「ノーサイド・ゲーム」池井戸潤が描く組織の変革物語

「ノーサイド・ゲーム」は一言で言うと、組織の変革を描いた物語。

ドラマ化もされた、企業が運営するラグビー部を舞台にした池井戸潤の小説「ノーサイド・ゲーム」のあらすじ、ビジネスの視点から学べることについての記事です。

あらすじ

主人公の君嶋は大手自動車であるトキワ自動車の経営戦略室で働くビジネスマンだが、ある日工場の総務部長に左遷させられ、総務部長の仕事に加え、トキワ自動車が所有するアストロズという企業ラグビーチームのゼネラル・マネジャー引き受けることになる。

アストロズは例年16億円の赤字を出しており業績の重荷になっていることに加え、成績も低迷して前年度は2部落ちをかろうじて免れたチームであり、チームの中と外に問題を抱えている。

加えて、ラグビー協会は変革を望まない重鎮が支配し、ラグビーチームの運営を改革する気すらない。

君嶋はラグビーチームの中と外の問題に対して、どう立ち向かうのか。

ビジネスの観点から学べること

本作品のいわゆる「悪役」としては

  • 自分の利益(金銭や出世)のことしか考えず、他人を貶めたり、蹴落とすことに躊躇がない
  • 人の意見を聞かず、自分の意見が正しいと信じている

いわゆる困った「偉い人」が今回も壁として立ちふさがる。

それに対して主人公の君嶋は

  • 変革をもたらして結果を出す(ビジョンを描き、変革をもたらす仲間を連れてきて、周囲を巻き込んで動かし、成功を示し、変革を定着させる)
  • 困難でも諦めず前に進み続ける

と王道で対抗し、壁を打ち破っていく。

印象的だったのは、新参者であった君嶋と柴門が選手から信頼を勝ち得ていくシーン。

どんな仕事であれ、まず一緒に働く人から信頼を得ることが必要で、そのためには姿勢と結果が重要となる。主人公は、真っ直ぐチームに向かって自分が何ができるか考え、一つ一つを愚直に実行していく。それが下のような評価に繋がる。

「お前は自覚していないかもしれないが、チーム愛みたいなものだ。お前は本気でアストロウズのことを良くしようと思っている。」

「ノーサイド・ゲーム」池井戸潤 p.p. 1520

新たな監督となった柴門は一人一人に手書きで手紙を書いたことで、君嶋は土日の練習全てに共に参加したことで、選手から一員として認められた。ここからは一員となろうという姿勢や一人一人への思いやりが信頼を勝ち取るのにいかに重要かを学ぶことができる。

また、君嶋は観客を集めることで、柴門はチームを勝利に導くことで、選手からこのリーダーたちについていけば自分たちも優勝という目標を達成できる、という期待を抱かせ、信頼を得ることに成功している。こちらも、変化をもたらす時には早い段階で成功を見せることが必要、ということを示している。

相変わらずの池井戸節はエンターテインメント小説としても面白いし、ビジネスの観点からも学ぶことが多く、おすすめ。

芥川賞受賞 コンビニ人間 | 村田 沙耶香|社会から外れたところで生きる人たちが、居場所を探す物語

2016年に芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの「コンビニ人間」のあらすじ、キャラクターとテーマのレビュー、いかに本書がビジネスに役立つか、の記事です。

「コンビニ人間」は一言で言うと、社会から外れたところで生きる人たちが、居場所を探す物語。

あらすじ

36歳、女性、独身、職歴はコンビニ店員のアルバイト18年の主人公、古倉はある日、コンビニのアルバイトとして入ってきた男性、白羽と出会う。

白羽はお客さんの女性に付きまといアルバイトをクビになるも、主人公の古倉は生活の変化を求めてそんな白羽に共に住む提案をする。その結末とは。。。

作品のキャラクター

他人への感情への関心に疎く、社会的な価値観や他の人の感情を把握する能力が極端に低い主人公の古倉は、自閉症のような特徴を持ったキャラクターだ。

古倉は周囲から排除されないようにと、周囲の行動を観察し、人がどんな場面でどんな行動をしているのかを学び、蓄積していく。

そして場面に応じて、蓄積したデータベースから取り出した仮面を身につけることで、周囲に馴染もうとする。

古倉は常に一歩引いた視点で他人と自分を観察して、他人の感情がわからない分、言動だけ合わせることに注力している。

あ、私、異物になっている。ぼんやりと私は思った。

店をやめさせられた白羽さんの姿が浮かぶ。次は私の番なのだろうか。

正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処分されていく。

「コンビニ人間」村田 沙耶香 p.790 (Kindle)

古倉にとって落ち着ける場所は、コンビニだ。コンビニのアルバイトが行うことは大部分が定型化されており、古倉はそのルールに沿って働けば良い。

ルールにしたがって動いているだけで、変だと見なされずに居場所が確保されるのは、古倉にとって居心地が良い。

一方の白羽は、精神的な発達が未熟な子供のようなキャラクターだ。

白羽はうまくいかないことを社会のせいにして、自分に原因を向けることがない。

周囲の人が自分を助けるのは当然だとみなして、助けが得られないと相手を責める。人と合わせることをせず、自分のやりたいように行動し、周囲と軋轢を生んでいく。

「僕に言わせれば、ここは機能不全世界なんだ。世界が不完全なせいで、僕は不当な扱いを受けている」

「コンビニ人間」村田 沙耶香 p.829 (Kindle)

白羽は古倉と同じく、周囲から「異物」と見られている点で共通している。

ただし、社会を忌避しながらも、彼の人や自分を判断する基準が一貫して「社会から見てどうか」と言う点は古倉と大きく異なる。

つまり、善か悪か、良いか悪いか、の判断をする際に、白羽は気づいているのか、気づいていないのか、その嫌いな「社会」に頼っている。

その上で、社会から求められる行動を取ることを拒否している。

作品のテーマ

この作品のテーマの一つは、どう生きるかの価値基準をどこに置くのか、だと思う。

古倉の価値の基準はあくまでも自分だ。自分が楽しいと思うからやり、自分が正しいと思うからこそそれを行う。

古倉は最後には居場所を見つけて自由になる。それは、古倉が社会に価値観の基準を置いても彼女は居場所を見つけられず、コンビニこそが自分の居場所だと再発見したからだ。

その対比として描かれる白羽は社会に価値の基準を置いており、社会的に評価されるようなステータスを得ることが善であり、そのための自分の行動は正当化される、と考えている。

白羽自身は自分が社会の基準からして低い位置にいることに気づいており、だからこそそんな社会から逃げたいと思っている。

古倉白羽
排除されないこと人生のゴール成功すること
なし他者への関心あり
自分価値の基準社会
努力社会の同調圧力への対応拒否
コンビニ居場所押し入れ

白羽が居場所としているのは押し入れというのは象徴的で、彼は一人で、社会から目を向けられない場所を求めていることがわかる。社会に価値の基準を置いている彼は、望むステータスを手に入れないことには納得できない。

満足できていない状況を解決するために他者を自分と同じところまで落とそうとしているのは、心理学的な”認知的不協和”の典型例だ。

白羽は、彼の望むようなゴールにたどり着けず、押入れへ帰っていく。

この二人の対比は、異物が社会の中で異物として生きるためには、自分なりの価値観を持つべきだ、というメッセージにも取れる。

ビジネスに得られる洞察

社会には主人公の古倉と同じように他者・社会への関心を持たない、持てない人が少なからずいると思う。

また、白羽のような大人も、特にオンライン上ではたびたび見聞きするため、それなりの数がいるだろう。尖った二人のようなタイプの人を理解するのに、本書は参考になる。

また、物語の鍵となる一つが友人や同僚たちから「同調圧力」だ。特にクチコミで主人公が同僚と似た服やカバンを買う話などは、クチコミやインフルエンサー(影響力のある人)がどれだけマーケティングで重要かを再認識させてくれる。

「異物」と作品の中で称される古倉や白羽のような人も、ビジネスの世界ではお客さんになり得る。そんな一味違った感性と考え方を持つ人を理解したいと思う人には、「コンビニ人間」はおすすめだ。