Trip to New Orleans

ルイジアナ州にあるニューオーリンズに二泊三日の週末旅行に行ってきました。ニューオーリンズといえば2005年のハリケーンカトリーナで大きな被害を受けたことで日本でも名前が知られるようになった都市かと思いますが、アメリカ国内では洪水前、洪水からの復興後ともに旅行先として人気です。ニューオーリンズ、魅力がたっぷりある街でした。

ジャズ

ニューオーリンズへ来て外せないのはやはりジャズでしょう。ニューオーリンズはジャズの発祥の地と呼ばれるほどジャズの歴史のある都市で、街中に音楽が溢れています。昼にはFrench QuarterにあるJackson Squareの周りでは手相占い、絵描きに加えて音楽を演奏している人がおり、メイン通りであるBourbon Streetでもいつも誰かしらが音楽を演奏しています。また、ニューオーリンズの夜はとても賑やかで、Bourbon Streetを歩くとそこらかしこからライブ音楽が聞こえてきます。

僕らは初日の夜はMaison Bourbonに行き、二日目の夜はPreservation Hall(ジャズの文化保存を目的とした施設)でライブを聴きました。前者は飲み物一杯(Abita Beer $5)から好きなだけジャズを聴くことができ、バーホッピングをするのにも使いやすいお店です。後者は、入場料$20で飲み物販売やトイレなどなく、純粋にジャズを聴くためだけの場所で、1時間おきの総入れ替え制。週末ということもあり僕たちは30分前から並んでいましたが、座ることができませんでした。どちらも演奏は良かったのですが、後者ではアドリブで演者同士の掛け合いを見ることができたことと、ドラムのアドリブがとても良かったため、後者がより印象に残りました。Maison Bourbonは深夜まで営業しているため、一泊だけの滞在でも両方訪れることは可能かと思います。

グルメ

アメリカ生活もそろそろ丸3年となり、ピザやハンバーガーも普段の食事となっているのですが、やはり大味な印象が否めないアメリカでの食事。ニューオーリンズではそんなアメリカでの印象を変えてくれるような、美味しい食事に出会えました。

ニューオーリンズ名物といえばスパイシーなケイジャン料理、ややハイソなクレオール料理があります。代表的なのはスープ料理のGumbo、パエリアのようなJambalaya。Gumboにはお米が入っていることも多く、お米が主食の日本人の口にはとても合います。

僕らのお気に入りは630 St Peter St, New Orleans, LA 70116にあるGumbo Shop。ここのGumbo、Jambalayaは滞在中で食べた食事の中でも最も美味しく、二度足を運びました。価格もGumboのカップが$5、ボウルで$10、ジャンバラヤが$15程度と標準的なので、おすすめです。

甘いものが食べたくなった時におすすめなのがCafe Du Mondeのドーナッツ、ベニエ( beignet)。砂糖の粉がドーナッツの上にかかっており、癖になるような甘さ。ここは非常に人気でいつも行列ができているのですが、比較的空いているtake outの列もあるので、時間に余裕がない場合はそちらに行っても良いかもしれません。Cafe Au Laitと一緒にどうぞ。

高級感のある雰囲気の中で、クレオール料理を楽しみたいのであれば、The Court of Two Sistersで注文した$45の前菜、メイン、デザートのセットも良かったです。メイン一品は$30程度のものが多く、二人で$100を超える可能性が高く、価格帯はやや高め。

第二次世界大戦博物館

今回の旅行の一番の収穫はこの博物館と言っても良いでしょう。ニューオーリンズにある第二次世界大戦博物館はこのためだけにニューオーリンズに来る価値があると言えるほど充実している博物館です。

博物館では、アメリカの視点から、第二次世界大戦がどうして起きたか、どう進展していったのか、アメリカがどうして参戦を決めたのか、各戦場で何が起き、連合国がどのように意思決定をして、どのように戦況が変わっていったのか、が詳細に展示されています。この博物館が特に優れていると感じた理由は3つあります。

1つ目は内容の深さと広さです。第二次世界大戦を戦略、戦術レベルで詳細に記述した博物館はおそらく世界で唯一なのではないかと思います。僕自身、東京の靖国神社、広島の原爆ドームや長崎の原爆資料館、韓国の戦争記念館、イスラエルのホロコースト記念館など第二次世界大戦に関わる博物館を訪れてきましたが、どれもその国・民族や被害者に焦点を当てたものが多く、戦争がどのように起きて、どのように進展していったかを世界のレベルで解説したものはなかったように思います。この第二次世界大戦博物館はD-Day(ノルマンディー上陸作戦)やMidwayでの海戦がどうして戦争のターニングポイントになったのか、その裏でどのような外交上の駆け引きや準備が行われていたのか、についてかなり詳しく触れられており、マクロのレベルでの情勢を学ぶことができます 。加えて、ミクロのレベルでも各国の意思決定の様子についても触れており 、例えば山本五十六がアメリカとの戦争は長期戦では生産力の違いから負けると考えていたことや、沖縄が奪われた後も日本の首脳部は九州で巻き返しを図って講和の条件を良くしようと考えていたことなど、意思決定がどのようにされていたかについても学びがあると思います 。

2つ目は展示方法です。多くの博物館が展示物とその説明のボードで構成されているのに対して、この博物館は映像、音声、展示物が豊富で、その組み合わせも優れています。一例をあげると、各ブロックにはほぼ確実に当時の映像や解説映像が流されており、展示物を見ずとも、歩いて映像だけを見るだけでも概要が分かるようになっています。来館者は皆が皆展示物を全てじっくり見る訳ではないので、これは良い工夫。また、音声や映像は人の注目を引くため、子供も含めた来館者の関心を引きやすく、飽きさせないという点でも優れています。

3つ目は併設された映画施設です。現在、この博物館では4Dの映画を二本上映しており、その品質が非常に高い。メガネなし3Dの映像に加え、椅子は振動で震えますし、上映中に飛行機の一部が上から降りてきたり、舞台下から当時使われていた軍事用物資が上がってきたりと臨場感たっぷり。ストーリーもアメリカ人の心を震わせるような、ピンチから一転、愛国心で国民が団結して悪の枢軸をやっつける、というハリウッド映画の王道展開に沿って作られており、なかなか楽しませてくれます。長さも40分と時間の限られた観光客にとってもちょうどいい分量です。

以上のようにコンテンツの量・質ともに高く、魅せ方も革新的で、加えて良い出来の4D映画館までついているというこの博物館。トリップアドバイザーの世界博物館ランキングでも世界第2位に選ばれるのも納得です。

日本からはるばるニューオーリンズ目当てに行く人はあまり多くはないかもしれませんが、魅力溢れる街ですので、おすすめです。

2017年の振り返りと2018年

あけましておめでとうございます。米国でも新年を迎えました。

就職したこともあり、どこまで書こうかと考えているうちにあっという間に時が過ぎてしまいました。2017年は、HBSを卒業して、アメリカ中西部に移り住み、米国企業の本社で働く、という新しい挑戦が始まった年になりました。妻もミネソタ大学の大学院生となり大学院生活を始め、友人が増えるなど、夫婦揃って米国での地盤が固まりました。「HBSで学んだことが活きていますか?」と聞かれることもあるので、その観点から振り返ってみます。

米国生活は想像以上に恵まれたものになっています。友人関係でいえば、HBS時代の友人のうち何人かもミネアポリスで働き始めたため、そもそもの友人のベースがあります。飛行機で2時間以内には中西部大都市のシカゴがあるため、シカゴにも友人がそれなりの数います。昨年は一度シカゴで友人たちと再会しました。加えて、会社の同期がとても良い友人となり定期的に家で会ったり、妻の友人が僕の友人になったり、ミネソタで新たに入ったコミュニティでできた友人がいるなど、週末に過ごす相手には困まりません。こうやって新しい場所でもすでに友人のベースがあることと、新しい場所でもスムーズに友人ができるようになったのは、やはりHBSでの2年間があったからだと思いますし、留学当初はできなかったことが今はできるようになっていると思います。

仕事の面でも順調で、良いスタートが切れたという印象です。最初の3ヶ月は成果を出して信頼を勝ち取ろうと、自分の強みである分析、戦略戦術策定にフォーカスして仕事をこなしました。幸いにも高い評価をいただけ、信頼を得ることができ、その後の3ヶ月は様々な仕事を任せてもらえるようになりました。HBSにて約500ケースをこなして磨かれた分析と戦略・戦術策定の力と多面的に物事を見る視点は、成果を出す上で役立っていると感じています。また、最初の数ヶ月はチームの中で人間関係を築くことにまずは力を注ぐべしという教えを守ったためか、スムーズにチームに溶け込むことがでました。この点もHBSで学んだ中で有益だった点です。

HBSでは、”Good Business Foundation”、”Network”、”Career Change Opportunity”が得られると以前書きましたが、まさしくそれが活きた2017年でした。

また、もう少し長いスパンで振り返ると、大学時代に「10年後までに、世界のどこでも、多くの人を巻き込んで、新しいビジネス・商品を生み出せる人になる」と決めてから、2018年で約10年となります。今、海外でそういう仕事についているというのは、目標を持って一歩ずつ進んでいったことの成果なのかもしれません。

2018年は中頃に米国生活に一区切りをつけ、海外赴任で今度はアジア・パシフィックのどこかの国に行く予定です。世界のどこでも働けるようになるため、新しい国で自分を試してみたいと思っており、今回はそのまたとない機会となります。僕自身、様々なチャレンジを常にしていた方が活き活きとしていられますし、”a rolling stone gathers no moss”のような生き方が好きなのかもしれません。さあ、新たな挑戦の一年です。

アメリカ中西部生活のコストのリアル

働き始めて2ヶ月目となったので、だいたいこの場所で生活するとどれくらいコストがかかるか分かるようになってきた。一つの目安として、ミネアポリス都市部に住む二人暮らしの生活の基盤のコストが月当たりどれくらいするのかを書いてみる(数字は計算しやすいように丸めてます)。

家賃・光熱費: $1,950 (2 bed room, near the University of Minnesota)

MinneapolisはNew York、San FranciscoといったTier 1都市と比べれば家賃ははるかに安い。僕らは大学へのアクセスを重視し(妻が大学院に通うため)、仕事・勉強部屋をベッドルーム以外に持つことにして、ミネソタ大学近くのアパートメントの2ベッドルームに住んでいるが、それでも月$1,810だ。2人の単身者がルームシェアすると、月$900です済む。最も家賃が高い都市ではないボストンですら大学のアパートでルームシェアをしても月$1,300くらいはかかっていたので(ただし光熱費・ガス代・水道代は込み)、それと比べても20%は安い印象だ。サンフランシスコの友人は1ベッドで月$3,000を払っているということなので、Tier 1の都市よりは家賃はだいぶ抑えられる。$1,800はかなり良い物件の方なので、郊外に住めばおそらく$1,000台前半で2ベッドルームが見つかるだろう。

光熱費は2ベッドルームでだいたい$150くらい(インターネット、水道、ガス、電気、ゴミ)。エネチェンジの情報が正しいとすると、日本は水道代、ガス代、電気代だけで二人暮らしで月平均20,000円ということなので、これはおそらく日本より安い。

交通: ガレージ付駐車場 $150、リース$450、自動車保険$200、ガソリン $50

働く場合、ほとんどのケースで車は必需品。ただそれを反映してか駐車場の料金もいわゆるTier 1都市よりは安い。僕は冬場も暖房が入っている駐車場を借りたのでミネアポリスの中では比較的高い料金($150)を支払っている。この辺りでは普通は$100くらいが相場のようだ。ただし$100では路上駐車や屋根だけで暖房なしの場合もあり、冬に雪かきをしたり凍えるような思いをして車まで行かないといけないこともあるらしいので、個人的には$150でも必要経費かなと考えている。

車は中古を購入することも考えたが、売り買いの手間やメンテナンス費用がかかることと、1年で違う都市に移る可能性が高いため、結局1年間のリース契約にした。車は2015年発売のHonda Fit。購入すると$16,000+Auto Tax 6.5%で、1年後に価値が$14,000まで落ちて、売却価格が価値の70%になると仮定すると、だいたい1年間の利用価値が$7,000ほど。なんだかんだでメンテナンスで$1,000くらいかかることもある。だったら$450を月々支払ってしまった方が、$6,000/年、なので安い。2年以上いる前提や売却先の目処が立っているのであれば購入が良いと思うが、短期滞在の場合ではリースは有力な選択肢なのではないかと思う。

保険料は正直結構高い。理由は僕がアメリカでの自動車保険をこれまで持っておらず、しかも自動車保険に入っていなかったため、と、万が一を考えて補償を厚めにしているから。アメリカの自動車保険は日本と異なり、対人無制限が一般的ではなく、普通に対人賠償$100,000からが一般的な見積もりとして出てくる。訴訟大国アメリカでこれだけの補償だと正直、保険にならないので、僕は基本契約を$500,000までの補償にして、加えて$1,000,000までの補償を行ってくれるumbrella insuranceにも加入した。American Familyで申し込んで、基本契約の方が月々$250ほどでumbrellaの方が月々$15ほど。この金額は運転免許が届くまでの国際免許で運転している今月のみの数字で、届いた後は1ヶ月あたり約$170とかなりディスカウントされた。それだけ国際免許の人は事故を起こしやすいということか。

ディスカウントされても月々の車の保険料は$150を超え、これは同じ地区に住むアメリカ人と比較するとやや高い数字(僕の住む地域の平均は$130)。これはアメリカでのヒストリーのないインターナショナル生にとってはどうしようもない話で、結局最初は高めの月々のプレミアムを支払って、信用を積み重ねて、ディスカウントをもらうしかない。クレジットヒストリーもそうだが、この国はヒストリーが仕組みの中に組み込まれているために、良いヒストリーを戦略的に蓄積させていくことが非常に大事だ。

ガソリン代は移動距離によって大きく異なるが、10マイル(約16km)離れた場所に毎日通勤して休日も同じくらい移動して、1ガロンあたり40 mile走るとすると(これはかなり燃費の悪い車や渋滞の場所を走ることが多い前提で、新しい車ならばもっと燃費が良い)、 10 × 2 × 30 ÷ 40=15 gallon。よって、1 gallonn当たり$2.5くらいなので多めに見積もってもだいたい$50だ。僕は実際に今月、先月ともにより少なかった。

健康保険: $400

日本は国民皆保険で、労使折半の場合、基本的には年収の約5%が健康保険料として取られるかと思うが、こちらではどのプランに申し込むかによって価格が異なり、年収比例ではない。保険の仕組みは民間、政府、病院の仲介機関がそれぞれ複雑怪奇に絡み合っていてこれだけで1冊の本が書けるくらい複雑な国なので、ここでは詳しくは書かないが、僕は会社が提供するPPOという比較的自由度が高く、補償の割合も高いプランに申し込んでいて、妻は大学が提供しているプランに申し込んでいる。会社または大学が一部を支払ってくれているため、内容の割に保険料は結構抑えられている。

これが個人で同じような内容で申し込むとすると、おそらく2倍はかかるだろう。そういう点で、どこにも属していない人に厳しい社会だなと思う。

通信費: $100

Verizonで2人分の回線+月々4GBまで。Verizonは高いのだが、HBS特典で安かったのと、郊外での通信品質も一番高いという評価なので、使い続けている。Sprintに切り替えると$70でさらにデータ上限も上がるらしいのだけれど、これも価格よりも品質を取っている。

インフラ系合計: $3,300

以上をまとめると、食費や日常品購入費などの変動費を除く、削りにくいインフラ系だけで計$3,300だ。日本の物価水準からしたら高いが、こちらの物価水準(ボストン、ニューヨーク、サンフランシスコなど)からすると、特に家賃がかなり安く、友人の話を聞いていると感覚的にはおそらく20%以上安い。僕はconvenienceとrisk transferをかなり優先しているが、本当にコストにこだわれば郊外に住んだり、保険を削ったりすればあと$800くらいは減らせるだろう(ただその分、不便になったりいざという時の支払いリスクに自分と家族を晒すことになるというトレードオフがある)。ということで、日本人夫婦の二人暮らしの生活コストとしては、ミネアポリスでは食費を除いても$3,000は見ておいた方が良い気がする。一人暮らしでルームシェアをする場合は、家賃が$800くらいで済んだりと、もちろんもっと安くなる。

ミネアポリスに住む際の参考になれば!

免許について

広大な土地を有するアメリカでは、一部の都市部を除いては車があることが前提の生活になっており、住居の次に確保する必要があるのが車。これがまた予想以上に大変だった。僕にとってはHBSでの試験より正直大変だった気がする。

僕の場合、日本ではずっと東京に住んでいたため車を持つ必要がなく、免許は持っているけれど完全なペーパードライバー。教習所後に運転したのも片手で数えるほどしかない、という状態でアメリカに来た。その後もボストンでは妻との二人暮らしで子供の送り迎えなども必要なく、徒歩圏内でスーパーやレストランもあり、少し離れた目的地にはUberやLyftといったライドシェアのサービスを使って行っていたため、ボストンでは車がなくとも全く困らなかった。

一方、卒業後に来たミネアポリスは中西部らしい車社会。Light Railという路面電車は使い勝手が悪くはないが、なにぶん駅の近くにスーパーがあるわけではないし、そもそも勤務先付近まで駅は伸びていない。一応バスもあるが、こちらもほとんど都市部内だけの移動手段なので、車がないと僕の場合は会社にすら行けない。つまり、運転ができないと働くことすらできない。

もう車に乗るしかない、と決めて練習してから約1.5ヶ月。先日ようやく免許を取得することができた。筆記試験は覚えれば良いだけなので一発ですんなりと合格。続く実技試験場(Eaganというミネアポリスの南の場所)へは以後2-3週間おきに計3回も行くことになった(1回目は路上試験前の準備段階で”Defroster”の場所を知らなかったことで試験を受けさせてもらえなかった。その後路上試験で2回落ちた。。。)

路上試験1回目。試験官は優しそうな女性。最初のうちは順調で、縦列駐車と90度パーキングはこなすも、次右折、次左折、と次々に言われて、それをこなしているうちに、日本で学んだことの癖か、右折時に大回りして反対車線に入ってしまう。これで一発アウト。アメリカの実技試験ではCritical Errorといういわゆるレッドカードがあり、反対車線に入ってしまうのはこのエラーに当たる。確かに実際の道路でやったら危ないから納得なのだが、一発アウトというのは結構シビア。次の試験の予約は2週間後以降しかできないため、2週間後の試験を予約。

路上試験2回目。教官は若くて割としっかりとした男性。今回は練習してきたためいけるだろうと思って気合を入れるが、緊張していたためか90度パーキングでポールに後ろを当ててしまう。これもCritical Errorでレッドカード。それ以外にも一方通行の道路に入る際に入るレーンを間違えたのでレッドカード2枚目。これはさすがに落ち込んだ。次の試験の予約は2週間後と言われたが、夏は予約が取りにくく、次の予約の最短は8週間後の9月だと言われ、かなり焦る。すでに試験を受けてから1ヶ月が経過してしまっていたため、次が8週間後の試験だと問題になる。

なぜかというと、ミネソタは法律上、ミネソタに着いてから60日以内に運転免許を取らないと運転ができなくなるからだ。つまり通常は1年間有効なはずの国際免許証がこの州では60日間までで、それを過ぎると国際免許証で運転していても無免許運転状態になってしまう。僕の場合、1ヶ月+8週間、だと60日間を超えるので、車に乗れなくなってしまう。乗るというリスクを取ることも考えたが、労働ビザで来ていて無免許運転で捕まって強制送還はシャレにならない。

何とか他の場所で受けられないか、どうしたら良いのだ、と粘ってみると、「毎日朝8時に新しいスポットが空くかもしれないからここに電話しろ」と言われ、窓口ではにべもない対応。これがアメリカの悪名高きDMVか、と感じながら、翌日以降朝に電話をかける日々が始まる。まるでコンサートのチケットを取るようだったが、幸いにも翌々日には2.5週間後の予約を取ることができた。

予約が取れた喜びもつかの間、ミネソタ州は4回試験に落ちると6時間の教習所研修を受けてからでないと再試験が受けられず、とても面倒なことになる。そのため、次の試験は何としてでも負けられない戦いとなった。

もうこれは誰かに頼るしかない、と個人インストラクターのPaulを雇って4時間トレーニングした。トレーニングの内容自体も良かったものの、それ以上に良かったのはPaulが試験で何が問われるか、何が見られているか、を教えてくれた点。何も書いていない道路は「両側2車線ずつの4車線だと思って走れ」、とか「信号のない交差点でもスピードを落として首を思いっきり右左に回して確認していることを見せろ」とか正直、誰かに聞かないとどうにもならない暗黙の前提があったため、これは必要だったと思う。

路上試験3回目の試験官はラテン系の若い男性。始まる前に今日は良い日になると良いね、と言ってくれたりとかなり感じの良い人。試験内容自体は前2回とほぼ変わらず、さすがにこちらも慣れているのでほぼパーフェクト。試験は10分ほどで終了し、合格、と言われた。今回も落ちて無免許状態になりたくないというプレッシャーが強かったため、相当しんどい2週間だったが、無事に合格することができた。練習中は夢にまで縦列駐車をしている自分の姿を見た。TOEFLと同様にもう2度と受けたくない試験だ。

以上の経験を踏まえて、日本からアメリカに来るペーパードライバーの方へのアドバイス。

  1. インストラクターを雇おう。地域にもよるかと思うが、6時間$300くらいで個人レッスンを受けられるはず。実技試験は知らないと一発で引っかかる点があるため、実技で失敗して学ぶ時間を考えると、インストラクターに教えてもらってから受けた方が良い。
  2. 早朝または夜の駐車場などでコーンを立てて、縦列駐車と90度パーキングの練習をしよう。アメリカの車は日本の中型車と比べても大きい。ここまで行けるという車体感覚が結構違うと思うので、甘く見ずに練習した方が良い。
  3. DefrosterやLightを確認しよう。レンタカーの場合、どこにあるか分からないことがある。僕はこれで1回分無駄にしてしまったので(まさかdefrosterの場所が分からないだけで路上試験を受けられないなんてことがあるとは思ってもみなかった・・・)、気をつけよう。
  4. DMVは夏、月末は混むのでタイミングを気をつけよう。並ぶだけで結構時間がかかるし、次の予約は8週間後以降です、などと平気で言われるので。。。

実技試験は簡単という人もいるが、一発アウトの落とし穴は結構ハマりやすく、非アメリカ人の僕の友人にも試験に複数回落ちている人が何人かいるので、運転経験が少ない人は甘く見ずに対策した方が良いと思う。良いアメリカ生活を!

ボストンのレストラン

ボストンともあと1ヶ月でお別れなので、僕が気に入っていたレストランをいくつか挙げてみます。ビジットした際などの参考までに。

◆ Seafood – Island Creek Oysters

ボストンに来たからにはシーフード、というのであればIsland Creekがオススメ。牡蠣は新鮮だし、クラムチャウダー、ロブスターロールとボストン名物を美味しく食べることができる。お店の雰囲気も良い。難点はいつも混んでいて、予約なしでは夜はかなり待つ可能性があること。Open Tableまたは電話で予約をしてから行った方が良い。17:30のスロットなどは結構直前でも空いている。

Atlantic Fish Companyも美味しいが、こちらも要予約。Island CreekやAtlantic Fish Companyよりも利便性が良いのはLegal Seafoodで、ハーバード・スクエアを含めボストン市内・周辺に何店舗かあるので、ここに行くのも良い。Neptune Oysterも美味しいが事前予約ができず、よほど早く行かないと順番待ちとなって結構待つので、時間がない人にはあまりオススメしない。

◆ American – Grill 23 (Steakhouse)

せっかくアメリカにいるのだからたっぷりのステーキを食べたい、となったらGrill 23。Tボーンステーキなどが美味しい。Capital Grilleと並んで日本人の中では評価が高いステーキハウス。前菜、肉、お酒にチップを入れて一人当たり$100は覚悟しておいた方が良い。

◆ Chinese – Mala Restaurant (Huoguo)

アメリカで中華?、と思うかもしれないが、Mala Restaurantの汁なし火鍋は本当に美味しい。何か入っているのではないかと思うほど中毒性が高く、アジア系の人がハマって、夜18:30を過ぎると平日でも人が並んでいる。4人で行って、キュウリ、羊肉の串焼き、汁なし火鍋、麻婆豆腐、米またはチャーハン、を食べるのが鉄板だ。これだけ食べても一人当たり$30程度と安いのが魅力。人が並んでいる場合は近くのJo Jo Taipeiも美味しいのでそちらに移動するのもあり。Malaは店が狭いので大人数でいく場合にはSichuan Gourmetが広くて数十人でも入るので便利だ。

Harvardの学生はDumpling Houseが近くて良いので、徒歩でいく場合はこちらも便利だ。ただ夜は混んでいて並ぶことも多いので早めに行くか予約した方が良い。

◆ Korean – Koreana (Barbecue)

ボストン周辺で美味しいKoreanといえばSeoul Soulontanだが、Koreanaも肉がうまい。カルビを2人前以上頼むと目の前の鉄板で焼いてくれる。店が広いので、20人以上などの集まりをする際にも便利。

◆ Japanese – Ittoku (Izakaya)

わざわざボストンまで旅行に来て日本食を食べたくはならないかもしれないが、住んでいると行きたくなるのが日本食レストラン。Ittokuはまさしく居酒屋で刺身からお好み焼き、焼き鳥、寿司まで一通り揃っている。価格も日本食の中ではリーズナブル。Gyukakuもボストンに2店舗ほどあり、こちらは日本よりもお肉の味が美味しい印象。デザートのLady Mというケーキが特に美味しくて女性陣に人気。Sugidamaも居酒屋でこちらはそばが食べられるのでそばが食べたい時には良い。Itadakiも日本食・日本酒を提供しているのでBack Bayに宿泊しているのであれば近くて良い。

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参考になれば!

HBS Show

HBSでは毎年4月にHBS Showという学生主体のミュージカルがキャンパス内で行われる。これがまた非常に楽しい。脚本、作詞、演出、振り付け、小道具、演技、演奏、スポンサー集め等々、全て学生により行われており、いかに才能豊かな人材がHBSにいるかを実感させてくれる。2016年の例はこちらで、リンクを辿れば大体の様子が伝わると思う。

歌は原曲の歌詞を変えてHBSに関するネタが豊富に盛り込まれており、HBS生がすごく楽しめる内容となっている。具体的には、1年目の必修科目のケースに含まれるProtagonist(登場人物)に関するものであったり、HBSにおける恋愛や、普段の生活ではpolitically incorrectで言えないような事柄など。1年目、2年目の学生がどちらも舞台に立っているため、自分のセクションメイトや友人の思わぬ一面も楽しめ、約2時間半の公演を全く飽きずに鑑賞できるだろう。

HBSにおける最大のエンターテインメントの一つであり、毎年の評価も非常に高い。僕も2016年、2017年のどちらの公演も観たが、どちらも素晴らしかった。ぜひ会場で観て欲しい。

アイスランド

米国MBA生は2年制が多く比較的時間に余裕があるためか、旅行に行く頻度が高い。HBSでもそれは例外ではなく、3連休となると多くの学生が海外または国内へ旅行へ行く。HBS生の人気の行き先としてはボストンから直行便が出ており、かつ比較的近いアイスランドがあり、同学年の5人に1人以上はアイスランドへ行っている印象だ。僕も春休みの1週間を利用して、4泊5日でアイスランドへ妻と行ってきた。アイスランドでは観光がBalance of Paymentを見ても一大輸出産業なのだが、それを裏付けるように観光面で非常に整備された国だと感じた。

まず、アイスランドの目玉は何といっても大自然だ。メインの空港であるケフラヴィーク国際空港からバスで20-30分ほどで行けるBlue Lagoonは、何もない場所にある天然温泉の施設で、ぬるめの温泉の中に浸かっているのはとても気持ちよかった。総称してGolden Circleと呼ばれるシンクヴェトリル国立公園、滝、間欠泉、火口湖も見応えがあった。氷河を掘って人工的に作られたIce Caveも不思議な空間で、氷河についての関心と理解がさらに増した。冬なので寒かったが、どの光景も雪や氷で覆われており、まさしくIceland、氷の国だった。自然という観光資源を活かすためのインフラも整っており、Reykjavik Excursionsをはじめとした観光会社が日帰りツアーを運営しており、ツアーに参加すればレンタカーをしなくても効率的に回ることができる。

レイキャビック(Reykjavik)の街もコンパクトで観光客フレンドリーだ。街のカフェやレストランのいたるところにFree WiFiがあり、観光バスですらWiFiがついている。また、訪れたすべてのお店でクレジットカードが利用でき、結局、僕は現金を一度も使っていない。レイキャビックのみならば、クレジットカードがあれば両替しなくても生活できるだろう。英語がどこでも通じるため、言葉の面でも苦労がない。道路もそれぞれにわかりやすい位置に通り名が書いてあり、加えて各家に番地を表す数字がついているため、住所とマップさえあれば比較的容易に目的地に到着できる。メイン通りが歩行者天国になっているなど車通りもそこまでは多くないため、街を歩いていて、寒いことを除けばストレスを感じることが少なかった。この街の造りは、インバウンドを伸ばしたい日本の自治体にとって参考になることが多いだろう。

一方、旅をしていて物価の高さには驚かされた。僕はアメリカの中でも物価が高い地域であるボストンに住んでおり、日本の1.5倍くらいの物価には慣れているのだが、アイスランドはボストンと比べてもかなり高い。普通のスーパーで買うアボガド・チキンサンドイッチが990クローネ (約1,000円)くらいするし、レストランへ行けば前菜が1,500クローネ (1,560円)、メインメニューが4,000クローネ (4,160円)くらいする。食事は美味しいのだが、量は日本と同じくらいの量で、米国の量に慣れるとやや少なく感じる。感覚的には日本の2から3倍くらいの価格だ。あまりの物価の高さに、僕らはBonusという安売りスーパーやベジタリアン向けのスーパーで食材を買って、なるべく滞在先(Airbnbとアパートメントタイプのホテル)で食べるようにしていた。

観光という点を除いても、アイスランドは興味深い点が多い。まずは教育。Human Development Indexが示すように、国民のほとんどが英語を話し、教育水準も高そうな印象だ。ガイドの人曰く、アイスランド語はアルファベットの数が多く、英語、ロシア語の音が理解しやすいとのこと。また、アイルランド語を守ることへの意識が高く、外来語も英語をそのまま使うのではなく、アイルランド語に訳したものを使うとのことだ。自国だけではビジネスとして規模が小さすぎるアイスランドにとっては、英語を使えることが必須でありながら、同時に自国の言葉も守ろうとする姿勢は、小国のみならず日本のような比較的大きな国も学べることが多いと思う。

経済という点でも興味深い点がいくつかあった。アイスランドは国が小さく、人口はそもそも30万人超と宮崎市よりも少ない。そのように小さく、かつ他の国から離れている市場のため、おそらく進出の優先度が低く、グローバルブランドが少ない。街中を歩いていてもZARAやH&Mといったヨーロッパでメジャーなブランドは見当たらないし、チェーンもDunkin Dounutを見かける程度でStarbucksやMcDonaldも見当たらない。首都でこれほどグローバルブランドが見当たらないというのも珍しい。

色々なことに気づかせてくれるという点で、旅行はやはり楽しいし、学びになる。MBA生活も残り2ヶ月を切ったが、修了までにあと数ヶ国訪れたいと思う。

HBS生の冬休みの過ごし方

冬休みも今週で終わりで、来週の月曜日(1/23)から授業が始まる。たいていのHBSの2年生は12/14くらいまでに試験とレポートをほぼ終わらせているので、冬休みは約6週間だ。2年目は1年目にあったような全員参加のFIELDという海外での授業がないため、冬休みの過ごし方は人それぞれだが、大きく分けて5パターンがある。

  1. 実家へ帰り、その後にトレックまたはIFC(冬休み期間を利用してボストン以外の各地で行われる2-3週間程度の授業)に参加して、そのまま旅行
    ほとんどのアメリカ人はクリスマスを実家で過ごすため、試験終了後は実家に帰って、クリスマスまで2週間程度のんびりしていることが多い。その後に、多くが2週間から3週間程度のトレック(ニュージーランド、オーストラリア、中東、キリマンジャロ、など)またはIFCという1年目のFIELDのような実践型の授業プログラムに参加する。IFCはロンドン、ハリウッド、アフリカ、中国、日本、などの行き先がある。トレックやIFCの前後に旅行の予定を入れて、長い旅程にする人が多い。アメリカ人の大半がこのパターンで、感覚的には全体でも半分以上の学生がこのパターンに属する。また、このパターンを行う学生は既に卒業後の就職先が決まっていることが多い。
  2. 実家帰り+就職活動+旅行
    一つ目のパターンに就職活動が加わる場合、フルに旅行や授業に参加するというよりも、コネクション作りや面接に時間を使う。西海岸の企業はテック系をはじめとして採用時期が春となるため、西海岸へ卒業後に行きたい人、またはインターナショナル生で自国に帰って職を得ようとしている人に多いのがこのパターン。
  3. 友人とひたすら旅行
    実家にも帰らず、就職活動もなく、ひたすら旅行するというパターン。気の合う仲間同士の小規模グループでの旅行が多い。
  4. ビジネスを継続する
    数としては多くないが(僕の知る限りでは十数人)、夏または先学期に起業してビジネスを回している学生もいる。インターナショナルの学生の多くはビザの問題でアメリカでの起業をやめた人が先学期に多く、アメリカでビジネスを続けているこのパターンに属するのはアメリカ人が大半。彼らは一時的に実家に帰った後、ボストンへ帰ってきてビジネスを続けていることが多い。
  5. 家族とボストンで過ごす
    数としては多くないが、子供が生まれる、または子供がとても小さいという理由でボストンに残って家族でゆったりとした時間を過ごす人もいる。

冬休みや夏休みなどの長い休みは「自由な時間」というMBAの価値の一つだ。多くが旅行をするのは、楽しむためということもあるが、世の中をより知るために旅行している人も多い。旅行で見られる世界は断片的なものではあるが、それでも知らない世界を見て、異なった世界を感じることで、少しだけ広い視点を持てるようになる。広い視点は他者の視点をより理解できることに繋がり、それはビジネスを行う上でも価値がある。また、子供がいる家庭にとっては、子供と一緒に過ごす時間が仕事をしている時よりもたっぷり取れるというのは、大きいメリットのように感じる。

僕の過ごし方はというと、パターン3と5を組み合わせた感じだ。12/25まではボストンで本を読んだり前学期のまとめをしたりとゆっくりと過ごし、12/26から1/15までの約3週間はペルーとアルゼンチンを妻と旅した。1/16からは妻と友人とキューバへ行く予定だ。本当はアフリカでのIFCや中東のトレックに参加したかったのだが、運悪く、IFCは抽選で漏れ、中東のトレックも20名という少人数枠に入ることができなかった。トレックに参加できなかったのは残念な一方、ペルーではリマ、クスコ、マチュピチュを1週間で、アルゼンチンではブエノスアイレス、イグアス、エルカラファテ、エルチャンテン、ウシュアイア、と2週間で回ることができ、行きたい場所で好きなように時間を使えたのがとても良かった。

マチュピチュでは人類が築いた偉大な遺跡を堪能し、イグアスでの滝へ突っ込むツアーでは滝の雄大さに、パタゴニアのペリトモレノ氷河を歩くツアーでは氷河の大きさに圧倒された。同じくパタゴニアのエルチャンテンでのハイキングでは大自然を感じ、環境団体がどうして自然を守ることに情熱を注ぐのか、どうしてパタゴニアの創業者がパタゴニアのマークをフィッツロイ山からとったのかが分かったような気がした。南米大陸最南端の町と言われるウシュアイアでは南極にほど近いビーグル水道をめぐるツアーに参加し、野生のペンギンを間近で見るという滅多にない体験もできた。政治という点でも、アルゼンチンの物価の値上がり具合(1年間でどの価格もアルゼンチンペソベースで50%以上値上がりしていた)から、政策がどれだけ人々の生活に影響を与えるのか、を体感した。そんな中でも物価の値上がりを乗り切り、音楽と踊り(アルゼンチンはタンゴ発祥の地)を楽しみ、肉とワインを楽しむアルゼンチンの人々の生活からは、人生をしなやかに楽しむ方法を学んだ。また、旅の中で、旅に必要な初級のスペイン語も学ぶことができた。こうした学びはボストンに留まっていたのでは得られないもので、時間とお金を使う価値があったのではないかと思う。

フライトの遅延・キャンセルとなった場合の対応について

12/26から1/15までペルーとアルゼンチンを妻と3週間ほど旅行していました(Boston -> Lima -> Cusco -> Machu Picchu -> Buenos Aires -> Iguazu -> El Calafate -> El Chalten -> Ushuaia -> Buenos Aires -> Boston)。今回の旅行ではフライトの遅延やキャンセルが頻発し、特にLATAM航空には計2泊も空港近くで余分な宿泊をさせられました。僕の人生で、フライトに関するトラブルの数もたまってきて、悲しいことですが空港近くの宿泊もこれで3回目で、そろそろ慣れてきたので対応のコツをまとめてみます。

今回出くわした遅延・フライトキャンセル

LATAM at Buenos Aires (AEP) – ブエノスアイレスからイグアスまで行く際に、前日にストライキがあったらしく、100人を超える乗客が待つ中でカウンターを2つ程度しか開けず、チェックインカウンターの前で2時間待つことに。乗客は不満続出で、夏休み中の晴天のディズニーランドのスプラッシュマウンテンくらいの列に。出発直前だから優先してくれと交渉してようやくチェックイン。当然飛行機は1時間ほど遅延。

Aerolineas Argentinas at Iguazu (IGR) – イグアスからブエノスアイレス経由でエルカラファテへ行く際に、イグアスからブエノスアイレスまでの便が霧の理由で2-3時間遅れることに。ただ、アルゼンチン航空側の配慮もあり(接続便もその分遅らせてくれた)、ブエノスアイレスでの乗り継ぎはスムーズでエルカラファテへはその日のうちに到着できた。

LATAM at El Calafate (FTE) – エルカラファテからウシュアイアへ行く際に、LATAM航空による謎の予定変更で飛行機の出発が4時間遅れることに。おかげで1日しか予定していなかったウシュアイアでの滞在時間が減った。

LATAM at Lima (LIM) – 23:40発予定のニューヨーク行きの飛行機に乗客が全員乗り込んだ後、1時間ほど飛ばず、どうしたのかと思っていた矢先に突然のキャンセルに。夜の便であったため、次の便は翌日13時になるということで、1晩空港近くのホテルで泊まることに。航空会社側のオペレーションが最悪で、混乱する乗客に「分かり次第情報を出します」と、結局空港で2時間程度待たされた挙句、ホテルへの輸送、ホテルでのチェックインも時間がかなりかかり、結局チェックインできたのは朝の4時。おまけに、ニューヨークからボストンまでの代替便として提示されたのがニューヨークでさらに1泊する必要のある翌々朝の便で、ますます憤慨。

LATAM at Lima (LIM) – さらなる余計な宿泊は避けたかったため個別でリサーチしたところ、翌日13時にリマ発の便が定刻通りに飛べばデルタのニューヨーク->ボストンの最終便に接続でき、当日中にボストンに帰れる可能性を見つけ、そのデルタのフライトを予約(ニューヨークJFKにて2時間の接続時間)。LATAM空港側で手配されたニューヨーク->ボストン便は後ほど返金してもらことを前提に。しかし、代替便にもまさかの2時間の遅れが生じ、ニューヨークでのデルタ便への接続が不可能に。結局ニューヨークでさらにもう1泊することに。当然購入したデルタ便のチケット代(2人で約250USD)も無駄に・・・。この時のJFKでのLATAM航空によるホテル手配のオペレーションも段取りが非常に悪く、空港で1時間以上待たされた上、ホテルの部屋に着いたのは24時過ぎの状況。結局、リマとニューヨークの空港近くのホテルでそれぞれ1泊してから帰国することになった。

予約時に気をつけること

    • 定時発着率が低い航空会社が定時出発する前提で予定を組まない
      FlightStatsのランキングは一つの指標になります。LATAM航空は定時発着率が80%と低い航空会社です。1/5の確率で遅れることを前提にして旅行を計画した方が良いです。特に旅行シーズンの夏には2時間は遅れる可能性があると想定した方が良いと思います。そもそもそういう航空会社を選ばないのも一つの手ですが、チリ、ペルーあたりですとLATAM便に乗らないと選択肢がかなり限られますので、選ばざるを得ないケースが多いかもしれません。
    • 乗り換え回数をできるだけ1回に押さえる
      基本ですが、乗り換え回数が多くなれば多くなるほど遅れた時の対応が面倒になります。特に夜に出発するフライトですと、次の便が翌日となり、翌日以降の予定に影響が出ます。南米はアジア、北米、欧州ほど遅延が起きた際に他に選べる移動手段が多くないので、乗り換えはできるだけ少なくしましょう。KayakやTripAdvisorで価格比較をする際に、乗り継ぎ回数でもフィルターがかけられます。$100-$200程度の航空券価格の違いであれば、遅延やキャンセルが起きれば無駄になったホテル代などですぐに吹き飛んでしまうことを考慮に入れましょう。
    • 遅延、キャンセルが起きやすい時期を知る
      例えば冬のヒースローの積雪、夏のイグアスの霧や大雨など、天候の状況でフライトの遅れが起きやすい時期があります。それらの時期に旅行する際には、リスクを織り込んで考えるか、もし可能であれば違うトランジット先を探すとリスクを減らせます。

遅延やキャンセルが起きた場合

    • コンスタントに従業員へ話をして、最新情報を得ること
      遅延が起きた際には従業員に乗客が殺到します。いつ出発するのか、代替便の手配はあるのか、など。なるべく早く動いて情報を得ましょう。そして、定期的に最新の状況を聞きましょう。たいていの場合、ある程度時間が経ってから航空会社側も対応方針を決めるため、一番最初の時点で従業員が情報を持っていなくても、彼らの中で情報がアップデートされていきます。アップデートに関してはアナウンスが必ずしもあるわけではないので、定期的に聞きましょう(30分または1時間ごと、など)。早く動けば、乗り継ぎ便の確保やチケットの再発行がそれだけスムーズにできます。
    • 仲間を作ること
      同じようにフライトの遅延やキャンセルの影響を受けた乗客がいるはずです。特に行き先が同じ仲間は貴重。彼らと話をして、彼らに自分の持っている情報を提供しましょう。お返しにではないですが、彼らも最新情報を得た時に教えてくれることがあり、助かります。実際に僕らはイグアスの空港にて、いつ頃からチケット再発行が始まるか、乗り継ぎ便が何時になりそうか、という最新情報を教えてもらえ、チケットの再発行がかなりスムーズにできました。
    • 代替案をこちらで用意して、個別に提示すること
      特にフライトの遅れやキャンセルのために代替便が翌日になった場合ですが、航空会社側は行き先に応じて顧客をまとめていて、対応を一括に行ないます。すると、本来では個々人にとってはより望ましい代替便・ルートでの席が数席空いていたとしても、その数よりも対応しなければならない乗客の数が多い場合、航空会社はそのルートでないルートを確保しようとします。結果として、代替便が翌日の午後以降になることも多いです。具体例としては、僕らがリマにて突然のフライトキャンセルにあった際、その曜日で飛ぶボストン行きの便を調べたところ、リマ->ニューヨーク->ボストンの場合だとリマとニューヨークで宿泊する必要がありましたが、リマ->マイアミ->ボストンですとリマのみの宿泊で済むルートがありました。後者だと今回は1席しか空きがなかったのでそちらのルートではいけませんでしたが、こちらにとってより都合の良い代替案をこちらから提示した後で初めて向こうが検討してくれました。ただし、こちらは時間がかかる個別のプロセスなので、他の乗客と離れたカウンターで行うのが良いと思います。
    • トランジットホテルに向かうバスにはなるべく前に座ること
      団体でのホテルでのチェックインとなる場合、チェックインが非常に混み、時間がかかることが多いです。やや利己主義ですが、もし子供と共に旅行しているなどの場合、なるべく早くチェックインできるようバスの前に座っていた方が、ホテルのカウンターで待つ時間を減らすことができます。
    • 朝食代だけでなく、夕飯や昼食代もときには請求できます
      航空会社側に本来義務はありませんが、強く要求することで得られる場合があります。必要であれば、リクエストした方が良いと思います。

フライトのキャンセルや遅れは頻繁に飛ぶ人にとっては避けられないと思いますが、リスクは予約時に減らすことができ、遅延やキャンセルが起きた際には上記のポイントに注意して行動することによって、ストレスを少しでも減らすことができます。良い旅を!

アメリカ大統領選 HBSにて

HBSの学生にとっては予想外、という言葉が当てはまる大統領選の結果だった。マサチューセッツ州は選挙結果にもあるように伝統的に民主党支持の地域であるので、街中で共和党支持の声を聞くことは少なかった。加えて、今年はドナルド・トランプが女性や移民蔑視の発言を繰り返していることから、「あんな人が大統領になれるわけはない」とHBSにおいては90%以上がヒラリー支持であり、ヒラリーで決まりという空気が支配的だった。

僕は8日の選挙当日にはヒラリーの選挙を応援しているセクションメイトの家で選挙の結果を見ていた。当日は前週のFBIの再調査の件や隠れトランプ支持者がいることの可能性を考慮しても、ヒラリーの勝利について皆楽観的だった。7時から始まった集まりも、最初は皆ヒラリーの勝利を祝う準備をしていた。しかし、フロリダ、ペンシルベニア、ノースカロライナが接戦かつトランプの方が若干票数で上回っており、オハイオでトランプが優勢ということが分かってくると、雲行きが怪しくなってきた。事前予想ではかなり細かったトランプ勝利の道筋がだんだん太くなるに従って、皆の口数が少なくなっていった。上記の州でトランプが優勢であることが報道され、皆もトランプが大統領になる可能性が高いことが明らかになると、部屋は葬式のようなムードになっていった。廊下や外で一体何が起きているのだ、と叫ぶ人もいた。予定では12時まで部屋にいる予定だったが、皆早めに部屋から離れた。午後11時、まだ結果は出ていなかったが、途中結果の様子からヒラリーが負けたのはほぼ明らかであった。

翌日はクラス全体が暗い雰囲気に包まれていた。僕の最初の授業はミット・ロムニーの選挙戦略を担った、ロバート・ホワイト(Robert White)のEntrepreneurial Financeの授業。いつもはケースのディスカッションを行う授業であるが、「今日は、まずこの話をさせてほしい」、と選挙についての話から始めた。彼はミット・ロムニー vs バラク・オバマの結果と今回のドナルド・トランプ vs ヒラリー・クリントンの結果を比較し、ポイントを述べた。一つ目は、ドナルド・トランプがオハイオをはじめとしたラストベルト(Rust Belt: 製造業が盛んであったが、現在は廃れてしまっている地域)に戦略的に注力して票を獲得したこと。二つ目は、前回の選挙が”Which candidate cares me”(私のことを気にかけてくれるか)であったのに対して、今回の選挙が”Change”(変化)がテーマの選挙となり、エスタブリッシュメントの象徴であるヒラリーにとって不利に働いたこと。その後、クラスで結果を受けたディスカッションが行われた。議題に上がったのは、「ヒラリーは女性だったからガラスの天井に阻まれて、当選できなかったのではないか」、「共和党の内部も割れているが、トランプと共和党はどのように国を運営していくのか」、「どの層がトランプを支持したのか」、など。トランプについては、どのように政権を運営するのかの不確実性が高く、現時点では読めない、というのが結論だった。

次の授業のStrategy and Technologyにおいても、前半は選挙についての議論を行った。Intelの社外取締役でもある教授のDavid Yoffie自身もショックを受けた様子で、不確実性が非常に高まったことを述べた。クラスメイトの中の一人はオハイオ出身の元軍人で、彼はクラスの雰囲気と彼の地元の比較についてのコメントをした。彼によれば、軍人コミュニティはトランプ支持者が多く、彼らから見れば、「ヒラリーを支持する方が信じられない」、と。彼らは、「ヒラリーは嘘をつき、権力と共謀して罪をもみ消し、ウォール街から多額のお金を受け取り、軍人を関係もない中東へ派遣する。一方でトランプは他国に対して強い態度を取り、国民の安全を守ることを優先し、軍人をアメリカを守る任務に就かせてくれる。」と感じている、と共有してくれた。他にも似たコメントがあり、HBSのコミュニティでは見えていない側面がある、ということに気づかせてくれた。

授業外のオフライン、オンラインともに選挙に関する議論が行われた。選挙がもたらす影響についての議論が休み時間や昼休みに行われ、特にインターナショナル生は、大きな関心事であるH1-Bビザ (就労ビザ)やグリーンカードの発給への影響について懸念していた。また、オンラインでは、友人がいかにエリート層が異なる意見を理解していなかったかを述べた上で、互いに理解しあうことの大切さを促す投稿が目立った。一方では、冗談半分でカナダ人のクラスメートがFacebook Marketplaceに「私と結婚する権利」(カナダ人であり、結婚するとカナダ人の国籍が手に入る)を出すなど、ユーモアで暗い気持ちを笑い飛ばそうとする行動も見られた。

僕個人としては、今回の選挙で今の場所から見えていないものが多いことに気づかされたと同時に、人の感情がもたらす力についても考える機会となった。良くも悪くも、HBSは流動的な労働市場でも勝ち残っていける人が多く、より自由かつ世界と繋がった、競争があっても機会の多い社会を好む。一方で、今回の選挙結果のように、世の中は皆が同じように自由貿易の恩恵を得ているわけではなく、そういった人たちはエスタブリッシュメントが作り上げたこのシステムが不公正なものだと感じている。その感情は、ニューヨーク、ボストンやカリフォルニアのシリコンバレーのようなエスタブリッシュメントが多いところでは見逃されがちだが、今回の結果を見る限り、そういった感情をいだいている人の方が多数なのだろう。

この感情の影響力は、想像以上に強かった。影響力の大きさは、トランプがひっくり返した、ヒラリーとの最初のスタート時点からの差を考えれば明らかだ。今回の大統領選に向けて、ヒラリーは何年、十数年単位で準備を進めてきた。ファーストレディ、国務長官時代に連邦レベル、州レベルで政治家との関係を築き、政策についての知識や経験を蓄積し、ボランティアやサポートしてくれる企業の開拓も行った。企業、個人から合わせて$1 billion以上の寄付を集めた。対してトランプはもともと政治家との繋がりも薄く、政策についての知識も深くはなく、共和党からの支持も完全には得られず、メディアからはバッシングを受け、企業、個人からの献金も$500 million程度とヒラリーの半分程度だ。こんな不利な条件をどうやってひっくり返したのか。

トランプは人々の強い感情に訴えた。彼は人に強い感情を抱かせる、事実に基づかない言動を繰り返し、怒り、不安、恐怖、不信、を強調した。同時に自分がアウトサイダーであり、強く、批判にもたじろがない、一貫したリーダーであることも示した。強い思いをいだいたトランプの支持者は草の根で支持を広げていき、選挙当日にもヒラリー支持者よりもより積極的に投票場に足を運び、結果的に選挙では勝利をした(国民投票全体ではヒラリーの方が得票数が上だった)。一貫性や自信の示し方など、トランプからリーダーが学べることもあると感じた。

ただし、過度に感情に訴える手法のダウンサイドが出てくるのは、これからだとも思う。支持者の感情は、トランプの勝利という9日に最高潮を迎えて、ここから理性による判断が入ってくる。選挙は言葉による約束だが、現実の政権運営ではその約束を実行し、人々の期待値を満たせるかが鍵となる。トランプは人々の期待値を上げた点で、それを満たす行動をしようとしたならば、既存の仕組みと対立し、通常の安定した政権運営を取ることが難しいだろう。具体的には、トランプほどの変化を望んでいないであろう共和党との折り合いをどうつけていくか。トランプは、議会の反対により自身の公約を満たせなかった時に、どう人々に説明するのか。人々が期待したレベルのChangeをもたらせなかった時にどうするのか。期待が高いが故に、反発のリスクも大きいと思う。

良くも悪くも、政権移行は行われる。アメリカに住んでいる一人として、どのように移行が行われるかに継続的に注目したい。