MBAで得た知識を現実のビジネスに適用する際には、多くの新しい視点を与えてくれました。下記は僕の思考のプロセスのまとめです。
戦略を戦術で修正するには多大な投資が必要。しかし、現実には実現するのが難しい
戦略には定石があります。勝つための戦略は、大きく分けて、3つです。
- 差別化戦略
- コスト戦略
- ニッチ戦略
差別化戦略は自社を他社から差別化させ、競争に勝つ方法です。「他の企業よりも良いと顧客が感じる価値」を提供する他に、「他の企業が提供できていない顧客が求める価値」を提供することで、差別化することができます。
差別化戦略をとった場合、製品の優位性に加えて、ブランド、ネットワーク効果、エコシステム構築によるスイッチングコスト、良い立地・販売チャネル・特許などの独占技術・規制・自然資源など限りある資源の独占、などが持続的な競争優位性を生み出す源泉となります。
コスト戦略は低価格で顧客を勝ち取る戦略です。コスト戦略を用いる場合は、大量に商品・サービスを提供することで、商品の生産・サービスの提供コストを下げること、加えて大量に生産することによる学習効果で競合より先にコストを下げていくことが鍵になります。
他社よりも先んじて価格を下げて大量に販売し、コストを下げて、さらに価格を下げて販売して大量に生産し、コスト構造で勝つ、のは王道の低価格戦略の一つです。
ニッチ戦略は差別化とコスト戦略の組み合わせです。限られた市場の一部に資源を集中して投下することで、その限られた市場で優位性を維持し、圧倒的なシェアを確保する方法です。
逆に言えば、この3つの定石から外れた戦略をとっても、なかなかうまくは行きません。
例えば、
- ブランドで劣る2番手以下の企業がシェアNo.1のリーダー企業と同じ競争軸で差別化しようとする
- 他社と比較してシェアが低く、コスト競争力もない企業が価格を下げて、市場の価格競争を誘発する
- 資本力が限られるベンチャー企業が大企業が支配する市場において、市場全体を取りに行くようなマーケティング戦略を取る
ことは多くの企業で見られますが、これらは筋から外れた戦略です。
「優れた商品を出せばシェアが取れるに違いない」、「価格を下げれば売れるに違いない」というのもよく聞く議論です。
しかし、そもそも「その違いに顧客が価値を感じるかどうか」、またその「違い」は人が異なる製品を使うのに伴う経済的・感情的なコストよりも大きいのかどうか、「価格を下げた時に競合はどう反応するのか」を考える必要があります。
人は、慣れ親しんだ製品・サービスからなかなか移らないものです。
例えば、医療メーカーの世界で言えば、製品・サービスと価格以外にも下記のような要因が購買の決定に影響してきます
- トレーニングの蓄積: 研修医時代から用いている薬・医療機器に慣れ親しんでおり、移りたくない
- スイッチングコスト: 慣れ親しんだ薬・医療機器から違う新しい製品に移る場合、新たに学び直さなければならない。その際に時間的・精神的なコストがかかる
- 臨床的な裏付け: すでに市場にある医薬品・製品の方が、臨床データが蓄積されており、効果や安全性が証明されている
- 権威・影響力のある医師の影響: 病院内での指導医や学会内で影響力のある医師が推薦している場合、信頼性が増す。人的なネットワーク効果。
- 営業・臨床サービスとの関係性: サービス提供者のサービスを信頼している、頼りにしている、あるいは親しみを感じている、ためにその関係性に価値を感じている
- ロックイン: 契約上の縛りで、病院がある製品・サービス提供者からしか購入できないようになっている。行政単位での入札や個別契約など
- ブランド: その製品サービスを提供しているブランドを信頼している。価値を感じている
これらの製品以外の要因は、人がある製品から違う製品にうつることを躊躇させます。
これらは市場で二番手以降に対して高いシェアを持つリーダー企業にとっては有効に活用して現在のポジションを守ることに使えますが、二番手以降の企業はこれらの要因をいかにして乗り越えていくか、が課題になります。
本来はこれらの「シェアを奪うことを妨げる」要因は全社戦略として議論し、そこから個別の製品の議論として何が求められるか、現場レベルのマーケティング戦略としてどのようなことを行うべきか、と上流から下流にきれいに流れることが理想です。
上記の例で言えば、下記のような策が考えられます。
- トレーニングの蓄積:大学病院、指導医と協働し、研修医が専門性を高めることを支援する
- スイッチングコスト:トレーニングを継続的に提供することで、異なる医薬品・製品を利用する心理的なハードルを下げ、新しい医薬品・製品の有効性・安全性を感じてもらう
- 臨床的な裏付け:治験を自社で行い臨床データを蓄積する、あるいは病院・医師と協力して治験を行いデータを蓄積する
- 権威・影響力のある医師の影響:影響力のある医師に医薬品・製品を試してもらい、有効性・安全性を感じてもらう。
- 営業・臨床サービス担当者との関係性:営業・臨床サービス担当者が長期的に企業に居続けるような魅力的な環境を構築する。継続的なトレーニングを実施し、高いコミュニケーション能力、臨床サービス能力を構築し、顧客に提供する
- ロックイン:入札やネットワークにおいてどのような価値を顧客が求めているかを把握し、創造的な方法で価値を提供し、選ばれる
- ブランド: 継続的に優れた製品・サービスを市場に投入し、顧客に機能的・感情的・社会的な価値を提供し続けることで築いていく
これらの要因を議論しないまま事業戦略が決定された場合、販売会社レベルの営業・マーケティングの努力でこれらのハードルを乗り越えるためには多くの投資が必要となります。
しかし、二番手以降の企業の場合、市場のリーダー企業と比べて使えるマーケティング費用が低いことも多く、短期的なトップライン(売上)とボトムライン(利益)の両方を求められると、長期的な投資がしにくいのも現実です。
ボトムラインを確保するために短期で投資を絞り、結果として長期の成長を妨げる、というのはどの企業でもある話です。
販売会社の視点からは、この短期と長期のストーリーをいかに伝え、本社に影響力を行使するかが鍵になります。
上記のような要因を成功の鍵となる要因(Key Success Factor)として測定することによって、進捗を報告することも一つの影響力を行使する方法でしょう。
一方、本社で全社戦略、事業部戦略、商品戦略など戦略や企画を行う人の視点からは、現場から離れていることもあり、数字以外の現場の状況は見えにくいものです。
実際に現場に出て、販売会社が直面する現実を知ると同時に、短期だけでなく、長期を考えた投資を行う必要性を認識することが重要です。
販売会社の最重要課題は、人のマネジメントである
販売会社の役割は、製品・サービスを販売し、売上と利益を上げることです。
専門性が高く、業界、専門領域を理解していわゆる「一人前」の営業・マーケターとなることに時間がかかる業界の場合、特に人が重要となります。
営業に求められる要素は、以下の3つです。
Relationship Building (関係性を築く力)、Technical Skill (専門領域の知識やサービス提供の技能)、Business Acumen (ビジネスマンとしての力)。
関係性を築く力は営業のベースとなる力です。顧客やチャネルと関係を築くことができなければ、そもそもの役割を果たせません。残りの2つのうち、Technical Skillが優れていればサポート担当に向き、ビジネスマンとしての力に優れていれば営業に向きます。
日々の製品の説明、トレーニングやサービスの提供を担う担当者は会社の顔です。優れた営業担当者は会社の財産であり、いかに優れた営業担当者を採用し、育成し、やる気を持ってもらい、組織に貢献し続けてもらうか、はどの販売会社にとって最重要の課題の一つです。
特に「いかにこのチームに居続けたい、貢献したい」と感じてもらうような環境作りは基本です。
一人の営業担当者が辞めたことにより、その営業担当者を信頼していた大口のお客さんを失う、ということはどの業界でも起こり得ます。
特に関係性が長い方が信頼を得やすい業界では、担当者が数年でコロコロと入れ替わる状態ですと、信頼も得にくく、継続的なビジネスを得ることが難しくなります。
どう人を育成するか、継続的にモチベーションが高い状態でいてもらうか、やる気がある人材に長く組織にいてもらうか、は結局は人のマネジメントの問題です。
僕自身は、営業チームのモチベーションを考えるときには、STORMを考えるようにしています。こちらは、一般的なフレームワークではなく、様々な文献や経験をまとめた中でしっくりきている、僕の考えです。
- S: Self-Satisfaction (自己実現):成長している、自分自身の目標に向かっている、と感じている充実感・達成感
- T: Teamwork (チームワーク):チームとして共通の目標に向かって、それを成し遂げているという達成感。チームが好きだという社会的な帰属感
- O: Opportunity (機会):組織にい続けることで得られる昇進・異動などの機会
- R: Recognition (認められる):組織でほめられる、認められること、組織が注目してくれていることへの喜び
- M: Money (金銭): 金銭的な対価。頑張ることで得られる金銭的なアップサイド(ボーナス、セールスインセンティブ等)
これらの要因に最も大きな影響を与えるのは、営業マネジャーです。
もし営業マネジャーであればこれらの要因をきちんと自分がチームに満たせているかどうかをチェックする、営業マネジャーに影響力を及ぼす立場であれば、営業マネジャーがこれらの要因を満たせているかどうかを議論するのが良いと考えています。
将来どうなりたいのか、強みも弱みも、何を楽しいと感じて何を楽しくないと感じるのか、どうやって学ぶのが好きなのか、は人により異なります。また、それぞれが置かれているキャリアや家庭の状況も異なります。営業マネジャーは担当者の一人一人を理解して、適切な機能的、感情的なサポートを提供することが必要です。
また、モチベーションは車輪の一つであり、スキルはもう片方の車輪です。医療の世界の場合は、臨床と営業の両方に強みを持つ人材ばかりではないので、時に片方に強みを持つ人にもう片方のスキルを身につけてもらうことも必要になります。
営業のノウハウは各社で体系化されていることもありますが、営業マネジャーが独自のノウハウを持っていることもあります。
何れにしても、営業担当が効果的に営業ができていない場合は、期待値が明確になっているか、営業プロセスの可視化を通じて何が課題で、どんなサポートが必要か、を見極める必要があります。それは営業マネジャーの重要な仕事の一つです。
一方、営業マネジャーはプレイングマネジャーとして自分自身で営業に関わることも多く、営業型のマネジャーにとってはなかなか部下一人一人を見ることが時間的に難しいことも現実です。
その場合、この役割を果たせる人を代わりに置く必要があるかもしれません。