DeNA WELQとHBSの教育について

DeNAのWELQの問題について、僕自身、医療系の情報Webサービスをやろうかと考えたこともあったので、僕の考え方を書いてみる。

ランサーズやクラウドワークスなどのクラウドソーシングを用いての安価なコンテンツ作成は、僕が前職でSEOに関わる仕事をしていた2013年に、試したことがある。①ある特定の地域について、②このタイプの事柄について、③自社のサイトのこのページの中にあるキーワードを用いて、書いてほしいという依頼をしていた。僕の場合は記事の内容の品質を保ちたかったので、最初の間口を広くして来るもの拒まずとして、最初に5記事を書いてもらい、その内容の質を元に、良い記事を書くライターの方に次回以降はまとまった数を発注する、という作業をしていた。テーマやキーワードはDeNAのケースと同様にSEOを重視して選んでいた。

この作業、想像してもらえばわかると思うが、結構手間がかかる。依頼したい記事の内容をSEOを元にリストを作り、ライターの方にどう割り振るかを決め、それぞれのライターとのやりとりを行い、彼ら・彼女らの質問に答え、発注、回収、検査、アップロード、を行う。クラウドソーシングで働く人は副業として行なっている人が多いため、短納期であまり大量に受けてくれる人も多くない。そうなると、多くのライターの方々の窓口兼仕事のやりとりをすることになる。これだけで一仕事だ。確かに一記事あたりの価格はかなり抑えられるのだが、僕の裏方作業の工数を考えると、少人数に大量発注する形でないと、あまり割が合わなかった。当時この手法の費用対効果を分析してみたところ、他の手法の方がより効果的だったため、前職ではこの手法をスケールさせることはしなかった。一方でこの手法を使えば記事を大量発行させて、旅行や住宅など、単価が高くアフィリエイトで稼ぎやすいもので個人として副業を立ち上げることはできるな、と感じていた。もし僕がMBAに来ることを選ばなかったら、違う分野で試していたかもしれない。

DeNAはマニュアル化と品質の割り切りでこの課題を解決し、クラウドソーシングをコンテンツ大量作成に用いた。BuzzFeedの報道によると、DeNAは記事の構成や他サイトをコピーして内容をリライトする方法をマニュアル化しており、それを用いてクラウドソーシングで発注していたとのこと。リライトについては、著作権について指摘している人も多いが、SEO対策専門家として入っている辻さんのTwitterからもわかるように、むしろGoogleからコピー割合の多いサイトとしてペナルティをくらわないようにするための対策としていた。また、意図的に引用を避けているのは、これは僕の推測だが、リンクジュースを渡さないようにするため(SEOの世界では、ページからリンクがあると、そのリンク先にサイトの影響力が伝播すると考えられている)だろう。コンテンツのオリジナリティの度合いが低ければ黒に近いグレーではあるが、SEOの観点からは今でもいくつかのビジネスが行っている施策の一つではある。

品質の割り切りについても、ウェブ系企業のロジックで照らし合わせると、自然な対策法だ。そもそもウェブ系の企業は一般的に、品質管理がハードウェア企業に比べるとゆるく、商品を市場に出すまでのサイクルが圧倒的に早い。不良品を出したら回収しなければならず、膨大な費用がかかるハードウェアに比べて、ウェブの場合の改修はサーバー側の修正で済むことが多く、ウェブは業界として品質よりも速度を優先する傾向が強い。WELQに関しても記事数、ページビュー数のKPI達成が重要で、問題が指摘されたらその記事を修正するか引っ込めれば良い、という感覚だったのだろう。

日本のウェブ系企業の人は、「これ、うちもやばいかも」、と感じた人が一定数いるのではないか。「できるだけ早く走り、問題が起きたらその時点で修正する」、という考え方はウェブ系以外の業種からすると危うい慣習にも見えるだろう。今回の場合、医療という、法的に縛られており、社会的にも失敗への許容度が低い業種にウェブと同じようなアプローチで挑んだことが失敗の一因だろう。

視点を変えて、僕がMBAで学んだことと、今回のWELQの件はどう関連付けられるだろうか。

HBSの1年目のLCA (Leadership and Corporate Accountability)の授業では、僕らはビジネスのグレーな領域の判断をするときには、①経済的な観点、②法的な観点、③倫理的な観点、の3点について、少なくとも4つのステークホルダー(顧客、投資家、従業員、社会)について考えるべき、と教わった。このフレームワークにのっとれば、WELQの手法自体は、SEO最適化という点ではビジネスの論理では優れていたと思う。一方で、今回のWELQの件は、著作権に関する法的な側面でリスクをかなりとっていた。倫理的な面でも、キュレーションサイトであるとして責任を逃れようとしながら実質は編集権を持ったメディアであり、責任逃れとも取れる行動をとっていた点、医療に関わる誤った情報を伝えて患者さんがより症状を悪化させてしまう可能性があった点で倫理的な側面の検討が甘かった、もしくは考慮から漏れていたのだろう。

顧客に関しては、ページビューやページ当たり収益といった数値を追い求めて、スクリーンの先に実際の人がいるという意識が希薄になってしまったのではないか。投資家については、訴訟リスクを十分に考慮して事業を運営できていたのだろうか。従業員に対しては、KPIで追い詰めすぎて、手法を問わないような状況になっていなかっただろうか。社会に関しては、医療の情報が社会にもたらす影響についての理解が足りていなかったのではないか。(*補足:DeNA創業者の南場さんもHBS出身(Class of 1990)だが、彼女が学ばれていた時はエンロン事件以前で、HBSの教育方針も今とはだいぶ異なっており、LCAは必修ではなかった。)

こうした法的・倫理的観点は、僕はHBSに来るまではそこまで意識していなかった。もし僕がHBSに来る前に医療メディアの分野で起業をしていたら、DeNAほどアグレッシブにはやっていなかったと思うが、似たような判断をして、DeNAと同じような問題に直面していたかもしれない。

一方で、今は難しい判断をする際には自然とこれらの観点を含めて考えるようになっているので、違うやり方をとるだろう。また、情報が入った時点でおそらくより早く閉鎖の判断をしていただろう。

意思決定の力を鍛えるというと抽象的だが、具体的な事例に当てはめると上記のような違いが出てくる。僕にとっては、HBSで学んだ観点が僕の意思決定に影響を与えており、その価値は大きいと感じている。

3月18日追記:

第三者委員会の調査報告書が公表されました。トラフィックの推移や内部の意思決定プロセスがかなり詳細に書かれています。会社を一面的に批判するのではなくスピードを重視する意思決定の必要性やDeNAの日本におけるIT業界のリーダー的ポジションを考慮しながら建設的に問題点と改善策を指摘した、非常にバランスの取れた報告書という印象です。

DeNAのビジネスを牽引してきた守安さんの重要性を考慮すれば守安さんの辞任は避けたく、守安さんは減給、DeNAの中では比較的新参者の村田さんと中川さんの辞任で幕引きを狙う、というのは投資家の論理としてもDeNAの内側の論理としても理にかなっているのでしょう。南場さんが社長に復帰して二人体制になるのでコンプライアンス的にも強化される、というのもうまいロジックだと思います。

Founders’ Dilemma

HBSでこれまで受けてきた授業の中で視点を広げてくれたり、知識を増やしてくれるものは多かったが、Founders’ Dilemmaほど僕の人生観に影響を与えた授業はなかった。この授業の教授はShikhar Ghoshという2社を上場させ、Forbesの正面をJeff Bezosと飾ったり、インターネット業界で最も革新的な10の企業のCEOに選ばれたような有名な元起業家だ。授業では起業家が直面する様々な課題(例えば、共同創業者の株式の割合はどうすべきか、家族を経営陣に入れることはどのような影響があるか等)について扱った。

授業で得た学びは多く、まだ僕自身消化し切れていないが、彼が最後の授業で残してくれたアドバイスがとても良いと感じたので、共有したい。

僕らが重要だと思うことは、必ずしも重要ではない

僕らは他の人が自分のことをよく見ていて、自分の言ったことを覚えていると思っている。一方、僕らは相手のことをどれくらいよく見ていて、相手が言ったことを覚えているだろう? 僕らが自分のことを考えるように、誰もが皆自分のことを考えている。僕らが恐れるほど、他の人は僕らの失敗に対して構わないし、関心を払ったりしない。他の人にとって、あなたの失敗は大したことはない。

また、僕らは幸せについて考えるとき、今の状態と「こうしていれば」の状態を比べ、差を大きく見積もりすぎる傾向がある。実際には、差はそんなに大きくはない。宝くじで一億円当たった人と、事故にあって障害をおってしまった人の一年後の幸福度の差の研究によると、どちらのケースも幸福度に優位な差はない。

好奇心に従い、人生で来たものにオープンでいたほうが、幸福でいられるだろう。

人間関係を大切にすること

幸福の研究によれば、教育、収入、職業、宗教などは幸福度に影響を与えない。幸福度に影響を与えるのは、人間関係。金銭と異なり客観的に測定できないために見過ごされがちだが、いかに深い人間関係を築けたかが幸福度に影響を与えることを覚えておくべき。

  1. 家族に週に一度は連絡をすること
  2. 兄弟姉妹をサポートすること
  3. 深く、長く続くような友人関係を築くこと
  4. 人と過ごす時、常にその場に意識を集中すること

自分を知り、意義あることに時間を使うこと

医療は人の健康に、法律は正義に貢献する。ではビジネスは何に貢献するのだろう? なぜそのビジネスをやるのか、意義(Purpose)を考えてやったほうが良い。ある人は自分の体験からその意義を見つけるだろうし、ある人はやってみて後から気づくこともあるだろう。人生は思っているよりも短く、成し遂げたいことをするための時間は限られている。自分の限られた時間を何に使うかを決めるべきだ。自分を知り、自分にとって意味があることに、時間を使ったほうが良い。

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クラスの最後の授業で、彼は自分の人生について語ってくれた。若くしての経済的・社会的な成功と、その後の様々な苦難。彼のストーリーは、僕らが人生で一体何を成し遂げたいのか、自分にとって何を成功と定義するのか、どうすれば幸福に生きられるのか、について多くの洞察を与えてくれた。

僕は、人からの評価を気にして物事を決めていないだろうか。自分の周囲の人を大切にできているだろうか。意義あることに時間を使えているだろうか。これからの人生、特に人間関係(relationships)と意義(purpose)については自分が自分のなりたい姿に近づけているかどうか、定期的に振り返るようにしたい。