東京女子医大でボーナスを支給しない・する、看護士が大量に辞める・辞めない、などの見出しがニュースを賑わせています。しかし、東京女子医大の置かれた状況は決して特殊な例ではありません。
今回は日本の病院経営、新型コロナが病院経営に与える影響、今後の影響について書いていきます。
目次
日本の病院経営
そもそも、日本の病院は利益率が低く、固定費の割合が高い病院が多いため、変化に弱い収益構造です。
実際、昨年の段階で日本は約半数の病院が赤字状態にありました。(特に国立・公立病院。医療法人は全体としては黒字)
例えば、2020年7月8日に発表された、「新型コロナウイルス感染症の病院経営への影響-医師会病院の場合-」 で回答があった58の病院の平均的な収益構造をみてみましょう。
この資料によると、2019年3-5月の平均的な収益は月に3億円で、そのうち70%以上が入院、20%程度が外来からの収益です。
病院によって入院・外来の比率は異なりますが、入院では手術や高額な検査をすることが多いことから、他の病院でも入院が収益の大半を占めることが多いです。
一方、支出をみてみますと、給与費で月に1.65億円と55%程度が職員(医師、看護師、スタッフなど)への給与です。委託費の2500万円の一部も外注している人件費と考えれば、人件費だけで60%を超えます。
減価償却費の5%も合わせれば、70%近くが固定費になります。つまり、病院は固定費の比率が大きい業種です。
変動費である材料費(医薬品・医療機器)は6,300万円と約20%ですが、こちらも様々な理由から特定の医薬品・医療機器の利用が求められることもあり、削ることがそこまで容易ではない費用です。
収益構造を見ると、支出カットで利益を上げようとするのが難しいことがわかります。
すると、収益を改善するためには収入をあげるために
- 患者数を増やす
- 患者あたりの単価を増やす
ことが必要になります。
患者数を増やすためには経営の能力が必要となります。
しかし、日本は医療法上、医師でないと病院経営ができません。医師としての能力と経営能力が必ずしも一致しないことが、日本の病院経営で赤字状態が続いていることの一つの理由です。
また、患者あたりの単価も、医療費抑制の流れからの診療報酬や医薬品・医療機器の単価引き下げの方針により、今後は下落傾向が見込まれます。
つまり、収益を増やすための環境としては、かなり苦しい内部環境と外部環境です。
収益改善のために打てる施策の具体例
打てる施策の具体例の一部は以下のようになります。基本的には、特化して、オペレーションを改善するという方向になります。病院経営に秀でた人材を採用し、それを現場レベルで落とし込む必要があるため、実行面に課題があります。
- 特化する:全ての病院が全ての専門分野で秀でるのは困難です。むしろ、専門特化した方が、医療従事者の専門性が高まって評価が高まると同時に、生産性も高まり、経営的にもプラスになることが多いです。難しいのは「多くの科を持って欲しい」、というニーズが地域からある場合で、経営の最適化と利害関係者の意向の方向性が異なる場合も特に公立病院ではよくあります。
- 管理スタッフに優秀な人材を配置する:多くの病院では臨床重視、経営軽視の文化が根付いており(医師が最も偉く、医師が仕入れるといった機材・医薬品・医療機器を言われるがまま仕入れる)、購入の最適化がされていません。例えば、同じベンダーに違う科から別々に発注していたりしますが、これをまとめるだけで一回あたりの発注量が増え、ディスカウントを得られたりします。ただし、医師からの抵抗があることも多いという話はよく聞きます。
他にも数多くの「定石」があります。
新型コロナの病院経営への影響
新型コロナが流行したことにより、下記のような影響がありました
- 患者さんが病院にいくのを怖がり、外来・入院患者数が減少した
- コロナ患者を受け入れた病院は隔離が必要となるため、部屋やベッドの利用率を下げざるを得ず、入院による収入が減少した
- 手術を行えなくなった(患者さんからの延期の依頼、政府からの自粛要請、ベッドや医療物資確保などの理由により)ために手術の売上が減少した
これらの理由により、4月は全国の病院で平均的に収入が減少しました。
5月27日に発表された、日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会の合同調査によりますと、昨年4月の利益率が平均して1.5%であったのに対し、2020年4月はマイナス8.6%と赤字に転落しました。
特にコロナ患者の入院を受け入れた病院は外来、入院ともに前年比10%以上の減収となっており、受け入れを行っていない病院よりも下落幅が大きくなりました。
「赤字が出ている状況で、ボーナスを出す原資がない」、というのはほとんどの病院に当てはまる状況でしょう。
東京女子医大の例は全てカットということで注目を浴びましたが、どの病院も同じような判断をしてもおかしくない状況にありました。
「赤字のために人件費を追加で出せない」というのはコロナ前でも日本の半数近くの病院が抱える課題であり、新型コロナによりさらに状況が悪化したと言えるでしょう。
今後の展開
政府は第二次補正予算案を組み、「ウイルスとの長期戦を戦い抜くための医療・福祉体制の確保」として2兆7000億円を医療機関の支援に充てることを決めました。
この資金注入により、医療機関はしばらくの間、少しは持ち堪えることができると思います。
しかし、新型コロナについても現在の抗体が長続きしないという研究結果を見る限り、私たちは新型コロナとしばらくの間は共生しなければならないでしょう。
入院・外来の減少はコロナがおさまるまで続くことが予想され、今回の支援に続いて、何らかの支援が医療機関の「倒産」を食い止めるために必要でしょうし、短期的には、また補正予算が組まれる可能性は高いと考えられます。
より深刻な長期的な課題としては、今回のコロナ危機が日本の医療機関の職場の「ブラックさ」を明らかにしたことです。
長時間勤務、上がらない待遇、感染症にさらされるリスク、の中で懸命に奮闘する日本の医療従事者はその貢献に見合った称賛を得られていないように思いますし、「割に合わない」と感じる人が増えると、医療従事者を志す若者や現役の医療従事者の減少に繋がります。これは、日本の医療業界の未来にとって悪影響です。
日本の医療を支える医療従事者の方々が報われるよう、政府の支援と病院経営の改善に期待したいところです。
なぜ新型コロナが医療機関の収益を悪化させるのか、海外の状況はどうか、についてより知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
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