製薬・医療機器を扱う企業に投資する人、医療マーケティングの実務に関わる人向けの記事です。
実務の視点から、製薬・医療機器企業は売上をどう成長させていくのか、投資家としてはどのような指標を見れば良いのかについて、書いていきます。
目次
市場の考え方
医薬品は消耗品のみですが、医療機器の場合はconsumables (消耗品)とcapital equipment(機器)に大別されます。
医薬品、医療機器の消耗品の売上は、以下のように分解できます。
- その医薬品・医療機器(以下、商品)を扱っている病院
- 商品を処方・利用する医者
- 商品の処方・利用頻度
具体例で考えてみましょう。例えばある病気(病気A)を専門とする病院・クリニックが日本に1,000あったとします。
そして、各病院・クリニックにその病気を治療する専門医が平均2名おり、平均して年間1,000名の患者さんを診て、薬を処方するとします。
すると、その薬の市場規模は
1,000 (病院・クリニック数) x 2人 (医者の数) x 1,000人(患者数) = 200万人分
となります。ここで、その病気に対する医薬品があり、その販売承認が得られており、かつ保険償還(保険からお金が支払われるということ)も得られているとします。
その薬の平均卸価格が5,000円とすると、200万人 x 5,000円 = 100億円、となります。
つまり、この100億円の市場を参入している企業で争うことになります。
消耗品ビジネスを伸ばすためには、
- いかにその商品の適応となる患者さんを増やすか(市場を広げる)
- いかに扱ってもらう病院を増やすか(アクセスを増やす)
- いかに扱ってくれる医者を増やすか(他の治療法・競合との競争に勝つ)
- いかに扱ってくれる医者の処方・利用頻度を増やすか(他の治療法・競合との競争に勝つ)
の4点が既存の市場での売上を考える基本的な切り口になります。
機器の場合も考え方は同じですが、機器の場合は病院やラボごとの購入となることが多いため、より二番目の「いかに扱ってもらう病院を増やすか」がより重要になります。
いかに患者さんを増やすか(市場を広げる)
新しい医薬品・医療機器を世に出す場合、市場そのものを広げる必要があることがあります。
いわゆるQOL(Quality of Life – 生活の質)を改善する新しい薬などは、メーカーが市場を広げる必要がある一つのカテゴリです。
具体例としてファイザー(Pfizer)の勃起不全治療薬のバイアグラを考えてみましょう。
「日本のED(勃起不全)有病者数調査2019」によれば、全国の20-79歳におけるEDの有病者数は軽度型で1,411万人、中程度で720万人、完全型で680万人と、中程度以上の患者数で約1,400万人います。
一方で、EDの治療・相談をしたことがある人は、そのうちの7.6%で、薬を服用したことがあるのは14.5%です。
2019年現在ではEDの治療法として薬があることは一定程度知られていますが、バイアグラが発売された頃には、ED治療薬というのは今ほど知られていませんでした。ファイザーはそこで、以下のように考えました。
全国の中程度以上のEDの有病者の5%が毎月4錠バイアグラを購入するようにすることを目標とする。バイアグラの正規品は50mg一錠で2,000円程度とする。
このような目標値を設定した時、市場規模は
1,400万人 x 5% x 4錠 x 12ヶ月 x 2,000円 = 670億円
になります。年間このくらいの売上が見込めるならば、100億円近い額を営業・マーケティングに使っても、十分以上に利益が出る計算になります。
そこで、ファイザーは「ED(勃起不全)は治る病気です。バイアグラという選択肢があります」と患者さんに大々的に、直接訴えることで市場を広げ、患者さんが直接お医者さんに薬をお願いするような流れを作ることで、売上を伸ばしました。
ファイザーは特許で保護されている期間に積極的にバイアグラを一般消費者向けに広告することで、各国で市場を広げ、バイアグラをブロックバスター(10億ドル以上の売上を持つ医薬品)まで押し上げました。
このような戦略を取るのは、その治療法について自社が独占している、あるいは圧倒的なシェアを持つ時に有効です。独占状態が続く限り、市場を拡大することがそのまま自社の売上拡大に繋がります。
一般的には、特許が切れてジェネリックが出る段階で、市場を広げても他のジェネリックメーカーが漁夫の利を得てしまうため、特許を持つメーカーは市場全体を拡大させる施策を止めます。
いかに扱ってもらう病院を増やすか(アクセスを増やす)
商品をある病院に取り扱ってもらえるようにするのは、アクセスの問題です。
国にもよりますが、大別して病院は政府が運営する公的病院と私立病院の二つに分かれます。
- 公的病院:営利目的でない病院。予算の制約が政府によって決まる
- 私立病院:営利目的の病院。予算の制約は病院のマネジメントにより決まる
公的病院のアクセスは国によりますが、国の販売承認とを得たらその病院に販売することができる場合もあれば、その州や地方の入札に参加しなければならない場合もあります。その場合、「入札で選ばれる」、というステップが必要になります。
現実には保険償還が得られていないと扱わない病院が多いため、①国からの販売承認、②保険償還(国または民間保険)、③入札(行われている国や地域であれば)、の2または3段階のステップが必要になります。
私立病院も同様で、国からの販売承認、保険償還がほぼ必須になります。
加えて、多くの私立病院は購買力を上げるために購買ネットワークであるGPO (Group Purchasing Organization)の一メンバーとなっており、多くの場合はGPOと交渉し、商品をGPOの購買リストに載せてもらう必要があります。
例えば、ある病気について、50%の患者さんが公的病院へ行き、50%の患者さんは5つある私立病院の病院グループのどこかに行くとします。
すると、その病気に対する商品の販売承認と保険償還を取得したとしても、それだけでは公的病院へのアクセスしかなく、半分の市場にしかアクセスすることができません。
私立病院までアクセスを広げるためには、個別に一つ一つの私立病院のネットワークと交渉し、市場を広げていくことが必要になります。
また、アクセスの問題は最終購買者である病院だけではありません。
流通業者が力を持っており、その病院に販売するためには特定の流通業者を利用しなければならない場合もあります。
例えば国によっては、「病院の経営者の親族が医療機器の流通業者を営んでおり、その病院にアクセスするためにはその流通業者を通さなければならない」、というのもよくある話です。
また、あるメーカーが一部の商品の分野でその流通業者をリベートなどで押さえてしまい、他のメーカーを入れなくして特定の病院を囲い込む、というようなこともあります。
病院へのアクセスをどう広げるか、は特に卸の構造が複雑な発展途上国でより重要な質問ですが、先進国についてもどの病院・保険へのアクセスがあるか、は重要です。
いかに扱ってくれる医師を増やすか
多くの国で、どの医薬品、医療機器を使うべきかという選択において、臨床面では医師が最も大きな影響力を持っています。
特に新しい商品を病院に導入する際には、所属する医師からの推薦や提案が必要なことが多く、その商品の効果・安全性を理解して勧めてくれる医師の存在が重要になります。
マーケティングの定石である購買の流れにのっとれば、商品について、知ってもらい、関心を持ってもらい、調べてもらい、試す・購入してもらい、その体験をシェアしてもらうことが必要になります。いわゆるAISAS(Attention, Interest, Search, Action, Share)の流れです。
- 知ってもらう、関心を持ってもらうための施策:学会でのブース設置、講演会、営業訪問、デジタルマーケティング(ウェビナー、メール、論文雑誌や医療メディアへの広告など)、論文執筆を支援等
- 調べてもらう:デジタルコンテンツ、教育コンテンツの充実化、SNSなどのプラットフォームの利用
- 試す・購入してもらう:営業活動、販促支援、商品トレーニング等
- シェアしてもらう:プロクターシップ(医師が医師へ技術指導すること)、講演会、SNS等
*マーケティングの購買行動のフレームワークについてより知りたい方は、「購買行動モデル (AIDMA/AISCEAS) | 人がモノやサービスを買う流れ」、をご覧ください。
どの領域でも一部の医師が大半の患者さんを診ていることが多く、必然的に「多くの患者さんを診る」または「影響力のある」医師にどれだけ商品が使われているかが重要になります。
多くの医薬品・医療機器の新製品の売上は導入からだんだんと増えていきます。
これは、導入の際にトレーニングや説明が必要なため、だんだんと扱ってくれるお医者さんが増えていくことが主な理由です。アクセスが広がり、扱ってくれる医師の数が増えていくことで、だんだん売上が増えていきます。
ここは医薬品・医療機器と一般消費財の売上との大きな違いです。
多くの一般消費財は新商品として出てから1年以内に売上がピークを迎え、それからだんだんと下がっていくケースが多いのに対し、医薬品・医療機器の場合、商品が市場に浸透するまでの速度が遅いため、競合が出てくるまでは右肩上がりなことが多いです。
いかに頻度を増やしてもらうか
ある商品を扱ってくれる医師の数を増やす活動に加え、その商品の使用頻度を上げてもらうための活動も必要になります。
「ある病気に対して、一つしか薬や医療機器がない」、という状況は希少疾患を除いては少なく、ほとんどの病気の場合、現状で複数の治療法が存在します。
医師はそれぞれの患者さんに応じて最適な医薬品・医療機器の使用を決定します。
この「最適な」の基準は主観的です。国や学会が特定の病気に対して「それぞれの治療法に対してどの程度エビデンスにより効果が認められているか」のガイドラインを出していますが、ガイドラインを踏まえてどのような判断をするか、は個々の医師に任されている国が多いです。
例えば、あるお医者さんは患者さんには治療法Aが最善だと考える一方で、違うお医者さんは治療法Bが最善だと考える、ということは一般的です。この「最適な」の判断には様々な要素が関係してきます
- 医師自身の臨床経験・トレーニング経験
- 学会のガイドライン
- その医師が所属する病院やグループで権威のある・尊敬されている人の選択
- 論文データ
- 医療メーカーとの信頼関係
医療メーカーは、医師への商品の使い方のトレーニング、臨床データの積み重ねのサポート、などを通じて商品の良さを広めようとします。
医療マーケティングで重要なのはこの治験データ・論文であり、これらのデータをどう生み出すか、活用するか、は特に重要です。この点については別の記事でまた解説します。
投資家としての視点
これまでに書いてきたように、ある商品の売上については
- ある疾患の中で、商品が属する治療法の占める割合はどの程度か
- アクセスがあるか(承認を得ているか、公的・民間の保険償還を得ているか、GPOと契約できているか)
- 扱っている病院・医師の数がどのくらいいるか
- 商品の扱われている頻度はどの程度か
を見ることで評価できます。
また、その商品が臨床データで有効性・安全性が示されているか、他の治療法と比べても良い結果が出ているかどうか、どの病院・医師が論文を書いているか、を見ることでもその商品の競争力の強さを測ることができます。
次の記事では実際の企業を元に、これらの視点から見ていきます。
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