人に動いてもらいたいときに、最も大切な3つの要素

誰かに動いてもらいたいのに、動いてもらえない。そんな思いをしたことは、ありませんか?

早いもので、プロダクトマネジャーに管理職と、人に動いてもらうのが主な仕事の職業につき、10年間以上が経過していました。これまでの仕事人生で常に意識してきて、3つの会社、3か国でも試してみて、有効だと感じている一つの原理原則があります。

人に動いてもらいたいと思う人に参考になればと思い、書いてみます。

情熱、論理、思いやり

人を動かすのは情熱、論理、思いやりの3つです

人は情熱を持った人に惹かれます。それは、熱量をもった人が話す言葉には、人を動かすエネルギーがあるためです。

どんなに論理的に正しいことであっても、語る人に情熱がなければ、人は頭で納得してくれても、心では納得してくれません。

人を動かしたいと思う人は、まず自分が担当する事柄について誰よりも調べ、考え抜き、そのうえで進もうとする道を正しいと信じる必要があります。人に動いてもらいたいと思うときに、あなたがぶれていると、ほかの人もどうして良いかわかりません。

また、どんなにあなたが情熱的に語ったとしても、それが論理的に正しくなければ、人は心でいいと感じても、頭で納得してくれません。納得感がないと、人はしぶしぶやってくれたとしても、期待以上のことはしてくれないものです。

情熱と論理性を持つリーダーが決定をしたときに、人は頭と心で納得をしますが、さらにもう一歩踏み込んで頑張れるかどうかを左右するのは、思いやりです。

人は、自分にとってその人がどのくらい大事か、どのくらい親近感を持っているか、で頑張れる度合いが違うのです。例えば、自分が苦しいときに一声かけて励ましてくれたり、うまくいったときに褒めてくれたことがある人に対してのほうが、顔も名前も知らない人に対してよりも、頑張れるものです。

個人的な関係を築き、「この人のいうことだからしょうがないな、頑張ろう」、「この人のためなら頑張ろう」と思ってもらえるように思ってもらえるようになれば、強いです。その関係は、一つのプロジェクトだけでなく、ずっと続く財産になります。

情熱、論理、思いやり、はこの順に重要です

情熱があれば、その事柄について調べ、考え、自分なりの考えを持つことができます。逆に、その分野についてたいして時間を使いたいと思えないのであれば、それは扱う事柄について、情熱を持てていない、ということです。

好きでないことで、ほかの人に動いてもらうのは、しんどいです。まずはあなたがそのことを好きになることが、スタートです。

情熱なんてなくても、正しい論理であれば人は納得して動くのではないか、という人もいるかもしれません。

しかし、現実には、論理だけで人に納得してもらうのは困難です。それは、常に一つの論理だけが正しいことが明らかなことなど、ほとんどないからです。

ある見方が正しく見えても、ほぼ必ず違う見方があります。そして、どちらの見方が正しいのかについてデータがあって定量的に示せる場合は、あまりありません。

本や雑誌に載っている成功例や、ビジネススクールのケースよりも現実は混とんとしており、複雑なのです。

そして、混とんとしている世界の中で、「この方向が私は正しいと思う。なぜなら私はこの事柄を愛し、これだけ調べ、考え抜いたからだ」と言える人は、強いです。なぜなら、人は、ついていくならば、そういう人についていきたいと思うからです。

そして、情熱を持つ人が、論理的に語った時にも、その語る人に対して、語られた人が肯定的な感情を持っていれば、その人はより動こうと思ってくれます。

その肯定的な感情の源は、つながり、であり、つながりを築く一つの方法は、その人のことを人としてどれだけ真剣に考え、何をしてきたか、という思いやりです。お世話になった人のために頑張りたい、というのは気持ちがあると、人はさらに一歩踏み込んで動いてくれます。

あなたが仕事や家庭でほかの人を巻き込んでのプロジェクトを進める必要が出てきたとき、ぜひこの3つを意識してみてください。

日本の働き方と米豪での働き方の違い

アメリカ、オーストラリアで働いた後に日本に帰国して働き、約4ヶ月が経過しました。同じ会社で3つの国で働いた経験から、海外で働くことに関心がある人、もしくは海外から日本へ戻って働くことを考えている人向けに、私が感じた違いについて書いてみます。

コミュニケーションに必要な労力

よく日本の強みは緻密なコミュニケーションによる「すり合わせ」と言われます。さまざまな部署の調整が必要となる複雑な製品やサービスを生み出すとき(自動車など)に、この緻密なコミュニケーションが強みの源泉となっている、と言う主張です。

一方、裏を返せばそれだけコミュニケーションが期待されている文化、ということでもあります。

日本の組織に戻ってきて感じるのは、仕事を進める際のコミュニケーションの必要量の多さです。

例えば会議を例にあげると、米国やオーストラリアと会議をしていると意見(賛成、反対問わず)がどんどん出てくるのに対し、日本の会議では意見が出てきにくい。

「この場で意見をいって良いのか」という空気を読もうとする傾向があり、タイミングを見計らっているのか、結果的に意見が出にくい会議になってしまう。

意見がないわけではなく、一人一人にどう思いますか、とふるときちんと意見が出てくる。つまり、会議という場で意見がきちんと集められないため、会議で合意形成することが難しい。

かといって、会議で決まったからと進めようとすると、会議で言われなかった意見に対して対応が取られていることを納得してもらえないと、関係者が合意を合意としてくれず、きちんと次のアクションをこなしてくれなくなり、結果的に仕事が進まない。

そのため、きちんと意見を吸い上げて関係者の合意を得ようとすると、結局は毎回毎回、ステップごとに会議の中でそれぞれの一人一人がきちんと意見を言う時間を作るしかないが、それをやると会議が非常に長くなる。

そのため、効率的に進めるためには、それぞれの人と1対1または少人数の場で話す場を設ける必要が出てくる。言い方をかえれば、一人一人に根回し(きめ細かいケア)をしないといけない

昔ならば「一緒に飲みに行こうか」と飲みの場で話すことや、同じオフィスの中でちょっと立ち話で解決できたことが、このコロナ禍で在宅勤務が基本になると、この一人一人と話さなければならない、というのが非常に労力がかかるプロセスになります。

また、根回しの対象が少なければまだ良いのですが、日本の会議の特徴なのか、関係者が多い。

「俺は聞いていない」と決まったことを後から覆される現象を防ぐために、会議に呼ぶ気持ちは分かりますが、アメリカやオーストラリアであればマネジャー一人出ればいい場面に、日本ではマネジャーが部下を何人も連れて参加している場合が合ったり、必ずしも意見が必要ないけれどその場にいたという実績を作るためにとりあえず関係者全員を集めている会議もそれなりにある気がしています。

この点も、「関係者全員での合意」を重んじる日本の意思決定の特徴が反映されています。

日本での在宅勤務の生産性について、若手が「生産性が変わらない」と答えて、管理職が「生産性が減った」と答えているのは、こういう個別にコミュニケーションを取らなけばきちんと合意が取れない、意思決定ができない、という文化が影響しているのかもしれません。

日本オラクルによる生産性調査結果(2020年11月)

いずれにしても「期待されているコミュニケーション」の違いのため、労力がかかる、というのが、米豪と比較しての日本でのコミュニケーションの感想です。

新しいことをする際の仕事の進め方

日本の組織は良い意味でも、悪い意味でも完璧主義だなと感じます。前例踏襲ならば良いのでしょうが、新しいことをやろうとすると、できない理由や「こう言うケースが出てきたらどうするのですか」、と言う例外対応がいくつもいくつも出てきます。

そして、その想定される例外やリスクを排除するために、関係部署を含めて何度も打ち合わせをする必要性があり、考えられる対応策を議論し尽くしてから、ようやく次へ進めます。

最初から例外対応を想定して計画を策定するのは大事なことですが、この「リスクや例外対応をほぼ全て潰さないと既存のプロセスからなかなか動けない」、というやり方はビジネスのスピードをかなり遅くします。

アメリカやオーストラリアでは、「それはどのくらいの頻度で発生するのか」、「起きた時にどれくらいの影響が出るのか」、「結局どのくらい重要なことなのか」というインパクト付けをして、それがあまり重要でなければ、リスクについては起きた時に考えるベースでも走れました。

一方、日本では完璧主義の文化が根強く、走りながら考えることに拒否反応があるような気がしています。

どのような新しい活動においても、最初のうちは慣れ親しんだプロセスから離れるため、最初の学びの期間には効率が多少落ちたり、問題が発生するものです。そういったリスクに対して、これはあまり重要でないから今は棚上げ、とするとそこに引っかかる人がおり、「どうしてこの点を考えていないのに進むのか」と関係者の合意が得にくく、進めにくいのが悩ましい点です。

仕事と家庭の両立

仕事と家庭の両立はどの国でもテーマの一つですが、このテーマにおいても違いが大きいです。

アメリカでもオーストラリアでも、オフィスでは17:30になると残っているのは周囲で数人、と言うのが通常でした。

皆、子供の送り迎えであったり、近所のスポーツのコーチであったり、で夕方は家庭で忙しいのです。朝は早くくる人が多いですが、終わりの時間はきっちり帰ります。

そういう事情もあるために、就業時間後にMTGが設定されることはほとんどありませんでした。たまに設定されるとしても時差の違う地域(オーストラリアからヨーロッパと話す時は就業時間後の方が捕まえやすい、など)と話す時に限っていました。

一方、日本では終業後に日本人同士で話すMTGがそれなりの頻度である気がしています。18:00開始、19:00開始、と言うこともあり、これだと子供のいる家庭だと支障が出るな、と呼ばれている身ながら心配になります。

勤務時間中だとみんなが集まれる時間がないから、、、と言うことで就業時間後に設定されるのだと思います。

ただ、そんな場合でもどうしようもなく必要な人だけでなく、参加しても発言しない人(=不可欠でない人、やむをえない出席でない人)が就業時間後のMTGに呼ばれているのは、本当に多様な人材が働ける環境になっているのか、と違和感を感じます。

家庭の時間をどこまで尊重するか、というのは僕が感じる最も大きい違いの一つです。

違いについてのまとめ

これらの違いは相対的なものであり、必ずしも良いことであったり、悪いことであったりするわけではありません。

「綿密なコミュニケーションをとって物事を進めていく」、「完璧主義である」、と言うのはミスの許されないような業種や職種であれば効果的なやり方です。また、作業標準を作り、それに沿った作業を行い、作業標準を改善することで業務効率を改善していく、ような決まったことを何度も繰り返すような仕事でも効果的なやり方です。

また、作業をミスをしないように真面目に進めてくれるという安心感もあり、ここはアメリカやオーストラリアで働いていた時よりも安心して任せることができます。

また、「家庭に対する意識が低い」のは経営する側からすると望ましいことです。業務量を多くした時に、従業員が就業時間後に働き続けてくれる(しかも辞めないでくれる)、という国はそんなに多くありません。経営する立場からすると、こちらも効果的な環境です。

一方、これらの特徴が強みになるような仕事の割合が少なくなっている、とも感じています。

定型的な仕事であればソフトウェアの自動化で大部分が対応できますし、リモートワークはこれまで見えにくかった一人一人の生産性をより見えやすくしました。また、現代の20代、30代は仕事と家庭を両立させることへの意識が高く、「家庭に対する意識が低い」会社は優秀な人材から選ばれにくくなってきています。

僕自身は、日本の文化の良いところは活かしつつ、現在の環境に合っていないところは変えていき、チームがより心地よく、効率よく働ける環境づくりを進めていきたいと考えています。

日本から海外に出る人、海外から日本に帰ってくる人、は上記の

  • コミュニケーションの労力
  • 仕事の進め方
  • 家庭と仕事のバランス

の3点の違いについて意識をして、それぞれの文化に応じた立ち振る舞いを行うと良いかもしれません。

2021年に向けた政治の流れとビジネス・投資機会

2021年、どのように社会が変化していくかを考え、投資機会を考えていきます。定番のPEST(Politics, Economy, Society, Technology)のフレームワークで整理していきますが、今回は、政治について書きます。

2020年の政治(Politics)

2020年は新型コロナの年と言っても過言でないでしょう。インフルエンザの世界的流行以来、約100年ぶりの感染症の大規模感染に対し、各国の政治家のリーダーシップが試される年になりました*

*政治家が直面した「命を救うために、いくらまでなら支払えるか」という課題については、下記の昨年3月に書いた記事に詳しく書いています。
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課題に対し、それぞれの国・地域は異なったアプローチを取りました。中国、オーストラリア、米国、日本の例をみていきます。

中国

新型コロナ発祥の国と考えられる中国では感染症に対して非常に厳しい対応を取りました。具体的には、

  • マスクの着用義務化、街中に検温施設を設けて、早期発見を強化
  • 大規模な検査による早期発見
  • 厳しい営業制限により人の動きを制限
  • 都市封鎖や区画封鎖により感染症が起きた地を隔離する
  • 新型コロナ患者専用の病院の開設により、感染者を隔離
  • 海外からの渡航禁止・帰国制限により海外からの感染者の流入を制限
  • 携帯のアプリケーション(健康コード)を通じて、全国民の行動を監視するとともに、経済再開開始を支援
  • 国による大規模な支援によるワクチン・治療薬開発の加速

特に、アプリケーションを通じての行動監視は効果的で、感染者、濃厚接触者の特定が効率的にでき、感染を抑えることに成功しました。

四早(早期発見、早期隔離、早期診断、早期治療)を目指した施策により、人口13億人の国であるにもかかわらず、2020年12月も新規感染者は連日数十人程度です。しかもその数十人のほとんどは海外からの帰国者であり、空港から市内まで至る事なく、隔離されています。

人々の自由を大きく制限して、プライバシーに大きく踏み込むアプローチは、議会による合意を得る必要のない、一党独裁国家であることから素早い実行が可能でした。中国の意思決定と施策の実施までの早さは時間とともに広がっていく感染症を抑え込むという点で、優れた結果を出しました。

オーストラリア・ニュージーランド

オーストラリア・ニュージーランドも中国に近い、厳格な行動制限を用いるアプローチで感染を抑え込みました。

しかし、アプローチとしてはトップダウンで力で抑え込むというよりは、政治家のリーダーシップにより国民からの合意を得るという方法でした。

両国が継続的に出していたメッセージは、「人命は最も重要であり、感染症を止めるには国民一人一人、ビジネス一つ一つの協力が必要」です。

外出禁止などの行動制限や罰則を用いたことは中国と同じですが、段階的に行動制限を緩和し、どの程度の行動は許されるかを明確に伝えました。検査を受けるか受けないか、どの程度制限を厳密に守るか、は個々人の判断に任されました。

また、政府は新型コロナにより生活に影響が出た人々への支援や危機に陥ったビジネスへも手厚い支援を行いました。失業保険の増額、ビジネスへの財政・金融支援、により人々の生活を支えました。

オーストラリア・ニュージーランドは、島国の利点を活かし、他国からの移動を制限し、自国内の感染をほぼ0にすることを目指しました。国のリーダーである政治家は明確なメッセージ、プロトコルを作って国民に共有し、継続的なコミュニケーションを通じて国民の行動変容に繋げました。結果として、感染症を抑え込み、素早い経済回復に繋げました

米国

アメリカは感染症を抑えることよりも、「いかにビジネスを継続させるか」、「いかに治療薬・ワクチンまでの時間を稼ぐか」に重点を置きました。

  • 失業保険の増額、現金の家庭への至急
  • ビジネスへの財政・金融支援 (Payment Protection Program等)
  • ワクチン・治療薬開発・生産・流通への巨額の財政支援と政府による治験などの支援(Operation Warp Speed)

ニューヨーク州やカリフォルニア州など民主党が州知事を勤める州では外出禁止などの行動制限がされましたが、国としては人々の行動を制限することには消極的であり、トランプ大統領は感染症が広まったのちも、「ウイルスは危険ではなく、行動を変える必要がない」という立場でした。

特に、Operation Warp Speedはアストラゼネカ(英)、バイオンテック(独)・ファイザー(米)、モデルナ(米)の三種類のワクチンの開発やGilead SciencesやRegeneronの治療薬開発・生産に貢献し、人類と新型コロナとの戦いに大きな希望をもたらしました。

一方、「感染症を放置しながら時間を稼ぐ」というアプローチをとった弊害として、米国は現在新型コロナで最も苦しんでいる国です。2021年1月1日現在、3億3000万人中、2,000万人以上が感染し、約35万人が死亡しました(worldmeters.infoより)。1,000人に1人がこの感染症で命を落とした計算になり、今でも毎日新規で20万人が感染しています。

感染症の広まりとそれによる経済の落ち込み、失業率の増加、は現職大統領に不利に働き、トランプ大統領は再選することができませんでした。大統領としては「国民の結束」を訴える民主党のバイデンが選ばれています。

日本

日本はアメリカに近いアプローチで、人々やビジネスの行動を制限するのではなく、「いかにビジネスを継続させるか」を重視しました。

法改正が必要だったこともあり、他国で行われたようなnon-essential (必要不可欠でない)ビジネスの営業停止や人々の外出制限などの行動制限には踏み込まず、罰則のない「要請」にとどめました。「要請」であるため、政治家など国のリーダーも要請通りの行動をとるわけではなく、要請から外れた行動をとった政治家に対しての罰則もなく、あくまでも「個々の判断」に任せました。

日本では大多数の国民が「要請」に従い外出を自粛し、マスクの着用をした結果、政府が罰則を伴う外出禁止などの施策をとっていないにも関わらず、感染者の数は抑えられました。一方、強い施策を取っていないためにウイルスが残り続ける状況は変わらず、国民の長期にわたる自粛によりビジネスに影響が出てきました。

政府が対策として打ち出した「Go to Eat」や「Go to Travel」といった施策は人の移動を促しながら、新型コロナで特に売り上げにダメージを受けた飲食業、旅行業を支援する施策です。西欧や豪のようにそれぞれのビジネスに休業を依頼しながらビジネスを支援するというやり方ではなく、「お客さんを増やすことで支援する」、というアプローチを取りました。

これらのアプローチは第三波と呼ばれる2020年12月の感染拡大まではある程度機能しており、日本の感染者数は欧州、米国と比較してはかなり低い水準で推移していました。しかし、2021年1月1日現在、東京を始めとして感染者の数が急速に増加しており、予断を許さない状況です。また、感染の拡大を受けて、政府への支持率は下落傾向にあります。

2021年に何が起こるか

感染症は世界中の人が同じ問題に直面したという点で、非常にユニークな現象です。

施策と結果が国を越えて比較できるため、結果が比較しやすくなっています。そのため、同じ問題に直面した時、その問題をうまく解決できた国はその他の国からの尊敬を集め、逆に感染症を抑えることができなかった国は他国からの評価を落としました。

結果として、2020年は「民主主義が最適な政治形態である」という西側諸国が信じていた価値観を揺さぶられる年となりました。その影響が2021年以降に出てきます。

新型コロナに対して、最もうまく対応できた国一つは、強権的に対応した一党独裁の中国です。

一方、民主主義の守り手を標榜していた米国は新型コロナへの杜撰な対応を繰り返し、最も多くの国民が感染している国になっています。選挙結果を覆そうというトランプ大統領の「あがき」や社会の分断を煽って再選を果たそうというその姿勢も、民主主義が社会を安定させるシステムではないということを全世界に示し、民主主義への信頼度を低下させました。

コロナ対策で成果を出しており、かつ安定的に経済成長を続けているという点で、中国の一党独裁の政治システムと国民をコントロールする仕組みは、まだ政治システムが固まっていない途上国にとってはより魅力的に見えるようになりました。

社会の分断が目立つ米国、ブリクジット後にスコットランド独立など分裂のリスクを抱える英国、極右政党の台頭が目立つフランス、「メルケル後」が描けないドイツ、と民主主義各国が政治的な脆さを抱えています。2021年のこれらの国の政治的な状況次第では、さらに民主主義への信頼が失われる可能性があります。

そのため、2020年を一つの転換点として、途上国への中国型の政治と経済のシステムの輸出が進むと考えられます。これは、国レベルのサポートを得ながら輸出先を増えせるという点で、中国の国策企業にとってはポジティブな話です

また、新型コロナで経済的にダメージを受けた人が多く出たことに対し、全世界的に政府が財政支出を拡大させて失業者対策、貧困対策を行い、企業を資金注入で支え、中央銀行が金利を下げて景気を保とうとしたため、全世界が同時に社会保障を充実させる「大きな政府化」しました

米の例で言えば、財政支出に積極的でない共和党がGDPの約15%に当たる$3.1兆ドルの財政赤字を容認したこと自体、異例です。緊縮的な財政政策の傾向のあるドイツですらEUの仕組みを利用した財政支出の拡大に賛成しており、全世界の政府が市場にお金を流し込んでいます。その状態でも、米国、欧州を見る限り、好調な株式市場とは正反対に、雇用情勢は依然として厳しい状況です。また、いくつかの国では税金を下げながら財政支出を上げたため、財政は急激に悪化しました。

雇用状態が依然として厳しい状況であるため、2021年も「大きな政府」の流れが続くでしょう。つまり、政府は財政支出により社会保障の拡大や経済活性化のための投資を行っていくことになります。

政治的に特に注目を浴びているのが、クリーンテクノロジーの分野です。米国ではバイデン次期大統領が「再生可能エネルギー」への大幅な投資を公約している他、欧州も「グリーンディール」に基づいて、再生可能エネルギーへの投資を拡大させています。日本も2050年に「カーボンニュートラル」の目標を掲げています。政府からの後押しを受け、この分野は今後数年間、政府からの投資を受けて成長を続けていくでしょう。

支援を受けるのがクリーンエネルギー業界ですが、全ての業界にとって追い風が吹くわけではありません。2021年は米中の大手テクノロジー企業に対しては規制が厳しくなることが予想されます。

特に対象となるのは、GAFAと軍事と結びつきの強い中国テクノロジー企業(半導体、監視ソフトウェア、ドローン企業等)でしょう。GAFAに対しては欧州で税率の引き上げと規制が検討されており、米国内でも独禁法での訴えがされるなど、段々と行動範囲に制約がかけられるようになっています。

過去にマイクロソフトは独禁法により訴えられ、和解により事業分割は避けられましたが、その後は法務リスクを意識してあらゆる変化への対応が遅くなり、結果として検索エンジンではGoogleに抜かれ、SNSではFacebookの台頭を防げませんでした。GAFAについても事業分割は避けられた和解ができたとしても、これまで以上に当局を刺激しないようなアプローチが求められ、今後の事業運営に足枷が課されることになるでしょう。

また、中国のテクノロジー企業については米国市場へのアクセスがなくなること、また米国企業からの調達ができなくなるリスクがあります。「中国への圧力が必要」というのは米国議会でも党派を問わずコンセンサスとなっていることと、米国国民の中でも中国への悪感情が広まっており、中国へ譲歩するような姿勢は大統領も見せづらいでしょう。バイデン大統領となったとしても、急速に米中関係が改善する可能性は低そうです。

以上のように、2021年は

  • 民主主義国家の政治的な混乱リスクが増加し、全世界的な民主主義への信頼感の低下する(相対的に、中国的な統治システムの魅力増加する)
  • 大きな政府化、政府が財政支出と低金利にて経済を支えつづける体制が続く。先進国、中国がクリーンエネルギーへ投資を始めており、クリーンエネルギーでどこの国が覇権を握るかの国家間競争が加速する
  • 大手テクノロジー企業への規制が厳しくなり、中長期的な成長性に影響を与える

と予想されます。中国はカントリーリスクはありますが、今後途上国への影響力を拡大していくと考えると、米国や香港に上場している軍事関連以外の中国株を調べてみても面白いかもしれません。また、クリーンエネルギーは今後数年の投資テーマになりそうなので、要注目です。

米国株のビジネス・株式の分析は下記のボタンから飛べます。

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東京、ボストン、シドニーの比較: 東京の良さと課題

日米豪の三ヶ国(東京、ボストン・ミネアポリス、シドニー)で暮らし、働いた経験を一区切りするためにも、それぞれの国の良いところ、悪いところ、をまとめてみます。

最後に、ビジネスにも役立つ、複数の選択肢を比較する手法についても紹介しています。

東京

東京の優れている点

東京は、あらゆる点で便利で、快適な生活が送れる街です。


食事が美味しく、特に和食は健康的で、安価な定食は海外で暮らすとありがみが分かります。サービスの質は高く、サービスを受ける度に「この価格でこの質を得られるのか」、と驚くほど。

鉄道網が発達しているので車を持つ必要がないですし、重犯罪率も低く、銃犯罪もほぼないため、街も安全です。

アクセス・コスト・質のどの点から見ても高品質の医療が受けられるのも良い点です。「ちょっと調子が悪い」、という程度で全ての国民がすぐに専門医にかかれるのは他の国にはない特徴です。

保育・教育費も国の補助が手厚いです。認可・認証の保育園に入り、国立・公立の小中高に行く場合は、かなり教育費が抑えられますし、お金がないから高校に行けない、という家庭は他の国と比べても少ないでしょう。

後述しますが、保育園も最高で月77,000円というのは、米や豪と比べるとかなり安い水準です。

社会福祉サービスが手厚いことから税金の水準は高いです。一方、所得控除が手厚いこと、iDeCo、NISA、ふるさと納税と節税策もあるため、オーストラリアや西欧と比較すると、よほどの高収入でない限り(年収3000万円以上など)、実効税率はまだ安い印象です。

家賃、食費、交通費、光熱費、教育費など、ボストン、シドニーと比較しても生活のコストは高くないです。

また、国際都市であり、グローバル企業の支社が多くあり、日系のグローバル企業の本社もあるため、就業機会も豊富です。世界中から人が仕事や観光で訪れるため、人との出会いも多いです。

地理的にも米中という二大超大国の間であり、どちらの国に行くにも便利です。

「便利で安全、コストパフォーマンスに優れる国際都市」というのが東京の強みです。

東京の課題

東京の課題はワーク・ライフ・バランス、子育て環境、日本の将来性です。

東京の労働環境は改善されてきていると思いますが、それでも定時に帰宅する人の割合が高い米や豪と比べると長時間労働です。「サービス残業」という概念自体が米、豪ではない気がします。

両親ともにフルタイムで働き、子育ても行う、のも大変です。「日本、中国、韓国の人は長時間働きすぎだ」というのは米でも豪でもよく聞く話ですし、実際に3カ国で働いてみてそう感じます。

フルタイムで共働きで働くインフラが十分でないのも課題です。東京では保育園は依然として数が足りておらず、認証保育園や無認可保育所でも庭がないなど、保育の環境として質が保たれているのか疑問の施設も多くあります。

教育に関しては、文科省がガチガチに内容と教育方法を決めているため、子供に平均的な能力を身に付けさせるには良いです。一方、自由度が少ないため、米、豪と比べると子供の個性を伸ばすような教育ができる場が少ない点が課題です。

次に、日本の将来性ですが、少子高齢化が急速に進んでいる(特に少子)ことは国の将来にとって大きなリスクです。特に、経済成長が過去30年間ほぼ横ばいの中、日本は社会保障を主な原因として国債を積み上げてきており、社会保障の持続可能性は疑問です。シルバー民主主義なので、構造的にかえる有効な手立てがないのですが。

最後に、地震などの天災リスクがあります。こちらも有効な対策は現状ありませんが、備えるしかないです。。

東京は優れている点が多く、すでに世界の都市ランキングの上位に位置しています。国・都が施策で取り組める課題に一つ一つ取り組んでいけば、さらに住みやすく、働きやすい国際都市になれると感じます。

ボストン

ボストンの優れている点

ボストンはアメリカの古都であり、街並みが美しいアカデミックな街です。


ボストンにはHarvardやMITをはじめ、Boston UniversityやBoston Collegeなど全米でも有数の大学が集まっています。

そのため、世界中から集まった学生・研究者が街におり、アカデミックなネットワークを築くことができます。

また、教育機関が集まっているためか、バイオや大学発ベンチャーが多い街でもあります。 新型コロナ向けのワクチンで一躍世界中に名前が知られたモデルナの本拠地もボストンです。就業機会もニューヨークやサンフランシスコほどではないですが、多くあります。

「世界中から集まった、才能あふれる人たちと出会い、働ける」というのはキャリアを重視する人にとって良い環境です。

医療の世界でも、Massachusetts General HospitalやBrigham and Women’s Hospitalなど全米でも有数の病院があり、世界最高峰の医療を受けられます。

アメリカは新しいモノ・サービスが生まれる場所であり、さまざまなニーズを解決する民間サービスで溢れています。お金を払うことで、かなり便利かつ快適に過ごすことができます(例えば、Amazonを利用するだけで、家から出なくともかなり暮らせます)

ボストンの課題

ボストンの課題は生活コストです。ボストンでの生活コストは上がり続けており、相当の収入がないと暮らすのが難しい街になってしまいました。

例をあげると、市内では1ベッドルームの部屋で家賃で月$3,000、保育園・教育費で月$2,000以上、というのが珍しくありません。保険・医療もどの保険を選ぶかによりますが、家族であれば毎月$1,000かかるのも普通です。

家賃・保育園・保険だけで、年$72,000かかり、税金を考慮すれば、年$100,000 (約1,050万円)稼いでいても、家賃と教育費と健康保険だけで消える、ような状況です。 これらの費用に加えて食費・交通費・通信費・光熱費・交遊費なども当然かかるため、年$140,000 (1,500万円)稼いでいても、子供がいる家庭では米大都市では裕福な暮らしではありません。

加えて、米の上がり続ける学費は今でも年4万ドルがざらであるため(州立大学であれば州民にはディスカウントがありますが)、子供が大きくなっている時には4年で20万ドルはかかるとすると、そのための貯蓄も必要になります。

また、ボストンは全米の中では安全な都市ですが、銃社会であり、かつ社会格差が広がっていることから、治安は日本や豪と比べると悪いです。

運が悪ければトラブルに巻き込まれる、というリスクも他の国より高いでしょう。ボストンマラソンの爆破テロはその一例です。また、今回のコロナの対応を見ていても分かるように、社会がさまざまな軸で分断されている国であり、疫病が再び蔓延した際に、国がリーダーシップを取れるかは疑問です。

これら全ての課題を解決してくれるのは、お金です。

アメリカは「お金があるかないか」で生活の質が大きく変わる場所です。最高の医療も教育も快適な生活環境も安全も、お金があれば買えます。一方、お金がなければ、他の国では最低限は国から受けられる医療、教育、安全が得られません。

アメリカの沿岸部の大都市の生活は「キャリアと資産を築けて最高のサービスを受けられる」場所であると同時に、「キャリアも資産も築けなければ苦しい生活をしなければならない」、ハイリスク、ハイリターンの場所でもあります。

アメリカ社会の「勝ち組」に入れる人であれば、アメリカの大都市は世界の中でも最高の場所の一つでしょう。

一方、コストの点で見ると、僕が住んだ第二の都市であるミネアポリス(中西部、ミネソタ州の主要都市)はアメリカの中でもコストパフォーマンスに優れた都市です。住宅費が安く、公立の教育の質も高く、子育てにかかる費用はボストンに比べてずっと安くすみます。

アメリカとしての課題は抱えていますが、ミネアポリスはミドルリスク・ミドルリターンの都市で、当たり前ですが、アメリカも都市により暮らしがだいぶ変わります。

シドニー

シドニーの優れている点

シドニーは「暮らす」という点では最高の都市の一つです。

なぜシドニーが暮らしやすい場所なのか、は上記の通りで、東京の利便性に加えて、天気の良さと自然が近いこと、労働環境が老こと、人々がよりフレンドリーであること、優れた教育機関があること、がシドニーの良さを際立たせています。

また、日米になくシドニーにあるものは、信頼できる政府です。今回の新型コロナ対策を見ていても、政府の対策は迅速であり、適切でした。

現在、アメリカでは毎日30万人、UKでは毎日3万人、日本では3千人の新型コロナ感染者が出ていますが、オーストラリアでは全土でも毎日30人以下です。国の人口が2,500万人と日本の約1/5であることを考慮しても、かなり少ない数で抑えられています。

社会保障制度は良く設計されており、公的保険と私的保険を組み合わせた医療制度はアクセス・質・コストのバランスが良く取れています。

また、Superという年金の強制積み立て制度など、年金制度も持続可能かつ十分な水準を将来に支給できるような仕組みになっています。

シドニーは平均的な暮らし、または平均以下の暮らしをしている家庭にとても良い環境です

シドニーの課題

シドニーの課題は税金です。日本円で350万円くらいを超えてから、$1につき32.5%の所得税がとられます。加えて、2%のMedicare税やMedicare Levy Surchargeなどが取られるため、税率は多くの人で30%を超えるでしょう。

Australia tax rates

公的な医療や教育が充実しているのでサービスとしては釣り合いが取れていると思いますが、税率が低い国ではありません。特に、高所得者であれば税率の高さに頭を抱えることもあるでしょう。

また、世界のどこからも遠いため、オーストラリア生まれ・育ちでなければ、家族や友人と会うのはやや大変です。年1, 2回帰省できれば良いくらいになるでしょうし、このコロナ下では移動が制限されているため、国を出ると戻って来れません。

最後に、オーストラリアは地理的に遠い上に市場が小さく、「グローバルにキャリアを築いていきたい」と思った時には壁にぶつかります。オーストラリア発のグローバル企業もありますが(CSL, BHP等)、東京やボストンと比べると数が少ないです。

オーストラリア自体がゆっくりとした国であるため、長く働いた後に他の国に移ろうとした時に適応がやや難しくなります。

3都市を比較してみて

どの国・都市も良いところもあれば、悪いところもあります。傾向としては、東京は利便性・コストパフォーマンスに優れ、ボストンはキャリア・教育の機会に優れ、シドニーは暮らしに優れています。

このようなそれぞれに優れた何かを比較する際、軸を決めて、それぞれに項目を洗い出し、ポイントをつけて、加重平均するという方法があります。

具体例として、三ヶ国を僕の基準で比較してみた表が以下になります。3=期待を上回っている、2=期待を満たしている、3=期待を満たしていない、という3段階で、それぞれの国を比較しています。

項目 東京 ボストン シドニー 加重
仕事の機会 新しいサービス・モノを世に生み出す 3 3 1 10%
事業責任者として働く 3 2 1 10%
多様な背景を持つ人と、国際的な環境で働く 2 3 3 10%
暮らしやすさ ワークライフバランス 1 2 3 10%
子供の教育 1 2 3 10%
妻の仕事の見つかりやすさ 3 1 2 10%
カルチャーとのフィット 2 2 2 10%
ヘルスケア・社会保障 3 1 2 5%
ネットワーク 友人のネットワーク 3 2 1 5%
家族との近さ 3 1 1 10%
資産形成 賃金 2 3 2 5%
生活コスト 3 1 2 5%
加重平均 2.35 1.95 1.95

今の時点での僕のライフステージでは東京が最もポイントが高くなっています。5年後にはより子供の教育が重要になり、違う都市の方が高いポイントになるかもしれません。

このような比較の手法は家を買うとき、キャリア選択をする時、など決断をする際に有効な手法なので、ぜひ使ってみてください。

この方法をキャリアについて使う際の例はこちらをどうぞ。

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米国株のビジネス・株式の分析は下記のボタンから飛べます。

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なぜ富裕層はあなたより税金を払わないのか?

米国大統領選挙の争点の一つは米国内での「格差」です。米国では「富裕層がさらに豊かになり、労働者層は上がる生活費と上がらない給与で貧しくなる」、という現象が1980年代のレーガン政権以来続いてきました。

また、最近では米トランプ大統領の支払った連邦所得税がわずか年750ドル(8万円)だったということでも話題になりました。

今回の記事は税金に焦点をあてて、「どうして富裕層の支払う税金が少ないのか」、「どうして社会の格差が縮まらないのか」、について書いていきます。わかりやすさのため、米国と日本の例も合わせて紹介します。

アメリカの富裕層が支払う税金

2019年における、アメリカ労働者全体の課税率(所得に対する税率の割合)は28%です(“The Trimph of Injustice” Emmanue Sanz より)。

言い方をかえれば、10万ドルに対して、2.8万ドルが税金として徴収され、7.2万ドルが手元に残る、ということです。

労働者のうち、下位50% (1億2000万人)の税率は25%と平均より低く、上位10%を除く上位中流階級40%の平均は28%です。

一方、最上位400人の平均税率は23%と、下位50%の人々よりも低い税率になっています

これは米国だけの現象ではなく、日本でも起きていることです。背景としては、税金の種類により、税率と租税回避の容易さが異なることによります。

税金の種類

米国の税金も日本と同じく、所得税、社会保障税、消費税、資産税、法人税が中心です。

所得税

米国では所得税は、連邦所得税、州の所得税、地方所得税(ニューヨーク等)の3階建てです。所得に応じて税率が異なる、累進課税になっています。

連邦所得税の最低税率は10%、最高税率は37%で、約52万ドル(5,500万円)以上の所得に対してかかります。

Tax rate Taxable income bracket Tax owed
10% $0 to $9,875 10% of taxable income
12% $9,876 to $40,125 $987.50 plus 12% of the amount over $9,875
22% $40,126 to $85,525 $4,617.50 plus 22% of the amount over $40,125
24% $85,526 to $163,300 $14,605.50 plus 24% of the amount over $85,525
32% $163,301 to $207,350 $33,271.50 plus 32% of the amount over $163,300
35% $207,351 to $518,400 $47,367.50 plus 35% of the amount over $207,350
37% $518,401 or more $156,235 plus 37% of the amount over $518,400

僕が暮らしていたミネソタ州の所得税も収入により異なり、最低税率は5.35%で、最高税率は9.85%です。

一人世帯でしたら、$164,401 (約1,800万円)以上で最高税率、と連邦所得税より低めです。

ミネソタ州では市の税金がないため、最高税率は45.85%となります。最低税率は連邦の10%に5.35%を足した、15.35%になります。

日本の2020年度の所得税は4,000万円以上の所得に対して、税率45%。日本は住民税10%がさらに加わるので、55%。

日本の方が最高税率は高めですが、最低は所得税5%に住民税10%を足した15%とミネソタ州の労働者への税率とほぼ同じです。

日本の所得税率

課税される所得金額 税率 控除額
1,000円 から 1,949,000円まで 5% 0円
1,950,000円 から 3,299,000円まで 10% 97,500円
3,300,000円 から 6,949,000円まで 20% 427,500円
6,950,000円 から 8,999,000円まで 23% 636,000円
9,000,000円 から 17,999,000円まで 33% 1,536,000円
18,000,000円 から 39,999,000円まで 40% 2,796,000円
40,000,000円 以上 45% 4,796,000

参考:国税庁ホームページより

最高税率に10%の違いはありますが、どちらも近い水準です。

所得税は累進性が高く、日米ともに多く稼ぐ人が高い税率を支払う仕組みになっています。このような仕組みの背景としては、税金は応分な負担をするのが公平である、という歴史的な価値観が背景としてあります。

しかし、これだけ累進性が高いにも関わらず、「富裕層」の税率がどうして高くならないのでしょうか?

理由の一つは、所得の中でも配当や譲渡所得(株や債券などの金融資産、不動産の売却益)については、日米ともに異なる税率が設定されていることです。

アメリカでは、配当・譲渡所得に対して、課税所得に応じて税率が異なります。課税所得420万円から4,500万円の人までは15%のため、多くの中間層は15%の税率を支払うことになります(下記は一人世帯の例)。

If your taxable income is…
The tax rate on qualified dividends is…
$0 to $39,375 0%
$39,376 to $434,550 15%
$434,551 or more 20%

一方、日本では配当、キャピタルゲインともに、分離課税とすることができ、所得税・住民税合わせて、20.315%が課税されます。

20%は課税所得ベースで200万円から330万円までの範囲と、日本人の平均給与以下です。米国においても$4万ドルから15%とほぼ所得税の最低税率です。

中間層以上にとっては、配当・キャピタルゲインから得られる所得の方が給与所得よりも限界税率が低くなります

富裕層ほど金融資産を多く保有しているため、給与所得よりも、配当・キャピタルゲインから得られる所得の割合が増えます。

所得の種類ごとに税率が異なることが、富裕層の低い実質税率につながっています

また、事業経費として多額の経費や赤字を計上することで所得税を減らす方法もあります。

米大統領のトランプはこの方法で不動産事業からの損失と個人の収入を合算させることで、所得税を極限まで減らしました。損益通算を通じた節税も、事業を持つ層に有利な税制の仕組みです。

まとめると、所得税は累進性があるといっても、日米ともに累進性を回避する仕組みがあり、この仕組みが富裕層の税率を低くしています

社会保障税

米国では給与に対して、年金などの原資となる社会保障税(social security tax)が12.4%かかり、これは労使折半です。

また、65歳以上が加入する公的医療保険である「メディケア」の税である、メディケア税も2.9%かかり、こちらも労使折半で1.45%ずつ支払います。

米国の健康保険は、公的保険は低所得者向けのメディケイドと高齢者向けのメディケアを除けば民間保険が主であるため、民間保険に加入することになります。こちらは税金としては取られていませんが、実際には加入必須であるため、日本における健康保険料のようなもので、ほぼ税です。

民間保険の保険料はプランにより異なりますが、医療費の高騰に伴い、毎年インフレ率以上に上がり続けています。

まとめると、米国では社会保障費用の合計として、国は労働者・企業から合計で給与の15.3%徴収し、労使折半なので労働者が支払うのは7.65%です。加えて、民間保険の保険料がかかり、プランにもよりますが、労働者の自己負担は給与の15%程度になります。こちらもほぼ毎年上がり続ける税のようなものです。

日本で相当するのは、厚生年金保険保険料、健康保険料、介護保険料、雇用保険料です。日本では厚生年金保険は18.3%で、労使折半であるため、9.15%が労働者負担です。また、健康保険料は40歳になると介護保険の支払いも加わるため、協会けんぽの例では約11.7%です。こちらも労使折半のため、5.8%が労働者負担になります。雇用保険料は0.9%で労働者の支払う分は0.3%です。

つまり、日本では40歳以上は給与の約31%が税金として徴収され、労使折半なので労働者が支払うのは15.3%です。

社会保障税については、医療保険まで含めて考えれば、日米ともに給与の15%程度が労働者からの支払いになります

どちらの国においても問題となっているのは、高齢化の影響から社会保障費が増大し、社会保険の税が上がり続けている点です。例えば日本では、厚生年金保険料率を始めとする社会保障費の上昇により、過去10年で社会保険料率が3%近く上昇しています

中間層以下の生活を苦しくさせている要因の一つが、年金・介護・医療を支える社会保障税の上昇です。

社会保障税は所得税のように累進課税ではないため、所得が低く、家計に余裕がない層ほど増税で苦しくなります

また、先ほど述べた配当・キャピタルゲインにこれらの社会保障税は課されません。これらの金融資産が多い層は、その分だけ、所得に対して支払う税負担の割合を低くすることができます。

消費税

米国では生産者、卸、小売がそれぞれつける付加価値に課税する消費税(付加価値税)ではなく、最終消費者からの売上に課税する売上税 (sales tax)が用いられています。

売上税は州により仕組みも税率も異なるために一概には言えません。例えばミネソタ州の売上税は約7.8%ですが、ニューハンプシャー州では売上税そのものがありません。

日本の消費税率は2019年より引き上げられ、10%になりました。

消費税は「逆進性」の税と言われます

言い換えれば、低所得者ほど所得に占める消費税の割合が大きくなり、高所得者ほど所得に占める割合が低くなる税、ということです。

生活のために、人は衣食住が必要ですし、低所得者ほど家計に占める生活費(光熱費、家賃、食費、通信費など)の割合が高くなる傾向があります。消費税は消費に対してかかるため、所得に占める生活費の割合が高いほど、影響が大きくなります。

消費税は①財産を持ちながら「所得」がない人や所得をきちんと申告しない人からも徴収できる税である、②消費が多い人ほど所得が多いはずだからより多く支払う、ことにより、より公平な税だという意見もあります。

しかし、低所得者ほど影響が大きい税であることは変わらないため、高所得者よりも低所得者の税負担の割合を高くする傾向があります

資産税(固定資産税・相続税)

資本税は保有する資産・資本に対する課税です。固定資産税、相続税が代表的な例です。

日米ともに固定資産税の仕組みがあり、主に土地・建物が対象になります。日本では課税標準額に1.4%をかけた額になります。米国では州・市により税率が異なるため、一概には言えません。

固定資産税は財産を保有している人が支払う税のため、固定資産税が高いことは格差を縮める方向に働きます。

相続税も同様に、親の世代から子供の世代に引き継がれる財産を少なくするように働くため、資本家層がずっと資本家であり続けるような、社会階層の固定化を防ぐ働きがあります。

一方で、固定資産税・相続税ともに様々な抜け道があります。資本家であればあるほど、節税コンサルタントの力を借り、海外の法人を用いた税金対策を行うなど多様な税金対策を利用できるため、トップ0.1%のような層には抜け道が多い税でもあります。

実際に、日本でも米国でも租税全体に占める固定資産税、相続税の割合はそれぞれ10%以下と中核的な税の種類ではありません。

法人税

法人税は法人の利益にかかる税です。日本では23.2%、米国では21%です。「法人税が高いとグローバル企業が逃げてしまう」、「自国の産業の競争力が弱まる」と世界的な法人税減少競争の中で、各国は法人税を引き下げてきました。

日本に関しては、実は法人税を納めているのは法人全体のうち4割弱で、残り6割は納めていません。

これは、法人の大多数を占める中小企業の多くの利益率が低いこともあるでしょうが、個人が節税策として法人を運営する、個人事業主のような法人が多いこともあります。

その点で、法人税の引き下げは、実は企業だけでなく、節税策として事業を保有する層を優遇しているとも言えます

例をあげてみましょう。例えば、給与の課税所得で900万円ある人が、副業で経費を除いた利益が年100万円稼いだとします。所得税は900万円以上ですと33%ですので、個人の所得としては住民税と合わせて43%支払うことになります。

つまり、副業で100万円稼げたとしても、手元に残るのは57万円になります。

ところが、この副業を法人の収益とした場合、法人税として支払うのは年800万円までは15%です。地方法人税、法人事業税、法人都民税などを考慮しても、手元には70万円程度残ることになります。

つまり、法人税が下がれば下がるほど、個人の所得を法人化することで税負担を減らすことができるようになります

税の公平性を考えるという点では、法人を用いた節税を防ぐために、法人税と所得税はセットで考える必要があります。

過去四年で、所得税と法人税の両方を下げたのがアメリカのトランプ政権です。法人税を下げ、所得税を上げたのが日本です。

アメリカは中間層以上がより富を蓄積しやすい環境を整えました。これは所得が高い層、すでに資産を保有している層にとって喜ばしいことです。

一方、減税は長期的には政府が社会保障に回せるお金の減少に繋がります。社会保障が必要な層にとっては、短期的には手取りが増えても、長期的には受け取る社会保障の減少により収支はマイナスになる可能性が高いです。一方、減税は富裕層により多くの資本を残すため、資本が資本の増加に繋がる正のスパイラルで、富の増加に繋がります。つまり、減税は社会格差を拡大させる方向に向かいます

トランプの支持率は非大卒の白人層で高いですが、この層は将来的に社会保障を必要とする可能性が高い層であり、彼らが支持する大統領が長期的に彼らの首を締めているのは、皮肉な現実です。

日本は所得税、相続税などの改正を進め、格差を縮めようとする一方、法人を用いた節税策が使える層にとっては良い環境を作りました。社会格差という点では、日本は広がってきてはいますが、アメリカほどではなく、むしろ格差是正の名の下に社会保障をより充実させようとしています(高校、幼児教育無償化など)。

まとめ

これまで日米の税制をみてきました(所得、社会保障、消費、資産、法人)。ポイントは以下です。

  • 所得税は累進課税で、税金は支払い能力に応じて支払われるべきという考え方に基づいた税金。現在の社会では公平な税負担方法であり、許容できないほどの格差を生じさせないような仕組みになっている
  • 一方、金融資産の配当・譲渡所得(株式や債券など)は一定の税率であり、金融資産を持つ層ほど有利な税制になっている
  • 事業所得を用いた損益通算など、税負担を減らせるツールがあり、富裕層はこれらを用いている。
  • 所得税は累進性であるが、累進性から逃れるための仕組みがあるため、現実には累進的な負担になっていない。
  • 社会保障税、消費税は一定税率のため、所得が低い層ほど所得に占める税負担の割合が大きくなる。日本では過去十年でどちらも上がっており、社会保障税・所得税の増税が現在の中間層以下の生活を苦しくしている原因の一つ
  • 法人税は国家間のグローバル競争の名の下に各国で引き下げられてきた。しかし、法人は個人が法人を設立して所得を法人税として、節税策としても用いられることができるため、富裕層の税負担の軽減にも貢献している
  • 減税は「持つ者」にとって喜ばしい一方、財源不足から長期的な社会保障費の削減に繋がる可能性が高く、社会保障を必要とする層にとって喜ばしいことではない

現在、アメリカで起きている分断は様々な軸で語ることができますが(所得・教育、人種、地域、世代)、大きな分断の一つは「持つ者」と「持たない者」の間の格差であり、過去十年でこの格差は拡大してきました。

その背景の一つとしては、今回の記事で書いたような、富裕層ほど税負担を軽減できるために使えるツールが多く、富を蓄積しやすいような税制度になっていることがあります。

トランプは減税をさらに進めることでその社会構造を強化しようとしています。一律の減税は一見全ての層に恩恵があるように聞こえますが、実際には高所得者層の方が恩恵が大きく、格差の拡大に繋がります。

バイデンは逆に「配当・譲渡所得への増税」、「資産税の増加」、「法人税の増税」とトランプの税改革を逆回転させ、富裕層がこれまで用いてこれたツールへの課税を進め、社会保障が必要な層により社会保障を回そうとしています。

減税は必ずしも善ではなく、増税は必ずしも悪ではありません

税の収入がなければ、国として社会保障を提供することができず、社会保障を必要とする層の生活はより苦しくなります。公平な社会の実現のためには、応分の負担を行うことが望ましく、格差を縮小させるためには増税も含んだ施策も時には必要です。

「減税」は甘い響きですが、格差縮小の薬にはなりません。「増税」は苦い薬ですが、病を治す場合には必要です。どこまでの社会の格差を許容するか、どこから取り、どこに再配分するか、は国の根幹に関わる価値観でもあります。

アメリカ国民は、格差の拡大と縮小のどちらの道を選ぶでしょうか。

米国の方向は日本政治にも影響を与えるため、私たちにとっても、人ごとではない話です。11月3日は全世界の人にとって、注目の一日になります。

米国の格差についてより詳しく知りたい方は、下記の本がお勧めです。


米国株のビジネス・株式の分析は下記のボタンから飛べます。

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「考える力」を上げる、考え方のプロセス

ビジネスの世界に入ると、目の前にある仕事をこなしていくスキルはつくのですが、意外と「どう考えれば良いか」というのは教えてくれる人がいません。

問題解決に関する本は何冊も出ており、様々なセミナーも行われていますが、実際にどのような流れで考えていくと良いのか、よくわからない方も多いのではないでしょうか。

下記は、自分が10代、20代の頃に知りたかったな、という思考の方法と流れについての記事です。この記事を読むと、あなたの「考える力」が上がるかもしれません。

  1. 分解して、考える
  2. 俯瞰して、考える
  3. 感情を、考える
  4. 視点を変えて、考える
  5. 誰かに話をして、考える

分けて、考える

大きな問題をそのまま考えようとすると、とっかかりがなかなか見つからなかったり、本質的な要因を見逃したりするものです。

問題を分解して、順番に考えると、全体像をみながら考えを進めることができます。例をあげてみましょう。

あなたは東京の住宅街で小さなカフェを経営しています。オープンから3ヶ月が過ぎ、売上が伸びずに、目標としている数値に達していないとします。どうすれば、売上をあげられるでしょうか?

ここでの問題は、「売上を上がらない」ということです。

売上が上がらない。「うーん、それではもっとお客さんを増やすために広告を」、とすぐに解決策を議論することも実世界ではしばしば見かけます。

しかし、それでは問題の一部しか見ておらず、本質的な問題を見逃してしまうことが多々あります。

より効果的なのは「売上はどう分解できるか」を考えて、売上が上がっていないことの本質的な問題を見つけ出すことです。

まず、分けて考えよう

売上は以下のように分解できます。

売上 = 客数 x 客単価

売上を上げるためには、「客数」を増やすか、「客単価」をあげれば良いのだ、と分けられます。単純ですね。

それでは、売上が伸び悩んだのはどうしてなのでしょうか?

客数をさらに分解してみましょう。

  • 客数 = 朝の客数 + 昼の客数 + 夜の客数 (時間の切り口)
  • 客数 = 新規の客数 + 既存の客数 (来店頻度の切り口)
  • 客数 = 20代以下 + 20-60代 + 60代以上 (顧客の属性での切り口)
  • 客数 = 看板を見て入ってきた人 + 広告を見て入ってきた人 + 元々知っていた人 + 口コミで知った人 (どのような経緯で入ってきたか)

こうやって切り口を変えて、時系列で見てみると、どこに問題がありそうか見えてきます。

例えば、売上が伸び悩んでいるのは、何度も来てくれるようなお客さんが少ないからかもしれません。あるいは、想定していたお客さん層がお店の存在を知らず、新規のお客さんが少ないからかもしれません。

前者が売上の伸び悩みの主な理由であれば

「いかに既存のお客さんに満足してもらい、リピート客になってもらうか」

が考えるべき主な問題になります。

大きな問題は分解して考えて、問題を明確にすることで、より取り組みやすくなります

同様に、客単価についても様々な切り口で分類できます

  • 客単価 = 一品あたりの単価 x オーダー数 (単価 x 購入数)
  • 客単価 = 食べ物 + 飲み物 (種類で分類)

切り口を変えて分解することで、より問題を多面的に分析することができます。

「もれなくダブりなく」(MECE – Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive)分解することは、問題の原因について考えるのに役立ちます。

また、定性的な問題についても、「それってどうして?」(why so?)、「要は何なの?」(so what?) と問いかけていくことで、論理的に分析することができます。

問題を洗い出したのちに、問題の優先順位付けを行い、さらに思考を進めていきます。

いかに既存のお客さんに満足してもらい、リピート客になってもらえば良いでしょうか

これはマーケティングの領域です。

マーケティング視点での切り口では、4P (商品・サービス、価格、立地・流通、プロモーション)を考えるのが定石であり、サービス業の場合はさらに加えて人(People)、プロセス(Process)を加えた6Pを考えます。

ここでは、リピート客が少ない大きな問題の一つが「人」にあり、「店員の定着率が低く、サービスが安定しないから」だとしましょう。

次に考えるのは、「どうして店員の定着率が低いのか」です。こちらも分けて考えましょう。

  • 辞めた
    • やりがいを感じられなかったから(自己満足)
    • 同僚との間で問題が生じたから・仲が良くないから(チームワーク)
    • 他に良い仕事が見つかったから(機会)
    • 自分が認められていないと感じたから(帰属感)
    • 給料が良くないから(金銭的)

他にも理由があるかもしれません。ここからさらに、「どうしてやりがいを感じられなかったのだろう」と考えていくと、さらに一段階深い理由を考えることになります。

  • どうしてやりがいを感じられなかったか
    • 希望する仕事ができていなかった
    • 自分が成長できている実感を得ることができていなかった
    • そもそも自分のやりがいを理解できていない

ここまで考えることができれば、次のステップとしてはどの仮説が正しいかを検証するためにどのような作業をすれば良いか、を考えることになります。従業員にインタビューをしたと仮定して、以下のような回答を得られたとしましょう。

「Aさん? ああ、ボーナスの評価を見てショックを受けていたよ」、「Aさんが自分の仕事は何の役に立っているのだろうとぼやいていたのを良く聞いたよ」

「ボーナス評価にショック」、「仕事が誰のためなのかわからないとぼやいていた」というのは「要は何なんだろう?」と考えると、「業務評価に不満があった」というようにまとめられます。

「業務評価に問題があったこと」が本質的な問題であるとわかれば、次はこの問題に対してどのように改善策が打てるか、を考えることができます。

以上のように、「どうして?」と掘り下げていくことと、「要は何なの?」とまとめていくことの両方を通じて、問題を「構造化」して、課題を絞り込み、さらに考えを進めていくことができます。

また、ここで「リピート率を上げるためには他にどのような手を打てるか」と元の問題に戻って、商品、価格、プロモーションなど他の要因について考えることもできます。

以上のような問題を構造化して考える手法は、「ロジカル・シンキング」と呼ばれています。

この考え方については、少し古い本ですが、照屋華子さんの「ロジカル・シンキング」がわかりやすいです。

バーバラミントの「考える技術・書く技術」も良い本で、「仮説思考・事実に基づく・構造化」のポイントを解説していますが、やや分厚い本ですので、kindle版も出ている照屋さんの本の方が読みやすいです。

コンサルタントが著者の、「問題解決の考え方」の本の多くがこのロジカル・シンキングを扱っています。

参考:この項はマッキンゼーの問題解決の7つのステップの前半です。

  1. Define the Problem (問題を定義する)
  2. Disaggregate the Issues (課題を分解する)
  3. Prioritize the issues. Prune the Tree (課題の優先順位付けをする)
  4. Build a workplan and timetable (作業計画を立てる)
  5. Conduct critical analysis (重要な分析を行う)
  6. Synthesize findings from the analysis (分析結果から得られる洞察をまとめあげる)
  7. Prepare a powerful communication (効果的に伝える準備をする)

「問題を定義する」、「課題を分解する」、「課題の優先順位付をする」がこの項にあたります。

俯瞰して、考える

分解して考えることでうまく課題が絞り込める場合もありますが、違う切り口を用いた方がうまく課題が見えてくる場合もあります。

次のステップとして、自分の視点を上に持っていって俯瞰してみましょう。別の言い方をすれば、「抽象化して考える」です。

具体例で考えてみましょう。

あなたはある「投資信託」を売る仕事をしているとします。あなたにはノルマがあり、ノルマを達成すればボーナスがもらえます。どうやったら、より多く販売することができるでしょうか?

より長く働く? それも一つの解かもしれませんが、あなたの普段の行動を抽象化して考えてみましょう

モノやサービスの販売は、プロセスで考えると、以下のようになります。

  • 見込み客を見つける
  • 連絡を取る
  • ニーズを見つける
  • 解決策を提案する
  • 顧客の不安や反論に対応する
  • 販売する

販売に近づくにしたがって、残るお客さんは減っていきます。例えば、過去の例から、100人の見込み客がいれば、10人に販売できるとします。すると、あなたの取れる戦略としては、

  • 見込み客を増やす
  • 見込み客から販売までの成功率を上げる

の2つが考えられます。プロセスに分けていれば、どの段階でお客さんが次の段階に進まないかがわかるため、その段階が問題であると見つけることができます。

また、どのような顧客のタイプがより販売に繋がりやすいか、もわかるようになってきます。

プロセスに分けて考えるのは、具体的な行動を「抽象化する」一つの方法です。

違う抽象化の例を考えてみましょう。

あなたは違う部署に異動したいとします。あなたが働いている会社は直属の上司の意向が反映されやすいため、異動先の上司からOKが出れば異動できる可能性が高いです。あなたはどうすれば良いでしょうか?

あなたには今の上司がおり、その上司にもさらに上司がいます。また、異動の際には、異動先で上司になる人だけでなく人事部も関わってきます。

抽象化して考えましょう。それぞれの関係者の「利害」と「誰が誰に影響力を持っているか」はどうなっているでしょうか。

  • 直属の現上司:利害「チームに穴を開けたくない」、影響力「異動を止められる」
  • 直属の現上司の上司:利害「部署の目標を達成したい」、影響力「直属の現上司の意思決定に影響力」
  • 異動先の上司:利害「良い人材をチームに加えたい。けれど会社内で争いは起こしたくない」
  • 人事:利害「異動をスムーズにしたい。人材を最適な場所に配置したい」 影響力「異動自体」

このように「利害関係者の繋がり」(=ネットワーク)を考えれば、どの利害関係者に対して、どのようなアクションを取れば、異動が実現しそうか、が見えてきます。

プロセス」や「ネットワーク」はどんな場面でも使える汎用的な切り口です。

良く言われる「フレームワーク」も抽象化です。フレームワークは数多くありますが、下記はビジネスで特に良く使われているものです。

  • PDCA (Plan, Do, Check, Action): 計画、実行、分析、改善のサイクル
  • ファイブフォーシーズ:業界の魅力度を分析する際に利用
  • 3C分析(顧客、競合、自社):戦略を考えるときに利用
  • SWOT分析(強み、弱み、機会、脅威):戦略を考える時に利用
  • マーケティングのSTP(セグメンテーション ・ターゲティング・ポジショニング):マーケティングの基本
  • マーケティングの4P(製品、価格、流通、プロモーション):マーケティングの基本
  • ベネフィットとリスク、短期と長期:計画を練る時に利用

これらの箱に沿って考えることで、「漏れなく、ダブりなく」効率的に考えることができます。

また、典型的なフレームワークは便利なビジネスの共通言語のため、この共通言語を用いることでコミュニケーションがスムーズになります

それぞれのフレームワークは特定の用途で効果を発揮しますので、良く使われるモノは覚えておくと便利です。ただし、より汎用的に使えるのは「抽象化」の考え方です。

現実に起きていることを一歩引いて、上から俯瞰した視点からみてみましょう。「ランチェスター戦略」、「ブルーオーシャン戦略」など様々な理論が提唱されていますが、それらの理論を現実に当てはめるのは、この「抽象化して考える」プロセスです。

感情を、考える

分解すること、俯瞰すること、は論理的に課題を分析して、打ち手を考えるステップでした。

論理的な思考は重要ですが、現実にはどんな現場も人が関わる限り、感情で動いています。問題自体が人間関係にあることもありますし、そもそも論理的に考えて導かれた解決策も、人の感情を無視すると、実行されないか、もしくは実行されてもうまくいきません。

第三のステップでは、頭のスイッチを論理から切り替えて、個人の感情に焦点をあてます。

関係者が「どのように感じているか」、「なぜそう感じているのか」、「どのような価値観を持っているのか」、「何を目指しているのか」を考えましょう。

具体的な例で考えてみましょう。

あなたはカフェのオーナーです。「ラテアート」を売りにしたメニューがありますが、店員が提供するのに時間がかかる上、販売額も利益率もさほど高くありません。オーナーとして、このメニューを止めて他の新しいメニューに切り替えるべきでしょうか

数字だけ見れば、「売上、または利益率に貢献する」メニューに絞り込んだ方が、ビジネスとしての効率は良くなります。また、売れないメニューの定期的な入れ替えは必要です。

一方、「ラテアート」のような創造性が発揮されるメニューは、従業員が作る過程を楽しんでいたり、難しいアートをできるようになることに充実感を感じていたりします。

お客さんもラテアートに書かれた文字などのちょっとした心遣いに喜びを感じたり、それをきっかけにSNSでシェアすることも多いものです。

ある商品やサービスが従業員やお客さんの感情に強く結びついている場合、「止めるべきかどうか」を考えるよりは、「いかにその商品やサービスをお店の強みとして打ち出すか」と考えを逆転させた方が、お店にとっても、従業員にとっても、お客さんにとってもプラスになる可能性があります。

数字に出てこない、人の「こだわり」や「喜び・楽しさ・安心・誇り」などの感情を、意識するだけで異なった視点が出てきます。

現場に出て、従業員やお客さんと話をすると、見えてくるものはたくさんあります。

論理と感情は車の両輪であり、片方だけでは回りませんどんな課題を考える時にも、感情の要素を考慮することを忘れないようにしましょう。

感情について理解するのは、ダニエル・カーネマンの「ファスト & スロー」がおすすめです。

視点を変えて、考える

分解すること、俯瞰すること、感情を考えること、のステップを経ると、あなたの視点で論理と感情の両方を考慮した現状の認識と解決策の仮説ができるはずです。

次のステップは、視点を変えて、あなたの分析と解決策をチェックします

上司の視点で考える。

立場によって気にする点も異なるものです。例えば、上司が「他社、他の部署、他の国の支社はどうやっているのか」を気にする人であればその点が抜けていないかをみる必要があります。

同様に、上司が「プランB」(うまくいかなかった時の次善の策)を常に持ちたい人であれば、プランB、プランCまで考えておくのが良いでしょう。

反対の立場から考える

「もしあなたの案に反対する人であれば、どう反論してくるか」を考えてみましょう。

議論は、「前提、根拠、推論、主張」の4つの要素で成り立っており、反対の立場の人は、そのいずれかを問うてくる可能性が高いです。

例えば、あなたが「うちはITの会社だが、給与水準はIT業界の水準と比べて低い。だから人が定着しない」と主張したとしましょう。この議論は、以下のように分解できます。

  • 主張:給与が低いのが人が定着しない理由だ
  • 推論:給与が低いと人が定着しない
  • 根拠:給与水準が業界水準と比べて低い
  • 前提:自社がIT業界水準と比べられる

もしあなたの主張に反対の人でしたら、以下のように反論できるでしょう。

  • 給与が低くても、人が定着している会社はある。給与が主な理由ではない(推論が違うという反論)
  • 自社は中小企業であり、すでにビジネスが確立されている大企業の給与水準と比較するのは適切でない(前提が違うという反論)
  • 自社は中小企業の中では標準的な給与水準である(根拠が違うという反論)

このような反論が来ることを予測できていれば、それに応える準備ができます。

反論にどう対応するか(Objection Handling)を考えることで、考えをより一段深めることができます。

また、「前提を変えて考える」ことで新しい解決策が生まれることもあります。例えば、「〇〇の理由で無理だ」という言い分に対して、じゃあ「〇〇がなかったらどうする」と制約を外すことで、新しいアイデアが生まれることもあります。

誰かに話をして、考える

以上のステップを経れば、自分の中で考えがまとまるはずです。最後のステップは、人の頭を使わせてもらうことです。

自分一人で考えていても、どうしても見えていない観点が出てきます。

他の人に質問をしてもらったり、他の人の意見を聞くことで、より考えは洗練されていきます。

また、人に話をしたり、誰かに向けてアウトプットを書いたりしている中で、自分の中で新しい考えが見つかることも多いものです。同じチームなど、他の人と話をして、考えをより深めていきましょう。

まとめ

ビジネス上の課題を考えるときのプロセスとしては以下の5つの流れがあります。

  • 分解して、考える
  • 俯瞰して、考える
  • 感情を、考える
  • 視点を変えて、考える
  • 誰かに話をして、考える

以上が思考のプロセスです。僕自身、このプロセスを日本、米国、オーストラリアで用いてきましたが、どの国でも通用していました。

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医療マーケティング: 医療ビジネスの考え方

製薬・医療機器を扱う企業に投資する人、医療マーケティングの実務に関わる人向けの記事です。

実務の視点から、製薬・医療機器企業は売上をどう成長させていくのか、投資家としてはどのような指標を見れば良いのかについて、書いていきます。

市場の考え方

医薬品は消耗品のみですが、医療機器の場合はconsumables (消耗品)とcapital equipment(機器)に大別されます。

医薬品、医療機器の消耗品の売上は、以下のように分解できます。

  • その医薬品・医療機器(以下、商品)を扱っている病院
  • 商品を処方・利用する医者
  • 商品の処方・利用頻度

具体例で考えてみましょう。例えばある病気(病気A)を専門とする病院・クリニックが日本に1,000あったとします。

そして、各病院・クリニックにその病気を治療する専門医が平均2名おり、平均して年間1,000名の患者さんを診て、薬を処方するとします。

すると、その薬の市場規模は

1,000 (病院・クリニック数) x 2人 (医者の数) x 1,000人(患者数) = 200万人分

となります。ここで、その病気に対する医薬品があり、その販売承認が得られており、かつ保険償還(保険からお金が支払われるということ)も得られているとします。

その薬の平均卸価格が5,000円とすると、200万人 x 5,000円 = 100億円、となります。

つまり、この100億円の市場を参入している企業で争うことになります。

消耗品ビジネスを伸ばすためには、

  • いかにその商品の適応となる患者さんを増やすか(市場を広げる)
  • いかに扱ってもらう病院を増やすか(アクセスを増やす)
  • いかに扱ってくれる医者を増やすか(他の治療法・競合との競争に勝つ)
  • いかに扱ってくれる医者の処方・利用頻度を増やすか(他の治療法・競合との競争に勝つ)

の4点が既存の市場での売上を考える基本的な切り口になります。

機器の場合も考え方は同じですが、機器の場合は病院やラボごとの購入となることが多いため、より二番目の「いかに扱ってもらう病院を増やすか」がより重要になります。

いかに患者さんを増やすか(市場を広げる)

新しい医薬品・医療機器を世に出す場合、市場そのものを広げる必要があることがあります。

いわゆるQOL(Quality of Life – 生活の質)を改善する新しい薬などは、メーカーが市場を広げる必要がある一つのカテゴリです。

具体例としてファイザー(Pfizer)の勃起不全治療薬のバイアグラを考えてみましょう。

「日本のED(勃起不全)有病者数調査2019」によれば、全国の20-79歳におけるEDの有病者数は軽度型で1,411万人、中程度で720万人、完全型で680万人と、中程度以上の患者数で約1,400万人います。

一方で、EDの治療・相談をしたことがある人は、そのうちの7.6%で、薬を服用したことがあるのは14.5%です。

2019年現在ではEDの治療法として薬があることは一定程度知られていますが、バイアグラが発売された頃には、ED治療薬というのは今ほど知られていませんでした。ファイザーはそこで、以下のように考えました。

全国の中程度以上のEDの有病者の5%が毎月4錠バイアグラを購入するようにすることを目標とする。バイアグラの正規品は50mg一錠で2,000円程度とする。

このような目標値を設定した時、市場規模は

1,400万人 x 5% x 4錠 x 12ヶ月  x 2,000円 = 670億円

になります。年間このくらいの売上が見込めるならば、100億円近い額を営業・マーケティングに使っても、十分以上に利益が出る計算になります。

そこで、ファイザーは「ED(勃起不全)は治る病気です。バイアグラという選択肢があります」と患者さんに大々的に、直接訴えることで市場を広げ、患者さんが直接お医者さんに薬をお願いするような流れを作ることで、売上を伸ばしました。

ファイザーは特許で保護されている期間に積極的にバイアグラを一般消費者向けに広告することで、各国で市場を広げ、バイアグラをブロックバスター(10億ドル以上の売上を持つ医薬品)まで押し上げました。

このような戦略を取るのは、その治療法について自社が独占している、あるいは圧倒的なシェアを持つ時に有効です。独占状態が続く限り、市場を拡大することがそのまま自社の売上拡大に繋がります。

一般的には、特許が切れてジェネリックが出る段階で、市場を広げても他のジェネリックメーカーが漁夫の利を得てしまうため、特許を持つメーカーは市場全体を拡大させる施策を止めます。

いかに扱ってもらう病院を増やすか(アクセスを増やす)

商品をある病院に取り扱ってもらえるようにするのは、アクセスの問題です。

国にもよりますが、大別して病院は政府が運営する公的病院と私立病院の二つに分かれます。

  • 公的病院:営利目的でない病院。予算の制約が政府によって決まる
  • 私立病院:営利目的の病院。予算の制約は病院のマネジメントにより決まる

公的病院のアクセスは国によりますが、国の販売承認とを得たらその病院に販売することができる場合もあれば、その州や地方の入札に参加しなければならない場合もあります。その場合、「入札で選ばれる」、というステップが必要になります。

現実には保険償還が得られていないと扱わない病院が多いため、①国からの販売承認、②保険償還(国または民間保険)、③入札(行われている国や地域であれば)、の2または3段階のステップが必要になります。

私立病院も同様で、国からの販売承認、保険償還がほぼ必須になります。

加えて、多くの私立病院は購買力を上げるために購買ネットワークであるGPO (Group Purchasing Organization)の一メンバーとなっており、多くの場合はGPOと交渉し、商品をGPOの購買リストに載せてもらう必要があります。

例えば、ある病気について、50%の患者さんが公的病院へ行き、50%の患者さんは5つある私立病院の病院グループのどこかに行くとします。

すると、その病気に対する商品の販売承認と保険償還を取得したとしても、それだけでは公的病院へのアクセスしかなく、半分の市場にしかアクセスすることができません。

私立病院までアクセスを広げるためには、個別に一つ一つの私立病院のネットワークと交渉し、市場を広げていくことが必要になります。

また、アクセスの問題は最終購買者である病院だけではありません。

流通業者が力を持っており、その病院に販売するためには特定の流通業者を利用しなければならない場合もあります。

例えば国によっては、「病院の経営者の親族が医療機器の流通業者を営んでおり、その病院にアクセスするためにはその流通業者を通さなければならない」、というのもよくある話です。

また、あるメーカーが一部の商品の分野でその流通業者をリベートなどで押さえてしまい、他のメーカーを入れなくして特定の病院を囲い込む、というようなこともあります。

病院へのアクセスをどう広げるか、は特に卸の構造が複雑な発展途上国でより重要な質問ですが、先進国についてもどの病院・保険へのアクセスがあるか、は重要です。

いかに扱ってくれる医師を増やすか

多くの国で、どの医薬品、医療機器を使うべきかという選択において、臨床面では医師が最も大きな影響力を持っています。

特に新しい商品を病院に導入する際には、所属する医師からの推薦や提案が必要なことが多く、その商品の効果・安全性を理解して勧めてくれる医師の存在が重要になります。

マーケティングの定石である購買の流れにのっとれば、商品について、知ってもらい、関心を持ってもらい、調べてもらい、試す・購入してもらい、その体験をシェアしてもらうことが必要になります。いわゆるAISAS(Attention, Interest, Search, Action, Share)の流れです。

  • 知ってもらう、関心を持ってもらうための施策:学会でのブース設置、講演会、営業訪問、デジタルマーケティング(ウェビナー、メール、論文雑誌や医療メディアへの広告など)、論文執筆を支援等
  • 調べてもらう:デジタルコンテンツ、教育コンテンツの充実化、SNSなどのプラットフォームの利用
  • 試す・購入してもらう:営業活動、販促支援、商品トレーニング等
  • シェアしてもらう:プロクターシップ(医師が医師へ技術指導すること)、講演会、SNS等

*マーケティングの購買行動のフレームワークについてより知りたい方は、「購買行動モデル (AIDMA/AISCEAS) | 人がモノやサービスを買う流れ」、をご覧ください。

どの領域でも一部の医師が大半の患者さんを診ていることが多く、必然的に「多くの患者さんを診る」または「影響力のある」医師にどれだけ商品が使われているかが重要になります。

多くの医薬品・医療機器の新製品の売上は導入からだんだんと増えていきます。

これは、導入の際にトレーニングや説明が必要なため、だんだんと扱ってくれるお医者さんが増えていくことが主な理由です。アクセスが広がり、扱ってくれる医師の数が増えていくことで、だんだん売上が増えていきます。

ここは医薬品・医療機器と一般消費財の売上との大きな違いです。

多くの一般消費財は新商品として出てから1年以内に売上がピークを迎え、それからだんだんと下がっていくケースが多いのに対し、医薬品・医療機器の場合、商品が市場に浸透するまでの速度が遅いため、競合が出てくるまでは右肩上がりなことが多いです。

いかに頻度を増やしてもらうか

ある商品を扱ってくれる医師の数を増やす活動に加え、その商品の使用頻度を上げてもらうための活動も必要になります。

「ある病気に対して、一つしか薬や医療機器がない」、という状況は希少疾患を除いては少なく、ほとんどの病気の場合、現状で複数の治療法が存在します。

医師はそれぞれの患者さんに応じて最適な医薬品・医療機器の使用を決定します。

この「最適な」の基準は主観的です。国や学会が特定の病気に対して「それぞれの治療法に対してどの程度エビデンスにより効果が認められているか」のガイドラインを出していますが、ガイドラインを踏まえてどのような判断をするか、は個々の医師に任されている国が多いです。

例えば、あるお医者さんは患者さんには治療法Aが最善だと考える一方で、違うお医者さんは治療法Bが最善だと考える、ということは一般的です。この「最適な」の判断には様々な要素が関係してきます

  • 医師自身の臨床経験・トレーニング経験
  • 学会のガイドライン
  • その医師が所属する病院やグループで権威のある・尊敬されている人の選択
  • 論文データ
  • 医療メーカーとの信頼関係

医療メーカーは、医師への商品の使い方のトレーニング、臨床データの積み重ねのサポート、などを通じて商品の良さを広めようとします。

医療マーケティングで重要なのはこの治験データ・論文であり、これらのデータをどう生み出すか、活用するか、は特に重要です。この点については別の記事でまた解説します。

投資家としての視点

これまでに書いてきたように、ある商品の売上については

  • ある疾患の中で、商品が属する治療法の占める割合はどの程度か
  • アクセスがあるか(承認を得ているか、公的・民間の保険償還を得ているか、GPOと契約できているか)
  • 扱っている病院・医師の数がどのくらいいるか
  • 商品の扱われている頻度はどの程度か

を見ることで評価できます。

また、その商品が臨床データで有効性・安全性が示されているか、他の治療法と比べても良い結果が出ているかどうか、どの病院・医師が論文を書いているか、を見ることでもその商品の競争力の強さを測ることができます。

次の記事では実際の企業を元に、これらの視点から見ていきます。

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2030年、日本の社会、私たちの生活・価値観はどう変わるか

2030年の日本はどのような社会になっており、私たちの生活はどう変わっているでしょうか? 前回の「2030年までに起きる変化と、私たちは何を準備するべきか」の続きとして、日本の政治・社会、私たちの生活・価値観がどう変わるかを考えてみます。

そして、民主主義は敗北を迎えた

2015年に1億2,700万人であった日本の人口は、2030年には1億1,900万人と約800万人減少する見込みです (約▲6%)。

日本の将来人口推計(平成29年度推計) 国立社会保障・人口問題研究所より

日本の総人口は2010年代から減少を続けていますが、2020年代は減少の速度が加速します。人口が減るということは、一人当たりのGDPが伸びなければ、それだけ市場も縮小するということを意味します。

人口構成を見ると、若年層(15歳未満)は1,600万人から1,300万人に減少(▲19%)、生産年齢人口(15-64歳)は7,700万人から6,900万人(▲10%)に減少する一方、65際以上の高齢者は3,400万人から3,700万人(+10%)と増加します。

2030年には、人口の約1/3は、65歳以上の社会です。平日の昼間に街を歩けば高齢者ばかり、というのは珍しくなくなるでしょう。

さらに、国政の行末を決める投票率をみてみます。

衆議院議員総選挙の投票率-総務省ホームページより

衆議院選挙の結果をみてみると、20歳代は35%、30歳代は45%、40歳代は55%、50歳代は65%、60歳代は70%、と60歳代までは年代が上がるほど投票率が上がっていきます。

70歳以上になると、投票に身体的に行けない人が出てくるためか、投票率は60%まで落ちます。

仮に、世代ごとの投票率がほぼ変わらないままで推移すると仮定し、2030年の生産年齢人口の投票率の平均が45%、65歳以上の投票率平均が60%とします。すると、選挙で投票する人の割合で考えると、

  • 生産年齢人口: 6,900万人 x 45% = 3,100万人 (58%)
  • 高齢者: 3,700万人 x 60% = 2,200万人 (42%)

となります。つまり、人口だけで見れば65歳以上の高齢者は33%ですが、投票率を見ると40%以上の票を持つことになります

ここまで高齢者の割合が高いと、政治家が「高齢者に対して何か負担を増やすような政策を掲げて高齢者を敵に回すと、選挙で負ける」と考えるのは自然でしょう。

「選挙に勝つこと」が最大目的である政治家からすれば、高齢者層の票をいかに勝ち取るか、が鍵になります。

日本は社会保険が賦課方式(現役世代から高齢者へお金が回る方式)のため、個人が支払った分を将来受け取る、という方式ではありません。そのため、世代間で支払う額と受け取る額のバランスに差が生じます。

日本の場合、現在の高齢者が圧倒的に受け取っている額が大きいのが特徴です。

社会保障を通じた世代別の受益と負担(内閣府)より

高齢者は手厚い社会保険(年金・医療・介護)を享受する一方、現役世代は高齢化に伴う社会保障費の増加を支えるため、負担が増えていっており、現在の現役世代は受領する額よりも支払う額の方が増える予定です

また、現役世代が収入から支払う社会保障費のみならず、日本政府は毎年歳出の約30%を国債の発行により賄っています。これは将来世代からの借り入れなので、「どこかの段階で」将来世代が何らかの形で支払うことになります

つまり、現役世代は、現在の高齢者の社会保障を支えるため、将来自分たちが受け取る以上の支出をしなければならず、かつ将来借金を返さなければならない、という二重苦を負っています。

現役世代から見れば、現在の高齢者に回されている社会保障費を削減し、現役世代に資源配分するのが公平だと考えられます。

しかし、先にも述べたように、高齢者の票が持つ力が大きすぎるため、政党は踏み込んだ改革を行うことはできません。

結果として過去20年間続いているのは、「将来世代の軽視」です

民主主義は「有権者」が現在の政策を決めるシステムであるため、将来世代の利益は軽視されがちです。現在票を持っている人の発言権が強く、票を持つ層の既得権益を削ることはさらに困難です。

政党からすると「破綻するまで、できるだけ今のシステムを維持して、高齢者に満足してもらい投票してもらう」ことが基本の戦略となります。

社会保障に関して大きな改革が過去20年でなされていないのは、各政党が選挙に勝つ上で、合理的な判断を下しているからです。

この先10年で「将来世代のことも考えた政策を」と、資源の再配分を求める政党も出てくるかもしれません。しかし、半分以上の世帯が「生活が苦しい」と感じている以上、負担を増やすような政策が広く支持を得ることは難しく、そうした政党が多くの議席を取り、政策に影響を与えることは困難でしょう。

2019年 国民生活基礎調査の概況(厚生労働省)より

この状況を是正する方法の一つとして、世代別に議員を割り当てる年代別クオーター制などが考えられます。しかし、既存の大政党にとって利益にならないため、法案として成立するのは難しいでしょう。

このように、民主主義は各世代がある程度平等に分布していれば公平な政策が実行されることが期待されますが、日本のように少子高齢化が進み、かつ世代間に大きな投票率の差があると、「現役世代が将来世代を搾取する」という公平性が損なわれた構造になってしまいます

このような環境で変化が可能になるのは、「既存のシステムが維持不可能になった時」です。それは外的な要因(例:日本が何らかの理由で国債発行すると高インフレに陥ってしまう事態や近隣諸国との戦争など)、内的な要因(クーデターや内乱で政権がひっくり返るなど)が考えられます。

既存のシステムが維持可能である限り、日本の社会保障の状況はこの先10年も変わらず、見えている問題を常に先送りし続けるでしょう。

まとめると、いつか、どこかの世代が負担を負わなければなりません。そして、残念ながら民主主義という多数派の意見が尊重される社会のもとで、大票田を持つ既得権益者層の利益を損なう政策の実現可能性は低いです。

私たちは世代間の公平性が保たれない民主主義に生きており、チリチリと鳴り続け、膨らみ続ける爆弾を次の世代に渡すことを続けています

将来に不安を抱えた社会

「所得が伸び続ければ問題ないじゃないか」、と考える人もいるでしょう。

しかし、日本の家庭の所得は、過去20年で成長どころか減少傾向です。

特に、現役世代の中間層は「伸びない所得、増える支出」で生活が苦しくなってきています。

高齢者世帯以外の世帯の平均所得は650万円前後で過去20年推移しています。

2019年 国民生活基礎調査の概況(厚生労働省)

2019年時点での所得の平均は552万円、中央値は437万円です。

「2019 年 国民生活基礎調査の概況」(厚生労働省)より

所得が減少しているのは、複数の要因がありますが、国民負担率(租税負担+社会保障率)が上がり続けていることは大きな要因の一つです。消費税の増税、社会保障保険料の増税などで、国民負担率は10年前の37.2%から42.5%まで増加しました

額面が多少増えたとしても、税金と社会保障率の増加でほとんど相殺されてしまっている状況です。

幸いにも、地価を除き、日本は過去20年でほぼ物価が上がっていないので、多くの中間層が生活はできています。

2019年消費者物価指数(総務省)

しかし、「2030年までに起きる変化と、私たちは何を準備するべきか」で書いたように、この先10年間はAIによる人の労働の代替とアウトソーシングが進むため、中間層の職は減少し、給与にはさらに圧力がかかることが予想されます。

※「2030年までに起きる変化」はこちら。

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加えて、高齢者の割合は増え続け、現役世代は減少するため、国債発行を抑えるためには、国民負担率がさらに上がることになります。

そのため、今後10年は様々な形で、「取りやすいところから取る」の精神から、公的サービスのカットや高所得者層、中間層以上への増税が議論され、負担が増えていくでしょう。

2020年の給与所得控除の改正で負担が増える層の収入レベルが引き下げられたように、今後はどんどん負担が増える収入のラインが下がっていきます

上がらない給与、増える税金・社会保障費を予想しているためか、「老後の生活が心配だ」という不安を80%近くの国民が現在も感じており、40%は「非常に心配だ」と感じています。

前の章で書いたように、現在の政治家が取るべき最適な戦略は「現状維持」により高齢者を怒らせないことのため、この状況は2030年も変わらないか、悪化するでしょう。

「家計の金融行動に関する世論調査」(2019)より

付け加えるならば、高齢世帯は所得だけ見れば低い世帯が多いため、票田として低所得者層は重要です。よって、所得の低い世帯への支援は続くと考えられます。

2030年は、2020年現在と比べ、下記のような層の構成になっているでしょう。最も影響が大きいのは、おそらく現役で働く中間層の人たちです。

  • 高所得者層:不動産や資産運用で収入を上げながら、資産を増やして自己防衛する(海外への移住や子女を海外へ送り財産を移す人が増える)。
  • 中所得者層:所得が上がらず、負担が増え、耐えることを強いられる。
  • 低所得者層:政府から一定の補助を受けて「健康で文化的な最低限度な生活」を送る。政府からのサポートがあるため、そこまで生活は変わらない。

自分軸に沿った幸せの追求

このような未来に、人々はどのように行動するでしょうか。

所得を増やす

本業での収入が上がらないことから、「働ける人は働き続ける」、「副業をして収入を増やす」、「投資をして収入を増やす」の3本柱で、所得を増やす選択肢を取る人が現在より増えるでしょう。

「働ける人は働き続ける」は2020年現在でも続いている傾向であり、特に女性、60代の就業率は上がり続けています。

少子化で保育園に入りやすくなること、全企業に対して65歳までの雇用の義務化が2025年になされた後、おそらくさらに70歳までの雇用の努力義務が課されることで、女性・高齢者の就業率は上がり続けるでしょう。

そして、それに伴い、フルタイムではなく、週3日で働く、または1日の半分だけ働くなどの短時間勤務がより一般的になると考えられます。企業も短時間勤務を活用するような人事体系に少しずつ変わっていくでしょう。

「副業」については今はブームが始まっているように見えますが、一定以上の収入が得られる副業は、スキルと労力が要求されるため、本業のみの人が過半数でしょう。ただ、現在よりは副業を行っている人、ギグワーカーとして複数の企業から仕事を受けて生計を立てる個人事業主は増えると考えられます。

投資については、政府が「自己責任」で国民に資産の積み立てを促す方針が続くこと(NISAやiDeCoなど)、自己防衛の意識がさらに高まることから、裾野がかなり広がっているでしょう。

つまり、中間層については、「みんなが働けるだけ働き」、「自己防衛のために節税効果のあるNISAやiDeCoの投資を行う」ことが標準になっているでしょう。

「国に頼らず自分で何とかする」という国民の危機意識はより強くなっていると考えられます。

支出を減らす

2030年に多くの人が高い確率で注力するのは「いかに支出を減らすか」でしょう。

理由は、支出をコントロールするのが最も自らの努力で行いやすく、取り組みやすいことと、日本的な「倹約は美徳である」という価値観とも合致するためです。

特に、コントロールのききやすい食費、交際費、衣服費などは減らしていく家庭が増えるでしょう。これは、これらの産業の将来があまり明るくないことを示唆します。

「倹約が美徳である」ことから一歩進み、「いかにミニマルに生きられるか」と倹約を生きがいにする人も出てくるでしょう。特に若い世代で、モノを持たず、住む場所にも拘らず、好きなことをやりながら、必要最低限のモノの中で生きる、というミニマリストが増えるかもしれません。

こういった「倹約」「ミニマリスト」の生き方が広がり、YouTubeなどのメディアでスターが出てきていることが想像されます。

価値観の変化

「お金を持つのが幸せ」という価値観から、「繋がりと情熱・愛を注げるものがあることが幸せ」、という価値観に変わっているでしょう。

2030年の日本社会は、中間層に厳しい社会になる可能性が高く、中間層から上に上がることがより難しくなります。

「いくら頑張っても報われない・割に合わない」、「どうせ自分が動いても変わらない」と感じる人たちは、社会の中での価値基準に従うことを拒否するでしょう。

すると、ステータスやお金といった「社会の基準での成功」を追い求めるのではなく、「自分の価値観に沿った幸せ」を追い求める風潮になるのではないかと思います。

社会に希望が持てなくなった時こそ、身近な家族、気の合う友人、価値観があう仲間、と過ごす時間がより大切にされるようになり、繋がりをより大切にする人が増えるでしょう。

また、人々は仕事以外で「情熱・愛を注げるものがあること」を探すでしょう。それは趣味であったり、ボランティア活動であったり、ペットであったり、人により異なる対象です。

「仕事だけが人生でない」という価値観が浸透することで、「人と人との繋がり」や、「情熱・愛を注げるもの」に人は時間を使おうとするでしょう。日本人の仕事に対する価値観や時間の使い方が変化する、といっても良いかもしれません。

未来は、明るいの?

経済的な側面だけ見れば、日本の未来は明るいとは思いません。

将来世代にツケを回すやり方は政治的には合理的でも持続可能ではなく、どこかの時点の世代が対価を支払わなければならなくなります。

高い経済成長率を実現するためには移民の受け入れや教育・現役世代へ資源をより回すなどの決断が求められますが、現在の政治は「今のシステムを出来るだけ長引かせる」ことが合理的な戦略となってしまっているので、大胆な手は打ちません。このまま、小規模な打ち手を打ちながら「やってる感を出す」状態が続くでしょう。

国民は愚かではないので、そんな国の行末に不安を感じ、すでに自己防衛に動いています。2030年になる頃には「国に頼らず自分で何とかする」という自己防衛意識がより強くなっているでしょう。

一方で、社会が成長を止め、中間層の生活水準が穏やかに低下していく中で、人々は既存の価値観を徐々に変化させていくのではないかと思います。具体的には、社会的な価値(収入や社会的なステータスなど)ではなく、「それぞれの価値観に沿った幸せ」と「家族・友人・趣味を通じた繋がり」を追い求めるようになっていくのではないかと考えます。

このような方向にいけば、繋がりを大事にする、一人一人が個々の楽しみを追求しやすい社会になる、いう点で、幸せ感はむしろ上がるのかもしれません。

経済的に豊かになることを追い求めた20世紀から、精神的な幸せを求める21世紀へ。2020年代は、一つの価値観の転換となる時代になるのではないかと予想しています。

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2030年までに起きる変化と、私たちは何を準備するべきか

2020年代の最初は、新型コロナのために社会の変化が加速した年になりました。

2020年から10年前の世界を見ると「え、こんなに社会が変わったの!?」と感じるように、2030年には、今とはガラッと違った世界になっていると想像されます。変わりゆく社会の中、私たちはどのように準備していけば良いでしょうか?

結論から言えば「時間とお金を未来のために投資しておこう」なのですが、その背景を書いていきます。

2020年代に起きる技術革新

特化型AI

2020年代は人工知能(AI: Artificial Intelligence)が普及していく年代になります。

「人口知能」というと鉄腕アトムのような人型の、人間と同じような汎用型の人工知能を想像するかもしれませんが、普及していくのは特定の用途に特化した特化型AIです。

「画像認識」や「異常検知」、など特定の分野で優れた性能を発揮する機械、と言うとわかりやすいかもしれません。

特化型AIは、大量のデータを入手しやすいインターネットのサービスではすでに当たり前に使われている技術です。

例えば、Amazonのサイトを見た時に表示されるレコメンデーションの裏側で使われているのは特化型AIですし、多くの大手航空会社やホテルの販売価格も特化型AIによって最適化されています。

オフラインであっても、特化型AIが仕事の場で使われることは増えていっています。例えば、RPA (Robotic Process Automation)もその一種で、定型的な仕事を行ってくれます。

10年以上昔、僕は通信会社のアルバイトとして、携帯電話の販売店から、FAXで送られてくる手書きの契約書をコンピューターに打ち込む仕事をしていたことがあります。「画像認識をして、読み取った文字列を入力する」と言う仕事はコンピュータが得意な分野なので、今ではそういった仕事も減っているでしょう。

会議の議事録を作るとか、手書きの書類をデジタル化するとか、意外と手間がかかっている仕事はどこの会社でもあるはずです。

現在、多くの大企業が限られた範囲で特化型AIの採用を始めていますが、2030年にはほとんどの大企業でより幅広く採用されているでしょう。

半導体・高速通信規格 (5G)

AIの採用の流れを加速していくのが、半導体性能の向上の継続次世代の高速通信規格である5Gです。

5Gは高速通信・低遅延・多接続、という特徴を持ちます。5Gは人と人だけでなく、機械と機械が繋がる際に鍵となる技術です。半導体性能の向上と合わせ、街中にセンサー、通信機能、頭脳をもって動き回る機械が溢れることになります。

ドローンや自動運転もその例です。

一つ、2030年の生活の例をあげてみましょう。

空港を出て、あなたが自動運転の車で空港からホテルに行くと、人型ロボットの受付がいます。ロボットはにっこりと笑った後、あなたを顔認証でデータベースと照合して、日本人だという情報を受け取り、「チェックインが完了しました」と日本語で話しかけてきます。あなたが日本語で「部屋に爪切りを持ってきておいて欲しい」と言うと、ロボットはきちんと「わかりました」と日本語で返してきます。顔認証が鍵のため、あなたはそのまま部屋に向かいます。途中で、掃除ロボットが掃除をしているのを見かけます。部屋につき、顔認証のセンサーでドアを開けます。少し待つと、部屋から「爪切りが到着しました」と聞こえてきて、扉を開けると、ロボットが爪切りを持ってきてくれていました。

すでにHISの「変なホテル」を始めとして実装されたり、高輪ゲートウェイ駅の案内ロボなど、より多くの企業がこういった自動化ロボットを採用することで、2030年にはこれらのロボットの価格がより安くなっているでしょう。

ルンバも昔は相当高かったですが、多くの人が購入し、企業の参入が相次いだことで、今はかなり安くなりました。家庭におけるルンバと同じように、より多くの場所で、ロボットが採用されることになります。

2010年代、2020年代、2030年代

2000年代はGoogle, Amazon, Twitter, Facebookなどメディア、オンラインショッピング、人と人とがバーチャルで繋がるサービスが普及した年代でした。インターネットはまだまだパソコンが主な時代で、普及している携帯電話はガラケーで機能が限定されているものが大半でした。

2010年代は半導体性能の向上、高速通信(4G)、スマートフォンにより、いつでも・どこでもインターネットに繋がるようになりました。特に、UberやAirBnBなど、人と人がモノやサービスを交換できるサービスの普及が進みました。

また、特化型AI(レコメンデーションエンジン、顔認証など)、IoT(インターネットにつながった機械)が日常に普及し、AIが人を介さずともデータの蓄積で目的とするゴールに向けて最適化していくようになりました。

※2010年代に起きたことの詳細はこちら。

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2020年代は、機械がより賢くなり、より多くの職種でこれまで人が行っていた仕事を行うようになります。

また、機械同士で通信を行うことで、機械が連携して働く時代になると考えられます。

社会はどうなるのか

現在、AI、半導体、バイオなど最先端分野は米国と中国が覇権を争っている状態です。

欧州・日本もこの開発ゲームに参加はしていますが、実際、過去20年で新しく生まれたほとんどのデジタル産業は米国企業が先進国を席巻しています。

唯一の例外である中国はデジタル鎖国を行っており、中国企業が独占しています。

技術、企業集積の蓄積は一朝一夕では追い抜けないことと、規模とスピードが鍵となるため、2020年も巨大な国内市場を持つ米国・中国の企業が最先端分野を独占していくでしょう。

一方、2020年代が大きく異なるのは、中国が自国のサービスを海外に展開していく方針を強めていることです。

中国のサービスはインフラなどコスト競争力があることに加え(鉄道・通信など)、監視・管理技術と言う点では国家が介入しやすい作りとなっており、権威主義の国にとっては扱いやすいものになっています。

また、使い勝手で言えば、中国の企業のサービスの方が使いやすい・便利である分野も多々あります。

全部入りアプリであるWeChatなどはこれ一つで友人とのコミュニケーション、支払い、エンタメ、デリバリーができ、かなり完結していますし、これがないと中国では生活するのが困難です。

2020年が「アメリカのサービスを中心とする世界」と「中国」の2つだったのに対し、2030年には、「米国・欧州・日本をはじめとした米国の技術を主に用いる先進国群」と、「中国と中国の勢力圏にある新興国群」に世界が二分され、使うサービスも分野により二極化してくるでしょう。

良くも悪くも、中国語が英語に次ぐ世界共通言語になる日が来るのが、2020年代になりそうです。

企業はどう動くか

競争がより世界規模になっていると同時に、企業は社会が求める労働者への保護を重荷に感じるようになってきています。

1990年代より、低賃金の国に生産現場を移管させてコストダウンするというグローバル化が進んできました。

しかし、社会の目は企業の関わるサプライチェーン全体まで及ぶようになっていること、相対的に低賃金だった国の賃金が上昇を続けていることから、低賃金の国に生産を移管することが割に合わなくなってきています。

そのため、企業は機械の方が効率的かつコスト有利にこなせる仕事については、機械に置き換えていくことが想像されます。機械が得意なのは下記のような作業です:

  • マニュアル化されている、定型的な作業
  • ゴール、測定指標が明確な作業
  • 大量のデータを処理する作業

製造の現場でも、機械を用いることで先進国でも新興国と戦えるだけのコスト構造を持てるようになってきており、これは先進国での生産を回帰させる一つの要因になりそうです。

ただし先進国の製造業で雇用が増えるのは人ではなく、ロボットですが。

2020年代にさらに進むのは、サービス業におけるロボットの導入です。例えば、サービス業においても、比較的定型的な業務が多い受付などは、ロボットでも対応可能でしょう。

「4カ国語話せる」人材を見つけるのは大変でも、「一定レベルの応対が4カ国語でできるロボット」は一度に複数台導入できます。

機械に置き換わっていく

現在は機械に任せることが始まったばかりで、まだまだ価格が高く、人を雇った方が安い状態です。

しかし、機械に置き換えることが普及すると、コストはどんどん安くなります。コストが機械と人とで同じくらいになった場合、多くの企業が人を監督者として雇いながら、作業者として機械を買う・レンタルすることを選ぶでしょう

人は賃金のみならず社会保障費や採用・教育・解雇コストもかかりますし、教育してパフォーマンスを上げるのも一人一人に時間と手間がかかります。

一方、機械は文句を言いませんし、ソフトウェアのアップデートで「複数の機体の機能を一度に」上げることができます。機械は法律的な縛りなく何時間でも働かせることができますし、配置転換も容易で、さらに他の企業に売却することも可能です。

現在、海外の大手スーパーマーケットは自動レジを採用して、監督者として数人の従業員を置くようになっています。それと同様に、サービス業のレジや品出しなどはロボットが担い、人は監督者になっていくでしょう。

オフィスの仕事においても、サプライチェーンマネジメント、カスタマーサポート、経理などの仕事も過去のデータから統計的に判断できる割合が大きいため、機械で自動化されていく割合が高まりそうです。

分業が進む(アウトソーシング)

また、2020年の新型コロナで明らかになったのは、「リモートワークで多くのオフィスワークはできる」ということです。

これは異なる言い方をすれば、「世界のどこにいる人でも同様に仕事ができる」ということであり、世界での分業を促進します。

現在の「副業解禁」の延長で、複数企業で働く人が増え、プロジェクトの一部を担う「契約社員」的に副業を営む人が増えるでしょう。これは業務のアウトソーシングであり、「正社員」の雇用の減少を意味します。

また、世界を見渡せば、日本よりも低賃金で雇える優秀な人がいる国は多くあります。今は言語の壁があるために日本企業のアウトソーシングは限定的ですが、すでに自動翻訳は同時通訳がかなりの精度でできるレベルであり、言語の壁はどんどん低くなってきています。

企業の視点からすれば、世界で最適な人材に仕事を行ってもらう方が望ましいため、国境を超えてのアウトソーシングもさらに進みそうです。

人にしかできない仕事

人には人にしかできないことがあります。

  • 問題を定義し、解決すること
  • 人を動かすこと
  • 柔軟に対応すること
  • 責任を取ること
  • 決断を下すこと

問題を定義し、解決すること

特化型のロボットは与えられた課題に対して答えを出すことはできますが、課題自体を自らに問うことはしません。

「どんな社会であるべきか」とロボットに聞いても答えは返ってきませんし、理想を掲げ、そこに至るまでの課題を定義できるのは人間だけです。

また、問題点を見つけても枠を超えた解決策を考えることは、今のところ人にしかできません。

決断を下すこと

機械は定量的な判断は得意ですが、定性的な判断は苦手です。特に価値判断や複数の利害関係者がからむ状況は、機械が決断を下すには難しい状況です。

例えば、潜在的な犯罪者を見つけ出すようなシステムを考えてみましょう(シヴィラシステムのような)。

現代でこのようなシステムが開発されれば、過去の犯罪歴から潜在的な犯罪を犯す率を測定するため、アメリカであれば黒人やヒスパニックの方が潜在的な犯罪係数が高い、とみなされます。

これは、人種差別的な結果であり、「人種を価値判断の軸として用いるべきでない」、という社会の規範に反します。

つまり、「価値判断」がからむ意思決定には人が関わる必要があります。実際、人事など企業の管理職の仕事の多くは決断が求められるため、管理職の仕事は必要になります。

人を動かすこと

また、ロボットは論理的な指示はできるかもしれませんが、人はそれだけでは動きません。

人は他の人の「情熱・論理・思いやり」、に動かされて、動きます。セールスも同様で、誰かに何かを買ってもらうためには、お客さんに「買いたい」と言う気持ちを引き起こす必要があります。

人が仕事をする限り、「他の人に動いてもらって目標達成まで導くことができる人」は絶対に必要になります。

柔軟に対応すること

加えて、特化型ロボットにできないのは、柔軟であることです。

例えば受付、掃除、料理、を一人の人がこなすことはできますが、特化型ロボットでは全てを高いレベルでこなすことは困難です。

医師の診察のように、目、手、耳を使って情報を収集し、情報を統合して病気を診断するようなことも、ロボットではなかなか難しいことです。

責任を取ること

法律的に責任を取ることが求められる仕事、免許が必要となる仕事についても、人の関与が必要となります。

例えば、医療ソフトウェアが医師以上の精度で画像解析の診断を出すことができたとしても、誤診の際の責任の問題があるため、最終的な判断をする役割として医師は必要とされるでしょう。

まとめると、人が「問題を解決する」、「人を動かす」、「決断を下す」、「柔軟性が求められる」、「責任を取る必要がある」仕事は、ロボットと人が協働する時代に必要とされるでしょう。

私たちはどう対応するべきか

「中間層」は苦しくなる

このような時代が来た場合、管理職以外の中間層は苦しくなります。

現場で働く仕事では、「人間ならではの柔軟性」や「人と人との繋がり」が必要な仕事は残るでしょう。

例えば、工事現場で柱を組み立てる、地面を掘り起こして工事する、のような工事は求められる作業が複雑すぎてロボットではできません。

教師のような、「子供に質問を投げかけ、考えさせ、協調性を育ませる」、などの仕事も機械では代替できません。

人にモノを買う気を起こさせるセールスマンは、いつの時代も必要です。

一方、定型的な仕事が多い、バス・タクシー・トラックなど輸送業務に関わる人は自動運転により長期的に職を脅かされますし、製造現場でも決まった作業を行うような仕事はロボットに置き換わる可能性が高いです。

オフィスでの事務作業はどこの職場でもそれなりの割合が定型的、繰り返しの仕事です。

これらの一部または大部分がソフトウェアにより自動化されれば、必要となる人は少なくなります。

また、事務作業が国内の副業従事者または海外にアウトソースされることも今後増えていきます。

これらの影響により、

  • 中間層の仕事が減少していく
  • 中間層の給料が上がりにくくなる

ことが起きます。中間層の給料が上がりにくくなっているのは全世界的に2010年代にも起きている現象です。

この現象はさらに加速していくと考えられます。

攻めと守りの投資

これらの時代が10年後に来ることを見据えて、結論に入ります。

「人にしかできない」能力を突き詰めるのは一つの有力な道です。

「問題解決力を高める」、「リーダーシップを高める」、「決断をする力を鍛える」ことはどの仕事をするにしても、有益です。

これらの能力の重要さや伸ばし方は様々なところで書かれているので繰り返しません。これらの分野に少しずつでも時間を投資していくことが、10年後に選択肢を持てる自分になるかどうかを決めるでしょう。

これらが「攻め」としての「時間の投資」だとすると、「守り」として「資産の投資」も効果的です。

賃金が上がらないとすれば、賃金以外のところで収入を確保する必要があります。

投資は「お金に働いてもらう」という点で、資産を増やす一つの方法です。株式、債権、不動産、コモディティなど様々な投資対象がありますが、株式・債権が最も始めやすいかと思います。

株式へのインデックス投資は過去100年以上にわたり長期的にリターンを出していますし、今後100年も世界経済が成長を続けるならば、それに応じて株式の価格は上昇していくと予想されます。国債は現在は利率が低いですが、それでも銀行預金よりは高い金利です。

現在の覇権国である米国に投資するのであればどちらも特別なスキルはいらず、ただ定期的にインデックスに積み立てていくだけで良いので、多くの人が実践できます。

日本は大学を出ていたとしても、多くの人が金融教育を受けておらず、ほぼ金利がつかない銀行預金に半分以上の家計金融資産が寝ている、という不思議な国です。

金利が0%の口座に100万円を置いておいても30年後に100万円ですが、年利5%で回れば100万円は30年後に4倍以上の440万円になります。

加えて、銀行預金は利率がインフレ率よりも低いことが多く、インフレに弱いですが、株式はインフレに強いので、インフレ対策にもなります。

どちらの行動が30年後に良い結果を生むかは、明白ですし、そもそも日本の将来は若者にとってあまり明るくは見えないため、自己防衛として少額でも早いうちに始めた方が良いです。

仕事にしろ、生活にしろ、私たち一人一人が今、何に投資をするかが将来の選択肢を決めます。

想像以上に早く変わっていく社会。変わらず徐々に国際社会での地位を落としていっている日本。

そんな中で、10年後の未来に向けて、あなたは何に投資を始めますか?

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東京女子医大から見る、日本の病院経営

東京女子医大でボーナスを支給しない・する、看護士が大量に辞める・辞めない、などの見出しがニュースを賑わせています。しかし、東京女子医大の置かれた状況は決して特殊な例ではありません。

今回は日本の病院経営、新型コロナが病院経営に与える影響、今後の影響について書いていきます。

日本の病院経営

そもそも、日本の病院は利益率が低く、固定費の割合が高い病院が多いため、変化に弱い収益構造です。

実際、昨年の段階で日本は約半数の病院が赤字状態にありました。(特に国立・公立病院。医療法人は全体としては黒字)

新型コロナウイルス感染症の病院経営への影響-医師会病院の場合- より (N=58)

例えば、2020年7月8日に発表された、「新型コロナウイルス感染症の病院経営への影響-医師会病院の場合-」 で回答があった58の病院の平均的な収益構造をみてみましょう。

この資料によると、2019年3-5月の平均的な収益は月に3億円で、そのうち70%以上が入院、20%程度が外来からの収益です

病院によって入院・外来の比率は異なりますが、入院では手術や高額な検査をすることが多いことから、他の病院でも入院が収益の大半を占めることが多いです。

一方、支出をみてみますと、給与費で月に1.65億円と55%程度が職員(医師、看護師、スタッフなど)への給与です。委託費の2500万円の一部も外注している人件費と考えれば、人件費だけで60%を超えます。

減価償却費の5%も合わせれば、70%近くが固定費になります。つまり、病院は固定費の比率が大きい業種です。

変動費である材料費(医薬品・医療機器)は6,300万円と約20%ですが、こちらも様々な理由から特定の医薬品・医療機器の利用が求められることもあり、削ることがそこまで容易ではない費用です。

収益構造を見ると、支出カットで利益を上げようとするのが難しいことがわかります。

すると、収益を改善するためには収入をあげるために

  • 患者数を増やす
  • 患者あたりの単価を増やす

ことが必要になります。

患者数を増やすためには経営の能力が必要となります。

しかし、日本は医療法上、医師でないと病院経営ができません。医師としての能力と経営能力が必ずしも一致しないことが、日本の病院経営で赤字状態が続いていることの一つの理由です。

また、患者あたりの単価も、医療費抑制の流れからの診療報酬や医薬品・医療機器の単価引き下げの方針により、今後は下落傾向が見込まれます。

つまり、収益を増やすための環境としては、かなり苦しい内部環境と外部環境です。

収益改善のために打てる施策の具体例

打てる施策の具体例の一部は以下のようになります。基本的には、特化して、オペレーションを改善するという方向になります。病院経営に秀でた人材を採用し、それを現場レベルで落とし込む必要があるため、実行面に課題があります。

  • 特化する:全ての病院が全ての専門分野で秀でるのは困難です。むしろ、専門特化した方が、医療従事者の専門性が高まって評価が高まると同時に、生産性も高まり、経営的にもプラスになることが多いです。難しいのは「多くの科を持って欲しい」、というニーズが地域からある場合で、経営の最適化と利害関係者の意向の方向性が異なる場合も特に公立病院ではよくあります。
  • 管理スタッフに優秀な人材を配置する:多くの病院では臨床重視、経営軽視の文化が根付いており(医師が最も偉く、医師が仕入れるといった機材・医薬品・医療機器を言われるがまま仕入れる)、購入の最適化がされていません。例えば、同じベンダーに違う科から別々に発注していたりしますが、これをまとめるだけで一回あたりの発注量が増え、ディスカウントを得られたりします。ただし、医師からの抵抗があることも多いという話はよく聞きます。

他にも数多くの「定石」があります。

新型コロナの病院経営への影響

新型コロナが流行したことにより、下記のような影響がありました

  • 患者さんが病院にいくのを怖がり、外来・入院患者数が減少した
  • コロナ患者を受け入れた病院は隔離が必要となるため、部屋やベッドの利用率を下げざるを得ず、入院による収入が減少した
  • 手術を行えなくなった(患者さんからの延期の依頼、政府からの自粛要請、ベッドや医療物資確保などの理由により)ために手術の売上が減少した

これらの理由により、4月は全国の病院で平均的に収入が減少しました。

新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査(最終報告)より N=1,307

5月27日に発表された、日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会の合同調査によりますと、昨年4月の利益率が平均して1.5%であったのに対し、2020年4月はマイナス8.6%と赤字に転落しました。

特にコロナ患者の入院を受け入れた病院は外来、入院ともに前年比10%以上の減収となっており、受け入れを行っていない病院よりも下落幅が大きくなりました。

「赤字が出ている状況で、ボーナスを出す原資がない」、というのはほとんどの病院に当てはまる状況でしょう。

東京女子医大の例は全てカットということで注目を浴びましたが、どの病院も同じような判断をしてもおかしくない状況にありました。

「赤字のために人件費を追加で出せない」というのはコロナ前でも日本の半数近くの病院が抱える課題であり、新型コロナによりさらに状況が悪化したと言えるでしょう。

今後の展開

政府は第二次補正予算案を組み、「ウイルスとの長期戦を戦い抜くための医療・福祉体制の確保」として2兆7000億円を医療機関の支援に充てることを決めました。

この資金注入により、医療機関はしばらくの間、少しは持ち堪えることができると思います。

しかし、新型コロナについても現在の抗体が長続きしないという研究結果を見る限り、私たちは新型コロナとしばらくの間は共生しなければならないでしょう。

入院・外来の減少はコロナがおさまるまで続くことが予想され、今回の支援に続いて、何らかの支援が医療機関の「倒産」を食い止めるために必要でしょうし、短期的には、また補正予算が組まれる可能性は高いと考えられます。

より深刻な長期的な課題としては、今回のコロナ危機が日本の医療機関の職場の「ブラックさ」を明らかにしたことです。

長時間勤務、上がらない待遇、感染症にさらされるリスク、の中で懸命に奮闘する日本の医療従事者はその貢献に見合った称賛を得られていないように思いますし、「割に合わない」と感じる人が増えると、医療従事者を志す若者や現役の医療従事者の減少に繋がります。これは、日本の医療業界の未来にとって悪影響です。

日本の医療を支える医療従事者の方々が報われるよう、政府の支援と病院経営の改善に期待したいところです。

なぜ新型コロナが医療機関の収益を悪化させるのか、海外の状況はどうか、についてより知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

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