コロナが米国ヘルスケア株に与える影響(病院・製薬・医療機器)

新型コロナウイルス(以下コロナ)の広まりは、米国の病院、製薬・医療機器メーカーの経営にも大きな影響を及ぼしています。今回はどうしてコロナがビジネスに影響を与えるのか、どの業種に被害が大きいのか、今後の見通し、について書いていきます。

どうしてコロナがビジネスに影響を与えるのか

一言でいうと、新型コロナウイルスが病院の資源を奪うからです。


コロナは感染力が強く、医療従事者が感染から身を守るための個人用保護具(PPE – Personal Protective Equipment)が必要となります。わかりやすい例でいうと、医療用マスクです。これらの保護具は手術においても使われるため、コロナに保護具が回されると、他の手術に影響が出ます。

また、コロナの患者は他の患者から隔離する必要があるため、個室対応が必要になります。また、重症化しやすく、かつ症状が出ている期間が長いこともあり、集中治療室を占有する期間も長くなります。

加えて、コロナの患者さんのケアのために、感染症専門医、呼吸器専門医だけでは足りず、その他の専門の医者まで動員、または待機状態にされている病院も数多くあります。

上記のように、コロナへの対応は病院の人・モノの資源を多く必要とするため、必然的にその他の手術や外来が制限されます。これにより、手術や外来により処方または使われる医薬品・医療機器の販売に影響が出ます。

また、病院にとって、コロナの患者は「儲かりません」。なぜかというと、ベッドを利用する時間が長く、病院の人・モノを多く要求するわりに、保険請求できる額が少ないためです。米国の場合、特に重症化しやすい高齢者はメディケアでカバーされており、一般的にメディケアの保険償還額は民間保険より低いことも要因の一つです。

加えて、米国の私立病院では手術に特化し、手術の回転率を上げることで稼いでいる病院が多いため、コロナで手術を延期せざるを得なくなるのは、売上にはかなりの痛手です。

実際、手術と外来の下落により、病院はナースなど医療従事者を一時解雇し始めています。すでに数千を超える医療従事者が一時解雇されました。

どの業種への影響が大きいのか

医療の世界では、治療の「ガイドライン」があり、多くの病院、医療関係者はそのガイドラインを参照しながら、治療方法を決めていきます。

アメリカのコロナへの対応については、Centers for Medicare and Medicaid Services(CMS – 高齢者用のメディケアと低所得者用のメディケイドを管轄している政府機関)が医療機関宛に向けて、ガイドラインを出しています。

具体的には、「不急の」手術を延期して、コロナにかかった患者の受け入れを優先することを促す内容です。延期の目的は、医療関係者を守るPPEをコロナ対策に回せるようにし、院内感染のリスクを減らすためです。

このガイドライン自体に強制力はありませんが、CMSは国の保険機関であり、病院からすれば支払いを行ってくれる相手でもあるため、医療機関はある程度従うと考えられます。

手術が必要な緊急度と感染のリスクに応じて、3つのTier(階層)に分かれています。

Tier 1は不急の手術で、延期が強く推奨されています。手根管症候群(Carpal tunnel)や白内障手術(Cataracts)、内視鏡検査(Colonoscopy, Endoscopies)がこのカテゴリに含まれています。

アメリカは世界一大きな医療産業をもつため、グローバル企業でこのカテゴリの製品を扱っている企業は少なからず影響を受けるでしょう。具体例をあげると、内視鏡(Endoscopy)はオリンパスが高いシェアをもつので、オリンパスの医療機器部門は第二四半期(4月-6月)で影響を受ける可能性が高いです

Tier 2は緊急ではない手術で、低リスクのガンや整形外科(股関節や膝の人工関節手術など)、泌尿器の手術などが当てはまります。

整形外科はJ&JやStrykerなどが強い分野です。Strykerはコロナによる手術の延期により、相当の影響を第二四半期で見込んでおり、通期の売上見通しを取り下げています。

Tier 3は緊急性の高い手術です。ガン手術、心臓に関わる手術、移植手術、足を切り落とさなければならなくなる病気の手術などがあたります。これらの手術は緊急性が高いため、延期される可能性が比較的低いと想定されます。

Tiers Action Definition Locations Examples
Tier 1a Postpone surgery/procedure Low acuity surgery/healthy patient
Outpatient surgery
Not life-threatening illness
HOPD*
ASC**
Hospital with low/no COVID-19 census
Carpal tunnel release
EGD
Colonoscopy
Cataracts
Tier 1b Postpone surgery/procedure Low acuity surgery/unhealthy patient HOPD
ASC
Hospital with low/no COVID-19 census
Endoscopies
Tier 2a Consider postponing surgery/procedure Intermediate acuity surgery/healthy patient
Not life-threatening but potential for future morbidity and mortality.
Requires in-hospital stay
HOPD
ASC
Hospital with low/no COVID-19 census
Low risk cancer
Non-urgent spine & ortho: including hip, knee replacement and elective spine surgery
Stable ureteral colic
Elective angioplasty
Tier 2b Postpone surgery/procedure if possible Intermediate acuity surgery/unhealthy patient HOPD
ASC
Hospital with low/no COVID-19 census
Tier 3a Do not postpone High acuity surgery/healthy patient Hospital Most cancers
Neurosurgery
Highly symptomatic patients
Tier 3b Do not postpone High acuity surgery/unhealthy patient Hospital Transplants
Trauma
Cardiac with symptoms
Limb threatening vascular surgery

ガイドラインの中でTier 1/2の手術については、コロナの影響で延期される可能性が高く、第二四半期へのダメージが大きくなります

加えて、コロナ対策のためにベッドやICU(Intensive Care Unit – 集中治療室)を開けておく必要があるため、手術の件数自体が少なくなります。

手術の件数が少なくなるということは、病院の収益も減りますし、製薬・医療機器メーカーも業界として影響が出ます。なぜかと言うと、病院・医療機器メーカーにとっては、手術が売上の多くを占めるためです。製薬メーカーにとっても手術時、手術前後で用いられる薬があるため、こちらも売上に影響が出ます。

また、どの病院も今期は売上が厳しくなる可能性が高く、そうなると設備投資が減らされる可能性が高いです。例えばGEやシーメンスなどはMRIなど大型の医療機器を作っているため、今期の売上が厳しくなる可能性があります。

また、CMSのガイドラインはあくまでも全体をくくったざっくりとしたガイドラインであり、実際には各専門領域の中で、学会がガイドラインを策定しており、今回のコロナの件でも「どの手術は緊急性が高く、どの手術は延期すべきか」、というガイドラインをすでに出している専門領域が多いかと思います。

具体例(Johnson and Johnson)

具体例を見ていきましょう。例えば、J&Jの医療機器部門ですが、最も大きいのはOrthopedics(整形外科)でCMSのガイドラインでTier 2です。一般的に整形外科は緊急性が高い手術の割合がそこまで大きくないと考えられ、延期によりダメージを受ける可能性が高いです。

次に大きいのは、Surgeryですが、こちらも手術の件数が全体的に少なくなると、影響が出ます。

Visionは大半がコンタクトレンズのビジネスであり、こちらは日常的に利用されるものであり、影響は他の部署と比べると小さそうですが、人々が眼科に来ることを避けるようになれば、影響が出ます。

Interventional SolutionsはほとんどがElectrophysiology(電気生理学 – カテーテルによる焼灼です)であり、こちらは心臓を扱う部署でTier 3ですが、不整脈を対象とする手術が多く、緊急性がそこまで高くないことから、影響が大きいでしょう。

このように見ていくと、J&Jの医療機器のビジネスは第二四半期(4月-6月)はかなり影響を受けそうだ、ということがわかります。

今後の見通し

医療機器大手で、現時点でプレスリリースを出しているのはStrykerとBoston Scientificです。どちらも売上に影響が出ることをコメントしており、通期での売上予想を取り下げています。

また、上場している私立病院のQuorum Healthも売上減が背中を押して、破綻しています。

ただし、延期されたからといって、「病気がなくなるわけでも、手術の必要性がなくなるわけでもない」ため、次の四半期かその次の四半期に延期された手術が行われる可能性が高いと考えられます。

コロナの広まりがおさまり、正常な日々が戻った時には、私立病院も医療従事者も「今年の売上を上げるために、より長く働いて手術の予約をこなしていく」可能性が高いでしょう(米国私立病院での手術の場合、より多くの手術を行うと、より多くの報酬が支払われる場合が多いです)。

つまり、「一時的に売上は落ち込むでしょうが、需要は急回復する可能性が高い」と予想されます。

もし四半期決算で大幅に株価が落ち込むようなことがあれば、コロナによる混乱がおさまっていれば、狙い時かもしれません。

2020年通期では、外出規制が長引くと、人々が運動不足になり、ストレスも増え、生活習慣病になる人が増える可能性があります。特にアメリカはただでさえ糖尿病、高血圧の患者の人口が多い国であり、既往症がある人の悪化も心配です。

生活習慣病患者が増え、既往症のある人が悪化すると、より病院の必要性が増してしまうかもしれません。そうすると、保険会社にとっては支払額が増えるためにマイナスで、病院・製薬・医療機器メーカーにとっては、売上が上がるためにプラスになります。

また、長期的に見れば、今回のコロナの一件で州立病院への投資が進む可能性があり、患者さんの医療へのアクセスがよりよくなる可能性があります。こちらは長期的に見れば、患者さんにとっても、産業にとっても良い方向です。

米国の医療事情についてより知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

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投稿者: aki

アキ。東京での勤務の後、ハーバードビジネススクール(HBS)へ留学しました。卒業後は、医療の世界で働いています。現在シドニー在住。ご連絡はTwitterまで。

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