医療機器販売会社の戦略の考え方

MBAで得た知識を現実のビジネスに適用する際には、多くの新しい視点を与えてくれました。下記は僕の思考のプロセスのまとめです。

戦略を戦術で修正するには多大な投資が必要。しかし、現実には実現するのが難しい

戦略には定石があります。勝つための戦略は、大きく分けて、3つです。

  • 差別化戦略
  • コスト戦略
  • ニッチ戦略

差別化戦略は自社を他社から差別化させ、競争に勝つ方法です。「他の企業よりも良いと顧客が感じる価値」を提供する他に、「他の企業が提供できていない顧客が求める価値」を提供することで、差別化することができます。

差別化戦略をとった場合、製品の優位性に加えて、ブランド、ネットワーク効果、エコシステム構築によるスイッチングコスト、良い立地・販売チャネル・特許などの独占技術・規制・自然資源など限りある資源の独占、などが持続的な競争優位性を生み出す源泉となります。

コスト戦略は低価格で顧客を勝ち取る戦略です。コスト戦略を用いる場合は、大量に商品・サービスを提供することで、商品の生産・サービスの提供コストを下げること、加えて大量に生産することによる学習効果で競合より先にコストを下げていくことが鍵になります。

他社よりも先んじて価格を下げて大量に販売し、コストを下げて、さらに価格を下げて販売して大量に生産し、コスト構造で勝つ、のは王道の低価格戦略の一つです。

ニッチ戦略は差別化とコスト戦略の組み合わせです。限られた市場の一部に資源を集中して投下することで、その限られた市場で優位性を維持し、圧倒的なシェアを確保する方法です。

逆に言えば、この3つの定石から外れた戦略をとっても、なかなかうまくは行きません。

例えば、

  • ブランドで劣る2番手以下の企業がシェアNo.1のリーダー企業と同じ競争軸で差別化しようとする
  • 他社と比較してシェアが低く、コスト競争力もない企業が価格を下げて、市場の価格競争を誘発する
  • 資本力が限られるベンチャー企業が大企業が支配する市場において、市場全体を取りに行くようなマーケティング戦略を取る

ことは多くの企業で見られますが、これらは筋から外れた戦略です。

「優れた商品を出せばシェアが取れるに違いない」、「価格を下げれば売れるに違いない」というのもよく聞く議論です。

しかし、そもそも「その違いに顧客が価値を感じるかどうか」、またその「違い」は人が異なる製品を使うのに伴う経済的・感情的なコストよりも大きいのかどうか、「価格を下げた時に競合はどう反応するのか」を考える必要があります。

人は、慣れ親しんだ製品・サービスからなかなか移らないものです。

例えば、医療メーカーの世界で言えば、製品・サービスと価格以外にも下記のような要因が購買の決定に影響してきます

  • トレーニングの蓄積: 研修医時代から用いている薬・医療機器に慣れ親しんでおり、移りたくない
  • スイッチングコスト: 慣れ親しんだ薬・医療機器から違う新しい製品に移る場合、新たに学び直さなければならない。その際に時間的・精神的なコストがかかる
  • 臨床的な裏付け: すでに市場にある医薬品・製品の方が、臨床データが蓄積されており、効果や安全性が証明されている
  • 権威・影響力のある医師の影響: 病院内での指導医や学会内で影響力のある医師が推薦している場合、信頼性が増す。人的なネットワーク効果。
  • 営業・臨床サービスとの関係性: サービス提供者のサービスを信頼している、頼りにしている、あるいは親しみを感じている、ためにその関係性に価値を感じている
  • ロックイン: 契約上の縛りで、病院がある製品・サービス提供者からしか購入できないようになっている。行政単位での入札や個別契約など
  • ブランド: その製品サービスを提供しているブランドを信頼している。価値を感じている

これらの製品以外の要因は、人がある製品から違う製品にうつることを躊躇させます。

これらは市場で二番手以降に対して高いシェアを持つリーダー企業にとっては有効に活用して現在のポジションを守ることに使えますが、二番手以降の企業はこれらの要因をいかにして乗り越えていくか、が課題になります。

本来はこれらの「シェアを奪うことを妨げる」要因は全社戦略として議論し、そこから個別の製品の議論として何が求められるか、現場レベルのマーケティング戦略としてどのようなことを行うべきか、と上流から下流にきれいに流れることが理想です。

上記の例で言えば、下記のような策が考えられます。

  • トレーニングの蓄積:大学病院、指導医と協働し、研修医が専門性を高めることを支援する
  • スイッチングコスト:トレーニングを継続的に提供することで、異なる医薬品・製品を利用する心理的なハードルを下げ、新しい医薬品・製品の有効性・安全性を感じてもらう
  • 臨床的な裏付け:治験を自社で行い臨床データを蓄積する、あるいは病院・医師と協力して治験を行いデータを蓄積する
  • 権威・影響力のある医師の影響:影響力のある医師に医薬品・製品を試してもらい、有効性・安全性を感じてもらう。
  • 営業・臨床サービス担当者との関係性:営業・臨床サービス担当者が長期的に企業に居続けるような魅力的な環境を構築する。継続的なトレーニングを実施し、高いコミュニケーション能力、臨床サービス能力を構築し、顧客に提供する
  • ロックイン:入札やネットワークにおいてどのような価値を顧客が求めているかを把握し、創造的な方法で価値を提供し、選ばれる
  • ブランド: 継続的に優れた製品・サービスを市場に投入し、顧客に機能的・感情的・社会的な価値を提供し続けることで築いていく

これらの要因を議論しないまま事業戦略が決定された場合、販売会社レベルの営業・マーケティングの努力でこれらのハードルを乗り越えるためには多くの投資が必要となります。

しかし、二番手以降の企業の場合、市場のリーダー企業と比べて使えるマーケティング費用が低いことも多く、短期的なトップライン(売上)とボトムライン(利益)の両方を求められると、長期的な投資がしにくいのも現実です。

ボトムラインを確保するために短期で投資を絞り、結果として長期の成長を妨げる、というのはどの企業でもある話です。

販売会社の視点からは、この短期と長期のストーリーをいかに伝え、本社に影響力を行使するかが鍵になります。

上記のような要因を成功の鍵となる要因(Key Success Factor)として測定することによって、進捗を報告することも一つの影響力を行使する方法でしょう。

一方、本社で全社戦略、事業部戦略、商品戦略など戦略や企画を行う人の視点からは、現場から離れていることもあり、数字以外の現場の状況は見えにくいものです。

実際に現場に出て、販売会社が直面する現実を知ると同時に、短期だけでなく、長期を考えた投資を行う必要性を認識することが重要です。

販売会社の最重要課題は、人のマネジメントである

販売会社の役割は、製品・サービスを販売し、売上と利益を上げることです。

専門性が高く、業界、専門領域を理解していわゆる「一人前」の営業・マーケターとなることに時間がかかる業界の場合、特に人が重要となります。

営業に求められる要素は、以下の3つです。

Relationship Building (関係性を築く力)、Technical Skill (専門領域の知識やサービス提供の技能)、Business Acumen (ビジネスマンとしての力)。

関係性を築く力は営業のベースとなる力です。顧客やチャネルと関係を築くことができなければ、そもそもの役割を果たせません。残りの2つのうち、Technical Skillが優れていればサポート担当に向き、ビジネスマンとしての力に優れていれば営業に向きます。

日々の製品の説明、トレーニングやサービスの提供を担う担当者は会社の顔です。優れた営業担当者は会社の財産であり、いかに優れた営業担当者を採用し、育成し、やる気を持ってもらい、組織に貢献し続けてもらうか、はどの販売会社にとって最重要の課題の一つです。

特に「いかにこのチームに居続けたい、貢献したい」と感じてもらうような環境作りは基本です。

一人の営業担当者が辞めたことにより、その営業担当者を信頼していた大口のお客さんを失う、ということはどの業界でも起こり得ます。

特に関係性が長い方が信頼を得やすい業界では、担当者が数年でコロコロと入れ替わる状態ですと、信頼も得にくく、継続的なビジネスを得ることが難しくなります。

どう人を育成するか、継続的にモチベーションが高い状態でいてもらうか、やる気がある人材に長く組織にいてもらうか、は結局は人のマネジメントの問題です。

僕自身は、営業チームのモチベーションを考えるときには、STORMを考えるようにしています。こちらは、一般的なフレームワークではなく、様々な文献や経験をまとめた中でしっくりきている、僕の考えです。

  • S: Self-Satisfaction (自己実現):成長している、自分自身の目標に向かっている、と感じている充実感・達成感
  • T: Teamwork (チームワーク):チームとして共通の目標に向かって、それを成し遂げているという達成感。チームが好きだという社会的な帰属感
  • O: Opportunity (機会):組織にい続けることで得られる昇進・異動などの機会
  • R: Recognition (認められる):組織でほめられる、認められること、組織が注目してくれていることへの喜び
  • M: Money (金銭): 金銭的な対価。頑張ることで得られる金銭的なアップサイド(ボーナス、セールスインセンティブ等)

これらの要因に最も大きな影響を与えるのは、営業マネジャーです。

もし営業マネジャーであればこれらの要因をきちんと自分がチームに満たせているかどうかをチェックする、営業マネジャーに影響力を及ぼす立場であれば、営業マネジャーがこれらの要因を満たせているかどうかを議論するのが良いと考えています。

将来どうなりたいのか、強みも弱みも、何を楽しいと感じて何を楽しくないと感じるのか、どうやって学ぶのが好きなのか、は人により異なります。また、それぞれが置かれているキャリアや家庭の状況も異なります。営業マネジャーは担当者の一人一人を理解して、適切な機能的、感情的なサポートを提供することが必要です。

また、モチベーションは車輪の一つであり、スキルはもう片方の車輪です。医療の世界の場合は、臨床と営業の両方に強みを持つ人材ばかりではないので、時に片方に強みを持つ人にもう片方のスキルを身につけてもらうことも必要になります。

営業のノウハウは各社で体系化されていることもありますが、営業マネジャーが独自のノウハウを持っていることもあります。

何れにしても、営業担当が効果的に営業ができていない場合は、期待値が明確になっているか、営業プロセスの可視化を通じて何が課題で、どんなサポートが必要か、を見極める必要があります。それは営業マネジャーの重要な仕事の一つです。

一方、営業マネジャーはプレイングマネジャーとして自分自身で営業に関わることも多く、営業型のマネジャーにとってはなかなか部下一人一人を見ることが時間的に難しいことも現実です。

その場合、この役割を果たせる人を代わりに置く必要があるかもしれません。

Royalty Pharma(RPRX)分析。強みと株価

2020年夏の大型IPOであるロイヤルティファーマ(Royalty Pharma)について、業界の中での位置付け、強み、製品、株価について分析したいと思います。

ロイヤリティファーマの業界の中における位置付け

Royalty Pharmaのビジネスはベンチャーキャピタルに近く、「将来巨額の売上を生み出しそうな薬やその薬を開発している会社に投資をして、そこからリターンを得る」、というモデルになります。

Royalty Pharmaの詳しいビジネスに関してはNekoさんのRoyalty PharmaのNoteで詳しく書かれているので、こちらを参照していただくと良いと思います。僕はヘルスケア業界の観点から、Royalty Pharmaの位置付けについて書きます。

製薬はリスクが高い業界です。

医薬品の製品開発プロセスは、基礎研究、動物による治験、人での治験と段階を経て有効性と安全性を確認する必要があり、通常は10年以上かかります。

人での治験まで進んだとしても、3つのフェーズを通過して販売承認を得られる薬は8つに1つなので、投資しても報われるかどうかはわかりません。

近年では新薬の開発が特に難しくなっており、一つの製品を開発・販売するまでには$2.6b、販売後のモニタリングで$0.3mで合計約$3b (3,150億円)かかります(Joseph (2016) “Innovation in the pharmaceutical industry:New estimates of R&D costs”, Journal of Health Economics 2016)。

開発費は高騰を続け、過去10年でほぼ2倍になっています。

このように製薬は長期に渡って高い研究開発費を支払っても薬として承認されるかどうかわからない、リスクが高いビジネスです

薬を生み出すのはそれだけ大変であるため、どの国も「特許」を薬に与えて、製薬会社が独占的にその薬を販売して利益を享受することを認めています。

「新薬開発というリスクの高いプロジェクトに投資をしていたのだから、開発費を回収して、次の薬に投資をできるだけの利益を得て良いよ」、ということですね。

期間は米国の場合、出願日から20年です。この特許で保護されている期間は、きちんとした有効性と安全性がある薬で、競合が出て来なければ、収益は右肩上がりで伸びていることが多いです。

つまり、「新薬が出るまではリスクが高い」ですが、「薬の販売承認が出て、すでに販売がされている薬はリスクが低い」です。

このようにリスクの高いビジネスを行っていることから、製薬会社からすると「リスクを減らしたい」というニーズがあります。

例えば、「研究開発費用の一部を支払ってもらう代わりに、薬が実際に販売されたときに売上の一部を渡す」ことで、リスクを減らせます。

薬がうまく行ったときには得られる収益が少なくなりますが、うまくいかなかったときの損失も少なくなりますので、うまくいったときとうまくいかなかった時の差が小さくなる、ということです。

また、大学の研究室発の薬など、研究開発を進めて治験を行うための資金がないという場合にも「薬が実際に販売されたときに売上の一部を渡す」契約を結ぶことで、資金調達ができ、薬の開発を進めることができます。

この「将来に薬が販売されたときの売上の一部を渡す」というのがロイヤリティ(Royalty)の仕組みであり、ロイヤリティファーマはこのロイヤリティの仕組みを通じて、製薬会社や研究開発段階の会社に対して、「薬の研究開発リスクの減少」と「研究開発コストの資金調達」、という価値を提供しています。

この役割は薬の開発コストの高まりに伴い、特に研究開発段階の会社において、重要性を増していっています。

ロイヤリティファーマはその名の通り、45を超える薬のロイヤリティを保有しており、これらの薬が販売される度に一定割合が売上として入るようなビジネスの構造になっています。

ロイヤリティファーマの強み

ロイヤリティファーマの強みは3点あります。

規模

1996年以降、ロイヤリティ市場のシェアでロイヤリティファーマのシェアは50%を超え、特に$500mを超える大型案件ではシェアは80%を超えます(Royalty Pharma S-1資料より)。

二番手のシェアは7%程度ということですから、ほぼ一強ということになります。

これは、製薬会社が大型調達を行うことを考えた場合、ほぼロイヤリティファーマに案件が回ってくることを意味します。

ベンチャーキャピタルのような投資先によりリターンが左右されるビジネスにおいて、有望な案件が第一に回ってくることは競争優位に繋がります。

また、45以上の薬で分散されたロイヤリティのポートフォリオを持っていることで、金融機関からしても債権の回収可能性が高い取引先として見なされており、低金利で資金の調達が可能となっています。

低金利で資金が調達であればそれだけ低い利回りでも投資が可能となるため、こちらも競争優位性に繋がります。

投資判断のプロセス

医薬品の市場性を判断するのは、異なる医療の専門分野は異なる市場であるため、幅広い知識と経験が必要となります。

ロイヤリティファーマは20年以上にわたり医薬品に投資を続けており、着実に成功する取引を積み重ね、成功体験と失敗体験が投資判断のプロセスに組み込まれています。

この知識と経験の積み重ねは一朝一夕で真似できるわけではなく、またロイヤリティファーマ一強の市場であるため、他の競合が同等程度の経験を積むことは容易ではありません。

過去の実績に裏付けされた投資プロセスはロイヤリティファーマが持つ競争優位性の2つ目です。

ネットワーク

ロイヤリティファーマは資金だけではなく、ネットワークも提供しています。

医薬品は研究開発がうまくいき、販売承認を取れたとしても、そこから販売するには販売のネットワークを築く必要があります。

そして、販売ネットワークを一から築くにはコストがかかりすぎるため、多くの場合、研究開発段階の企業は、販売承認が得られた時点で大手の製薬会社に買収されるか、もしくは提携して大手の販売ネットワークを使わせてもらうことを選びます。

ロイヤリティファーマは過去のロイヤリティ取引を通じて、大手と研究開発段階企業へのネットワークがあります。このネットワークは過去の取引実績から築かれたものであり、こちらも一朝一夕で真似ができるものではありません。

ネットワークが競争優位性の3つ目です。

ロイヤリティファーマはこれらの3つの強みをもつ業界のリーダー的な存在であり、ロイヤリティ業界が伸びれば、その市場の伸びを享受すると考えられます。

ロイヤリティファーマの製品群

2020年上半期の売上

ロイヤリティファーマの2020年のロイヤリティ受け取りを見ると、ロイヤリティ期間がまだ十分に長い製品については順調に成長しており、上半期は$1bを超える受け取りとなりました。

新型コロナの影響で製薬全体の売上に影響が出ている中、2020年の上半期は2019年のペースを上回っています。

ロイヤリティ受け取り製品 適用 企業 ロイヤリティ期限 2020 上半期 2019
Cystic fibrosis franchise cystic fibrosis Vertex 2037 $235,522 $424,741
Tysabri multiple sclerosis Biogen Perpetual $176,324 $332,816
Imbruvica chronic GVHD Abbvie 2027-2029 $159,222 $270,558
HIV franchise HIV Gilead 2021 $148,379 $262,939
Januvia, Jaumet, Other DPP-IVs diabetes Merck 2022 $69,647 $143,298
Xtandi prostate cander Pfizer 2027-2028 $68,908 $120,096
Promacia Hematology Novartis 2025-2027 $62,401 $86,266
Farxiga/Ongyza Diabetes AstraZeneka $8,257 $0
Prevymis Infectious Diseases Merck $6,413 $0
Crysvita Rare disease Ultragenyx $2,620 $0
Erleaada Cancer $1,772 $0
Emgality Neurology Eli lily $2,236 $0
Tazverk 2034-2036 $0 $0
Nutec migrane Biohaven 2034-2036 $0 $0
Trodelvy Immunomedics Perpetual $0 $0
Others $148,344 $242,767
Sum $1,090,045 $1,883,481

これらの売上高が高い製品群については、多くが2020年代を通じてロイヤリティを受け取ることができます。

加えて、2020年には大型のロイヤリティ切れが続いたため、ロイヤリティ切れの影響が大きく、ポートフォリオ全体のロイヤリティ受け取りは2019年と比較して微減となる見込みです。

ロイヤリティ切れ製品 company 2020 1H 2019
Tecfidera Biogen $0 $150,000
Lyrica Pfizer $12,557 $128,264
Letairis Gilead $22,275 $112,656
Remicade JNJ $0 $6,068
Humira Abbvie $0 $0
Others $3,545 $21,047
Mature Sum $38,377 $418,035
Total $1,128,422 $2,301,516

微減はあまり好ましい数字ではありませんが、2020年は

  • 大型ロイヤリティ切れが起きた
  • 新型コロナの影響で製薬全体の売上に悪影響が出て、ロイヤリティも伸び悩んだ

年になります。その中で、前年度から微減程度のロイヤリティ受け取りを確保できているのはポジティブと考えられます。

ただし、2021年にHIVの特許が、2022年にDPP-IVsのロイヤリティが切れるため、2021年に$300m (15%)、2022年に140m(7%)程度の売上減少が見込まれます。

これらの22%のロイヤリティ減少を既存のロイヤリティの成長と新しいロイヤリティの貢献でカバーし、売上を伸ばせるかが焦点になります。

Immunomedics/Trodelvyの影響

先日ギリアドがTrodelvyを持つimmunomedicsを$21bで買収するとの発表がありました。

ロイヤリティファーマはこのImmunomedicsに$250m投資を行っており、株式を保有していることに加え、Trodelvyについてもロイヤリティを受け取る契約をしています。(Market Insider – Immunomedics and Royalty Pharma Announce Royalty Funding and Stock Purchase Agreements Totalling $250 Millionより)

当時、一株$17.15で$75m分の株式を取得しており、ギリアド の買収提案では一株$88での買収提案のため、単純計算で$300mほどの売却益が入ることになります

$300mは2019年にロイヤリティファーマが受け取ったロイヤリティの15%に相当する額で、一過性とはいえ、少なくない額です。

また、ロイヤリティについても売上の$2bまでは4.15%、そこから段階的に%は下がりますが$6bを超える分も1.75%を受け取れる契約になっています。

仮にTrodelvyが$2bの売上を超える薬になれば、毎年$80m以上の売上の上乗せになります。こちらは今のロイヤリティ受取額から考えると、4%程度になります。HIV、DPP-IVsの売上減をカバーする一つの薬です。

その他のパイプライン

現在はまだ売上が立っていない、今年FDAより承認された薬(Tazverk, Nutec, Trodelvy)も今年の後半から売上に貢献してきます。

さらに2020年に$1.5bの投資を行った、Nurtech、Evrysdi, IDHIFA, PrevimisもFDAから承認され次第、今後ロイヤリティ受取額に貢献してきます。

そのほかにも研究開発段階の薬のロイヤリティをロイヤリティファーマは保有しています(Ibrance等)。

ロイヤリティファーマの今後の見通し

第二四半期の決算報告プレゼンテーションにおいて、ロイヤリティファーマの経営陣は以下のように述べました

  • キャッシュフローを用いて、今後5年間で$7bの投資を行っていく。借入金はクレジットレーティングを考慮して、EBITDAの4倍までを目処に行っていく
  • キャッシュフローの25%以下を配当として支払っていく
  • 2025年まで、ロイヤリティ受け取りは6-9%の成長を見込んでいる。成長の半分は既存のパイプラインから、半分は新規投資からを見込んでいる。

この先数年でHIV、DPP-IVsの製品の特許が切れますが、経営陣は2025年まで成長を続けられるという見通しを出しています。

確かにパイプラインは充実しており、2020年を底として、年率7%以上の成長することも不可能ではないと感じます。

ロイヤリティファーマの株価

ロイヤリティファーマの9月18日の終値は$42で、時価総額は$25b (約2兆7000億円)です。2020年の予想利益からPERを計算すると18.3、2021年の予想利益からPERを計算すると、15.8になります。

Stock Price $ 42.0
Market Cap (m$) $ 25,635
2020 Expected PER 18.3
2021 Forward PER 15.8
2020 Adjusted Cash Flow Receipts per Share 14.6
Stock Outstanding (fully diluted, m) 607

S&P500の終値は$3,320です。2020年、2021年の予想EPSからPERを計算すると、2020年は25.3、2021年は20です。つまり、市場全体よりもPERは低めです。

ロイヤリティファーマは2020年以降の製薬業界の成長率は7%、ロイヤリティファーマの成長は年6-9%程度で推移すると予想しています。これは過去5年のS&P500のEPS成長率よりも高い数字です。

まとめ

  • ロイヤリティファーマはベンチャーキャピタルのように医薬品に投資を行い、リターンを得るビジネスモデル
  • 製薬ロイヤリティ市場の中での圧倒的なリーダー。規模・投資プロセス・ネットワークの3つの競合優位性を持ち、市場の伸びとともに成長が見込まれる
  • 大型ロイヤリティ切れ、新型コロナの影響による製薬全体の売上減少から2019と比べて2020年のロイヤリティ受け取りは微減となる見通し。2021年、2022年と売上高の15%、7%を占める大型の薬のロイヤリティ期限が来る為、今後数年で収益への大きな影響がある。
  • しかし、ロイヤリティ期間が残っている薬は順調に成長しており、かつギリアドが大型買収を行ったTrodelvy含めた薬が2020年下期以降に売上へ貢献を始める。ロイヤリティファーマの経営陣は2025年まで、年6-9%で成長を見込んでいると公表している。
  • 株価は2020、2021年の予想PERを元に計算すると18.3、15.8と現状のS&P500全体の水準と比べると割安な水準。

製薬会社のビジネスについてより詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。

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シルクロードメディカル(SILK)企業・株価分析

製薬・医療機器メーカーに投資をする際には、どのような点に気を付けるとより良い銘柄を発掘できるでしょうか?

今回はNASDAQに上場している医療機器メーカー、シルクロードメディカルを例に、分析していきます。

シルクロードメディカルの製品の市場規模

シルクロードメディカル(SILK)は頸動脈の狭窄(血管が細くなること)から生じる、脳卒中(stroke)を防ぐための医療機器を開発・製造・販売している企業です。2019年よりNASDAQに上場しています。

2018年に頸動脈の狭窄と診断された人は42.7万人でした。そのうち、16.8万人が治療(手術)を受け、その市場規模は$1.0b (1100億円)でした。

逆算すると、既存の治療法の単価は約$6,000になります。

carotid artery stenosis market size

現在の標準治療(標準的に行われている治療法)は2種類あり、CEAと呼ばれる65年近くの歴史を持つ手術とCASと呼ばれる侵襲性が低い(より患者さんへの負担が低い)、比較的新しい治療法です。

Carotid Endarterectomy (CEA) and Carotid Artery Stenting (CAS)

効果や手技の時間が同程度であれば、手術後の感染症のリスクが低いため、侵襲性の低い手術の方が好まれます。手術の割合は83%がCEAで、17%がCASということで、CEAの方がまだまだ主流の標準治療のようです。

ここまでをまとめると、$1b(1100億円)の市場で、CEAとCASという2つの治療法がある。シルクロードメディカルが狙えるのはそのうちの2/3の$665m。$1bという市場規模は医療機器の世界ではそこまで大きくはないですが、小さすぎもしない規模です。

シルクロードメディカルの製品・データ

シルクロードメディカルが提供するENROUTEシステムは単純化して言えば、CASと同じく低侵襲性の手術です。

ステントという狭窄を治療するのに使われる機器を用いている点はCASと同様ですが、ステントを設置する際に血液を逆流させて網で捉えることで、脳卒中の元となる塞栓が脳にいくことを避けています。

Enroute system

「低侵襲性の手術の感染症リスクを抑えるというメリットを保ちながら、血流を逆流させて網で捉えることでCASより脳卒中のリスクを低くしている」、という点がウリになります。

シルクロードメディカルは2015年にFDAより認証を得ています。長いですが、適用(デバイスを使うことが認められている患者さん)は以下のようになります。結構条件が厳しく指定されています。

THIS DEVICE IS INDICATED FOR USE IN CONJUNCTION WITH THE ENROUTE TRANSCAROTID NEUROPROTECTION SYSTEM (NPS) FOR THE TREATMENT OF PATIENTS AT HIGH RISKFOR ADVERSE EVENTS FROM CAROTID ENDARTERECTOMY WHO REQUIRE CAROTID REVASCULARIZATION AND MEET THE CRITERIA OUTLINED BELOW.1) PATIENTS WITH NEUROLOGICAL SYMPTOMS AND >= 50% STENOSIS OF THE COMMON OR INTERNAL CAROTID ARTERY BY ULTRASOUND OR ANGIOGRAM OR PATIENTS WITHOUT NEUROLOGICAL SYMPTOMS AND >=80% STENOSIS OF THE COMMON OR INTERNAL CAROTID ARTERY BY ULTRASOUND OR ANGIOGRAM; 2) PATIENTS MUST HAVE A VESSEL DIAMETER OF 4-9MM AT THE TARGET LESION; AND 3) CAROTID BIFURCATION IS LOCATED AT MINIMUM 5 CM ABOVE THE CLAVICLE TO ALLOW FOR PLACEMENT OF THE ENROUTE TRANSCAROTID NPS.
FDA PMA Database

シルクロードメディカルは下記のような比較で自社の製品であれば、脳卒中リスクを低くできると主張しています。こういった主張をする場合、裏付けとなるデータが必要となります。

comparison of procedures

この比較、実はそのまま受け取ってはいけません。医療業界で「御法度」の比較です

本来、手術の合併症のリスクを比較する場合は、他の条件が一定でなければ正しい比較ができません。

言い換えれば、過去に脳卒中を経験した人であればより脳卒中にかかりやすいなど、リスク要因が異なるために、ある程度手術を受ける人の属性が近いグループを比較する必要があります。

上記の比較は、そもそもの治験に参加した人の属性が同じでないため、リンゴとミカンを比較して、ミカンの方が甘いと言っているようなもので、正しい比較ではありません。かなり危ない見せ方です。

実際に、ROADSTER2(治験の名前です)のデータを論文で見てみると、確かにプロトコルに沿った治療を行ったグループの脳卒中は0.6%ですが、治療を行ったグループの脳卒中は1.9%と高く、プレゼンテーションではあえて良い数字を見せていることがわかります。

実際、条件を揃えてCEAとTCARの比較をしたCleveland Clinic(アメリカで臨床と研究の両方で評価の高い病院です)が出した論文では、TCARとCEAで3ヶ月後、1年後の脳卒中リスクに差がないことが示されています

投資家は誤魔化すことができても、医療機器を販売する相手は病院・医師・保険会社であることから販売する際にデータを求められることは多く、悪い数字は拡販の妨げとなります。

医薬品、医療機器を扱う企業への投資をする際にはきちんと論文や学会で発表されるデータを見た方が良い、という良い例です

とは言っても、シルクロードメディカルの製品には、①手術の時間が短い(=より多くの手術ができて病院経営にプラス)、②脳神経へのダメージのリスクが低い、というメリットがあります。

特に手術の時間が短くて済むのは大きなメリットであるため、製品としてのウリはあると考えられます。

また、技術を学ぶのにそこまで時間がかからないということも書かれていること、競合がイノベーションを積極的に行っている市場ではなさそうですので、シェアを広げやすい市場かと思います。

医療機器の製品を見る際には、その企業が訴えている強みだけではなく、その強みがきちんと臨床データによって裏付けられているかを見る必要があります

シルクロードメディカルの営業・マーケティング

医療機器の売り上げを考える際には、どれだけの病院にアクセスがあるか、どれだけの医師に使われているか、どの程度の頻度で使われているか、が重要です。

シルクロードメディカルの商品はFDAから米国での販売承認を得ており、また米国の公的保険からも保険償還をすでに得ています。

silk road medical q2 results

発表されている数字を元に市場を考えてみると、16.8万人の人が手術を受けて、750の病院が80%の手術を行っているということなので、単純に考えると

16.8万人 * 80% / 750病院 = 180症例/病院

1病院あたり年間180症例ということになります。ある程度この手術を行う医師が2,750人ということですので同様に計算をすると、年間50例です。

2019年でシルクメディカルは半数以上の1,440人にトレーニングを行いました。これは市場の半分程度を占める医師にトレーニングを行えたということで、良い進捗だと考えられます。

一方で、2019年の手術のTCARは8,400例ということで、High Surgical/Standard Riskの両方を合わせた市場全体の5%程度です

トレーニングの時期にもよりますが、トレーニングを受けた医師が年間6例程度ですので、これらの医師の中でのシェアも10%程度です。これは、まだまだ拡大の余地が大きいことを示しています。医療機器の消耗品の売上数量は

  • アクセスのある病院・医師
  • トレーニングをした病院・医師
  • トレーニングをした病院・医師がCEA・CASではなく、TCARを用いる頻度

の掛け算ですので、シルクロードメディカルとしては営業・マーケティングに力を入れて、これらの3つの指標をあげていくと考えられます。

silk medical revenue and procedures

2020年1Qでは2,700症例の販売がありました。トレーニングをした医師の数で割ると、1医師あたり約2例です。

トレーニングをした医師だけでみると、頸動脈の狭窄に対する手術におけるシェアは15%程度取れていますので、悪くない数字です。

1手術あたりの単価は$7,000です。他の手術に対して$1,000程度のプレミアムをとっていることが分かります。

一見して順調に成長しているように見えますが、損益計算書を見ると、また違う姿が見えてきます。

silk road medical PL

2020年の前半について、Cost of goods sold (売上原価)は30%程度で粗利率は70%です。これは医療機器業界の水準からするとやや高いですが、まだ新興企業ですので、数量が増えるに従って割合は減少すると考えられます。

やや懸念なのは、シルクロードメディカルのSGA (営業、マーケティング、一般管理費などのコスト)は売上が$34mなのに対して、SGAだけで$35mかかっている点です。

言い方をかえれば、売上よりも早い勢いで、営業費用が伸びています。これは、営業の数を増やして、より多くの病院・医師にアプローチして、手術の件数を稼いでいることを示しています

新型コロナの影響のために売上の伸びが鈍っているのは仕方ないのですが、年間で$80mの営業費用がかかるような体制ですと、粗利益が75%ほどに改善したとしても、年間110億円程度稼いでトントンです。

これは、シルクロードメディカルの製品が適応となっているHigh Riskの$670mの市場に対して、20%のシェアに相当します。SGAがさらに増加すれば、さらにゴールは遠ざかります。

現状、シルクロードメディカルの製品は一つだけですので、営業効率は良いとは言えません。

今後新しい商品が登場すればより売上を伸ばすことができ、営業効率が改善する可能性がありますが、現状のパイプラインを見る限り、治験情報が集約されているClinicaltrial.govを見ても新しい治験は行っておらず、数年以内だとアクセサリー程度のようです。

それまでは利益率が低い状態が続くことが予想されます。

売上の伸びも大事ですが、営業費用をかければ売上は伸ばせます

効率がどう変化するかも重要な指標ですので、次回以降の決算を注意深く見る必要があります。

シルクロードメディカルの株価

SILK Road Medical Stock Price

シルクロードメディカルは2019年4月に上場して以来、株価は上下の移動を続け、9月4日の終値は$58程度です。発行済み株式数が32.7mであり、2019年の売上で見たときのSales per Equityは$1.87です。

株価を一株あたり売上で割ると、32とかなり成長が織り込まれた株価になっています。

まとめ

  • 医薬品・医療機器の市場を見る時には、「標準治療は何か」を考えよう
  • 医薬品・医療機器の企業を見る時には、プレゼンテーションの主張が、どれだけデータで裏付けされているかを論文で確かめよう。臨床データで裏付けられていればそれはポジティブで、逆であればネガティブ。
  • 医薬品・医療機器はインターネットのサービスと比べて、営業・マーケティング頼りの傾向があり、営業・マーケティングコストが高いことが多い。特に若い企業の場合は、売上の伸びだけでなく、営業・マーケティングコストの伸びを見て、効率がどのように変化しているかにも注目
  • 医薬品・医療機器は治験を行う関係上、どの製品で治験を行っているかがオープンなため、製品パイプラインが公表されていることが多い。将来の成長余地を考えるため、clinicaltrialls.govで現状行っている治験や公表されている製品パイプラインを見よう

医療業界におけるマーケティングに興味がある人はこちら

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医療マーケティング: 医療ビジネスの考え方

製薬・医療機器を扱う企業に投資する人、医療マーケティングの実務に関わる人向けの記事です。

実務の視点から、製薬・医療機器企業は売上をどう成長させていくのか、投資家としてはどのような指標を見れば良いのかについて、書いていきます。

市場の考え方

医薬品は消耗品のみですが、医療機器の場合はconsumables (消耗品)とcapital equipment(機器)に大別されます。

医薬品、医療機器の消耗品の売上は、以下のように分解できます。

  • その医薬品・医療機器(以下、商品)を扱っている病院
  • 商品を処方・利用する医者
  • 商品の処方・利用頻度

具体例で考えてみましょう。例えばある病気(病気A)を専門とする病院・クリニックが日本に1,000あったとします。

そして、各病院・クリニックにその病気を治療する専門医が平均2名おり、平均して年間1,000名の患者さんを診て、薬を処方するとします。

すると、その薬の市場規模は

1,000 (病院・クリニック数) x 2人 (医者の数) x 1,000人(患者数) = 200万人分

となります。ここで、その病気に対する医薬品があり、その販売承認が得られており、かつ保険償還(保険からお金が支払われるということ)も得られているとします。

その薬の平均卸価格が5,000円とすると、200万人 x 5,000円 = 100億円、となります。

つまり、この100億円の市場を参入している企業で争うことになります。

消耗品ビジネスを伸ばすためには、

  • いかにその商品の適応となる患者さんを増やすか(市場を広げる)
  • いかに扱ってもらう病院を増やすか(アクセスを増やす)
  • いかに扱ってくれる医者を増やすか(他の治療法・競合との競争に勝つ)
  • いかに扱ってくれる医者の処方・利用頻度を増やすか(他の治療法・競合との競争に勝つ)

の4点が既存の市場での売上を考える基本的な切り口になります。

機器の場合も考え方は同じですが、機器の場合は病院やラボごとの購入となることが多いため、より二番目の「いかに扱ってもらう病院を増やすか」がより重要になります。

いかに患者さんを増やすか(市場を広げる)

新しい医薬品・医療機器を世に出す場合、市場そのものを広げる必要があることがあります。

いわゆるQOL(Quality of Life – 生活の質)を改善する新しい薬などは、メーカーが市場を広げる必要がある一つのカテゴリです。

具体例としてファイザー(Pfizer)の勃起不全治療薬のバイアグラを考えてみましょう。

「日本のED(勃起不全)有病者数調査2019」によれば、全国の20-79歳におけるEDの有病者数は軽度型で1,411万人、中程度で720万人、完全型で680万人と、中程度以上の患者数で約1,400万人います。

一方で、EDの治療・相談をしたことがある人は、そのうちの7.6%で、薬を服用したことがあるのは14.5%です。

2019年現在ではEDの治療法として薬があることは一定程度知られていますが、バイアグラが発売された頃には、ED治療薬というのは今ほど知られていませんでした。ファイザーはそこで、以下のように考えました。

全国の中程度以上のEDの有病者の5%が毎月4錠バイアグラを購入するようにすることを目標とする。バイアグラの正規品は50mg一錠で2,000円程度とする。

このような目標値を設定した時、市場規模は

1,400万人 x 5% x 4錠 x 12ヶ月  x 2,000円 = 670億円

になります。年間このくらいの売上が見込めるならば、100億円近い額を営業・マーケティングに使っても、十分以上に利益が出る計算になります。

そこで、ファイザーは「ED(勃起不全)は治る病気です。バイアグラという選択肢があります」と患者さんに大々的に、直接訴えることで市場を広げ、患者さんが直接お医者さんに薬をお願いするような流れを作ることで、売上を伸ばしました。

ファイザーは特許で保護されている期間に積極的にバイアグラを一般消費者向けに広告することで、各国で市場を広げ、バイアグラをブロックバスター(10億ドル以上の売上を持つ医薬品)まで押し上げました。

このような戦略を取るのは、その治療法について自社が独占している、あるいは圧倒的なシェアを持つ時に有効です。独占状態が続く限り、市場を拡大することがそのまま自社の売上拡大に繋がります。

一般的には、特許が切れてジェネリックが出る段階で、市場を広げても他のジェネリックメーカーが漁夫の利を得てしまうため、特許を持つメーカーは市場全体を拡大させる施策を止めます。

いかに扱ってもらう病院を増やすか(アクセスを増やす)

商品をある病院に取り扱ってもらえるようにするのは、アクセスの問題です。

国にもよりますが、大別して病院は政府が運営する公的病院と私立病院の二つに分かれます。

  • 公的病院:営利目的でない病院。予算の制約が政府によって決まる
  • 私立病院:営利目的の病院。予算の制約は病院のマネジメントにより決まる

公的病院のアクセスは国によりますが、国の販売承認とを得たらその病院に販売することができる場合もあれば、その州や地方の入札に参加しなければならない場合もあります。その場合、「入札で選ばれる」、というステップが必要になります。

現実には保険償還が得られていないと扱わない病院が多いため、①国からの販売承認、②保険償還(国または民間保険)、③入札(行われている国や地域であれば)、の2または3段階のステップが必要になります。

私立病院も同様で、国からの販売承認、保険償還がほぼ必須になります。

加えて、多くの私立病院は購買力を上げるために購買ネットワークであるGPO (Group Purchasing Organization)の一メンバーとなっており、多くの場合はGPOと交渉し、商品をGPOの購買リストに載せてもらう必要があります。

例えば、ある病気について、50%の患者さんが公的病院へ行き、50%の患者さんは5つある私立病院の病院グループのどこかに行くとします。

すると、その病気に対する商品の販売承認と保険償還を取得したとしても、それだけでは公的病院へのアクセスしかなく、半分の市場にしかアクセスすることができません。

私立病院までアクセスを広げるためには、個別に一つ一つの私立病院のネットワークと交渉し、市場を広げていくことが必要になります。

また、アクセスの問題は最終購買者である病院だけではありません。

流通業者が力を持っており、その病院に販売するためには特定の流通業者を利用しなければならない場合もあります。

例えば国によっては、「病院の経営者の親族が医療機器の流通業者を営んでおり、その病院にアクセスするためにはその流通業者を通さなければならない」、というのもよくある話です。

また、あるメーカーが一部の商品の分野でその流通業者をリベートなどで押さえてしまい、他のメーカーを入れなくして特定の病院を囲い込む、というようなこともあります。

病院へのアクセスをどう広げるか、は特に卸の構造が複雑な発展途上国でより重要な質問ですが、先進国についてもどの病院・保険へのアクセスがあるか、は重要です。

いかに扱ってくれる医師を増やすか

多くの国で、どの医薬品、医療機器を使うべきかという選択において、臨床面では医師が最も大きな影響力を持っています。

特に新しい商品を病院に導入する際には、所属する医師からの推薦や提案が必要なことが多く、その商品の効果・安全性を理解して勧めてくれる医師の存在が重要になります。

マーケティングの定石である購買の流れにのっとれば、商品について、知ってもらい、関心を持ってもらい、調べてもらい、試す・購入してもらい、その体験をシェアしてもらうことが必要になります。いわゆるAISAS(Attention, Interest, Search, Action, Share)の流れです。

  • 知ってもらう、関心を持ってもらうための施策:学会でのブース設置、講演会、営業訪問、デジタルマーケティング(ウェビナー、メール、論文雑誌や医療メディアへの広告など)、論文執筆を支援等
  • 調べてもらう:デジタルコンテンツ、教育コンテンツの充実化、SNSなどのプラットフォームの利用
  • 試す・購入してもらう:営業活動、販促支援、商品トレーニング等
  • シェアしてもらう:プロクターシップ(医師が医師へ技術指導すること)、講演会、SNS等

*マーケティングの購買行動のフレームワークについてより知りたい方は、「購買行動モデル (AIDMA/AISCEAS) | 人がモノやサービスを買う流れ」、をご覧ください。

どの領域でも一部の医師が大半の患者さんを診ていることが多く、必然的に「多くの患者さんを診る」または「影響力のある」医師にどれだけ商品が使われているかが重要になります。

多くの医薬品・医療機器の新製品の売上は導入からだんだんと増えていきます。

これは、導入の際にトレーニングや説明が必要なため、だんだんと扱ってくれるお医者さんが増えていくことが主な理由です。アクセスが広がり、扱ってくれる医師の数が増えていくことで、だんだん売上が増えていきます。

ここは医薬品・医療機器と一般消費財の売上との大きな違いです。

多くの一般消費財は新商品として出てから1年以内に売上がピークを迎え、それからだんだんと下がっていくケースが多いのに対し、医薬品・医療機器の場合、商品が市場に浸透するまでの速度が遅いため、競合が出てくるまでは右肩上がりなことが多いです。

いかに頻度を増やしてもらうか

ある商品を扱ってくれる医師の数を増やす活動に加え、その商品の使用頻度を上げてもらうための活動も必要になります。

「ある病気に対して、一つしか薬や医療機器がない」、という状況は希少疾患を除いては少なく、ほとんどの病気の場合、現状で複数の治療法が存在します。

医師はそれぞれの患者さんに応じて最適な医薬品・医療機器の使用を決定します。

この「最適な」の基準は主観的です。国や学会が特定の病気に対して「それぞれの治療法に対してどの程度エビデンスにより効果が認められているか」のガイドラインを出していますが、ガイドラインを踏まえてどのような判断をするか、は個々の医師に任されている国が多いです。

例えば、あるお医者さんは患者さんには治療法Aが最善だと考える一方で、違うお医者さんは治療法Bが最善だと考える、ということは一般的です。この「最適な」の判断には様々な要素が関係してきます

  • 医師自身の臨床経験・トレーニング経験
  • 学会のガイドライン
  • その医師が所属する病院やグループで権威のある・尊敬されている人の選択
  • 論文データ
  • 医療メーカーとの信頼関係

医療メーカーは、医師への商品の使い方のトレーニング、臨床データの積み重ねのサポート、などを通じて商品の良さを広めようとします。

医療マーケティングで重要なのはこの治験データ・論文であり、これらのデータをどう生み出すか、活用するか、は特に重要です。この点については別の記事でまた解説します。

投資家としての視点

これまでに書いてきたように、ある商品の売上については

  • ある疾患の中で、商品が属する治療法の占める割合はどの程度か
  • アクセスがあるか(承認を得ているか、公的・民間の保険償還を得ているか、GPOと契約できているか)
  • 扱っている病院・医師の数がどのくらいいるか
  • 商品の扱われている頻度はどの程度か

を見ることで評価できます。

また、その商品が臨床データで有効性・安全性が示されているか、他の治療法と比べても良い結果が出ているかどうか、どの病院・医師が論文を書いているか、を見ることでもその商品の競争力の強さを測ることができます。

次の記事では実際の企業を元に、これらの視点から見ていきます。

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