アストラゼネカ(AZN) 新型コロナ向けワクチンの市場破壊

新型コロナ向けワクチンの開発と臨床試験が加速しており、米国、欧州、中国の製薬会社が一番手をめぐり競っています。英アストラゼネカ(AstraZeneca)は先頭を走る企業の一つです。

今回は、ワクチン市場、アストラゼネカのワクチンの開発と治験の進捗状況、そして他ワクチン開発企業への影響、の3点をみていきます。

ワクチン市場

Market Research Reportによれば、ワクチン市場は2018年で$41.6b(4兆5000億円)で、年率10%以上の成長を続け、2026年までに$93b(10兆円)まで拡大すると予想されています。

ワクチンは人口拡大、ワクチン普及率の上昇、新たなワクチンの発売に伴う需要喚起、により市場が安定的に拡大していっています。

一方、ワクチンは製薬の中でも大変な分野です。健康な人を対象とするために、リスク便益の観点から、安全性への要求が治療薬よりも厳しくなります。また、長期での安全性が求められるため、治験もその分長くなります。

また、ワクチンの種類にもよりますが、ウイルスの遺伝子組み換えにより作られるワクチンなどは生産にも高い技術力が要求され、大量生産のハードルも通常の低分子薬の生産よりも高くなります、

つまり、ワクチンは開発・生産に多額の資本と高い技術が必要であり、参入障壁が高い(参入しにくい)分野であると言えます。裏を返せば、一度ワクチンを発売してしまえば新規参入が入ってきにくいため、稼ぎ続けることができます。

例えば、世界最大のベストセラーワクチンであるPfizerのPrevar 13は肺炎球菌向けのワクチンであり、市場を長年ほぼ独占しています(2015年でシェア75%以上)。

売上は2010年の$2.4bから順調に拡大し、2019年には$5.8b (約6,000億円)の売上です。今ではファイザーの製品の中で最も売上の高い製品の一つになっています。

WHOのGlobal vaccine market reportによると、ワクチンの価格は$1-$50と大きく幅があり、新しく販売されるワクチンほど価格が高くなる傾向にあります。

同資料では、Prevnar 13の平均販売価格は$48程度と推定しています。つまり、高い価格の部類です。

ファイザーのPrevnarは独占状態をいかして高い値付けにし、高い売上と利益率を享受している一つの例です。

AstraZeneca(アストラゼネカ)のワクチン

英AstraZenacaはOxford(オックスフォード大学)と組んでワクチンを開発しています。現在、治験が行われているのはOxfordのワクチングループが開発した組換えアデノウイルスを用いたワクチンです(AZD1222)

新型コロナ向けワクチンでは最も開発状況が進んでいる一社です。6月よりフェーズ3(最終の大規模な治験)に入っており、8,000人が登録済みです

アストラゼネカはすでに米国、英国、欧州とワクチン提供の契約を行っています。

  • 米政府機関BARDAより$1b (1,100億円)の開発援助を受けた。4億回分をUS/UKに (US 3億、UK 1億 – FIERCE PHARMA)
  • 欧州(ドイツ、フランス、イタリア、オランダ)に4億回分を「利益なしで」提供(AstraZeneca Press Release)
  • ワクチンをCEPI、Gavi, the Serum Institute of India (SII)を通じて新興国に提供. CEPI、Gaviに3億回分を$750mで販売($2.5/回)。
  • SIIは10億回分を新興国向け(主にインド)に提供し、そのうち4億回分を2020年末までに提供する

すでに契約されているワクチンの量だけでも、20億回分を超えます。加えて、4億回分を2020年末までにワクチンを供給することを約束しています。

アストラゼネカはこのワクチンを利益0で提供する方針です。

ワクチンを利益0で提供すること自体は非常に世の中のためになっていますし、公益性の観点から望ましい行動です。

アストラゼネカにはワクチンで売上がなくてもやっていけるだけの企業体力と、評判・ブランド力を高めて他の製品を売るという動機があります。

一方、利益目的で研究開発を行っている他のワクチン開発企業からしたらたまったものではありません。市場を壊す、自爆テロのようなものです。

ワクチン銘柄への影響

具体例で考えてみましょう。モデルナ、バイオンテック・ファイザー、は同じくフェーズ3の試験を7月に始めようとしています。アストラゼネカの方が若干治験で先行しています。

仮にアストラゼネカの治験でワクチンの有効性・安全性が確認され、アストラゼネカが2020年末に「$2.5/1回」のワクチンを政府向けに提供したとしましょう。

すると、類似する製品がないため、世界ではその価格が一つの物差しとなります

後続のモデルナ、バイオンテック・ファイザーからすると、本当は1回$30 x 2回で計$60などの価格をつけたかったとしても、それを行うと「アストラゼネカの20倍なのか」、「こんなに大変なパンデミックの時に暴利を貪るのか」という社会からの批判が予想されますし、競争の観点からも、あまりに高い価格をつけるのが難しくなります。

また、有効性・安全性での差別化を行うためにはある程度長い期間のデータが必要となりますが、今年の末発売のワクチンですとどのワクチンも半年程度のデータしか入手できません。

よって、データで優位性を強調するのもやや難しくなります(通常必要となる1年後の安全性・有効性すら確認できないため)。

加えて、モデルナ・バイオンテックのワクチン手法であるmRNAは壊れやすいために低温保存が必要となり、その分流通コストが高くなります。アストラゼネカのワクチンと同じ価格をつけると赤字になる可能性大のため、同じことはできません。

アストラゼネカは主要な市場(米、西欧)に安価でワクチンを提供する契約をすでに結んでいます。

つまり、「アストラゼネカのワクチンの成功は他のワクチン開発企業にとって最大の脅威」になる可能性が高いです。

ワクチン銘柄に投資をしている場合、その銘柄の臨床試験の結果のみならず、アストラゼネカの臨床試験のニュースにも注意を払っていた方が良いかもしれません。

mRNAベースのワクチンを開発しているもう企業、モデルナ(Moderna)とバイオンテック(BioNTech)についてより知りたい方はこちらをどうぞ。

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バイオンテック(BNTX) 欧州のワクチン期待の星

新型コロナが猛威を奮い続け、世界中がワクチンを待望しています。そんな中、バイオンテック(BioNTech:BNTX)・ファイザーがワクチンの臨床試験の中間発表を行いました。相場全体にも影響を与えたこの発表、いったいどんな内容だったでしょうか?

この記事を読むと、バイオンテック、治験の結果、今後の展開、最短でいつワクチンが出るか、がわかります。

バイオンテック(BioNTech)

バイオンテック(BioNTech)はモデレナ(Moderna)と同じく、研究開発段階のバイオ製薬企業です。本社はドイツにあります。

mRNAという「どのタンパク質を作るか」の情報を持ったRNAに特定のタンパク質を作らせる情報を乗せることによって、様々な病気の治療に適用することを目指しています。

現在は11の製品が臨床試験に入っていますが、ほとんどがフェーズ1という、人を対象にした臨床試験のはじめの段階です。

バイオンテックの主なターゲットはガン・感染症です。新型コロナに対しては、BNT162がワクチン候補にあたります。

バイオンテックはファイザー(Pfizer)と中国以外のワクチンの開発と製造で提携しており、中国については中国企業のFosun Pharmaと提携しています。

バイオンテック・ファイザーのワクチン試験結果

バイオンテックが用いるワクチンは、mRNAを用いる方式です。

これまでmRNAを用いたワクチンはありませんでした。

実績がないため、「mRNAを用いて本当に有効なワクチンができるのか」、「安全なのか」、が疑問点でした。この疑問に対して、フェーズ1・2の試験が行われました。

バイオンテックがファイザーと共同で行ったフェーズ1・2の臨床試験の枠組みは以下です

  • ワクチン候補名:BNT162b1
  • 治験の実施期間:5/4/2020 – 6/19/2020
  • 治験の参加者:19-54歳の健康な男女
  • 45人のランダム化試験(12人が10ugを中3週間空けて2回接種、12人が30ugを2回接種、12人が100ugを1回接種、9人が偽薬(プラシボ)を2回接種)

発表された中間結果の要点は以下です

  • ワクチン接種した人に、新型コロナから回復した人以上の抗体が観察された (10ugで1.8倍、30ugで2.8倍)
  • 副作用は疲労感、頭痛、寒気など。深刻な副作用はなし
  • 今後の用量は10ug-30ugの間の2回接種で検討

参考資料:Mulligan et al (2020) “Phase 1/2 Study to Describe the Safety and Immunogenicity of a COVID-19 RNA Vaccine Candidate (BNT162b1) in Adults 18 to 55 Years of Age: Interim Report“, MedRxiv

一言で言えば、ポジティブな結果です。

今回の中間報告では最初のワクチン接種から35日間までで、急性の深刻な副作用は観察されませんでした。これは安全性という点で良い知らせです。

次に、「新型コロナの症状(COVID-19)から回復した人以上の抗体が観察された」、というのも良い知らせです。mRNAを用いたワクチンからも抗体がきちんと形成されることを、この中間結果は示しました。

しかし、今回の試験の結果はまだまだ序の口にしか過ぎません。

今後、臨床試験で確かめられるべき項目

今回の結果はあくまでも「中間」報告です。

今回の臨床試験(フェーズ1・2)の追跡とフェーズ3の大規模臨床試験で下記の点がデータで示される必要があります

  • 中長期の安全性(特に半年後、2年後までの安全性)
  • 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して、そもそも抗体が機能するか
  • 抗体が機能する場合、ワクチンで増加させられた抗体の増加がどの程度持続するか。
  • ワクチンを接種した人がコロナにかからなくなるか
  • 高齢者にも用いることができるのか

「新型コロナが体内でどう働くのか」、「私たちの免疫がどのように新型コロナに反応するのか」などまだわかっていないことが多く、今回の中間報告の「抗体が増えた」というだけでは効果があるとは断定できません

ウイルスの中には私たちが抗体を持っていても抗体をすり抜けて増殖するものもありますし、抗体のレベルによっては再感染することも十分にあり得るためです。

そのため、フェーズ3の結果が出るまでは、バイオンテックのワクチンが機能するかどうかはわかりませんし、これはどのワクチン候補についても当てはまります。

最短でいつ、どれくらいワクチンができるのか

新型コロナのワクチンを審査する際のガイドラインをFDAが6月30日に公開しました。

一言で言えば、「新型コロナのワクチンがいくら緊急で必要だとしても、安全性・有効性をきちんと審査をするよ」。

真っ当な内容です。

「選挙前までに承認しろ」という政治からの圧力が相当にあったことが容易に予想されるため、圧力に屈しなかった点は評価されても良いでしょう。

過去に「インフルエンザワクチンの承認を急いで、結果的に副作用が出て、FDAが叩かれた」という歴史の教訓です。

最短でいつワクチンが出るかを考える上で重要なのが下記の部分です。

Serious and other medically attended adverse events in all study participants for at least 6 months after completion of all study vaccinations. Longer safety monitoring may be warranted for certain vaccine platforms (e.g., those that include novel adjuvants).(少なくともワクチン接種から6ヶ月後の間に起きた重篤な副作用のデータを、安全性の証明として要求する)

つまり、フェーズ3の大規模試験に参加した人の6ヶ月先のデータを得るまで、米国のワクチンの認証はおりない、ということです。

現在、ワクチン開発の先頭を走るモデルナのフェーズ3が始まるのですら7月ですので、データが集まるのはどんなに早くとも来年1月。

そこからデータの収集・分析、FDAへの提出、FDAの審査、というプロセスがあるため、どんなに早くとも最初のワクチンのFDA認証がおりるのは来年1月後半でしょう。

バイオンテック・ファイザーも7よりフェーズ2b・3を始める予定ですので、モデレナとともに先頭を走っています。(BioNTech Press Release)

プレスリリースによると、バイオンテック・ファイザーは2020年末までに1億人回分、2021年末までには12億回分のワクチンの生産ができる見込みです。

バイオンテックの株価

BioNTech Stock Price

バイオンテックはコロナ前までは$40程度でしたが、現在は$64まで急進しました。

時価総額で言えば、$14b (1兆5000億円)ですでに中堅のサイズです。ただし、モデレナの$24b (2兆6000億円)と比べれば60%程度です

どちらの企業もmRNAをベースにしたワクチンを、同じような程度のスピードで開発しており、新型コロナ向けワクチンへの期待で株価が上昇しています。

新型コロナ向けのワクチンがどれだけの価値があるのか、は価格、数量、有効期間、バイオンテック・ファイザーの取り分の割合、競争環境、など変数が多過ぎて予測が難しいですが、仮に下記のような仮定を置いてみます。

  • 2回の接種が必要で、合計$40
  • ワクチンは1年間有効(インフルエンザのように毎年打つことが必要)
  • バイオンテック・ファイザーの取り分は50:50
  • 毎年7000万人が接種する(米国、西ヨーロッパの10人に1人)

以上のような条件であれば、$40 x 50% x 7000万人 = $1.4b (1,500億円)が毎年の売上になります。このくらいの売上が毎年上がるのであれば、1月からの上昇分は正当化できそうです。

人類が新型コロナを気にせず生活するためにはワクチンが必要であり、バイオンテック・モデレナともにその先頭を走っています。相場全体に影響を与えるという点でも、目が離せない企業の一つです。

mRNAベースのワクチンを開発しているもう一つの企業、モデレナ(Moderna)についてより知りたい方はこちらをどうぞ。

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ギリアド (GILD) の新型コロナ治療薬、25万円は高いのか?

製薬のギリアド・ライフサイエンシズが世界初の新型コロナ向け治療薬のレムデシビルの価格を発表しました。

先進国向けの「25万円」という価格に対して、2つの驚きがあるように見えます。一つは「高すぎる」。もう一つは「安すぎる」。今回は薬の価格について書きたいと思います。

この記事を読むと、薬の効果と価値、価格の決め方、なぜレムデシビルがその価格をつけたのか、がわかります。

レムデシビルの効果

NIAD (National Institute of Allergy and Infection Disease)が行ったACCT-1試験とギリアド主導で行ったSimple Trialの2つの臨床試験からは、下記のような効果が観察されました。

Remdesivir Clinical Trials

結果の抜粋は以下になります。

  • 中程度の患者に対して、5日間処方すれば、標準治療よりも65%高い確率で患者さんがより症状が改善した状態となる (SIMPLE trial)
  • 5日間の処方も、10日間の処方も、統計的に有意な差は生じていない (SIMPLE Trial)
  • 重症者に対して、レムデシビルは死亡率について統計的に有意な改善は示さなかったが、平均4日間入院期間を短縮できる(NIAID study  ACCT-1 Trial Journal)
  • 標準治療と比較して、統計的に有意な重篤な副作用は観察されなかった (SIMPLE Trial)

つまり、レムデシビルの主な効果は、「より良い状態になる」と「入院を4日間短縮できる」という2つです。

レムデシビルの経済的な価値

「より良い状態になる」という価値は算定しにくいですが、「平均4日間入院期間を短縮できる」ことには明確な経済的な価値があります。

患者さんからしても早く退院して日常に戻りたいです。

病院としてもベッドが早く空けば、より収益性の高い手術の回数を増やして収益を増やせるため、入院期間を短縮させたいです。実際に病院に支払いを行う保険会社の視点からしても、入院期間が短くなればそれだけ病院に支払う入院費用が減らせるため、望ましいです。

この3者にとっての価値が薬の価格に影響を与えるのでしょうか?

実は、この3者の視点は価格決定のときに考慮はされますが、価格決めで最も大事なのは保険会社の視点です。患者さんではありません。理由は、お金を出すのが保険会社であるからです。

他の産業とヘルスケアでは、サービス・薬で便益を受ける人と、実際にお金を支払う人が異なることが大きな相違点です

薬の価格は、「お金を支払う人の視点から見て、どのくらい価値があるか」が重要になります。

米国の場合は公的保険は政府、私的保険は民間保険会社になります。日本をはじめとする多くの西欧の場合は、国民皆保険であるために政府となります。つまり、政府および民間保険会社の視点が最も価格に影響してきます。

米国においてのレムデシビルの価値をCEOのDaniel O’Dayは下記のようにOpen Letterで述べています

Taking the example of the United States, earlier hospital discharge would result in hospital savings of approximately $12,000 per patient (米国の例では、(4日間)退院を早めることは、患者さんあたり$12,000の価値があります)

つまり、レムデシビルを処方することは政府・保険会社にとって$12,000の価値があるよ、と言っています。

実際、米国では州や病院の形態にもよりますが、ベッドを1日使われる費用で$3,000かかることはあり得るので (参考:Becker’s Healthcare)、保険会社・病院の視点から見て入院を4日間減らせることに$12,000の価値がある、というのは大げさではありません。

異なる視点では、NPOで薬の価格が適切かの分析を行っているICERが算出したコスト便益分析では、米国では$4,500-$5,000が適正価格であり、重症患者に対して効果があるというdexamethasoneを対照群とした場合は、$2,520-$2,800まで落ちる、と分析しています (ICER Remdesivir)。

Dexamethasoneはあくまでも重症患者に対する効果しか現在まででは報告されていないため、ICERが中程度の患者さんに処方する前提で対照群とするのはやや厳しい見方です。最大限厳しめに見て、$2,520というところでしょう。

まとめると、$2,520から$12,000まで、幅広い価値の推定が行われていました。薬の価値の決め方には幅があり、難しいとも言えます。

レムデシビルの価格

6月29日に、ギリアドのCEOであるDaniel O’Dayがレムデシビルの価格を発表しました。

  • 先進国の政府向けは5日間の治療前提で、$2,340 (約25万円。1本$390 x 6回分)
  • 米国の民間保険会社向けは5日間の治療前提で、$3,120 (約34万円。1本$520 x 6回分)
  • 新興国向けはジェネリックの製造メーカーと組み、より安価で提供する (インド、バングラディシュでの販売価格は1本$40-80程度と報道されています。先進国の1/10から1/5です)

この価格の水準と出し方について、3つポイントがあります。

価格の水準

1つ目は、政府向けの価格の$2,340は、$2,520-$12,000という価値の幅のさらに下であった、という事です。

未曾有の危機である新型コロナで、初の治療薬であるレムデシビルの価格には世界中から注目が集まっていました。ここで、$4,000程度でしたら、米国内ではコスト便益の観点から、「適正な価格をつけた」と評価されていた可能性が高いです。

ギリアドはさらに一歩踏み込んで、ICERが算出した価格の下限である$2,520よりもさらに低い価格をつけました。ICERが出す数字は政治家も用いる数字であり、この下限より低い数字を出したのは、「ギリアドは世界中の人のためにできる限り多くの人の手にわたる価格をつけます」というメッセージになります。

また、米国は世界一薬の価格が高い国であり、他の先進国では米国ほど価格が高いわけではありません。米国を基準に価格をつけると、他の先進国から見ると「高すぎる」、という印象になります。$2,500を下回る価格は、欧州でも「適正だ」と受け取られる値付けをしたのでしょう。

さらに、$2,340という価格は、米国では他に効果のある薬が出てきた時にも「併用しやすい」、あるいは「コスト便益の観点から競争力がある」価格です。現在、他の製薬会社が新型コロナ向けの新薬を開発していることも意識した価格になっています。

まとめると、レムデシビルでの利益を短期的に最大化するよりも、ギリアドとしての評判と長期的な売上を考えた価格付けです。

一律の価格の提示

2つ目のポイントは、一律の価格にした事です。

薬の価格で、このように全世界で一律の価格を提示するのは、極めて異例です。

通常、認証が取得できた後、薬の価格の交渉になります。米国であれば各保険会社との個別の交渉となり、欧州・日本であれば当局との保険償還価格の交渉になります(保険償還価格=保険からいくら支払われるか。病院が保険から受け取れる価格)。

当局側もその価格が適正なのかの分析の準備がかかりますし、今回のように他に薬がないような場合ですと、前例となる物差しがないためにさらに時間がかかります。

今回の場合、各国と交渉をする時間を省きたかったことと、透明性を確保したかったのでしょう。

「みんなこの価格だよ」と言うことで、価格の自由度は失いますが、「他の国よりも高いじゃないか」、という批判は出なくなります。また、先進国はみな公平に扱うという姿勢を明確にすることで、個別の国からの値引きの要求を断りやすくする効果もあります。

言い換えれば、一律の価格を提示することで、スピードと公平性を重視しました

新興国を別枠に

3つ目のポイントは、新興国を完全に別枠としたことです。保険価格を決める際に、「参照価格」として他の国の価格を参照する国・地域が多いです。そのため、安い価格で出さないと人々の手に入らない新興国に薬を回すのは後回しになりがちです。

今回の場合、新興国を特別扱いとし、生産・販売元を分けることで、先進国の価格に影響を与えないようにしながら、新興国にも薬を提供できるようにしました。

得られるライセンス料は先進国からの収入に比べれば微々たるものだと想像されますが、各国と良い繋がりを作り、ブランド認知度を高めるのに良い方法です。

医療業界は規制業種であることから、規制当局から信頼されることは非常に重要です。今回のレムデシビル供給により、新興国における規制当局との繋がりを強める効果があると考えられます。

他銘柄への影響

ギリアドのレムデシビルの価格は、今後出てくる治療法の価格に影響します。言い換えれば、各国がレムデシビルの価格を基準に考えます。

実際、ギリアドのレムデシビルの価格はかなり抑え気味であり、重症者向けに効果があるというデータが出てきたdexamethasoneも非常に安価です。

今後治療法が出てきた時にはこの2つの薬の組み合わせよりも有効であり、かつコスト便益に優れていることを示す必要が出てきますが、これは現在治療法を開発している企業にとってはあまり良いニュースではありません。

高い価格を提示した時に社会的な批判が出る可能性が高いため、新型コロナ関連の売上予想を押し下げる要因になります。

一方、ワクチンについては、そもそもカテゴリーが違うため、あまり影響はないと考えられます。

まとめ

以上のように、ギリアドは「いかにレムデシビルの利益を最大化するか」というよりは、「中長期的にギリアドとしてビジネスを拡大していくために、いかにレムデシビルを使うか」を考えて、値付けを行ったように見えます。

これは戦略的に正しいと思います。株式市場もこの価格を正しいと捉えたようで、株価は横ばいです。

幸か不幸か、新型コロナの感染は衰える様子がなく、特にアメリカでは1日に40,000人を超える新規感染者が続いています。

worldometersより

このまま感染がおさまらなければ、アメリカ国民にとっては悲劇ですが、ギリアドにとってはレムデシビルの需要が増え、売上増に繋がりそうです。

ギリアド(GILD)についてより知りたい方はこちらをどうぞ。

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ギリアド (GILD) – レムデシビルで注目を浴びるバイオ製薬会社

ギリアド・サイエンシズは新型コロナの治療薬候補として「レムデシビル」を持つことで、注目を浴びている企業です。

今回はギリアドについて分析していきたいと思います。この記事を読むと、製薬会社のビジネスモデル、ギリアド・サイエンシズのビジネス、新型コロナ向けの治療薬開発の進捗、についてわかります。

製薬会社のビジネスモデル

まず、製薬会社のビジネスモデルについて簡単に説明します。

製薬会社も製品(医薬品)の開発・生産・販売、をする点は他の業種のメーカーと同じです。一方、大きく違うのはその製品開発の特殊性です。

医薬品の開発には、長い年月と多額の費用がかかります。

医薬品は安全かつ有効な製品が求められるため、ほぼ全ての先進国で規制当局による販売規制がされています。販売するためには、規制当局の承認を得る必要があり、そのためには開発段階ごとに安全性・有効性を示すデータを提示しなければなりません。

具体的には、薬を作用させる対象を決めた後に、コンピューター上でのシミュレーション、実験室での実験、動物での治験、人間での治験(通常、安全性を見る第一段階、安全性・有効性をみて用法・用量を決める第二段階、最終的に大規模な試験を行って安全性・有効性を確かめる第三段階の三段階)、規制当局への認証申請、保険償還申請、のプロセスを経る必要があり、通常10年以上かかります。

薬の候補となる物質を研究者が見つけて、そこに社内で予算がつくのは数%。人での臨床試験までたどり着くのがさらにそこから数%。人での臨床試験(治験)段階まで進んだとしても、薬として製品化されるまで行くのはわずか12%と、8候補薬あってようやく1つが世に出る割合です。

候補となる物質から考えると、万に一つの世界です。加えて、薬として製品化された後も安全性・有効性についてモニタリングを行う必要があり、このモニタリングにも多額の費用がかかります。

複数のプロジェクトを走らせて、ようやく一つがモノになるような製品の性質上、一つの製品を開発・販売するのにかかる金額は平均$2.6b (約2,800億円)、販売後のモニタリングで$0.3mで合計約$3b (約3,300億円)かかると推定されています。10年間でこの数字は倍以上になりました。新薬の開発がそれだけ難しくなってきているからです(Joseph (2016) “Innovation in the pharmaceutical industry:New estimates of R&D costs”, Journal of Health Economics 2016)。

これだけの費用をかけて開発する医薬品ですので、他社が開発をせずに「ただ乗り」することを防ぐよう、特許による法的な保護が行われています。米国の例では、特許出願時から20年です。つまり、「その間は独占的に販売をしていいよ」、という政府からのお墨付きです。

製薬会社は「既存の製品で稼ぐことで、将来に向けての研究開発費を捻出し、自社開発または他社の買収・他社との提携を通じて、新たな製品を獲得して世に出すことでまた稼ぎ、将来への投資にあてていく」というビジネスになります。

そのため、大手製薬企業の財務を単年度で見ると、営業利益率は非常に高い一方、「研究開発費」も高い水準になります。

下のギリアドの例では、2019年の粗利益率が84%と高い一方、研究開発費(R&D)は$3.77bと17%近くであり、非常に高くなっています。

Gilead Financial Highlights 2018 vs 2019

また、その製品の性質から、買収と提携が非常に多く、ニュースを賑わす業界でもあります。

一方、特許が切れたあとは他社も参入できるようになり、一般的に特許が切れた後のその薬の価格は大きく落ちます。

「ジェネリック」医薬品という言葉を聞いたことがあると思います。これは特許が切れた後、開発元でない企業が同じ成分の薬を生産して販売している医薬品のことを言います。

米国ではジェネリック医薬品が市場に入ると値崩れすることに加え、シェアも奪われるため、「いかに特許期間を長くするか」、「いかにジェネリックが入ってこられないようにするか・入るのを遅らせるか」が製薬企業の既存の製品ポートフォリオ管理において重要になります。

バイオ医薬品

「バイオ医薬品」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。ギリアドはこの分野で強みを持つ企業です。

ざっくりと言えば、バイオ医薬品以前の薬は、化学物質を合成することで製造する薬です(低分子医薬品)。化学物質と化学物質を「ねるねるねるねして作る」と想像すると、わかりやすいかもしれません。生産プロセスの管理がしやすく、大量生産に適しています。僕らが日常飲んでいる薬は、ほとんどこのカテゴリーです。

一方、「バイオ医薬品」は特定のタンパク質を生物に生産させることで得られる医薬品です。目的のタンパク質の情報が含まれた遺伝子を細胞(大腸菌、酵母、動物など)に導入し、その細胞を培養し、タンパク質を作らせて、その後に特定のタンパク質だけを抽出し、精製し、薬剤とします。

要は、バイオ医薬品は、他の生物に薬を作ってもらうという点で、ヒトが化学物質を合成して作る低分子医薬品と異なっています。

バイオ医薬品は、一般的に化学合成で作られる低分子医薬品よりも製造の難易度が高く、手間もかかります。治験で人に効果が出るタンパク質を特定できた、けれど製造がどうにもならない・・・ということも頻繁に起こります。

そのため、バイオ医薬品の開発・生産は専門性が高く、限られた大手製薬会社しか生産まで含めてできない分野です。また、バイオ医薬品は高価であることも多く、現在の新薬開発の主流になってきています。

IQVIAが2019年に発表したレポートによると、全世界のトップ100のうちバイオ医薬品は41品目で、低分子医薬品は59品目。売上で見るとバイオ医薬品が低分子医薬品を上回りました。低分子医薬品の大型製品が特許切れで売上が減少するのに対し、バイオ医薬品はまだ特許が残っている製品が多く、バイオ医薬品の製薬全体に占める割合は年々上昇していっています。

また、バイオ医薬品は「再生医療」や後述する「細胞療法」など新たな治療法が生まれてきており、発展著しい分野です。

ギリアドのコアビジネス

ギリアドはバイオ製薬会社であり、主にHIV向けの薬とC型肝炎向けの薬(HCV)に強みを持っています。もう一度2018/2019年の売上を見てみましょう。売上の70%以上がHIV向けで、15%程度がC型肝炎向けです。Yescartaという新規事業が2%程度、その他が10%程度です。

Gilead Financial Report 2018 vs 2019

特にHIV向けの薬はシェアが高く、アメリカではシェア上位の薬を独占し、シェアNo.1。欧州でも高いシェアを誇ります。
C型肝炎ビジネスもソバルディ・ハーボニーという優れた製品を保有し、アメリカでは60%近いシェア、欧州でも高いシェアを持ちます。

C型肝炎ビジネスの売上が急激に減少しているのは、競合がいることもありますが、この薬が「効きすぎる」ためでもあります

実際、ギリアドの売上はこの薬の爆発的なヒットのため、2010年代中盤にピークを迎えました。

下の図のように、ギリアドのビジネスは「HIV向け」が順調に毎年伸びる一方、C型肝炎向けのビジネスは急速に伸びた後、急激に失速しています。なぜでしょうか?C型肝炎は、インターフェロンという体の中でも作られるタンパク質を注射することでC型肝炎ウイルスの排除を行う治療が以前までの標準治療でした。こちらはC型肝炎の種類にもよりますが、完治率は低く、治療期間も長いため、多くの患者さんが新しい薬を待ち望んでいました。

それに対し、ハーボニー・ソバルディは完治率が非常に高く、さらに治療期間も短い、という患者さんにとっては福音でした。そして、瞬く間にシェアを得て、これらの薬は普及しました。これがC型肝炎向けビジネスが爆発的に伸びた理由です。

結果、何が起きたのでしょうか? ハーボニー・ソバルディが必要な患者さんが激減したのです。高血圧や糖尿病などの生活習慣病であれば、ずっと薬を飲み続けるため、患者さんが生きている間は需要が見込めます。一方、画期的な新薬で患者さんが完治すると、患者さんはいなくなります。

つまり、発売されて数年が経つと、既存のC型肝炎で苦しんでハーボニー・ソバルディが必要となる患者さんが激減し、薬の需要が新規でC型肝炎にかかる人のみになってしまいます。当然、対象となる患者さんが少なければ売上も落ちます。C型肝炎向けのビジネスは年20%以上の勢いで減少していますが、これは薬の競争力が落ちているわけではなく、そもそも需要が減っているためです。

一方、HIV向けの商品は、HIV患者はHIVの発症を抑えるために薬を飲み続けなければならないため、既存の患者さんは薬を飲み続け、新規の患者さんもギリアドの薬を飲むことになります。つまり、売上は積み上げ式になり、患者さんが生存し続ける限り、増えていきます。事実、HIV向けの製品の売上は順調に増加を続けています。

画期的な新薬は必ずしも長期的なビジネス的成功につながらない、というのは古くからある製薬ビジネスのジレンマです。継続的に飲み続けられる生活習慣病や、患者数が多く再発率も高いガン治療向けの開発プロジェクトが多いのはそういう背景もあります。

HIVやHCVと並んでいるYescartaは「細胞療法」と呼ばれる新しい治療法であり、FDAから認可を受けたのは2017年。まだまだ薬としてのライフサイクルが始まったばかりの薬です。ギリアドはこの技術と製品を持つKite Pharmaという企業を2017年に1兆円以上の金額で買収しました($11.9b)。

現在はほぼ同時期に認証を受けたノバルティスのKymriahとギリアドのYescartaの2つがFDAより商品として認可されています。

細胞療法は生産が非常に難しく、現在は適応も限られている(=使うことができる患者さんが限られている)ため、ほぼノバルティスとギリアドが寡占状態になる可能性が高いです。先行者利益が取りやすく、より多くの病気に適応できるようであれば市場も拡大するため、将来が期待できる事業です。

以上のように、ギリアドは堅いコアの事業(HIV、C型肝炎)と細胞療法(例: Yescarta)というバイオ製薬の中でも新しい分野を既存製品として持っています

C型肝炎のビジネスの下げ止まりが見えていないこと、その他事業(B型肝炎向け治療薬など)が減益傾向にあることから、HIVとYescartaの成長と相殺され、しばらくは売上は横ばいでしょうが、商品の競争力があることと主要製品の特許期間もまだ余裕があるので、当面大崩れはしなさそうです。

ギリアドの開発パイプライン

ギリアドの開発パイプライン

「製薬会社のビジネス」で述べたように、製薬会社のビジネスは今の既存の薬が特許で保護されているうちに稼ぎ、次の新薬を育てる、のが基本的な経営方法です。ギリアドは自社開発に加え、買収や提携で開発のパイプラインを拡充しています。

ギリアドは強みを持つ感染症向け(主にHIV)に加えて、炎症性疾患(リウマチなど)、繊維性疾患、ガン向けに注力する方針です。感染症向けは主に現在のHIV向け製品のポートフォリオ強化でより現在の地位を盤石にするためであり、ガン向けは主にKiteが担います。

「製薬会社のビジネスモデル」の項でも述べたように、臨床試験に入った薬でも販売までたどり着くのが8つに1つの世界です。炎症性疾患、ガンともに市場が大きいので良い治験結果が出る商品が出せれば大きな可能性がありますが、製薬につきものの運頼みです。

また、炎症性疾患、ガン向けともに競争が激しい分野なので、臨床試験での有効性に注目です。

レムデシビル (Remdesivir)

レムデシビルは抗ウイルス剤として新型コロナにかかった患者さんに一定の効果がみられたため、注目されています。現在は、日本では新型コロナの重症患者向けの承認を受けており、米国ではEmergency Use Authorization(一時的な許可)を得ています。

レムデシビルについて、現在の治験結果からわかっていることは以下です。

  • 中程度の患者に対して、5日間処方すれば、標準治療よりも65%高い確率で患者さんがより良い状態となる (SIMPLE trial)
  • 5日間の処方も、10日間の処方も、統計的に有意な差は生じていない(SIMPLE Trial)
  • 重症者に対して、レムデシビルは死亡率を改善はしないが、平均4日間入院期間を短縮できる(NIAID study)
  • 標準治療と比較して、統計的に有意な重篤な副作用は観察されなかった (SIMPLE Trial)

これまでに行われたランダム化された臨床試験結果から見るに、レムデシビルは決定的に効果的な治療薬ではなく、「ないよりはマシ」な薬です。中程度の患者さんを良くする可能性が高まること、入院期間を短縮できること、のどちらも患者さん、病院にとって価値があります。重篤な副作用がみられなかったことから、現時点では安全性についてもクリアしているように見えます。

一方、現時点で得られているデータは数ヶ月後、1年後などにフォローアップが行われたものではなく、あくまでも速報であり、かつ数百人程度の小さいサンプル数から得られたデータであるため、今後大規模に使用されたときに副作用が報告される可能性は残っています。

現在、治療薬ではdexamethasoneが「重篤な患者」の死亡率を改善させる、とイギリスの治験から発表が出ています(WHO News)。これは非常に良いニュースですが、「重篤な」状態に至る前に治療する方が望ましいため、中程度の患者さんに処方することでメリットのあるレムデシビルの必要性は残ります。

第三段階のさらなるフォローアップの結果、他の治療薬の開発進捗次第(ファビビラデル(アラガン)など含む)ではありますが、速報と同程度の有効性と安全性が観察されれば、薬として米国、欧州、日本で中程度の新型コロナの患者さん向けに認証される可能性は高いのではないかと考えられます。

価格は先進国の政府向けで5日間の治療で$2,340、民間向けで$3,120と発表されました。コスト便益分析からは$4,000程度が妥当と言われていたので、批判が出にくいよう、かなり価格を抑えた印象です。新興国向けには異なる価格が適用されます。

まだまだ新型コロナは収束時期が見えておらず、今後新型コロナで中程度と診断される人の数の推定は難しいです。過去6ヶ月で世界の感染者は1,000万人、死亡者は50万人を超えました。

仮に先進国、米国民間向けに年間100万人分を平均$3,000で販売したとすると、

100万人 x $3,000 = $3b (3,300億円)と、現在の売上を15%増やす計算になります。価格を抑えているので粗利益率はそこまで高くないかもしれませんが、純利益ベースでも10%程度は増えてもおかしくないかと。

また、将来の可能性として、現在のレムデシビルの投与は点滴方式ですが、ギリアドはレムデシビルの吸引型の治験をはじめました。仮に吸引型で効果が出るならば、軽症の患者さん向けにも処方しやすくなるため、よりビジネスとしての可能性が広がります。

通常の治療薬、ワクチンの開発には10年以上かかることがざらであること、治験に進んだ治療薬・ワクチンであっても有効性・安全性を兼ね備えて認証される製品は10%台であること、を考えると、夏が過ぎても「レムデシビル」のみが唯一の選択肢になる事態も十分に考えられます

ワクチン、他の治療薬の治験結果があまりよくないと、世界中でレムデシビルの需要が突発的に増加する可能性があります。

ギリアドの株価

ギリアドの株価は現在$75程度で、年初の$65から15%程度上昇しています。

元々のビジネスが安定しており、かつ大きい分、コロナ関連のニュースによる株価の変動幅はワクチンで注目されているModernaやBioNtechなどと比べると小さくなっています(これらの企業の売上はほぼ0で、ワクチンの行方に売上がより大きく左右されるため)。

配当は直近四半期で$0.68となっており、配当利回りでも3.7%と高めです。2019年のEPSは$4.22で、PERは18程度。

ギリアドは、バイオ製薬企業としても、新型コロナに関連した銘柄としても、注目すると面白い企業かと思います。

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モデルナ (Moderna: MRNA) 新型コロナワクチンの先駆者

新型コロナ感染者数拡大とFRBの暗い経済の見通しから、今週ダウが史上4番目の下落をしました。新型コロナが市場を左右する状態はまだ終わっておらず、ワクチン・治療薬への期待が高まっています。

今回は世界でのワクチンの進捗と、ワクチン開発の先頭を走るModerna(モデルナ)について書きたいと思います。

新型コロナのワクチンの進捗

新型コロナに向けたワクチンは現在、100以上の候補の研究が行われています。

しかし、人に対して臨床試験が行われているのは数えるほどしかありません。代表的なのは下記の10のワクチン候補です。

参照:Mullard (2020) “COVID-19 vaccine development pipeline gears up”, THE LANCET

通常、製薬は10年かかることも珍しくないプロセスです。

製薬の臨床試験について、ざっくりと説明すると、動物において安全性(副作用が出ないか)と有効性(病気の治療に効果的か)を確認した後に、人での治験に入ります。フェーズ1 -> フェーズ2 -> フェーズ3、と通常は3段階の試験を行い、安全性と有効性を調べられます。

フェーズが進めば進むほど、治験は大規模になっていきます。

新型コロナ向けの薬・ワクチンの場合、有効性が確認されている既存の薬・ワクチンがまだないため、「フェーズ3(Phase 3)で安全性と有効性が確認されれば、薬として認可される」と捉えてもらえればOKです(既に標準治療として薬がある場合には異なる審査基準になります)。

製薬・医療機器の製品開発についてより詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

[st-card myclass=”” id=792 label=”製品開発” pc_height=”” name=”” bgcolor=”” color=”” fontawesome=”” readmore=”on”]

Moderna(モデルナ)のワクチン進捗

新型コロナ向けワクチン開発の先頭を走るのはモデルナ(Moderna)です。政府からの受注も行っており、米国の官民合同ワクチン開発促進プロジェクトであるOperations Warp Speedにも選定されている企業の一つです。

モデルナは既にPhase 3までの計画を発表しており、ワクチン進捗では他の企業に先んじています。

Phase 1

モデルナは2月よりPhase 1の臨床試験を始め、5月に中間報告を行いました。

Phase 1では健康な18-55歳のグループに25ug、100ug、250ugを投与して、有効性と安全性を確かめました(各15人)。

Phase 1では100ugを二度投与した時にできた抗体のレベルが新型コロナ回復患者よりも上回っており、副作用は他のワクチンと同程度で許容できる範囲でした。

そのため、Phase 2へ進み、以降の試験では容量として100ugが選択されました。

Phase 2

現在、Phase 2の試験が進捗しています。試験の枠組みは以下です。

  • 600人(300人の18-55歳のグループ、300人の55歳以上のグループ)
  • ランダム化試験。対照群にはプラシーボ(偽薬)
  • 50ug、100ugを2度投与 (28日間の間隔をあける)
  • 2度目の投与後から1年後に抗体のレベルを検査
  • エンドポイント(薬として「使える」かの指標)は1年後の有効性と安全性

こちらは結果が出るのは一年後です。

Phase 3

モデルナは6月11日に7月より、最終段階であるPhase 3の臨床試験を行うと発表しました (Moderna Press Release)。

発表の主な要点は下記です。

  • Phase 3の臨床試験の枠組みをFDA(Food and Drug Administration – 米の薬・医療機器の審査機関です)と合意。NIAID(National Institute of Allergy and Infectious Diseases – 米の政府機関です)のサポートを得ながら進める
  • Phase 3はランダム化試験、USの患者30,000人が対象
  • 対照群はプラシーボ。主要なエンドポイント(効果があるかどうかを判断する測定基準)は症候性のCOVID-19を防げるかどうか。第ニのエンドポイントは、深刻な症候性のCOVID-19を防げるかどうか
  • イベント・ドリブン分析(イベント=新型コロナにかかるかどうか)
  • 容量は100ugを2度投与
  • 年間5億人分のワクチンを生産する準備を進めている。Lonzaと提携して、2021年には10億人分まで生産を拡大できる可能性がある
  • BARDA(Biomedical Advanced Research and Development Authority)より試験や製造設備拡大のための資金援助を受ける

Phase 3では、Phase 2のように「ワクチン摂取後◯年後、◯ヶ月後にどれくらいの被験者が抗体を維持しているのか」を見るのではなく、「ワクチン摂取後に何%の被験者がどの段階で新型コロナにかかったか」を分析するイベント・ドリブン手法が取り入れられています。

そのため、Phase 3の結果は中間報告として1年経たずに発表されると考えられます。

モデルナのワクチン開発の進捗

このフェーズの進め方は、異例の早さです。

臨床試験には多額の投資が必要となることに加え、FDAの枠組みへの同意が必要となります。また、治験への登録者を集めるにも時間が必要となります。

通常はPhase 1の臨床試験結果の最終データをみ見てから、結果がよければFDAがPhase 2の計画承認。Phase 2の結果をみてから、結果がよければFDAがPhase 3の計画承認、と順に進捗させていきます。

それに対して、今回の例ではほぼPhase 1、2、3を同時並行で進めています。

これは、それだけ事態が深刻なため、

  • FDAが中間データでも次のステップに進めることを認めている
  • NIHが治験に協力をして、治験者登録をスムーズにしている
  • BARDAが治験の投資費用への援助を行うことで、投資リスクを減らしている

ことが大きな理由です。結果がわかる前から既に5億人分のワクチン製造能力に投資することは、普通の企業は取れない大きなリスクですが、BARDAの援助がそのリスクを大きく減らしています。

モデルナのワクチン候補は、「Operations Warp Speedに採択され、BARDAが資金を援助し、NIHが治験に協力を行い、FDAよりFast Track Designation(優先され、より短期間で審査される)の認可を得ている」、とアメリカが国として全力でサポートしています

モデルナは国策として応援されている企業、とも言えるでしょう。

モデルナの株価

新型コロナ向けワクチンの先駆者となる期待から、モデルナの株価は年初の$20の3倍以上の$60前後で推移しています

モデルナの株価はPhase 1の臨床試験の中間報告内容がよかった、というニュースを受けて$80をつけました。この時が今年に入ってからの最高値で、その後は$60前後で推移しています。

6月12日にはワクチンのマウスでの実験で効果が見られたという発表があり、株価は再び3%上昇しました。時価総額は既に2兆5000億円($24b)を超えています。

モデルナの株価推移

しかしながら、モデルナ自体は、まだ製品をローンチする前の会社です。直近の四半期の売上はわずか約8億円($8m)で赤字が130億円です。

モデルナの2020年第一四半期の業績

現在のキャッシュフローと新型コロナ向けワクチン以外のパイプラインだけでは正当化できない水準まで株価が上昇しています。

この企業の株価がどうなるかは、まさしく新型コロナのワクチンが成功するか否か次第でしょう。

今後は、

  • Phase 1、2の中間結果
  • Phase 3の進捗と結果(数ヶ月後に結果報告がされる可能性が高いです)
  • 新型コロナがどれだけ長引くか

が株価の材料になりそうです。

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コロナ後の世界を感染症の歴史から考える

米国株価は3月の底値から折り返し、年初から-13%まで急速に回復しました。背景にはロックダウンの解除と治療薬・ワクチンの開発の進展、再度の感染拡大リスクが低いと見積もられていることがあり、依然として新型コロナウイルスに左右される相場が続いています。

人類は過去にも世界規模の感染症を何度も経験してきています。歴史的な視点から、今後どのような展開になるかを考えてみましょう。

人類の歴史は感染症との戦いであった

人類の歴史は感染症との戦いの歴史でした。ハンセン病、コレラ、天然痘など現在でも知られている感染症は過去に世界で大流行し、多くの人の命を奪っています。

具体的には、13世紀にハンセン病、14世紀にペスト、15世紀に梅毒、17-18世紀に天然痘、19世紀にコレラと結核、20世記にインフルエンザとエイズ、そして21世紀には今回の新型コロナウイルス、が世界的に流行しました。

背景にあるのは、以下の3つです。

  • 人口が都市へ集中するようになり人口の密集度が上がったこと
  • 家畜化により動物との接触機会が増えて動物由来のウイルスが人に感染するようになったこと
  • 交通機関の発達により人が大陸を越えて移動するようになったこと

具体例を一つあげれば、クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を発見して以来、アステカ帝国はヨーロッパより持ち込まれた天然痘・麻疹・チフスにより壊滅状態に追い込まれ、滅亡しました。

アステカ王国は数十万人を超える人がいたのに対し、船で人を運んでこなければならず、圧倒的な数の不利があったスペインが新大陸を制覇できたのは、感染症を有効利用したためです。

また、感染症は戦争や飢饉など、衛生状態が悪化したときにも急速に広まり、非戦闘員を含めて命を奪ってきました。感染症は、戦争や天災を上回り、人類の歴史上、最も人の命を奪ってきた要因です

人類は対抗策をとってきた

人類もただ手をこまねいてきたわけではありません。

上下水道の整備はその最たる例です。上水道の整備は、水を媒介して感染する病気を防いできました(寄生虫、コレラ、赤痢、チフスなど消化器系の感染症)。

上下水道が整備される前は、排泄物を川に流し、その水が飲み水として使われていたため、排泄物を通じて感染が広まっていました。

飲み水と下水を分けることにより、感染症の広がりを抑えることができたことに加え、1800年代には水を浄化するということができるようになり、先進国では安全で清潔な水を手に入れました。

また、人類は医学・疫学を発達させ、薬やワクチンを発明してきました。現代に生きる私たちは当たり前に感じてしまいますが、200年前には病気にかかっても、抗生物質もなければ、抗ウイルス剤もない世の中です。ワクチンもありません。

どうして疫病が流行るのかすらわからないため多くの場合、感染症はかかるもので、生き残れるかは運次第で、個人の免疫と自然治癒力に頼るしかありませんでした。感染症にかかることは、文字通り命がけでした。

疫学の発展により、いかに感染が広がるかがわかったことは大きな進歩です。特に石鹸を用いての手洗いや身体を清潔に保つことは、多くの感染症の広まりを抑えました。

また、医療インフラの整備により医療へのアクセスが向上したこと、緑の革命により食糧生産が増加して食べ物が行き渡るようになって栄養状態が向上したこと、も感染症への抵抗力をあげることに貢献しています。

科学の発展により、新たな感染症が見つかったとしても、「発見し、隔離し、治療し、予防する」スピードが早くなりました。

  • 上水道の整理
  • 医学の発展(抗生物質、抗ウイルス剤)
  • ワクチンの接種
  • 疫学の発展
  • 医療インフラの整備
  • 衛生状態・栄養の向上

により人類は感染症の影響をかなりの程度抑えることに成功してきました。

例えば、天然痘は17-18世紀に中南米の人口を80%以上減らした人類への脅威ですが、WHOが1958年に根絶計画の決議をとって以来、治療法とワクチンの普及により、わずか22年でこの世界から根絶することに成功しました。

ポリオなどの小児がかかる重い感染症も、ワクチンが普及した結果、根絶に近づきつつあります。

終わりなき戦い

しかし、人類と感染症は終わりなき戦いを続けることになります。なぜなら、細菌・ウイルスは変異し、形を変えて襲いかかってくるためです。

例えば、馴染みの深いインフルエンザですが、定期的にワクチンを打つことが一般的です。これはその年により、流行るウイルスのタイプが異なるためです。ウイルスは細菌よりも変異の速度が早く、数ヶ月で既存の薬が効かなくなることもあります。

よって全ての感染症を、天然痘のように、根絶できるわけではありません。

また、野生動物は様々なウイルスを体内に保っており、それらが変異し、ヒトに感染することもあります。

例えば、SARSやエボラ出血熱はコウモリ由来と言われています。ヒトがコウモリを食べて、感染。そこからさらに他のヒトに感染、と感染の輪が広がっていきました。

家畜や生きた動物を扱うマーケットから、変異したウイルスを受けとることで、新たな感染症が広まることは過去20年でも何度か起きていますし(SARS、MERS、エボラ出血熱)、新型コロナも動物由来と言われています。

この終わりなき戦いは、私たちが生きている間にも、広まりの程度の差はあれ(ある地域で止まるか、全世界的に広まるか)、続くことでしょう。

新型コロナ後の世界

新型コロナは感染症の恐ろしさを人類に再び知らしめました。現在、モデルナ(Moderna)、バイオンテック(BioNTech)、ジョンソンアンドジョンソン(J&J)をはじめとしてワクチンの開発が急速に進んでいます。また、治療薬もギリアドのレムデシビルが入院期間を短縮する効果を示したたことに加え、多くの治験が行われています。

仮に、全てがうまくいったとしましょう。全てがうまくいく、というのは下記のようにワクチンと治療薬が発見、生産、分配されることを意味します。

  • ワクチンが安全性、有効性を示す
  • ワクチンが十分な量生産される
  • ワクチンが人々に行き渡る
  • 安全で、有効性が高い治療薬が発見される
  • 治療薬が十分な量生産される
  • 治療薬が人々に行き渡る

この条件が満たされて、初めて国際的な人の移動が元に戻ります。逆に言えば、この条件が満たされなければ、国ごとにどの国からなら人を受け入れることができるか、などという制限が設けられ、空の移動にも感染を防ぐための対策が持ち込まれる可能性が高いです。

ワクチンの普及速度を考えても、この制限は一定規模で数年間続き、来年東京で開かれる予定のオリンピックにも影響が出る可能性は高いです。つまり、航空会社、インバウンドを主なお客にしているビジネス、オリンピック需要をあてにしているビジネス、はこの先2年間はコロナ前の水準まで戻れない可能性が高いでしょう。

加えて、変異によりワクチン・治療薬が効かなくなること、新たな感染症が生まれてくることもリスクです。

今後、大勢のヒトが集まることで成り立つビジネスに投資をする際には(テーマパーク、空港、公共交通機関など)、このリスクが意識されるようになり、株価の重荷や特に借入金や社債の利率に影響が出てくると考えられます。

もしかしたら、多くの人と接触しない余暇がブームになるかもしれません(キャンプなど)。

安全保障の観点からは、今回の新型コロナは生物兵器の有効さとウイルスの脅威を示しました。ウイルスの研究は、核兵器について研究するよりも意図が見抜かれにくいです。感染力があり、重症化率の高いウイルスが大国の経済を破壊できるだけの力を持つことは、小国であっても、感染兵器を製造することで大国と交渉できるカードになり得ることを意味します。

歴史においても、感染症は相手の戦力を弱めるために使われてきました(天然痘など)。今後は、相手の国力を削ぐ、または抑止力として選択肢に入れる国が増えると考えられます。

同時に、各国ともに自国にウイルスが持ち込まれた時に対応できるような能力を持とうとする動きが出るでしょう。ワクチンの開発・製造、製薬の開発・製造について、国内企業を優遇、または育成しようとする国が増えると予想されます。

加えて、今回のマスクやPPE (Personal Protective Equipment)の不足は、医療物資を他国に依存することのリスクを顕在化させました。こちらもワクチン・製薬と同様に、医療用途の消耗品・医療機器についての産業育成に国が投資をする動機になるのではないかと思います。

実際にアメリカは自国に優先して薬が回るように他国の製薬会社に働きかけを行ったり、自国の製薬会社にアメリカ向けを優先するようにしむけています。ワクチン・治療薬を用いた外交はすでに始まっています。

まとめますと

  • ヒトが大勢集まることで成立するビジネスのリスクが高い状態が数年は続く(ショッピングセンター、テーマパーク、交通機関など)。借入金や債券の高い利率といった形でリスクが織り込まれる。
  • 製薬・医療機器は国策として重要となってくるため、国が何らかの産業保護または産業振興の政策を打つことが予想される。
  • 製薬・ワクチンが外交の道具としてみなされるようになる。

大きな流れで見ると、今回の感染症はヘルスケアメーカーにとって、一つの転機になるかもしれません。

参考図書:石弘之 『感染症の世界史』 洋泉社 2014

米国の医療事情についてより知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

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米国の史上最大の景気対策は、経済を救えるのか?

6週間で3,000万人が失業給付の申請をした米国ですが、経済を救うために、政府・議会が「史上最大」の景気対策を取っています。この景気対策は、米国経済を救えるのでしょうか?

この記事を読むと、米国経済の現状の理解が深まると同時に、影響の大きい産業と小さい産業もわかり、投資にも役立つ可能性があります。

失業率の急上昇

米国では6週間で3,000万人が失業給付の申請を行いました。4月23日(木)に発表された新規失業申請の件数は440万人、4月30日(木)発表の数字は384万人。伸びは鈍化してきていますが、依然として高い水準です。

Jobless Claim Chart from BBC

米国で16歳以上の就労可能な人口の数は2億6000万人。労働者の数は、2月末の時点で約1億6,500万人で、労働参加率は63%、失業率は3.5%でした。

米国の失業のデータはUS Bureau of Labor Statisticsが毎月、月の始めに出しています。4月のレポートによると、3月末の就業者数は1億5570万人で300万人減少。失業者数は710万人で、150万人増加。失業率は前月から0.9%上昇して、4.4%でした。

TOTAL Feb.
2020
Mar.
2020
Mar – Feb
Civilian noninstitutional population 259,628 259,758 130
Civilian labor force 164,546 162,913 -1,633
Participation rate 63.4 62.7
Employed 158,759 155,772 -2,987
Employment-population ratio 61.1 60
Unemployed 5,787 7,140 1,353
Unemployment rate 3.5% 4.4%
Not in labor force 95,082 96,845 1,763
Persons who currently want a job 4,962 5,5

3月末からの6週間での新規失業申請は3,000万人。2月末の失業者数と合わせると、3,500万人。つまり、現在は、就労可能な人の約5人に1人が失業給付を受け取っている計算になります。

想像してみてください。単純計算で友人同士で5人集まると、1人が失業しているのです。

どこの産業がもっとも影響を受けているでしょうか?

特に旅行、レジャー、レストラン業界(Leisure and Hospitality)はほぼ壊滅状態です。3月の時点で20%の人が失業しました。下の表のように、3月の時点で、46万人がこの業界で職を失っています(U.S. Bureau of Labour Statisticsより)

業界 2020 MAR(1000人) 割合 3月の変化 (1000人)
Mining and logging 708 0% -7
Construction 7,605 5% -29
Manufacturing 12,839 9% -18
Trade, transportation, and utilities 27,781 19% -49
Information 2,899 2% 2
Financial activities 8,853 6% -1
Professional and business services 21,507 14% -52
Education and health services 24,523 16% -76
Leisure and hospitality 16,393 11% -459
Other services 5,919 4% -24
Government 22,759 15% 12

失業は労働者の観点からすると、収入、精神の健康面で問題ですが、国家の観点から見ても大きな問題です。

GDPは「労働可能な人口 x 労働参加率 x 生産性」で計算されます。

失業が増えると、労働参加率が減ります。つまり、GDPは減少します。

また、失業が長引くと、その人は価値を社会に生み出す機会を失います。何割かの人は諦めて労働市場から出て行ってしまい、社会福祉に頼ることになります。よって、GDPを短期的のみならず、長期的に押し下げるとともに、財政的にも負担になります。

そのため、国家運営の観点からすると、出来るだけ労働者が雇用されている状態を維持したく、失業者には一刻も早く職場に戻って欲しい、という動機があります。実際、米国の財政政策はこの2点を目標にして、巨額の支出を行なっています。

米国の第一四半期のGDP

外出禁止令が発令されたのは3月中盤からであり、第一四半期への影響は限られます。それでも米国の実質GDPは年率換算で4.8%の減少となりました。

前期が年率2.1%の成長だったことを考えると、大きな落ち込みです(出典:BEA “Gross Domestic Product, 1st Quarter 2020”

US 2020Q1 GDP

GDPは個人消費、設備投資、政府支出、純輸出、の4つに大きく分けられます。

米国の第一四半期は、個人消費、設備投資が落ち込んでいます。一方、政府支出は1%の増加で、設備投資の減少分と相殺しています。

US GDP 2020Q1 vs 2019Q4

米国は個人消費の国です。個人消費がGDPの約70%を占め、投資と政府支出が20%弱で、輸入が輸出よりも多い国です。

もっと言えば、クレジットカードやローンで借金をして消費を増やしているという国です。消費が減少しているというのは、赤信号です。

また、米国はサービス業の国でもあります、個人消費の約2/3をサービスへの消費が占めます(残りは車や食料品などのモノへの消費)。

個人消費のサービスのうち、特に支出の割合が大きいのは家庭・公共サービスで消費に占める割合は19%、ヘルスケアへの支出は次いで17%です。

US GDP Service 2020Q1

セクターごとに見てみると、家庭・公共サービス、金融サービスが好調な一方、その他のサービス業は大きな影響を受けていることがわかります。

食事・宿泊などの産業で失業が増えているのも納得できる数字ですね。

外出禁止の影響がよりはっきりとしてくるのは次の第二四半期のデータです。経済への影響はどの程度と予測されているのでしょうか?

米国の2020年、2021年の経済の見通し

米国のCBO (Congressional Budget Office)が4月24日に第二四半期以降の経済の見通しを発表しています。

CBO Economic Outlook (CBO Press Releaseより)

CBOによると、第二四半期のGDPは11.8%の減少、第三四半期、第四四半期は5.4%、2.5%と回復していく、と予想されています。

現在の21.6兆ドルのGDPは第二四半期には19兆ドルと、20兆ドルを切ることが予想されています。CBOの予想によると、2021年末の時点でも、GDPは2020年の第一四半期の水準まで戻りません

つまり、それだけ今回のコロナウイルスの危機の爪痕は大きいということです。

失業率は第三四半期に16%になると予測されています

こちらは経済が再開し、現在失業給付を受給している3,500万人の人たちの一部が職場に復帰することを想定していると考えられます。具体的には、失業給付を受給している人の数が現在の3,500万人から、2,640万人まで約850万人減ることを予想しています

今回の失業をきっかけに、現在の労働者の5%にあたる800万人の人が、労働市場に戻るのを諦める、つまり「就職するのを諦める」、と予想されています。それに伴い、労働参加率も2月末の63%から60%まで落ちると予想されています。

先に述べたように、労働参加率が落ちることは、GDPの下押し要因になります。それでは、どのようにこの経済・雇用危機に対応するべきでしょうか?

米国の財政対策

未曾有の経済危機に対応するため、米国は次々と財政対策を打ち出しています。

CARES Act

最も大規模で包括的な財政政策は、3月末に成立したCARES Actです、

この法案は、$2.2tn (240兆円)の史上最大の景気対策法案であり、国民・企業・州政府・自治体が危機を乗り切るために、以下の対策が含まれています(出典: US Department of The Treasury

国民の生活を守るための施策

  • 大人1人あたり$1,200、子供1人あたり$500の小切手での給付(所得制限あり)
  • 失業した場合、13週間の間、週$600を連邦政府が追加で支払い(州の失業給付に加えて)
  • コロナウイルスの検査は無料。また治療も民間保険でカバーされる。

大切なことは、国民が生活を送れるようにすることです。生活費を補助するため、夫婦・子供2人の4人家族であれば、$3,400 (37万円)がもらえます。かなり多額のバラマキです。

また失業しても月に$2,400連邦政府からもらえ、加えて州からも失業給付が出ます。

州により失業給付の額は異なりますが、平均すると週$900程度(10万円)もらえるため、パートタイムで働いている人によっては失業中の方が収入が高くなるケースも多いです。

具体的には、労働者の平均の収入は3月末で週$980でした。上乗せされた失業給付はこの平均額を元に計算されているとのことですが、「平均」ということは多くの人が平均以下の週給であるため、働かずに週$900というのはかなり寛大な額です。

特に失業が多く発生している、ホスピタリティ、飲食は一般的に低賃金の職業です。新規失業申請を出している人の中には、働き続ける選択肢がありながらも、失業給付を受給した方が、自分の時間をもて、かつ収入もよくなるために申請をしている、という人も多数含まれていると考えられます。

中小企業向けの施策

  • Pay Check Protection Program: 従業員500人以下の中小企業向け。一定条件を満たせば、8週間分の従業員の給与を国が提供(ローンだが返済義務がなくなる)
  • Emergency Economic Injury Disaster Loan Program: コロナ危機で大きな影響を受けた500人以下の中小企業向け。返済不要の$10,000の支給
  • Employee Retention Credit: 従業員あたり$10,000まで、税金を減らすことができるクレジットが与えられる(ただし対象となる企業には条件がある)

中小企業向けの施策は「潰れないようにすること」、「雇用を維持すること」に重点が置かれています。

コロナ危機が落ち着いた後に経済活動が素早く再開できるよう、緊急でつなぎの融資が受けられるような仕組みも用意されています。

大企業、州・自体体への支援

  • 特定業界への支援(例: 航空業界への$25bの給与支払い支援)
  • 州・自治体への支援
  • 借り入れのプログラム
Morgan Stanleyの記事より

何がなんでも経済・産業を崩壊させない、という意思を感じる、大企業、州政府向けの支援の法案です。

加えてFRBが無制限の国債・社債の買取も行なっており、金融政策の面からも援護射撃を行い、企業が資金切れにならないようにしています。

追加の支援

4月24日に$484bn (52兆円)の景気対策が議会を通過しました(the Paycheck Protection Program and Health Care Enhancement Act)。

大部分の$320bnはPaycheck Protection Programの枠の増加です。

中小企業が殺到して、第三弾で用意した分がわずか13日で枯渇したため、今回の景気対策で枠が増加されました。

$60bnは農家向けのローンと補助金です。

$75bn (8,200億円)は病院へ、$25bnはコロナウイルスの検査の拡充に回されます。$25bnのうち、$11bnは州に回される予定です。

参考:The White House Press Release

さらに追加の支援

さらに$1tn (110兆円)規模の第五弾の景気対策が民主党と共和党で議論されています。財政難に喘ぐ州を連邦が救済すべきか、が焦点になっています。

財政赤字

Bloombergより

これらの大盤振る舞いの結果、すでに合意されている政策だけでも2020年だけで$3.8tn (410兆円-米国GDPの約18%)の赤字が見込まれています。

2020年末の米国の債務残高はGDPを超える101%となる見込みです

FRBが国債の無制限の買取を行なっているため、実質的に米国では政府が借金をして、中央銀行がドルを刷る状態になっています。ドルが刷られるということは、それだけ世の中にドルが溢れるということです。

「現在は非常時であり、財政赤字はこの危機を乗り切ってから考えれば良い」と米国議会は大幅な財政政策を党派を超えてスピード合意しています。

しかし、家計・企業・政府に積み上がる債務は消えるわけではありません。コロナ後に膨れ上がった債務をどうするかは将来に持ち越される課題です。

景気対策は十分か?

3.8bnの景気対策に加えて、さらに$1tn(110兆円)の追加の支援が追加されると、1年のうち、3ヶ月分のGDPに相当するほどの景気対策が打たれようとしています

異なる言い方をすれば、日本のGDPは$4.9trillionのため、追加の景気対策が実現すれば、米国の景気対策はほぼ日本一国分になる、とも言えます。

その大部分は雇用の維持、生活給付、雇用の維持を前提とした企業救済、に割かれています。これだけの財政支出を行なって国民の所得を保障しているため、国民の所得へのダメージはかなり緩和されており、消費が急激に減少することにはならないでしょう。

そのため、仮に第二四半期の企業活動がかなりストップしてしまっても、6月末までに経済活動をある程度正常化できれば、国民の生活や企業の経済活動へのダメージをかなり緩和できると考えられます。

副作用はないのか

財政政策は無からお金を取り出す打ち出の小づちではなく、「国債」の発行により賄われています。この国債は保有者に利子を支払う必要があるため、将来にわたり、歳出を増やすことに繋がります。

利子の支払いが増えるとどうなるでしょうか? 将来、さらにお金を借りて利子を返済するか、税金をあげて歳入を増やすか、あるいは社会福祉などに回していた歳出を減らす、などしなければならなくなります。

もちろん、現時点での危機を放置することで将来に影響が出るため、大切なのは現時点と将来のバランスです。

現在の危機を乗り越えるために国債発行を増やせば増やすほど、将来の課題も大きくなること、は忘れてはならない点でしょう。

また、FRBが投資適格でない企業の社債まで含めて購入するなど、相当の緩和を行なっているので、市場はお金であふれています。FRBがバキュームカーのように国債、社債、ローン担保の債権を購入しているため、FRBのバランスシートが急速に膨れ上がっています。

これだけの規模の緩和ですから、当然FRBが資産を減らそうとした時の舵取りが難しくなります。FRBが緩和を続ければ住宅などの資産価格のバブルを生む可能性が高まりますし、緩和が早ければ市場は動揺して荒れる可能性が高まります。

また、何かあってもFRBが最後には買ってくれるだろう、という安心感から、投資不適格な債券にまでお金が大量に流れており、市場が適切にリスクを価格に織り込んでいません。これはある種のモラルハザードであり、どこかで揺り戻しがある可能性もあります。

財政政策、金融政策ともに、今は非常時の対応として市場最大の打ち手を打っており、薬漬けの状態です。

お薬の副作用がどの程度か、お薬が切れたときにどんな反応が来るのか、には注意を払っておいたほうが良いでしょう。

まとめ

  • 現在、起きているのは未曾有の経済・雇用危機であり、国民の5人のうち1人が失業状態にある。
  • 第一四半期のGDPは前期比1%減だが、第二四半期は11.8%の減少が見込まれている。
  • 米国の経済は2021年末になっても、コロナ危機前の水準には戻らない見通し。
  • 経済への影響を緩和するため、史上最大の財政政策が取られている。追加緩和を含めると、ほぼ3ヶ月分の経済活動に当たる額を政府が支出し、経済を支えようとしている。
  • 一方、債務は積み上がっているため、今回の危機時に増えた政府・企業の債務は、危機の後に副作用を及ぼす可能性が高い。
  • 財政政策・金融政策ともに今は非常時の対応だが、バブルを生みかねない規模の緩和。緩和の出口に市場が荒れる可能性があることに注意。

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投資だけでなく、本業にも役立つ、分析まとめ

企業、業界、社会についての分析記事も30を超えました。「投資だけでなく、本業にも役立つ」という嬉しいフィードバックを様々な方からいただけましたので、これまでに書いた記事をまとめてみます。

お好きな記事をどうぞ。これらを読むことで、「そんな見方もあるのか」という発見や、「新しい投資の機会」を見つけることができるかもしれません。

株式投資

米国株投資の先行指標

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投資手法

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米国業界

航空機業界(ボーイング、エアバス)

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原油価格

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米国の社会

マクロ経済

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コロナがヘルスケアに与える影響

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米国のヘルスケア制度の概要

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米国個別株

GAFAM (Google, Amazon, Facebook, Apple, Microsoft)

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グーグル (Google)

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アマゾン (Amazon)

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フェイスブック (Facebook)

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ジョンソン・アンド・ジョンソン(Johnson and Johnson)

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ボーイング (Boeing)

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アリババ (Alibaba)

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日本個別株

ソフトバンクグループ

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三菱商事

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三井住友フィナンシャルグループ

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メガバンク(三菱UFJ、三井住友、みずほ)

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ホテルREIT

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インフラファンド

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日本の社会制度

MMT (現代貨幣理論)

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日本社会

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日本の財政

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企業分析・業界分析の方法

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コロナが米国ヘルスケア株に与える影響(病院・製薬・医療機器)

新型コロナウイルス(以下コロナ)の広まりは、米国の病院、製薬・医療機器メーカーの経営にも大きな影響を及ぼしています。今回はどうしてコロナがビジネスに影響を与えるのか、どの業種に被害が大きいのか、今後の見通し、について書いていきます。

どうしてコロナがビジネスに影響を与えるのか

一言でいうと、新型コロナウイルスが病院の資源を奪うからです。


コロナは感染力が強く、医療従事者が感染から身を守るための個人用保護具(PPE – Personal Protective Equipment)が必要となります。わかりやすい例でいうと、医療用マスクです。これらの保護具は手術においても使われるため、コロナに保護具が回されると、他の手術に影響が出ます。

また、コロナの患者は他の患者から隔離する必要があるため、個室対応が必要になります。また、重症化しやすく、かつ症状が出ている期間が長いこともあり、集中治療室を占有する期間も長くなります。

加えて、コロナの患者さんのケアのために、感染症専門医、呼吸器専門医だけでは足りず、その他の専門の医者まで動員、または待機状態にされている病院も数多くあります。

上記のように、コロナへの対応は病院の人・モノの資源を多く必要とするため、必然的にその他の手術や外来が制限されます。これにより、手術や外来により処方または使われる医薬品・医療機器の販売に影響が出ます。

また、病院にとって、コロナの患者は「儲かりません」。なぜかというと、ベッドを利用する時間が長く、病院の人・モノを多く要求するわりに、保険請求できる額が少ないためです。米国の場合、特に重症化しやすい高齢者はメディケアでカバーされており、一般的にメディケアの保険償還額は民間保険より低いことも要因の一つです。

加えて、米国の私立病院では手術に特化し、手術の回転率を上げることで稼いでいる病院が多いため、コロナで手術を延期せざるを得なくなるのは、売上にはかなりの痛手です。

実際、手術と外来の下落により、病院はナースなど医療従事者を一時解雇し始めています。すでに数千を超える医療従事者が一時解雇されました。

どの業種への影響が大きいのか

医療の世界では、治療の「ガイドライン」があり、多くの病院、医療関係者はそのガイドラインを参照しながら、治療方法を決めていきます。

アメリカのコロナへの対応については、Centers for Medicare and Medicaid Services(CMS – 高齢者用のメディケアと低所得者用のメディケイドを管轄している政府機関)が医療機関宛に向けて、ガイドラインを出しています。

具体的には、「不急の」手術を延期して、コロナにかかった患者の受け入れを優先することを促す内容です。延期の目的は、医療関係者を守るPPEをコロナ対策に回せるようにし、院内感染のリスクを減らすためです。

このガイドライン自体に強制力はありませんが、CMSは国の保険機関であり、病院からすれば支払いを行ってくれる相手でもあるため、医療機関はある程度従うと考えられます。

手術が必要な緊急度と感染のリスクに応じて、3つのTier(階層)に分かれています。

Tier 1は不急の手術で、延期が強く推奨されています。手根管症候群(Carpal tunnel)や白内障手術(Cataracts)、内視鏡検査(Colonoscopy, Endoscopies)がこのカテゴリに含まれています。

アメリカは世界一大きな医療産業をもつため、グローバル企業でこのカテゴリの製品を扱っている企業は少なからず影響を受けるでしょう。具体例をあげると、内視鏡(Endoscopy)はオリンパスが高いシェアをもつので、オリンパスの医療機器部門は第二四半期(4月-6月)で影響を受ける可能性が高いです

Tier 2は緊急ではない手術で、低リスクのガンや整形外科(股関節や膝の人工関節手術など)、泌尿器の手術などが当てはまります。

整形外科はJ&JやStrykerなどが強い分野です。Strykerはコロナによる手術の延期により、相当の影響を第二四半期で見込んでおり、通期の売上見通しを取り下げています。

Tier 3は緊急性の高い手術です。ガン手術、心臓に関わる手術、移植手術、足を切り落とさなければならなくなる病気の手術などがあたります。これらの手術は緊急性が高いため、延期される可能性が比較的低いと想定されます。

Tiers Action Definition Locations Examples
Tier 1a Postpone surgery/procedure Low acuity surgery/healthy patient
Outpatient surgery
Not life-threatening illness
HOPD*
ASC**
Hospital with low/no COVID-19 census
Carpal tunnel release
EGD
Colonoscopy
Cataracts
Tier 1b Postpone surgery/procedure Low acuity surgery/unhealthy patient HOPD
ASC
Hospital with low/no COVID-19 census
Endoscopies
Tier 2a Consider postponing surgery/procedure Intermediate acuity surgery/healthy patient
Not life-threatening but potential for future morbidity and mortality.
Requires in-hospital stay
HOPD
ASC
Hospital with low/no COVID-19 census
Low risk cancer
Non-urgent spine & ortho: including hip, knee replacement and elective spine surgery
Stable ureteral colic
Elective angioplasty
Tier 2b Postpone surgery/procedure if possible Intermediate acuity surgery/unhealthy patient HOPD
ASC
Hospital with low/no COVID-19 census
Tier 3a Do not postpone High acuity surgery/healthy patient Hospital Most cancers
Neurosurgery
Highly symptomatic patients
Tier 3b Do not postpone High acuity surgery/unhealthy patient Hospital Transplants
Trauma
Cardiac with symptoms
Limb threatening vascular surgery

ガイドラインの中でTier 1/2の手術については、コロナの影響で延期される可能性が高く、第二四半期へのダメージが大きくなります

加えて、コロナ対策のためにベッドやICU(Intensive Care Unit – 集中治療室)を開けておく必要があるため、手術の件数自体が少なくなります。

手術の件数が少なくなるということは、病院の収益も減りますし、製薬・医療機器メーカーも業界として影響が出ます。なぜかと言うと、病院・医療機器メーカーにとっては、手術が売上の多くを占めるためです。製薬メーカーにとっても手術時、手術前後で用いられる薬があるため、こちらも売上に影響が出ます。

また、どの病院も今期は売上が厳しくなる可能性が高く、そうなると設備投資が減らされる可能性が高いです。例えばGEやシーメンスなどはMRIなど大型の医療機器を作っているため、今期の売上が厳しくなる可能性があります。

また、CMSのガイドラインはあくまでも全体をくくったざっくりとしたガイドラインであり、実際には各専門領域の中で、学会がガイドラインを策定しており、今回のコロナの件でも「どの手術は緊急性が高く、どの手術は延期すべきか」、というガイドラインをすでに出している専門領域が多いかと思います。

具体例(Johnson and Johnson)

具体例を見ていきましょう。例えば、J&Jの医療機器部門ですが、最も大きいのはOrthopedics(整形外科)でCMSのガイドラインでTier 2です。一般的に整形外科は緊急性が高い手術の割合がそこまで大きくないと考えられ、延期によりダメージを受ける可能性が高いです。

次に大きいのは、Surgeryですが、こちらも手術の件数が全体的に少なくなると、影響が出ます。

Visionは大半がコンタクトレンズのビジネスであり、こちらは日常的に利用されるものであり、影響は他の部署と比べると小さそうですが、人々が眼科に来ることを避けるようになれば、影響が出ます。

Interventional SolutionsはほとんどがElectrophysiology(電気生理学 – カテーテルによる焼灼です)であり、こちらは心臓を扱う部署でTier 3ですが、不整脈を対象とする手術が多く、緊急性がそこまで高くないことから、影響が大きいでしょう。

このように見ていくと、J&Jの医療機器のビジネスは第二四半期(4月-6月)はかなり影響を受けそうだ、ということがわかります。

今後の見通し

医療機器大手で、現時点でプレスリリースを出しているのはStrykerとBoston Scientificです。どちらも売上に影響が出ることをコメントしており、通期での売上予想を取り下げています。

また、上場している私立病院のQuorum Healthも売上減が背中を押して、破綻しています。

ただし、延期されたからといって、「病気がなくなるわけでも、手術の必要性がなくなるわけでもない」ため、次の四半期かその次の四半期に延期された手術が行われる可能性が高いと考えられます。

コロナの広まりがおさまり、正常な日々が戻った時には、私立病院も医療従事者も「今年の売上を上げるために、より長く働いて手術の予約をこなしていく」可能性が高いでしょう(米国私立病院での手術の場合、より多くの手術を行うと、より多くの報酬が支払われる場合が多いです)。

つまり、「一時的に売上は落ち込むでしょうが、需要は急回復する可能性が高い」と予想されます。

もし四半期決算で大幅に株価が落ち込むようなことがあれば、コロナによる混乱がおさまっていれば、狙い時かもしれません。

2020年通期では、外出規制が長引くと、人々が運動不足になり、ストレスも増え、生活習慣病になる人が増える可能性があります。特にアメリカはただでさえ糖尿病、高血圧の患者の人口が多い国であり、既往症がある人の悪化も心配です。

生活習慣病患者が増え、既往症のある人が悪化すると、より病院の必要性が増してしまうかもしれません。そうすると、保険会社にとっては支払額が増えるためにマイナスで、病院・製薬・医療機器メーカーにとっては、売上が上がるためにプラスになります。

また、長期的に見れば、今回のコロナの一件で州立病院への投資が進む可能性があり、患者さんの医療へのアクセスがよりよくなる可能性があります。こちらは長期的に見れば、患者さんにとっても、産業にとっても良い方向です。

米国の医療事情についてより知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

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$30目前!急騰する原油価格はこのまま上がり続けるのか?

1バレル$20であった原油の価格が、2日で$29と急騰しています。世界の石油市場に、何が起こっているのでしょうか?供給側、需要側から見てみます。

この記事を読むと、職場で最も世界の石油市場に詳しい人になり、投資にも役立つ可能性があります。

石油の供給(OPEC、非OPEC)

世界の生産量は2017年末で日量約9,300万バレルです(バレルは単位)。

原油価格を維持するためのカルテル(連合)であるOPEC (Organization of Petroleum Exporting Countries) 加盟国の毎日の生産量は日量2,600万バレルで、1月は協調減産を行い、2,470万バレルでした。つまり、OPECは全世界の石油供給の25%を牛耳る連合になります。

特にサウジアラビアは世界最大の産油国で、OPECのほぼ40%、全世界で10%の原油を生産しています。

Reference Output
Pledged Cut Output Target Jan. 2020
OPEC+に占める割合
Saudi Arabia 10,633 -489 10,144 9,733 24%
Iraq 4,653 -191 4,462 4,501 11%
U.A.E. 3,168 -156 3,012 3,034 7%
Kuwait 2,809 -140 2,669 2,665 6%
Other OPEC 5,051 -192 4,859 4,775 12%
Total OPEC 26,314 -1,168 25,146 24,708 60%

OPECと協調して、減産を行なっている非OPEC産油国というグループもあります。非OPECの生産量は日量1,600万バレルで、特に生産量が多いのはロシアです。ロシア単独で、全世界の10%以上を生産しています。

Reference Output
Pledged Cut Output Target Jan. 2020
OPEC+占める割合
Russia 10,623 -300 10,323 10,389 25%
Mexico 1,744 -58 1,686 1,712 4%
Kazakhstan 1,689 -57 1,632 1,690 4%
Other non-OPEC 2693 -99 2594 2564 6%
Total Non-OPEC 16,748 -514 16,234 16,356 40%
Total OPEC+ 43,062 -1,682 41,380 41,064 100%

つまりOPEC+は全世界の40%の日量約4,000万バレルの生産をしていますサウジアラビアとロシアの2カ国が大きく、この2カ国で2,000万バレルを占めます。

OPEC+の枠組みの中では、サウジアラビアとロシアで世界の原油生産量の半分を占めるというのは大事なポイントです。(データはBloomberg “New Decade, New OPEC Oil Curbs. Same Mixed Results”より)。

サウジアラビアはOPECの盟主として、率先して減産を行なってきましたが、そのほかの国が必ずしもサウジアラビアに従ったわけはありませんでした。特にロシアはサウジアラビアほどは減産を行いませんでした。

原油の価格が暴落したのは、「サウジアラビアとロシアが減産で合意できなかったから」と報道されています。世界で3カ国しかない日量1,000万バレルを超える生産量を占める国々のうち2つが合意できなかったことが、市場にショックを与えました。

また、OPEC+以外の産油国が残りの半分以上を産出していることもポイントです。これは、OPEC+が必ずしも世界全体の石油供給をコントロールできていないことを示します。

特に、アメリカはシェールガスを中心として毎年100万バレル以上石油の生産を増やし続けてきました。

OPECからしてみれば、「俺たちは協調減産して価格を上げようとしているのに、アメリカが生産を増やすから俺たちだけが割りを食っている」という感じでしょう。

実際、アメリカの原油産出量は2019年に日量1,222万バレル、2020年には1,300万バレルです。アメリカは実は2018年にサウジアラビア、ロシアをすでに超えて世界最大の原油生産国になっています

世界の石油生産 (Bloombergより)

供給に関して、トランプ大統領が「日量1,000-1,500万バレル削減で合意できる」と言ったことで、石油価格は$20から$29まで急騰しました。

しかしながら、サウジアラビアとロシアの二国がここまでのカットに応じることができるかはやや懐疑的です。仮に2カ国で1,000万バレル削減するとすれば、両国の生産量のほぼ半分を削減することになります

何よりも、原油産出国からすれば、「原油価格が落ちているのはアメリカが生産を増やしているためだ」という思いがあるでしょう。生産量を削減するためにはアメリカがテーブルにつく必要があります。

しかし、近年のアメリカの石油産出増加の立役者はシェールガス業者であり、彼らの採算ラインは$40-50/バレルと言われています(Reuters Oil in the age of coronavirus: a U.S. shale bust like no other)

減産に応じればさらに採算ラインが引き上がるため(価格が上がっても、販売できる量がそれ以上に減れば売上は減る)、アメリカからしても容易には減産に応じられないでしょう。

サウジアラビアの生産コストは$3/バレルと圧倒的に低いため、このまま低い原油価格を続けて、アメリカのシェールガス会社を破綻させ、アメリカの生産量を減らした方が長期的に有利になると戦略的に考える可能性があります。これは現状の低い価格を保つ動機になります。

一方、中東をはじめとする産油国は国営の石油会社に歳入の多くを頼っており、石油価格が下落すると、国債を発行しなければ(=借金をしなければ)現状の歳出を維持できなくなります。中東の王政は、お金を国民にばら撒いて国民に良い暮らしを保証する事で現在の政治体制を維持している国が多く、歳出を減らして国民の生活を悪化させると、怒りが政治体制に向く可能性があり、それを避けたいのが現状です。

現状の1バレル$30以下という水準は、どの産油国からしても国の財政を維持できない状況であり、一刻も早く石油価格を上昇させたい、という思いもあります。これは減産に同意し、高い価格に誘導する動機になります。

どちらにせよ、鍵を握るのは、他国と協調せず、増産を続けてきた、世界最大の産油国であるアメリカがどこまで踏み込むかです。4月6日のOPEC+ロシアの会談で減産で合意ができるかどうか、注目です。

[4月15日追記]

OPEC+は4月12日(日)に日量970万バレルの減産で合意しました。メキシコが40万バレルの割り当てを拒否し、減産量を10万バレルに減らしたため、当初の目標であった1,000万バレルから30万バレル少なくなりました。

この減産は5月1日から6月30日まで継続され、7月以降は770万バレルの減産になる予定です(CNBCより)

US、カナダ、ノルウェーなどの非OPEC+参加国がどこまで減産を行うかは不透明です。原油市場は、現在の原油需要に対して、この減産の量では不十分だと判断し、WTI原油価格は4月14日(火)に再び$20台まで下落しました。

今後の供給側の焦点は、非OPEC加盟国がどこまで減産に協力を行うか、特にアメリカがどのように民間業者へ減産の協力を依頼するか、です。

石油の需要

一方の需要側ですが、2017年には日量9,800万バレルが需要としてありました。石油需要は毎年平均で1.3%、つまり年100万バレルずつ増加しています(資源エネルギー庁 エネルギー白書2019より)。

需要の65%は人やモノが動く時の輸送用(ジェット燃料・ガソリン・軽油など)、12%が石油化学原料、8%が産業用、5%が家庭用、残りの10%がその他です。

つまり、人・モノが動くと石油の需要は増加し、動かなくなると石油の需要は急減します

石油の需要推移

コロナウイルスの影響で人々が移動しなくなったことにより、ジェット燃料・ガソリン・軽油といった移動用途の需要が減り、国際エネルギー機関(IEA)によれば、2月の石油需要は日量420万バレル減少しました(日経新聞 「サウジ・ロシア協調できるか 原油減産に高い壁」、より)。

買う人がいなければどうなるでしょうか?そんなに簡単に、石油の供給は減らせません。すると、価格を下げてでも売ろうとする供給先が出てきます。

供給側で減産ができなかったことに加え、コロナショックにより需要が急減したことが、石油価格の急落をもたらしました。

現在の原油価格の指標であるWTI原油価格は$29と、リーマンショック時と比べても低い価格になります(トランプによる口先の介入が入る前は$20/バレルでした)。

WTI石油価格の推移

需要側の鍵を握るのは何と言っても、コロナがいつ終息するか、です。人々の空の移動ができず、外出しない状況が続けば、いくら原油の減産が行われても、価格は上がらないままです。

また、景気が悪化すると石油化学製品の需要が減るなど、産業用途の石油の利用も減るため、景気の動向も要注意です。

つまり、「コロナ危機がいつ終息するか」、「政府が介入していかに景気を維持するか」、の2つが需要側の鍵となります。

石油価格の下落が株式市場に与える影響

石油価格が$30付近で推移すると、下記のような事態が起こり得ます

  • 米国のシェールガス業者が資金繰りに困り、倒産する(すでに一社、ウィッティング・ペトロリアムが倒産しました)。
  • シェールガス業者の倒産、もしくは信用不安からジャンク債(投資不適格と格付けされている企業の社債)の価格が下落し、それらを含んでいる仕組債(CLOなど)の価格が下落。市場が混乱する。
  • 産油国が歳出を維持するために大量の国債を発行しなければならなくなり、国の国債の格付けの下落に繋がる。格付けの下落は金利の高まりに繋がり、財政を中長期的に圧迫する(最悪は利払いができずに、デフォルトする国が出てくる)。
  • 大手石油会社(BP、エクソンモービル、シェルなど)は赤字が避けられない。キャッシュを維持するため、減配、もしくは無配にする可能性が高まる。
  • 石油の仕入れ価格が減るため、火力発電を行なっている発電業者や石油を元にして製品を作っている会社にとっては増益要因。

特にエネルギー会社の株式を保有している人、投資を考えている人にとっては、石油価格の動向は来週、目が離せない展開になると思います。

米国の現在の経済状況についてはこちらの記事をご覧ください。

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