も限られている(=使うことができる患者さんが限られている)ため、ほぼノバルティスとギリアドが寡占状態になる可能性が高いです。先行者利益が取りやすく、より多くの病気に適応できるようであれば市場も拡大するため、将来が期待できる事業です。

以上のように、ギリアドは堅いコアの事業(HIV、C型肝炎)と細胞療法(例: Yescarta)というバイオ製薬の中でも新しい分野を既存製品として持っています

C型肝炎のビジネスの下げ止まりが見えていないこと、その他事業(B型肝炎向け治療薬など)が減益傾向にあることから、HIVとYescartaの成長と相殺され、しばらくは売上は横ばいでしょうが、商品の競争力があることと主要製品の特許期間もまだ余裕があるので、当面大崩れはしなさそうです。

ギリアドの開発パイプライン

ギリアドの開発パイプライン

「製薬会社のビジネス」で述べたように、製薬会社のビジネスは今の既存の薬が特許で保護されているうちに稼ぎ、次の新薬を育てる、のが基本的な経営方法です。ギリアドは自社開発に加え、買収や提携で開発のパイプラインを拡充しています。

ギリアドは強みを持つ感染症向け(主にHIV)に加えて、炎症性疾患(リウマチなど)、繊維性疾患、ガン向けに注力する方針です。感染症向けは主に現在のHIV向け製品のポートフォリオ強化でより現在の地位を盤石にするためであり、ガン向けは主にKiteが担います。

「製薬会社のビジネスモデル」の項でも述べたように、臨床試験に入った薬でも販売までたどり着くのが8つに1つの世界です。炎症性疾患、ガンともに市場が大きいので良い治験結果が出る商品が出せれば大きな可能性がありますが、製薬につきものの運頼みです。

また、炎症性疾患、ガン向けともに競争が激しい分野なので、臨床試験での有効性に注目です。

レムデシビル (Remdesivir)

レムデシビルは抗ウイルス剤として新型コロナにかかった患者さんに一定の効果がみられたため、注目されています。現在は、日本では新型コロナの重症患者向けの承認を受けており、米国ではEmergency Use Authorization(一時的な許可)を得ています。

レムデシビルについて、現在の治験結果からわかっていることは以下です。

  • 中程度の患者に対して、5日間処方すれば、標準治療よりも65%高い確率で患者さんがより良い状態となる (SIMPLE trial)
  • 5日間の処方も、10日間の処方も、統計的に有意な差は生じていない(SIMPLE Trial)
  • 重症者に対して、レムデシビルは死亡率を改善はしないが、平均4日間入院期間を短縮できる(NIAID study)
  • 標準治療と比較して、統計的に有意な重篤な副作用は観察されなかった (SIMPLE Trial)

これまでに行われたランダム化された臨床試験結果から見るに、レムデシビルは決定的に効果的な治療薬ではなく、「ないよりはマシ」な薬です。中程度の患者さんを良くする可能性が高まること、入院期間を短縮できること、のどちらも患者さん、病院にとって価値があります。重篤な副作用がみられなかったことから、現時点では安全性についてもクリアしているように見えます。

一方、現時点で得られているデータは数ヶ月後、1年後などにフォローアップが行われたものではなく、あくまでも速報であり、かつ数百人程度の小さいサンプル数から得られたデータであるため、今後大規模に使用されたときに副作用が報告される可能性は残っています。

現在、治療薬ではdexamethasoneが「重篤な患者」の死亡率を改善させる、とイギリスの治験から発表が出ています(WHO News)。これは非常に良いニュースですが、「重篤な」状態に至る前に治療する方が望ましいため、中程度の患者さんに処方することでメリットのあるレムデシビルの必要性は残ります。

第三段階のさらなるフォローアップの結果、他の治療薬の開発進捗次第(ファビビラデル(アラガン)など含む)ではありますが、速報と同程度の有効性と安全性が観察されれば、薬として米国、欧州、日本で中程度の新型コロナの患者さん向けに認証される可能性は高いのではないかと考えられます。

価格は先進国の政府向けで5日間の治療で$2,340、民間向けで$3,120と発表されました。コスト便益分析からは$4,000程度が妥当と言われていたので、批判が出にくいよう、かなり価格を抑えた印象です。新興国向けには異なる価格が適用されます。

まだまだ新型コロナは収束時期が見えておらず、今後新型コロナで中程度と診断される人の数の推定は難しいです。過去6ヶ月で世界の感染者は1,000万人、死亡者は50万人を超えました。

仮に先進国、米国民間向けに年間100万人分を平均$3,000で販売したとすると、

100万人 x $3,000 = $3b (3,300億円)と、現在の売上を15%増やす計算になります。価格を抑えているので粗利益率はそこまで高くないかもしれませんが、純利益ベースでも10%程度は増えてもおかしくないかと。

また、将来の可能性として、現在のレムデシビルの投与は点滴方式ですが、ギリアドはレムデシビルの吸引型の治験をはじめました。仮に吸引型で効果が出るならば、軽症の患者さん向けにも処方しやすくなるため、よりビジネスとしての可能性が広がります。

通常の治療薬、ワクチンの開発には10年以上かかることがざらであること、治験に進んだ治療薬・ワクチンであっても有効性・安全性を兼ね備えて認証される製品は10%台であること、を考えると、夏が過ぎても「レムデシビル」のみが唯一の選択肢になる事態も十分に考えられます

ワクチン、他の治療薬の治験結果があまりよくないと、世界中でレムデシビルの需要が突発的に増加する可能性があります。

ギリアドの株価

ギリアドの株価は現在$75程度で、年初の$65から15%程度上昇しています。

元々のビジネスが安定しており、かつ大きい分、コロナ関連のニュースによる株価の変動幅はワクチンで注目されているModernaやBioNtechなどと比べると小さくなっています(これらの企業の売上はほぼ0で、ワクチンの行方に売上がより大きく左右されるため)。

配当は直近四半期で$0.68となっており、配当利回りでも3.7%と高めです。2019年のEPSは$4.22で、PERは18程度。

ギリアドは、バイオ製薬企業としても、新型コロナに関連した銘柄としても、注目すると面白い企業かと思います。

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モデルナ (Moderna: MRNA) 新型コロナワクチンの先駆者

新型コロナ感染者数拡大とFRBの暗い経済の見通しから、今週ダウが史上4番目の下落をしました。新型コロナが市場を左右する状態はまだ終わっておらず、ワクチン・治療薬への期待が高まっています。

今回は世界でのワクチンの進捗と、ワクチン開発の先頭を走るModerna(モデルナ)について書きたいと思います。

新型コロナのワクチンの進捗

新型コロナに向けたワクチンは現在、100以上の候補の研究が行われています。

しかし、人に対して臨床試験が行われているのは数えるほどしかありません。代表的なのは下記の10のワクチン候補です。

参照:Mullard (2020) “COVID-19 vaccine development pipeline gears up”, THE LANCET

通常、製薬は10年かかることも珍しくないプロセスです。

製薬の臨床試験について、ざっくりと説明すると、動物において安全性(副作用が出ないか)と有効性(病気の治療に効果的か)を確認した後に、人での治験に入ります。フェーズ1 -> フェーズ2 -> フェーズ3、と通常は3段階の試験を行い、安全性と有効性を調べられます。

フェーズが進めば進むほど、治験は大規模になっていきます。

新型コロナ向けの薬・ワクチンの場合、有効性が確認されている既存の薬・ワクチンがまだないため、「フェーズ3(Phase 3)で安全性と有効性が確認されれば、薬として認可される」と捉えてもらえればOKです(既に標準治療として薬がある場合には異なる審査基準になります)。

製薬・医療機器の製品開発についてより詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

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Moderna(モデルナ)のワクチン進捗

新型コロナ向けワクチン開発の先頭を走るのはモデルナ(Moderna)です。政府からの受注も行っており、米国の官民合同ワクチン開発促進プロジェクトであるOperations Warp Speedにも選定されている企業の一つです。

モデルナは既にPhase 3までの計画を発表しており、ワクチン進捗では他の企業に先んじています。

Phase 1

モデルナは2月よりPhase 1の臨床試験を始め、5月に中間報告を行いました。

Phase 1では健康な18-55歳のグループに25ug、100ug、250ugを投与して、有効性と安全性を確かめました(各15人)。

Phase 1では100ugを二度投与した時にできた抗体のレベルが新型コロナ回復患者よりも上回っており、副作用は他のワクチンと同程度で許容できる範囲でした。

そのため、Phase 2へ進み、以降の試験では容量として100ugが選択されました。

Phase 2

現在、Phase 2の試験が進捗しています。試験の枠組みは以下です。

  • 600人(300人の18-55歳のグループ、300人の55歳以上のグループ)
  • ランダム化試験。対照群にはプラシーボ(偽薬)
  • 50ug、100ugを2度投与 (28日間の間隔をあける)
  • 2度目の投与後から1年後に抗体のレベルを検査
  • エンドポイント(薬として「使える」かの指標)は1年後の有効性と安全性

こちらは結果が出るのは一年後です。

Phase 3

モデルナは6月11日に7月より、最終段階であるPhase 3の臨床試験を行うと発表しました (Moderna Press Release)。

発表の主な要点は下記です。

  • Phase 3の臨床試験の枠組みをFDA(Food and Drug Administration – 米の薬・医療機器の審査機関です)と合意。NIAID(National Institute of Allergy and Infectious Diseases – 米の政府機関です)のサポートを得ながら進める
  • Phase 3はランダム化試験、USの患者30,000人が対象
  • 対照群はプラシーボ。主要なエンドポイント(効果があるかどうかを判断する測定基準)は症候性のCOVID-19を防げるかどうか。第ニのエンドポイントは、深刻な症候性のCOVID-19を防げるかどうか
  • イベント・ドリブン分析(イベント=新型コロナにかかるかどうか)
  • 容量は100ugを2度投与
  • 年間5億人分のワクチンを生産する準備を進めている。Lonzaと提携して、2021年には10億人分まで生産を拡大できる可能性がある
  • BARDA(Biomedical Advanced Research and Development Authority)より試験や製造設備拡大のための資金援助を受ける

Phase 3では、Phase 2のように「ワクチン摂取後◯年後、◯ヶ月後にどれくらいの被験者が抗体を維持しているのか」を見るのではなく、「ワクチン摂取後に何%の被験者がどの段階で新型コロナにかかったか」を分析するイベント・ドリブン手法が取り入れられています。

そのため、Phase 3の結果は中間報告として1年経たずに発表されると考えられます。

モデルナのワクチン開発の進捗

このフェーズの進め方は、異例の早さです。

臨床試験には多額の投資が必要となることに加え、FDAの枠組みへの同意が必要となります。また、治験への登録者を集めるにも時間が必要となります。

通常はPhase 1の臨床試験結果の最終データをみ見てから、結果がよければFDAがPhase 2の計画承認。Phase 2の結果をみてから、結果がよければFDAがPhase 3の計画承認、と順に進捗させていきます。

それに対して、今回の例ではほぼPhase 1、2、3を同時並行で進めています。

これは、それだけ事態が深刻なため、

  • FDAが中間データでも次のステップに進めることを認めている
  • NIHが治験に協力をして、治験者登録をスムーズにしている
  • BARDAが治験の投資費用への援助を行うことで、投資リスクを減らしている

ことが大きな理由です。結果がわかる前から既に5億人分のワクチン製造能力に投資することは、普通の企業は取れない大きなリスクですが、BARDAの援助がそのリスクを大きく減らしています。

モデルナのワクチン候補は、「Operations Warp Speedに採択され、BARDAが資金を援助し、NIHが治験に協力を行い、FDAよりFast Track Designation(優先され、より短期間で審査される)の認可を得ている」、とアメリカが国として全力でサポートしています

モデルナは国策として応援されている企業、とも言えるでしょう。

モデルナの株価

新型コロナ向けワクチンの先駆者となる期待から、モデルナの株価は年初の$20の3倍以上の$60前後で推移しています

モデルナの株価はPhase 1の臨床試験の中間報告内容がよかった、というニュースを受けて$80をつけました。この時が今年に入ってからの最高値で、その後は$60前後で推移しています。

6月12日にはワクチンのマウスでの実験で効果が見られたという発表があり、株価は再び3%上昇しました。時価総額は既に2兆5000億円($24b)を超えています。

モデルナの株価推移

しかしながら、モデルナ自体は、まだ製品をローンチする前の会社です。直近の四半期の売上はわずか約8億円($8m)で赤字が130億円です。

モデルナの2020年第一四半期の業績

現在のキャッシュフローと新型コロナ向けワクチン以外のパイプラインだけでは正当化できない水準まで株価が上昇しています。

この企業の株価がどうなるかは、まさしく新型コロナのワクチンが成功するか否か次第でしょう。

今後は、

  • Phase 1、2の中間結果
  • Phase 3の進捗と結果(数ヶ月後に結果報告がされる可能性が高いです)
  • 新型コロナがどれだけ長引くか

が株価の材料になりそうです。

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