医療機器販売会社の戦略の考え方

MBAで得た知識を現実のビジネスに適用する際には、多くの新しい視点を与えてくれました。下記は僕の思考のプロセスのまとめです。

戦略を戦術で修正するには多大な投資が必要。しかし、現実には実現するのが難しい

戦略には定石があります。勝つための戦略は、大きく分けて、3つです。

  • 差別化戦略
  • コスト戦略
  • ニッチ戦略

差別化戦略は自社を他社から差別化させ、競争に勝つ方法です。「他の企業よりも良いと顧客が感じる価値」を提供する他に、「他の企業が提供できていない顧客が求める価値」を提供することで、差別化することができます。

差別化戦略をとった場合、製品の優位性に加えて、ブランド、ネットワーク効果、エコシステム構築によるスイッチングコスト、良い立地・販売チャネル・特許などの独占技術・規制・自然資源など限りある資源の独占、などが持続的な競争優位性を生み出す源泉となります。

コスト戦略は低価格で顧客を勝ち取る戦略です。コスト戦略を用いる場合は、大量に商品・サービスを提供することで、商品の生産・サービスの提供コストを下げること、加えて大量に生産することによる学習効果で競合より先にコストを下げていくことが鍵になります。

他社よりも先んじて価格を下げて大量に販売し、コストを下げて、さらに価格を下げて販売して大量に生産し、コスト構造で勝つ、のは王道の低価格戦略の一つです。

ニッチ戦略は差別化とコスト戦略の組み合わせです。限られた市場の一部に資源を集中して投下することで、その限られた市場で優位性を維持し、圧倒的なシェアを確保する方法です。

逆に言えば、この3つの定石から外れた戦略をとっても、なかなかうまくは行きません。

例えば、

  • ブランドで劣る2番手以下の企業がシェアNo.1のリーダー企業と同じ競争軸で差別化しようとする
  • 他社と比較してシェアが低く、コスト競争力もない企業が価格を下げて、市場の価格競争を誘発する
  • 資本力が限られるベンチャー企業が大企業が支配する市場において、市場全体を取りに行くようなマーケティング戦略を取る

ことは多くの企業で見られますが、これらは筋から外れた戦略です。

「優れた商品を出せばシェアが取れるに違いない」、「価格を下げれば売れるに違いない」というのもよく聞く議論です。

しかし、そもそも「その違いに顧客が価値を感じるかどうか」、またその「違い」は人が異なる製品を使うのに伴う経済的・感情的なコストよりも大きいのかどうか、「価格を下げた時に競合はどう反応するのか」を考える必要があります。

人は、慣れ親しんだ製品・サービスからなかなか移らないものです。

例えば、医療メーカーの世界で言えば、製品・サービスと価格以外にも下記のような要因が購買の決定に影響してきます

  • トレーニングの蓄積: 研修医時代から用いている薬・医療機器に慣れ親しんでおり、移りたくない
  • スイッチングコスト: 慣れ親しんだ薬・医療機器から違う新しい製品に移る場合、新たに学び直さなければならない。その際に時間的・精神的なコストがかかる
  • 臨床的な裏付け: すでに市場にある医薬品・製品の方が、臨床データが蓄積されており、効果や安全性が証明されている
  • 権威・影響力のある医師の影響: 病院内での指導医や学会内で影響力のある医師が推薦している場合、信頼性が増す。人的なネットワーク効果。
  • 営業・臨床サービスとの関係性: サービス提供者のサービスを信頼している、頼りにしている、あるいは親しみを感じている、ためにその関係性に価値を感じている
  • ロックイン: 契約上の縛りで、病院がある製品・サービス提供者からしか購入できないようになっている。行政単位での入札や個別契約など
  • ブランド: その製品サービスを提供しているブランドを信頼している。価値を感じている

これらの製品以外の要因は、人がある製品から違う製品にうつることを躊躇させます。

これらは市場で二番手以降に対して高いシェアを持つリーダー企業にとっては有効に活用して現在のポジションを守ることに使えますが、二番手以降の企業はこれらの要因をいかにして乗り越えていくか、が課題になります。

本来はこれらの「シェアを奪うことを妨げる」要因は全社戦略として議論し、そこから個別の製品の議論として何が求められるか、現場レベルのマーケティング戦略としてどのようなことを行うべきか、と上流から下流にきれいに流れることが理想です。

上記の例で言えば、下記のような策が考えられます。

  • トレーニングの蓄積:大学病院、指導医と協働し、研修医が専門性を高めることを支援する
  • スイッチングコスト:トレーニングを継続的に提供することで、異なる医薬品・製品を利用する心理的なハードルを下げ、新しい医薬品・製品の有効性・安全性を感じてもらう
  • 臨床的な裏付け:治験を自社で行い臨床データを蓄積する、あるいは病院・医師と協力して治験を行いデータを蓄積する
  • 権威・影響力のある医師の影響:影響力のある医師に医薬品・製品を試してもらい、有効性・安全性を感じてもらう。
  • 営業・臨床サービス担当者との関係性:営業・臨床サービス担当者が長期的に企業に居続けるような魅力的な環境を構築する。継続的なトレーニングを実施し、高いコミュニケーション能力、臨床サービス能力を構築し、顧客に提供する
  • ロックイン:入札やネットワークにおいてどのような価値を顧客が求めているかを把握し、創造的な方法で価値を提供し、選ばれる
  • ブランド: 継続的に優れた製品・サービスを市場に投入し、顧客に機能的・感情的・社会的な価値を提供し続けることで築いていく

これらの要因を議論しないまま事業戦略が決定された場合、販売会社レベルの営業・マーケティングの努力でこれらのハードルを乗り越えるためには多くの投資が必要となります。

しかし、二番手以降の企業の場合、市場のリーダー企業と比べて使えるマーケティング費用が低いことも多く、短期的なトップライン(売上)とボトムライン(利益)の両方を求められると、長期的な投資がしにくいのも現実です。

ボトムラインを確保するために短期で投資を絞り、結果として長期の成長を妨げる、というのはどの企業でもある話です。

販売会社の視点からは、この短期と長期のストーリーをいかに伝え、本社に影響力を行使するかが鍵になります。

上記のような要因を成功の鍵となる要因(Key Success Factor)として測定することによって、進捗を報告することも一つの影響力を行使する方法でしょう。

一方、本社で全社戦略、事業部戦略、商品戦略など戦略や企画を行う人の視点からは、現場から離れていることもあり、数字以外の現場の状況は見えにくいものです。

実際に現場に出て、販売会社が直面する現実を知ると同時に、短期だけでなく、長期を考えた投資を行う必要性を認識することが重要です。

販売会社の最重要課題は、人のマネジメントである

販売会社の役割は、製品・サービスを販売し、売上と利益を上げることです。

専門性が高く、業界、専門領域を理解していわゆる「一人前」の営業・マーケターとなることに時間がかかる業界の場合、特に人が重要となります。

営業に求められる要素は、以下の3つです。

Relationship Building (関係性を築く力)、Technical Skill (専門領域の知識やサービス提供の技能)、Business Acumen (ビジネスマンとしての力)。

関係性を築く力は営業のベースとなる力です。顧客やチャネルと関係を築くことができなければ、そもそもの役割を果たせません。残りの2つのうち、Technical Skillが優れていればサポート担当に向き、ビジネスマンとしての力に優れていれば営業に向きます。

日々の製品の説明、トレーニングやサービスの提供を担う担当者は会社の顔です。優れた営業担当者は会社の財産であり、いかに優れた営業担当者を採用し、育成し、やる気を持ってもらい、組織に貢献し続けてもらうか、はどの販売会社にとって最重要の課題の一つです。

特に「いかにこのチームに居続けたい、貢献したい」と感じてもらうような環境作りは基本です。

一人の営業担当者が辞めたことにより、その営業担当者を信頼していた大口のお客さんを失う、ということはどの業界でも起こり得ます。

特に関係性が長い方が信頼を得やすい業界では、担当者が数年でコロコロと入れ替わる状態ですと、信頼も得にくく、継続的なビジネスを得ることが難しくなります。

どう人を育成するか、継続的にモチベーションが高い状態でいてもらうか、やる気がある人材に長く組織にいてもらうか、は結局は人のマネジメントの問題です。

僕自身は、営業チームのモチベーションを考えるときには、STORMを考えるようにしています。こちらは、一般的なフレームワークではなく、様々な文献や経験をまとめた中でしっくりきている、僕の考えです。

  • S: Self-Satisfaction (自己実現):成長している、自分自身の目標に向かっている、と感じている充実感・達成感
  • T: Teamwork (チームワーク):チームとして共通の目標に向かって、それを成し遂げているという達成感。チームが好きだという社会的な帰属感
  • O: Opportunity (機会):組織にい続けることで得られる昇進・異動などの機会
  • R: Recognition (認められる):組織でほめられる、認められること、組織が注目してくれていることへの喜び
  • M: Money (金銭): 金銭的な対価。頑張ることで得られる金銭的なアップサイド(ボーナス、セールスインセンティブ等)

これらの要因に最も大きな影響を与えるのは、営業マネジャーです。

もし営業マネジャーであればこれらの要因をきちんと自分がチームに満たせているかどうかをチェックする、営業マネジャーに影響力を及ぼす立場であれば、営業マネジャーがこれらの要因を満たせているかどうかを議論するのが良いと考えています。

将来どうなりたいのか、強みも弱みも、何を楽しいと感じて何を楽しくないと感じるのか、どうやって学ぶのが好きなのか、は人により異なります。また、それぞれが置かれているキャリアや家庭の状況も異なります。営業マネジャーは担当者の一人一人を理解して、適切な機能的、感情的なサポートを提供することが必要です。

また、モチベーションは車輪の一つであり、スキルはもう片方の車輪です。医療の世界の場合は、臨床と営業の両方に強みを持つ人材ばかりではないので、時に片方に強みを持つ人にもう片方のスキルを身につけてもらうことも必要になります。

営業のノウハウは各社で体系化されていることもありますが、営業マネジャーが独自のノウハウを持っていることもあります。

何れにしても、営業担当が効果的に営業ができていない場合は、期待値が明確になっているか、営業プロセスの可視化を通じて何が課題で、どんなサポートが必要か、を見極める必要があります。それは営業マネジャーの重要な仕事の一つです。

一方、営業マネジャーはプレイングマネジャーとして自分自身で営業に関わることも多く、営業型のマネジャーにとってはなかなか部下一人一人を見ることが時間的に難しいことも現実です。

その場合、この役割を果たせる人を代わりに置く必要があるかもしれません。

Royalty Pharma(RPRX)分析。強みと株価

2020年夏の大型IPOであるロイヤルティファーマ(Royalty Pharma)について、業界の中での位置付け、強み、製品、株価について分析したいと思います。

ロイヤリティファーマの業界の中における位置付け

Royalty Pharmaのビジネスはベンチャーキャピタルに近く、「将来巨額の売上を生み出しそうな薬やその薬を開発している会社に投資をして、そこからリターンを得る」、というモデルになります。

Royalty Pharmaの詳しいビジネスに関してはNekoさんのRoyalty PharmaのNoteで詳しく書かれているので、こちらを参照していただくと良いと思います。僕はヘルスケア業界の観点から、Royalty Pharmaの位置付けについて書きます。

製薬はリスクが高い業界です。

医薬品の製品開発プロセスは、基礎研究、動物による治験、人での治験と段階を経て有効性と安全性を確認する必要があり、通常は10年以上かかります。

人での治験まで進んだとしても、3つのフェーズを通過して販売承認を得られる薬は8つに1つなので、投資しても報われるかどうかはわかりません。

近年では新薬の開発が特に難しくなっており、一つの製品を開発・販売するまでには$2.6b、販売後のモニタリングで$0.3mで合計約$3b (3,150億円)かかります(Joseph (2016) “Innovation in the pharmaceutical industry:New estimates of R&D costs”, Journal of Health Economics 2016)。

開発費は高騰を続け、過去10年でほぼ2倍になっています。

このように製薬は長期に渡って高い研究開発費を支払っても薬として承認されるかどうかわからない、リスクが高いビジネスです

薬を生み出すのはそれだけ大変であるため、どの国も「特許」を薬に与えて、製薬会社が独占的にその薬を販売して利益を享受することを認めています。

「新薬開発というリスクの高いプロジェクトに投資をしていたのだから、開発費を回収して、次の薬に投資をできるだけの利益を得て良いよ」、ということですね。

期間は米国の場合、出願日から20年です。この特許で保護されている期間は、きちんとした有効性と安全性がある薬で、競合が出て来なければ、収益は右肩上がりで伸びていることが多いです。

つまり、「新薬が出るまではリスクが高い」ですが、「薬の販売承認が出て、すでに販売がされている薬はリスクが低い」です。

このようにリスクの高いビジネスを行っていることから、製薬会社からすると「リスクを減らしたい」というニーズがあります。

例えば、「研究開発費用の一部を支払ってもらう代わりに、薬が実際に販売されたときに売上の一部を渡す」ことで、リスクを減らせます。

薬がうまく行ったときには得られる収益が少なくなりますが、うまくいかなかったときの損失も少なくなりますので、うまくいったときとうまくいかなかった時の差が小さくなる、ということです。

また、大学の研究室発の薬など、研究開発を進めて治験を行うための資金がないという場合にも「薬が実際に販売されたときに売上の一部を渡す」契約を結ぶことで、資金調達ができ、薬の開発を進めることができます。

この「将来に薬が販売されたときの売上の一部を渡す」というのがロイヤリティ(Royalty)の仕組みであり、ロイヤリティファーマはこのロイヤリティの仕組みを通じて、製薬会社や研究開発段階の会社に対して、「薬の研究開発リスクの減少」と「研究開発コストの資金調達」、という価値を提供しています。

この役割は薬の開発コストの高まりに伴い、特に研究開発段階の会社において、重要性を増していっています。

ロイヤリティファーマはその名の通り、45を超える薬のロイヤリティを保有しており、これらの薬が販売される度に一定割合が売上として入るようなビジネスの構造になっています。

ロイヤリティファーマの強み

ロイヤリティファーマの強みは3点あります。

規模

1996年以降、ロイヤリティ市場のシェアでロイヤリティファーマのシェアは50%を超え、特に$500mを超える大型案件ではシェアは80%を超えます(Royalty Pharma S-1資料より)。

二番手のシェアは7%程度ということですから、ほぼ一強ということになります。

これは、製薬会社が大型調達を行うことを考えた場合、ほぼロイヤリティファーマに案件が回ってくることを意味します。

ベンチャーキャピタルのような投資先によりリターンが左右されるビジネスにおいて、有望な案件が第一に回ってくることは競争優位に繋がります。

また、45以上の薬で分散されたロイヤリティのポートフォリオを持っていることで、金融機関からしても債権の回収可能性が高い取引先として見なされており、低金利で資金の調達が可能となっています。

低金利で資金が調達であればそれだけ低い利回りでも投資が可能となるため、こちらも競争優位性に繋がります。

投資判断のプロセス

医薬品の市場性を判断するのは、異なる医療の専門分野は異なる市場であるため、幅広い知識と経験が必要となります。

ロイヤリティファーマは20年以上にわたり医薬品に投資を続けており、着実に成功する取引を積み重ね、成功体験と失敗体験が投資判断のプロセスに組み込まれています。

この知識と経験の積み重ねは一朝一夕で真似できるわけではなく、またロイヤリティファーマ一強の市場であるため、他の競合が同等程度の経験を積むことは容易ではありません。

過去の実績に裏付けされた投資プロセスはロイヤリティファーマが持つ競争優位性の2つ目です。

ネットワーク

ロイヤリティファーマは資金だけではなく、ネットワークも提供しています。

医薬品は研究開発がうまくいき、販売承認を取れたとしても、そこから販売するには販売のネットワークを築く必要があります。

そして、販売ネットワークを一から築くにはコストがかかりすぎるため、多くの場合、研究開発段階の企業は、販売承認が得られた時点で大手の製薬会社に買収されるか、もしくは提携して大手の販売ネットワークを使わせてもらうことを選びます。

ロイヤリティファーマは過去のロイヤリティ取引を通じて、大手と研究開発段階企業へのネットワークがあります。このネットワークは過去の取引実績から築かれたものであり、こちらも一朝一夕で真似ができるものではありません。

ネットワークが競争優位性の3つ目です。

ロイヤリティファーマはこれらの3つの強みをもつ業界のリーダー的な存在であり、ロイヤリティ業界が伸びれば、その市場の伸びを享受すると考えられます。

ロイヤリティファーマの製品群

2020年上半期の売上

ロイヤリティファーマの2020年のロイヤリティ受け取りを見ると、ロイヤリティ期間がまだ十分に長い製品については順調に成長しており、上半期は$1bを超える受け取りとなりました。

新型コロナの影響で製薬全体の売上に影響が出ている中、2020年の上半期は2019年のペースを上回っています。

ロイヤリティ受け取り製品 適用 企業 ロイヤリティ期限 2020 上半期 2019
Cystic fibrosis franchise cystic fibrosis Vertex 2037 $235,522 $424,741
Tysabri multiple sclerosis Biogen Perpetual $176,324 $332,816
Imbruvica chronic GVHD Abbvie 2027-2029 $159,222 $270,558
HIV franchise HIV Gilead 2021 $148,379 $262,939
Januvia, Jaumet, Other DPP-IVs diabetes Merck 2022 $69,647 $143,298
Xtandi prostate cander Pfizer 2027-2028 $68,908 $120,096
Promacia Hematology Novartis 2025-2027 $62,401 $86,266
Farxiga/Ongyza Diabetes AstraZeneka $8,257 $0
Prevymis Infectious Diseases Merck $6,413 $0
Crysvita Rare disease Ultragenyx $2,620 $0
Erleaada Cancer $1,772 $0
Emgality Neurology Eli lily $2,236 $0
Tazverk 2034-2036 $0 $0
Nutec migrane Biohaven 2034-2036 $0 $0
Trodelvy Immunomedics Perpetual $0 $0
Others $148,344 $242,767
Sum $1,090,045 $1,883,481

これらの売上高が高い製品群については、多くが2020年代を通じてロイヤリティを受け取ることができます。

加えて、2020年には大型のロイヤリティ切れが続いたため、ロイヤリティ切れの影響が大きく、ポートフォリオ全体のロイヤリティ受け取りは2019年と比較して微減となる見込みです。

ロイヤリティ切れ製品 company 2020 1H 2019
Tecfidera Biogen $0 $150,000
Lyrica Pfizer $12,557 $128,264
Letairis Gilead $22,275 $112,656
Remicade JNJ $0 $6,068
Humira Abbvie $0 $0
Others $3,545 $21,047
Mature Sum $38,377 $418,035
Total $1,128,422 $2,301,516

微減はあまり好ましい数字ではありませんが、2020年は

  • 大型ロイヤリティ切れが起きた
  • 新型コロナの影響で製薬全体の売上に悪影響が出て、ロイヤリティも伸び悩んだ

年になります。その中で、前年度から微減程度のロイヤリティ受け取りを確保できているのはポジティブと考えられます。

ただし、2021年にHIVの特許が、2022年にDPP-IVsのロイヤリティが切れるため、2021年に$300m (15%)、2022年に140m(7%)程度の売上減少が見込まれます。

これらの22%のロイヤリティ減少を既存のロイヤリティの成長と新しいロイヤリティの貢献でカバーし、売上を伸ばせるかが焦点になります。

Immunomedics/Trodelvyの影響

先日ギリアドがTrodelvyを持つimmunomedicsを$21bで買収するとの発表がありました。

ロイヤリティファーマはこのImmunomedicsに$250m投資を行っており、株式を保有していることに加え、Trodelvyについてもロイヤリティを受け取る契約をしています。(Market Insider – Immunomedics and Royalty Pharma Announce Royalty Funding and Stock Purchase Agreements Totalling $250 Millionより)

当時、一株$17.15で$75m分の株式を取得しており、ギリアド の買収提案では一株$88での買収提案のため、単純計算で$300mほどの売却益が入ることになります

$300mは2019年にロイヤリティファーマが受け取ったロイヤリティの15%に相当する額で、一過性とはいえ、少なくない額です。

また、ロイヤリティについても売上の$2bまでは4.15%、そこから段階的に%は下がりますが$6bを超える分も1.75%を受け取れる契約になっています。

仮にTrodelvyが$2bの売上を超える薬になれば、毎年$80m以上の売上の上乗せになります。こちらは今のロイヤリティ受取額から考えると、4%程度になります。HIV、DPP-IVsの売上減をカバーする一つの薬です。

その他のパイプライン

現在はまだ売上が立っていない、今年FDAより承認された薬(Tazverk, Nutec, Trodelvy)も今年の後半から売上に貢献してきます。

さらに2020年に$1.5bの投資を行った、Nurtech、Evrysdi, IDHIFA, PrevimisもFDAから承認され次第、今後ロイヤリティ受取額に貢献してきます。

そのほかにも研究開発段階の薬のロイヤリティをロイヤリティファーマは保有しています(Ibrance等)。

ロイヤリティファーマの今後の見通し

第二四半期の決算報告プレゼンテーションにおいて、ロイヤリティファーマの経営陣は以下のように述べました

  • キャッシュフローを用いて、今後5年間で$7bの投資を行っていく。借入金はクレジットレーティングを考慮して、EBITDAの4倍までを目処に行っていく
  • キャッシュフローの25%以下を配当として支払っていく
  • 2025年まで、ロイヤリティ受け取りは6-9%の成長を見込んでいる。成長の半分は既存のパイプラインから、半分は新規投資からを見込んでいる。

この先数年でHIV、DPP-IVsの製品の特許が切れますが、経営陣は2025年まで成長を続けられるという見通しを出しています。

確かにパイプラインは充実しており、2020年を底として、年率7%以上の成長することも不可能ではないと感じます。

ロイヤリティファーマの株価

ロイヤリティファーマの9月18日の終値は$42で、時価総額は$25b (約2兆7000億円)です。2020年の予想利益からPERを計算すると18.3、2021年の予想利益からPERを計算すると、15.8になります。

Stock Price $ 42.0
Market Cap (m$) $ 25,635
2020 Expected PER 18.3
2021 Forward PER 15.8
2020 Adjusted Cash Flow Receipts per Share 14.6
Stock Outstanding (fully diluted, m) 607

S&P500の終値は$3,320です。2020年、2021年の予想EPSからPERを計算すると、2020年は25.3、2021年は20です。つまり、市場全体よりもPERは低めです。

ロイヤリティファーマは2020年以降の製薬業界の成長率は7%、ロイヤリティファーマの成長は年6-9%程度で推移すると予想しています。これは過去5年のS&P500のEPS成長率よりも高い数字です。

まとめ

  • ロイヤリティファーマはベンチャーキャピタルのように医薬品に投資を行い、リターンを得るビジネスモデル
  • 製薬ロイヤリティ市場の中での圧倒的なリーダー。規模・投資プロセス・ネットワークの3つの競合優位性を持ち、市場の伸びとともに成長が見込まれる
  • 大型ロイヤリティ切れ、新型コロナの影響による製薬全体の売上減少から2019と比べて2020年のロイヤリティ受け取りは微減となる見通し。2021年、2022年と売上高の15%、7%を占める大型の薬のロイヤリティ期限が来る為、今後数年で収益への大きな影響がある。
  • しかし、ロイヤリティ期間が残っている薬は順調に成長しており、かつギリアドが大型買収を行ったTrodelvy含めた薬が2020年下期以降に売上へ貢献を始める。ロイヤリティファーマの経営陣は2025年まで、年6-9%で成長を見込んでいると公表している。
  • 株価は2020、2021年の予想PERを元に計算すると18.3、15.8と現状のS&P500全体の水準と比べると割安な水準。

製薬会社のビジネスについてより詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。

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シルクロードメディカル(SILK)企業・株価分析

製薬・医療機器メーカーに投資をする際には、どのような点に気を付けるとより良い銘柄を発掘できるでしょうか?

今回はNASDAQに上場している医療機器メーカー、シルクロードメディカルを例に、分析していきます。

シルクロードメディカルの製品の市場規模

シルクロードメディカル(SILK)は頸動脈の狭窄(血管が細くなること)から生じる、脳卒中(stroke)を防ぐための医療機器を開発・製造・販売している企業です。2019年よりNASDAQに上場しています。

2018年に頸動脈の狭窄と診断された人は42.7万人でした。そのうち、16.8万人が治療(手術)を受け、その市場規模は$1.0b (1100億円)でした。

逆算すると、既存の治療法の単価は約$6,000になります。

carotid artery stenosis market size

現在の標準治療(標準的に行われている治療法)は2種類あり、CEAと呼ばれる65年近くの歴史を持つ手術とCASと呼ばれる侵襲性が低い(より患者さんへの負担が低い)、比較的新しい治療法です。

Carotid Endarterectomy (CEA) and Carotid Artery Stenting (CAS)

効果や手技の時間が同程度であれば、手術後の感染症のリスクが低いため、侵襲性の低い手術の方が好まれます。手術の割合は83%がCEAで、17%がCASということで、CEAの方がまだまだ主流の標準治療のようです。

ここまでをまとめると、$1b(1100億円)の市場で、CEAとCASという2つの治療法がある。シルクロードメディカルが狙えるのはそのうちの2/3の$665m。$1bという市場規模は医療機器の世界ではそこまで大きくはないですが、小さすぎもしない規模です。

シルクロードメディカルの製品・データ

シルクロードメディカルが提供するENROUTEシステムは単純化して言えば、CASと同じく低侵襲性の手術です。

ステントという狭窄を治療するのに使われる機器を用いている点はCASと同様ですが、ステントを設置する際に血液を逆流させて網で捉えることで、脳卒中の元となる塞栓が脳にいくことを避けています。

Enroute system

「低侵襲性の手術の感染症リスクを抑えるというメリットを保ちながら、血流を逆流させて網で捉えることでCASより脳卒中のリスクを低くしている」、という点がウリになります。

シルクロードメディカルは2015年にFDAより認証を得ています。長いですが、適用(デバイスを使うことが認められている患者さん)は以下のようになります。結構条件が厳しく指定されています。

THIS DEVICE IS INDICATED FOR USE IN CONJUNCTION WITH THE ENROUTE TRANSCAROTID NEUROPROTECTION SYSTEM (NPS) FOR THE TREATMENT OF PATIENTS AT HIGH RISKFOR ADVERSE EVENTS FROM CAROTID ENDARTERECTOMY WHO REQUIRE CAROTID REVASCULARIZATION AND MEET THE CRITERIA OUTLINED BELOW.1) PATIENTS WITH NEUROLOGICAL SYMPTOMS AND >= 50% STENOSIS OF THE COMMON OR INTERNAL CAROTID ARTERY BY ULTRASOUND OR ANGIOGRAM OR PATIENTS WITHOUT NEUROLOGICAL SYMPTOMS AND >=80% STENOSIS OF THE COMMON OR INTERNAL CAROTID ARTERY BY ULTRASOUND OR ANGIOGRAM; 2) PATIENTS MUST HAVE A VESSEL DIAMETER OF 4-9MM AT THE TARGET LESION; AND 3) CAROTID BIFURCATION IS LOCATED AT MINIMUM 5 CM ABOVE THE CLAVICLE TO ALLOW FOR PLACEMENT OF THE ENROUTE TRANSCAROTID NPS.
FDA PMA Database

シルクロードメディカルは下記のような比較で自社の製品であれば、脳卒中リスクを低くできると主張しています。こういった主張をする場合、裏付けとなるデータが必要となります。

comparison of procedures

この比較、実はそのまま受け取ってはいけません。医療業界で「御法度」の比較です

本来、手術の合併症のリスクを比較する場合は、他の条件が一定でなければ正しい比較ができません。

言い換えれば、過去に脳卒中を経験した人であればより脳卒中にかかりやすいなど、リスク要因が異なるために、ある程度手術を受ける人の属性が近いグループを比較する必要があります。

上記の比較は、そもそもの治験に参加した人の属性が同じでないため、リンゴとミカンを比較して、ミカンの方が甘いと言っているようなもので、正しい比較ではありません。かなり危ない見せ方です。

実際に、ROADSTER2(治験の名前です)のデータを論文で見てみると、確かにプロトコルに沿った治療を行ったグループの脳卒中は0.6%ですが、治療を行ったグループの脳卒中は1.9%と高く、プレゼンテーションではあえて良い数字を見せていることがわかります。

実際、条件を揃えてCEAとTCARの比較をしたCleveland Clinic(アメリカで臨床と研究の両方で評価の高い病院です)が出した論文では、TCARとCEAで3ヶ月後、1年後の脳卒中リスクに差がないことが示されています

投資家は誤魔化すことができても、医療機器を販売する相手は病院・医師・保険会社であることから販売する際にデータを求められることは多く、悪い数字は拡販の妨げとなります。

医薬品、医療機器を扱う企業への投資をする際にはきちんと論文や学会で発表されるデータを見た方が良い、という良い例です

とは言っても、シルクロードメディカルの製品には、①手術の時間が短い(=より多くの手術ができて病院経営にプラス)、②脳神経へのダメージのリスクが低い、というメリットがあります。

特に手術の時間が短くて済むのは大きなメリットであるため、製品としてのウリはあると考えられます。

また、技術を学ぶのにそこまで時間がかからないということも書かれていること、競合がイノベーションを積極的に行っている市場ではなさそうですので、シェアを広げやすい市場かと思います。

医療機器の製品を見る際には、その企業が訴えている強みだけではなく、その強みがきちんと臨床データによって裏付けられているかを見る必要があります

シルクロードメディカルの営業・マーケティング

医療機器の売り上げを考える際には、どれだけの病院にアクセスがあるか、どれだけの医師に使われているか、どの程度の頻度で使われているか、が重要です。

シルクロードメディカルの商品はFDAから米国での販売承認を得ており、また米国の公的保険からも保険償還をすでに得ています。

silk road medical q2 results

発表されている数字を元に市場を考えてみると、16.8万人の人が手術を受けて、750の病院が80%の手術を行っているということなので、単純に考えると

16.8万人 * 80% / 750病院 = 180症例/病院

1病院あたり年間180症例ということになります。ある程度この手術を行う医師が2,750人ということですので同様に計算をすると、年間50例です。

2019年でシルクメディカルは半数以上の1,440人にトレーニングを行いました。これは市場の半分程度を占める医師にトレーニングを行えたということで、良い進捗だと考えられます。

一方で、2019年の手術のTCARは8,400例ということで、High Surgical/Standard Riskの両方を合わせた市場全体の5%程度です

トレーニングの時期にもよりますが、トレーニングを受けた医師が年間6例程度ですので、これらの医師の中でのシェアも10%程度です。これは、まだまだ拡大の余地が大きいことを示しています。医療機器の消耗品の売上数量は

  • アクセスのある病院・医師
  • トレーニングをした病院・医師
  • トレーニングをした病院・医師がCEA・CASではなく、TCARを用いる頻度

の掛け算ですので、シルクロードメディカルとしては営業・マーケティングに力を入れて、これらの3つの指標をあげていくと考えられます。

silk medical revenue and procedures

2020年1Qでは2,700症例の販売がありました。トレーニングをした医師の数で割ると、1医師あたり約2例です。

トレーニングをした医師だけでみると、頸動脈の狭窄に対する手術におけるシェアは15%程度取れていますので、悪くない数字です。

1手術あたりの単価は$7,000です。他の手術に対して$1,000程度のプレミアムをとっていることが分かります。

一見して順調に成長しているように見えますが、損益計算書を見ると、また違う姿が見えてきます。

silk road medical PL

2020年の前半について、Cost of goods sold (売上原価)は30%程度で粗利率は70%です。これは医療機器業界の水準からするとやや高いですが、まだ新興企業ですので、数量が増えるに従って割合は減少すると考えられます。

やや懸念なのは、シルクロードメディカルのSGA (営業、マーケティング、一般管理費などのコスト)は売上が$34mなのに対して、SGAだけで$35mかかっている点です。

言い方をかえれば、売上よりも早い勢いで、営業費用が伸びています。これは、営業の数を増やして、より多くの病院・医師にアプローチして、手術の件数を稼いでいることを示しています

新型コロナの影響のために売上の伸びが鈍っているのは仕方ないのですが、年間で$80mの営業費用がかかるような体制ですと、粗利益が75%ほどに改善したとしても、年間110億円程度稼いでトントンです。

これは、シルクロードメディカルの製品が適応となっているHigh Riskの$670mの市場に対して、20%のシェアに相当します。SGAがさらに増加すれば、さらにゴールは遠ざかります。

現状、シルクロードメディカルの製品は一つだけですので、営業効率は良いとは言えません。

今後新しい商品が登場すればより売上を伸ばすことができ、営業効率が改善する可能性がありますが、現状のパイプラインを見る限り、治験情報が集約されているClinicaltrial.govを見ても新しい治験は行っておらず、数年以内だとアクセサリー程度のようです。

それまでは利益率が低い状態が続くことが予想されます。

売上の伸びも大事ですが、営業費用をかければ売上は伸ばせます

効率がどう変化するかも重要な指標ですので、次回以降の決算を注意深く見る必要があります。

シルクロードメディカルの株価

SILK Road Medical Stock Price

シルクロードメディカルは2019年4月に上場して以来、株価は上下の移動を続け、9月4日の終値は$58程度です。発行済み株式数が32.7mであり、2019年の売上で見たときのSales per Equityは$1.87です。

株価を一株あたり売上で割ると、32とかなり成長が織り込まれた株価になっています。

まとめ

  • 医薬品・医療機器の市場を見る時には、「標準治療は何か」を考えよう
  • 医薬品・医療機器の企業を見る時には、プレゼンテーションの主張が、どれだけデータで裏付けされているかを論文で確かめよう。臨床データで裏付けられていればそれはポジティブで、逆であればネガティブ。
  • 医薬品・医療機器はインターネットのサービスと比べて、営業・マーケティング頼りの傾向があり、営業・マーケティングコストが高いことが多い。特に若い企業の場合は、売上の伸びだけでなく、営業・マーケティングコストの伸びを見て、効率がどのように変化しているかにも注目
  • 医薬品・医療機器は治験を行う関係上、どの製品で治験を行っているかがオープンなため、製品パイプラインが公表されていることが多い。将来の成長余地を考えるため、clinicaltrialls.govで現状行っている治験や公表されている製品パイプラインを見よう

医療業界におけるマーケティングに興味がある人はこちら

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医療マーケティング: 医療ビジネスの考え方

製薬・医療機器を扱う企業に投資する人、医療マーケティングの実務に関わる人向けの記事です。

実務の視点から、製薬・医療機器企業は売上をどう成長させていくのか、投資家としてはどのような指標を見れば良いのかについて、書いていきます。

市場の考え方

医薬品は消耗品のみですが、医療機器の場合はconsumables (消耗品)とcapital equipment(機器)に大別されます。

医薬品、医療機器の消耗品の売上は、以下のように分解できます。

  • その医薬品・医療機器(以下、商品)を扱っている病院
  • 商品を処方・利用する医者
  • 商品の処方・利用頻度

具体例で考えてみましょう。例えばある病気(病気A)を専門とする病院・クリニックが日本に1,000あったとします。

そして、各病院・クリニックにその病気を治療する専門医が平均2名おり、平均して年間1,000名の患者さんを診て、薬を処方するとします。

すると、その薬の市場規模は

1,000 (病院・クリニック数) x 2人 (医者の数) x 1,000人(患者数) = 200万人分

となります。ここで、その病気に対する医薬品があり、その販売承認が得られており、かつ保険償還(保険からお金が支払われるということ)も得られているとします。

その薬の平均卸価格が5,000円とすると、200万人 x 5,000円 = 100億円、となります。

つまり、この100億円の市場を参入している企業で争うことになります。

消耗品ビジネスを伸ばすためには、

  • いかにその商品の適応となる患者さんを増やすか(市場を広げる)
  • いかに扱ってもらう病院を増やすか(アクセスを増やす)
  • いかに扱ってくれる医者を増やすか(他の治療法・競合との競争に勝つ)
  • いかに扱ってくれる医者の処方・利用頻度を増やすか(他の治療法・競合との競争に勝つ)

の4点が既存の市場での売上を考える基本的な切り口になります。

機器の場合も考え方は同じですが、機器の場合は病院やラボごとの購入となることが多いため、より二番目の「いかに扱ってもらう病院を増やすか」がより重要になります。

いかに患者さんを増やすか(市場を広げる)

新しい医薬品・医療機器を世に出す場合、市場そのものを広げる必要があることがあります。

いわゆるQOL(Quality of Life – 生活の質)を改善する新しい薬などは、メーカーが市場を広げる必要がある一つのカテゴリです。

具体例としてファイザー(Pfizer)の勃起不全治療薬のバイアグラを考えてみましょう。

「日本のED(勃起不全)有病者数調査2019」によれば、全国の20-79歳におけるEDの有病者数は軽度型で1,411万人、中程度で720万人、完全型で680万人と、中程度以上の患者数で約1,400万人います。

一方で、EDの治療・相談をしたことがある人は、そのうちの7.6%で、薬を服用したことがあるのは14.5%です。

2019年現在ではEDの治療法として薬があることは一定程度知られていますが、バイアグラが発売された頃には、ED治療薬というのは今ほど知られていませんでした。ファイザーはそこで、以下のように考えました。

全国の中程度以上のEDの有病者の5%が毎月4錠バイアグラを購入するようにすることを目標とする。バイアグラの正規品は50mg一錠で2,000円程度とする。

このような目標値を設定した時、市場規模は

1,400万人 x 5% x 4錠 x 12ヶ月  x 2,000円 = 670億円

になります。年間このくらいの売上が見込めるならば、100億円近い額を営業・マーケティングに使っても、十分以上に利益が出る計算になります。

そこで、ファイザーは「ED(勃起不全)は治る病気です。バイアグラという選択肢があります」と患者さんに大々的に、直接訴えることで市場を広げ、患者さんが直接お医者さんに薬をお願いするような流れを作ることで、売上を伸ばしました。

ファイザーは特許で保護されている期間に積極的にバイアグラを一般消費者向けに広告することで、各国で市場を広げ、バイアグラをブロックバスター(10億ドル以上の売上を持つ医薬品)まで押し上げました。

このような戦略を取るのは、その治療法について自社が独占している、あるいは圧倒的なシェアを持つ時に有効です。独占状態が続く限り、市場を拡大することがそのまま自社の売上拡大に繋がります。

一般的には、特許が切れてジェネリックが出る段階で、市場を広げても他のジェネリックメーカーが漁夫の利を得てしまうため、特許を持つメーカーは市場全体を拡大させる施策を止めます。

いかに扱ってもらう病院を増やすか(アクセスを増やす)

商品をある病院に取り扱ってもらえるようにするのは、アクセスの問題です。

国にもよりますが、大別して病院は政府が運営する公的病院と私立病院の二つに分かれます。

  • 公的病院:営利目的でない病院。予算の制約が政府によって決まる
  • 私立病院:営利目的の病院。予算の制約は病院のマネジメントにより決まる

公的病院のアクセスは国によりますが、国の販売承認とを得たらその病院に販売することができる場合もあれば、その州や地方の入札に参加しなければならない場合もあります。その場合、「入札で選ばれる」、というステップが必要になります。

現実には保険償還が得られていないと扱わない病院が多いため、①国からの販売承認、②保険償還(国または民間保険)、③入札(行われている国や地域であれば)、の2または3段階のステップが必要になります。

私立病院も同様で、国からの販売承認、保険償還がほぼ必須になります。

加えて、多くの私立病院は購買力を上げるために購買ネットワークであるGPO (Group Purchasing Organization)の一メンバーとなっており、多くの場合はGPOと交渉し、商品をGPOの購買リストに載せてもらう必要があります。

例えば、ある病気について、50%の患者さんが公的病院へ行き、50%の患者さんは5つある私立病院の病院グループのどこかに行くとします。

すると、その病気に対する商品の販売承認と保険償還を取得したとしても、それだけでは公的病院へのアクセスしかなく、半分の市場にしかアクセスすることができません。

私立病院までアクセスを広げるためには、個別に一つ一つの私立病院のネットワークと交渉し、市場を広げていくことが必要になります。

また、アクセスの問題は最終購買者である病院だけではありません。

流通業者が力を持っており、その病院に販売するためには特定の流通業者を利用しなければならない場合もあります。

例えば国によっては、「病院の経営者の親族が医療機器の流通業者を営んでおり、その病院にアクセスするためにはその流通業者を通さなければならない」、というのもよくある話です。

また、あるメーカーが一部の商品の分野でその流通業者をリベートなどで押さえてしまい、他のメーカーを入れなくして特定の病院を囲い込む、というようなこともあります。

病院へのアクセスをどう広げるか、は特に卸の構造が複雑な発展途上国でより重要な質問ですが、先進国についてもどの病院・保険へのアクセスがあるか、は重要です。

いかに扱ってくれる医師を増やすか

多くの国で、どの医薬品、医療機器を使うべきかという選択において、臨床面では医師が最も大きな影響力を持っています。

特に新しい商品を病院に導入する際には、所属する医師からの推薦や提案が必要なことが多く、その商品の効果・安全性を理解して勧めてくれる医師の存在が重要になります。

マーケティングの定石である購買の流れにのっとれば、商品について、知ってもらい、関心を持ってもらい、調べてもらい、試す・購入してもらい、その体験をシェアしてもらうことが必要になります。いわゆるAISAS(Attention, Interest, Search, Action, Share)の流れです。

  • 知ってもらう、関心を持ってもらうための施策:学会でのブース設置、講演会、営業訪問、デジタルマーケティング(ウェビナー、メール、論文雑誌や医療メディアへの広告など)、論文執筆を支援等
  • 調べてもらう:デジタルコンテンツ、教育コンテンツの充実化、SNSなどのプラットフォームの利用
  • 試す・購入してもらう:営業活動、販促支援、商品トレーニング等
  • シェアしてもらう:プロクターシップ(医師が医師へ技術指導すること)、講演会、SNS等

*マーケティングの購買行動のフレームワークについてより知りたい方は、「購買行動モデル (AIDMA/AISCEAS) | 人がモノやサービスを買う流れ」、をご覧ください。

どの領域でも一部の医師が大半の患者さんを診ていることが多く、必然的に「多くの患者さんを診る」または「影響力のある」医師にどれだけ商品が使われているかが重要になります。

多くの医薬品・医療機器の新製品の売上は導入からだんだんと増えていきます。

これは、導入の際にトレーニングや説明が必要なため、だんだんと扱ってくれるお医者さんが増えていくことが主な理由です。アクセスが広がり、扱ってくれる医師の数が増えていくことで、だんだん売上が増えていきます。

ここは医薬品・医療機器と一般消費財の売上との大きな違いです。

多くの一般消費財は新商品として出てから1年以内に売上がピークを迎え、それからだんだんと下がっていくケースが多いのに対し、医薬品・医療機器の場合、商品が市場に浸透するまでの速度が遅いため、競合が出てくるまでは右肩上がりなことが多いです。

いかに頻度を増やしてもらうか

ある商品を扱ってくれる医師の数を増やす活動に加え、その商品の使用頻度を上げてもらうための活動も必要になります。

「ある病気に対して、一つしか薬や医療機器がない」、という状況は希少疾患を除いては少なく、ほとんどの病気の場合、現状で複数の治療法が存在します。

医師はそれぞれの患者さんに応じて最適な医薬品・医療機器の使用を決定します。

この「最適な」の基準は主観的です。国や学会が特定の病気に対して「それぞれの治療法に対してどの程度エビデンスにより効果が認められているか」のガイドラインを出していますが、ガイドラインを踏まえてどのような判断をするか、は個々の医師に任されている国が多いです。

例えば、あるお医者さんは患者さんには治療法Aが最善だと考える一方で、違うお医者さんは治療法Bが最善だと考える、ということは一般的です。この「最適な」の判断には様々な要素が関係してきます

  • 医師自身の臨床経験・トレーニング経験
  • 学会のガイドライン
  • その医師が所属する病院やグループで権威のある・尊敬されている人の選択
  • 論文データ
  • 医療メーカーとの信頼関係

医療メーカーは、医師への商品の使い方のトレーニング、臨床データの積み重ねのサポート、などを通じて商品の良さを広めようとします。

医療マーケティングで重要なのはこの治験データ・論文であり、これらのデータをどう生み出すか、活用するか、は特に重要です。この点については別の記事でまた解説します。

投資家としての視点

これまでに書いてきたように、ある商品の売上については

  • ある疾患の中で、商品が属する治療法の占める割合はどの程度か
  • アクセスがあるか(承認を得ているか、公的・民間の保険償還を得ているか、GPOと契約できているか)
  • 扱っている病院・医師の数がどのくらいいるか
  • 商品の扱われている頻度はどの程度か

を見ることで評価できます。

また、その商品が臨床データで有効性・安全性が示されているか、他の治療法と比べても良い結果が出ているかどうか、どの病院・医師が論文を書いているか、を見ることでもその商品の競争力の強さを測ることができます。

次の記事では実際の企業を元に、これらの視点から見ていきます。

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ギリアド (GILD) 2020第二四半期の決算と株価

新型コロナの治療法のレムデシビアで一躍注目を浴びた、ギリアド・サイエンシズの第二四半期の決算の簡単なまとめです。

レムデシビア(新型コロナ治療薬)

今期で最も大きなアップデートはレムデシビア(新型コロナ治療薬)でした。

EUを始めとした先進国で製品の販売認可を取得。アメリカではまだFDAの正式な承認は取れていませんが、Emergency Use Authorizationという認可前の製品を認可する仕組みで販売することができています。

ギリアドQ2決算プレゼンテーションより

第二四半期でギリアド はレムデシビアを150万本分を寄付しました。これは、もし販売されていたら政府向けの金額で言うと$585m分、民間向けでは$780mにあたります。

本来であれば、これだけ売上高が増加していたはずでした(前半の売上の5%-7%)。

ギリアドは生産委託を行うことで、レムデシビアの生産能力を拡大させ、年末までに200万人分のレムデシビアを生産する方針です。例えば、ファイザーが一部を生産する予定です。

前提は一人当たり治療が6本で、政府向けではUS$2,300、民間向けはUS3,250です。

仮に年末までに200万人分を販売するとすれば、政府向けと民間向けの割合にもよりますが、$4.6bから$6.5bの売上となります

ギリアド決算スライドより

元々のギリアドの2020年のガイダンスが$22bでしたので、仮に200万人分を販売できるとしたら、レムデシビアだけで売上高は20%から30%増加する計算になります。

現状のレムデシビアは点滴による投与のため入院患者が対象です。現在のアメリカで新型コロナに感染している人は230万人で、毎日6万人程度の新規感染者が出ています。

worldometers.infoより

アメリカの新型コロナ患者で入院まで至る率が10%だとすると(ここ2ヶ月程度の死亡者数/新規感染者は2%以下で推移しているので、入院まで至った患者の生存率を80%と仮定しています)、毎日6,000人の新規患者が発生している計算になります。

下半期の180日間で平均的に毎日6,000人患者が出るとすると、アメリカだけで、6,000人 x 180日 = 108万人。

その他全世界の先進国の需要と備蓄の需要を考えれば、200万人分というのは、新型コロナがどれだけ猛威をふるうかによりますが、そこまで実現不可能な数字ではないでしょう。

また、ギリアドはレムデシビルを吸入型(喉にシュッと)で投与する効果についてもフェーズ1の治験を始めました。こちらはフェーズ3で安全性と有用性が確認されれば、入院患者以外にも処方が可能となるため、市場が拡大することが期待されます

次年度以降の需要はワクチンの成否と新型コロナがどれだけ長く広まり続けるか、によるためレムデシビアの売上への貢献は読みにくいです。ただ、2020年については$4b以上の貢献が見込めそうです。

実際にギリアドは、今年前半の売上が前年度を割ったにもかかわらず、売上のガイダンスを2月時点の$22bから$23b-$25bまで引き上げています

コアビジネス(HIV、C型肝炎)

ギリアド決算資料より

第二四半期の売上は前年比7%減の$5bで、前半は3%減の$10.5bでした。こちらは下記の原因です

  • 新型コロナの影響で外来患者が減少したことにより、HIVやC型肝炎の診断が遅れ、新規の患者数が減少した
  • Ranexa, Letairisのジェネリックが2019年より発売され、ジェネリックにシェアを取られた

ギリアドはC型肝炎向けのソバルディ・ハーボニーで売上高を大きく増加させましたが、以前の記事にも書いたように、「効きすぎて」患者がいなくなったため、今では前年比で売上を減少させる要因になっています。

ビジネスの80%を占めるHIV向けの売上は堅調であるため、ビジネスの基盤はしっかりしていると言えるでしょう。

特に主力製品であるBiktarvyは引き続き高いシェアを維持しており、GSKのViiVからの攻勢を退け、引き続き70%近いシェアを確保していると考えられます。

また、売上の10%超を占めるC型肝炎の患者も病気が消えるわけではないので、新型コロナが落ち着けば、新規患者数が増え、売上は少しずつ戻っていくと考えられます。

ギリアド決算資料より

細胞療法

まだ売上の2%と小さいですが、ギリアド(正確には買収したKite Pharma)が積極的に投資をしているのがCAR-T細胞療法という新しいガンの治療法です。

CAR-T細胞療法では、患者さんのT細胞を接種し、遺伝子操作によりCARという特定のガンの抗原を認識する部位をT細胞に付与し、患者さんの体内に戻すことで、ガン細胞を排除します。

現在は世界の市場は立ち上がったばかりで、限られた血液中のガンに関して適応が認められています。市場調査レポートに2027年には$8bの市場になると見込まれており、現在認可されているのはギリアド のYescartaとノバルティスのキムリア(Kymriah)です。

今期、ギリアド はTecartusという薬がFDAより、再発または難治性マントル細胞リンパ腫(MCL)の適応を取得しました。承認の元となった治験のZUMA-2では82%の患者さんに効果があり、62%の患者さんは全ての病変が消失した(完全奏功)し、高い有効性を示しました。

こちらは標準治療がまだ確立していない希少な病気であり、市場は小さいですが、CAR-Tの市場で2つ目の製品の承認を取れたのは大きな一歩です。

ただし、Tecartusの治験結果であるZUMA-2のプレスリリースを見る限り、サイトカイニン放出症候群が18%の患者で発生したり、37%で神経毒性が出たり、56%で重篤な感染症にかかったり、と副作用の率が相当に高いです。CAR-T細胞療法の他の治験結果も同様に副作用の率が高いので、まずこの薬から始める、というファーストライン(第一選択薬)にはなり得ないでしょう。

2025年時点において、市場が$8bまで成長すれば$2bくらいの売上は見込めるかもしれませんが売上の柱になるか、と言われればギリアドの規模からするとやや貢献が限られる印象です。

将来への投資(その他のパイプライン)

ギリアドは積極的に炎症性疾患(リウマチなど)向けの薬とガン向け抗体医療に投資をしています。どちらも非常に大きな市場です(例えばリウマチ向けの薬は米国だけでも$10b近い市場です)

ギリアド決算資料より

特に抗体医療について買収や提携を行っており、パイプラインはかなり充実してきています。

これらのパイプラインはまだフェーズ3の結果が出ていないために評価はしにくいですが、有効性・安全性が確認されれば、C型肝炎向けに代わる新たな柱になる可能性があります。

2020年の見通し

売上のガイダンスの中央値、non-GAAPのEPSも10%情報修正されました。

現在の株価$70に対し、non-GAAPのEPSベースで考えると、PER10程度です。S&P500のCY2021ベース平均のPERが20を超えていることを考えると、割安です。

2020年のカタリストは下記です。

  • ワクチンの有効性が示されず、レムデシビルの需要が急増する
  • 新型コロナ患者が冬になり急増し、レムデシビルの需要が急増する
  • レムデシビルの吸入型のフェーズ1治験で良好な結果が出る
  • Filgotnibのリウマチ適応でFDAから承認を得る

今はやや軟調な株価ですが、ワクチン・新型コロナの行方次第で、再び注目を浴びるかもしれません。

ギリアドのビジネスについてより詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。

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2030年、日本の社会、私たちの生活・価値観はどう変わるか

2030年の日本はどのような社会になっており、私たちの生活はどう変わっているでしょうか? 前回の「2030年までに起きる変化と、私たちは何を準備するべきか」の続きとして、日本の政治・社会、私たちの生活・価値観がどう変わるかを考えてみます。

そして、民主主義は敗北を迎えた

2015年に1億2,700万人であった日本の人口は、2030年には1億1,900万人と約800万人減少する見込みです (約▲6%)。

日本の将来人口推計(平成29年度推計) 国立社会保障・人口問題研究所より

日本の総人口は2010年代から減少を続けていますが、2020年代は減少の速度が加速します。人口が減るということは、一人当たりのGDPが伸びなければ、それだけ市場も縮小するということを意味します。

人口構成を見ると、若年層(15歳未満)は1,600万人から1,300万人に減少(▲19%)、生産年齢人口(15-64歳)は7,700万人から6,900万人(▲10%)に減少する一方、65際以上の高齢者は3,400万人から3,700万人(+10%)と増加します。

2030年には、人口の約1/3は、65歳以上の社会です。平日の昼間に街を歩けば高齢者ばかり、というのは珍しくなくなるでしょう。

さらに、国政の行末を決める投票率をみてみます。

衆議院議員総選挙の投票率-総務省ホームページより

衆議院選挙の結果をみてみると、20歳代は35%、30歳代は45%、40歳代は55%、50歳代は65%、60歳代は70%、と60歳代までは年代が上がるほど投票率が上がっていきます。

70歳以上になると、投票に身体的に行けない人が出てくるためか、投票率は60%まで落ちます。

仮に、世代ごとの投票率がほぼ変わらないままで推移すると仮定し、2030年の生産年齢人口の投票率の平均が45%、65歳以上の投票率平均が60%とします。すると、選挙で投票する人の割合で考えると、

  • 生産年齢人口: 6,900万人 x 45% = 3,100万人 (58%)
  • 高齢者: 3,700万人 x 60% = 2,200万人 (42%)

となります。つまり、人口だけで見れば65歳以上の高齢者は33%ですが、投票率を見ると40%以上の票を持つことになります

ここまで高齢者の割合が高いと、政治家が「高齢者に対して何か負担を増やすような政策を掲げて高齢者を敵に回すと、選挙で負ける」と考えるのは自然でしょう。

「選挙に勝つこと」が最大目的である政治家からすれば、高齢者層の票をいかに勝ち取るか、が鍵になります。

日本は社会保険が賦課方式(現役世代から高齢者へお金が回る方式)のため、個人が支払った分を将来受け取る、という方式ではありません。そのため、世代間で支払う額と受け取る額のバランスに差が生じます。

日本の場合、現在の高齢者が圧倒的に受け取っている額が大きいのが特徴です。

社会保障を通じた世代別の受益と負担(内閣府)より

高齢者は手厚い社会保険(年金・医療・介護)を享受する一方、現役世代は高齢化に伴う社会保障費の増加を支えるため、負担が増えていっており、現在の現役世代は受領する額よりも支払う額の方が増える予定です

また、現役世代が収入から支払う社会保障費のみならず、日本政府は毎年歳出の約30%を国債の発行により賄っています。これは将来世代からの借り入れなので、「どこかの段階で」将来世代が何らかの形で支払うことになります

つまり、現役世代は、現在の高齢者の社会保障を支えるため、将来自分たちが受け取る以上の支出をしなければならず、かつ将来借金を返さなければならない、という二重苦を負っています。

現役世代から見れば、現在の高齢者に回されている社会保障費を削減し、現役世代に資源配分するのが公平だと考えられます。

しかし、先にも述べたように、高齢者の票が持つ力が大きすぎるため、政党は踏み込んだ改革を行うことはできません。

結果として過去20年間続いているのは、「将来世代の軽視」です

民主主義は「有権者」が現在の政策を決めるシステムであるため、将来世代の利益は軽視されがちです。現在票を持っている人の発言権が強く、票を持つ層の既得権益を削ることはさらに困難です。

政党からすると「破綻するまで、できるだけ今のシステムを維持して、高齢者に満足してもらい投票してもらう」ことが基本の戦略となります。

社会保障に関して大きな改革が過去20年でなされていないのは、各政党が選挙に勝つ上で、合理的な判断を下しているからです。

この先10年で「将来世代のことも考えた政策を」と、資源の再配分を求める政党も出てくるかもしれません。しかし、半分以上の世帯が「生活が苦しい」と感じている以上、負担を増やすような政策が広く支持を得ることは難しく、そうした政党が多くの議席を取り、政策に影響を与えることは困難でしょう。

2019年 国民生活基礎調査の概況(厚生労働省)より

この状況を是正する方法の一つとして、世代別に議員を割り当てる年代別クオーター制などが考えられます。しかし、既存の大政党にとって利益にならないため、法案として成立するのは難しいでしょう。

このように、民主主義は各世代がある程度平等に分布していれば公平な政策が実行されることが期待されますが、日本のように少子高齢化が進み、かつ世代間に大きな投票率の差があると、「現役世代が将来世代を搾取する」という公平性が損なわれた構造になってしまいます

このような環境で変化が可能になるのは、「既存のシステムが維持不可能になった時」です。それは外的な要因(例:日本が何らかの理由で国債発行すると高インフレに陥ってしまう事態や近隣諸国との戦争など)、内的な要因(クーデターや内乱で政権がひっくり返るなど)が考えられます。

既存のシステムが維持可能である限り、日本の社会保障の状況はこの先10年も変わらず、見えている問題を常に先送りし続けるでしょう。

まとめると、いつか、どこかの世代が負担を負わなければなりません。そして、残念ながら民主主義という多数派の意見が尊重される社会のもとで、大票田を持つ既得権益者層の利益を損なう政策の実現可能性は低いです。

私たちは世代間の公平性が保たれない民主主義に生きており、チリチリと鳴り続け、膨らみ続ける爆弾を次の世代に渡すことを続けています

将来に不安を抱えた社会

「所得が伸び続ければ問題ないじゃないか」、と考える人もいるでしょう。

しかし、日本の家庭の所得は、過去20年で成長どころか減少傾向です。

特に、現役世代の中間層は「伸びない所得、増える支出」で生活が苦しくなってきています。

高齢者世帯以外の世帯の平均所得は650万円前後で過去20年推移しています。

2019年 国民生活基礎調査の概況(厚生労働省)

2019年時点での所得の平均は552万円、中央値は437万円です。

「2019 年 国民生活基礎調査の概況」(厚生労働省)より

所得が減少しているのは、複数の要因がありますが、国民負担率(租税負担+社会保障率)が上がり続けていることは大きな要因の一つです。消費税の増税、社会保障保険料の増税などで、国民負担率は10年前の37.2%から42.5%まで増加しました

額面が多少増えたとしても、税金と社会保障率の増加でほとんど相殺されてしまっている状況です。

幸いにも、地価を除き、日本は過去20年でほぼ物価が上がっていないので、多くの中間層が生活はできています。

2019年消費者物価指数(総務省)

しかし、「2030年までに起きる変化と、私たちは何を準備するべきか」で書いたように、この先10年間はAIによる人の労働の代替とアウトソーシングが進むため、中間層の職は減少し、給与にはさらに圧力がかかることが予想されます。

※「2030年までに起きる変化」はこちら。

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加えて、高齢者の割合は増え続け、現役世代は減少するため、国債発行を抑えるためには、国民負担率がさらに上がることになります。

そのため、今後10年は様々な形で、「取りやすいところから取る」の精神から、公的サービスのカットや高所得者層、中間層以上への増税が議論され、負担が増えていくでしょう。

2020年の給与所得控除の改正で負担が増える層の収入レベルが引き下げられたように、今後はどんどん負担が増える収入のラインが下がっていきます

上がらない給与、増える税金・社会保障費を予想しているためか、「老後の生活が心配だ」という不安を80%近くの国民が現在も感じており、40%は「非常に心配だ」と感じています。

前の章で書いたように、現在の政治家が取るべき最適な戦略は「現状維持」により高齢者を怒らせないことのため、この状況は2030年も変わらないか、悪化するでしょう。

「家計の金融行動に関する世論調査」(2019)より

付け加えるならば、高齢世帯は所得だけ見れば低い世帯が多いため、票田として低所得者層は重要です。よって、所得の低い世帯への支援は続くと考えられます。

2030年は、2020年現在と比べ、下記のような層の構成になっているでしょう。最も影響が大きいのは、おそらく現役で働く中間層の人たちです。

  • 高所得者層:不動産や資産運用で収入を上げながら、資産を増やして自己防衛する(海外への移住や子女を海外へ送り財産を移す人が増える)。
  • 中所得者層:所得が上がらず、負担が増え、耐えることを強いられる。
  • 低所得者層:政府から一定の補助を受けて「健康で文化的な最低限度な生活」を送る。政府からのサポートがあるため、そこまで生活は変わらない。

自分軸に沿った幸せの追求

このような未来に、人々はどのように行動するでしょうか。

所得を増やす

本業での収入が上がらないことから、「働ける人は働き続ける」、「副業をして収入を増やす」、「投資をして収入を増やす」の3本柱で、所得を増やす選択肢を取る人が現在より増えるでしょう。

「働ける人は働き続ける」は2020年現在でも続いている傾向であり、特に女性、60代の就業率は上がり続けています。

少子化で保育園に入りやすくなること、全企業に対して65歳までの雇用の義務化が2025年になされた後、おそらくさらに70歳までの雇用の努力義務が課されることで、女性・高齢者の就業率は上がり続けるでしょう。

そして、それに伴い、フルタイムではなく、週3日で働く、または1日の半分だけ働くなどの短時間勤務がより一般的になると考えられます。企業も短時間勤務を活用するような人事体系に少しずつ変わっていくでしょう。

「副業」については今はブームが始まっているように見えますが、一定以上の収入が得られる副業は、スキルと労力が要求されるため、本業のみの人が過半数でしょう。ただ、現在よりは副業を行っている人、ギグワーカーとして複数の企業から仕事を受けて生計を立てる個人事業主は増えると考えられます。

投資については、政府が「自己責任」で国民に資産の積み立てを促す方針が続くこと(NISAやiDeCoなど)、自己防衛の意識がさらに高まることから、裾野がかなり広がっているでしょう。

つまり、中間層については、「みんなが働けるだけ働き」、「自己防衛のために節税効果のあるNISAやiDeCoの投資を行う」ことが標準になっているでしょう。

「国に頼らず自分で何とかする」という国民の危機意識はより強くなっていると考えられます。

支出を減らす

2030年に多くの人が高い確率で注力するのは「いかに支出を減らすか」でしょう。

理由は、支出をコントロールするのが最も自らの努力で行いやすく、取り組みやすいことと、日本的な「倹約は美徳である」という価値観とも合致するためです。

特に、コントロールのききやすい食費、交際費、衣服費などは減らしていく家庭が増えるでしょう。これは、これらの産業の将来があまり明るくないことを示唆します。

「倹約が美徳である」ことから一歩進み、「いかにミニマルに生きられるか」と倹約を生きがいにする人も出てくるでしょう。特に若い世代で、モノを持たず、住む場所にも拘らず、好きなことをやりながら、必要最低限のモノの中で生きる、というミニマリストが増えるかもしれません。

こういった「倹約」「ミニマリスト」の生き方が広がり、YouTubeなどのメディアでスターが出てきていることが想像されます。

価値観の変化

「お金を持つのが幸せ」という価値観から、「繋がりと情熱・愛を注げるものがあることが幸せ」、という価値観に変わっているでしょう。

2030年の日本社会は、中間層に厳しい社会になる可能性が高く、中間層から上に上がることがより難しくなります。

「いくら頑張っても報われない・割に合わない」、「どうせ自分が動いても変わらない」と感じる人たちは、社会の中での価値基準に従うことを拒否するでしょう。

すると、ステータスやお金といった「社会の基準での成功」を追い求めるのではなく、「自分の価値観に沿った幸せ」を追い求める風潮になるのではないかと思います。

社会に希望が持てなくなった時こそ、身近な家族、気の合う友人、価値観があう仲間、と過ごす時間がより大切にされるようになり、繋がりをより大切にする人が増えるでしょう。

また、人々は仕事以外で「情熱・愛を注げるものがあること」を探すでしょう。それは趣味であったり、ボランティア活動であったり、ペットであったり、人により異なる対象です。

「仕事だけが人生でない」という価値観が浸透することで、「人と人との繋がり」や、「情熱・愛を注げるもの」に人は時間を使おうとするでしょう。日本人の仕事に対する価値観や時間の使い方が変化する、といっても良いかもしれません。

未来は、明るいの?

経済的な側面だけ見れば、日本の未来は明るいとは思いません。

将来世代にツケを回すやり方は政治的には合理的でも持続可能ではなく、どこかの時点の世代が対価を支払わなければならなくなります。

高い経済成長率を実現するためには移民の受け入れや教育・現役世代へ資源をより回すなどの決断が求められますが、現在の政治は「今のシステムを出来るだけ長引かせる」ことが合理的な戦略となってしまっているので、大胆な手は打ちません。このまま、小規模な打ち手を打ちながら「やってる感を出す」状態が続くでしょう。

国民は愚かではないので、そんな国の行末に不安を感じ、すでに自己防衛に動いています。2030年になる頃には「国に頼らず自分で何とかする」という自己防衛意識がより強くなっているでしょう。

一方で、社会が成長を止め、中間層の生活水準が穏やかに低下していく中で、人々は既存の価値観を徐々に変化させていくのではないかと思います。具体的には、社会的な価値(収入や社会的なステータスなど)ではなく、「それぞれの価値観に沿った幸せ」と「家族・友人・趣味を通じた繋がり」を追い求めるようになっていくのではないかと考えます。

このような方向にいけば、繋がりを大事にする、一人一人が個々の楽しみを追求しやすい社会になる、いう点で、幸せ感はむしろ上がるのかもしれません。

経済的に豊かになることを追い求めた20世紀から、精神的な幸せを求める21世紀へ。2020年代は、一つの価値観の転換となる時代になるのではないかと予想しています。

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2030年までに起きる変化と、私たちは何を準備するべきか

2020年代の最初は、新型コロナのために社会の変化が加速した年になりました。

2020年から10年前の世界を見ると「え、こんなに社会が変わったの!?」と感じるように、2030年には、今とはガラッと違った世界になっていると想像されます。変わりゆく社会の中、私たちはどのように準備していけば良いでしょうか?

結論から言えば「時間とお金を未来のために投資しておこう」なのですが、その背景を書いていきます。

2020年代に起きる技術革新

特化型AI

2020年代は人工知能(AI: Artificial Intelligence)が普及していく年代になります。

「人口知能」というと鉄腕アトムのような人型の、人間と同じような汎用型の人工知能を想像するかもしれませんが、普及していくのは特定の用途に特化した特化型AIです。

「画像認識」や「異常検知」、など特定の分野で優れた性能を発揮する機械、と言うとわかりやすいかもしれません。

特化型AIは、大量のデータを入手しやすいインターネットのサービスではすでに当たり前に使われている技術です。

例えば、Amazonのサイトを見た時に表示されるレコメンデーションの裏側で使われているのは特化型AIですし、多くの大手航空会社やホテルの販売価格も特化型AIによって最適化されています。

オフラインであっても、特化型AIが仕事の場で使われることは増えていっています。例えば、RPA (Robotic Process Automation)もその一種で、定型的な仕事を行ってくれます。

10年以上昔、僕は通信会社のアルバイトとして、携帯電話の販売店から、FAXで送られてくる手書きの契約書をコンピューターに打ち込む仕事をしていたことがあります。「画像認識をして、読み取った文字列を入力する」と言う仕事はコンピュータが得意な分野なので、今ではそういった仕事も減っているでしょう。

会議の議事録を作るとか、手書きの書類をデジタル化するとか、意外と手間がかかっている仕事はどこの会社でもあるはずです。

現在、多くの大企業が限られた範囲で特化型AIの採用を始めていますが、2030年にはほとんどの大企業でより幅広く採用されているでしょう。

半導体・高速通信規格 (5G)

AIの採用の流れを加速していくのが、半導体性能の向上の継続次世代の高速通信規格である5Gです。

5Gは高速通信・低遅延・多接続、という特徴を持ちます。5Gは人と人だけでなく、機械と機械が繋がる際に鍵となる技術です。半導体性能の向上と合わせ、街中にセンサー、通信機能、頭脳をもって動き回る機械が溢れることになります。

ドローンや自動運転もその例です。

一つ、2030年の生活の例をあげてみましょう。

空港を出て、あなたが自動運転の車で空港からホテルに行くと、人型ロボットの受付がいます。ロボットはにっこりと笑った後、あなたを顔認証でデータベースと照合して、日本人だという情報を受け取り、「チェックインが完了しました」と日本語で話しかけてきます。あなたが日本語で「部屋に爪切りを持ってきておいて欲しい」と言うと、ロボットはきちんと「わかりました」と日本語で返してきます。顔認証が鍵のため、あなたはそのまま部屋に向かいます。途中で、掃除ロボットが掃除をしているのを見かけます。部屋につき、顔認証のセンサーでドアを開けます。少し待つと、部屋から「爪切りが到着しました」と聞こえてきて、扉を開けると、ロボットが爪切りを持ってきてくれていました。

すでにHISの「変なホテル」を始めとして実装されたり、高輪ゲートウェイ駅の案内ロボなど、より多くの企業がこういった自動化ロボットを採用することで、2030年にはこれらのロボットの価格がより安くなっているでしょう。

ルンバも昔は相当高かったですが、多くの人が購入し、企業の参入が相次いだことで、今はかなり安くなりました。家庭におけるルンバと同じように、より多くの場所で、ロボットが採用されることになります。

2010年代、2020年代、2030年代

2000年代はGoogle, Amazon, Twitter, Facebookなどメディア、オンラインショッピング、人と人とがバーチャルで繋がるサービスが普及した年代でした。インターネットはまだまだパソコンが主な時代で、普及している携帯電話はガラケーで機能が限定されているものが大半でした。

2010年代は半導体性能の向上、高速通信(4G)、スマートフォンにより、いつでも・どこでもインターネットに繋がるようになりました。特に、UberやAirBnBなど、人と人がモノやサービスを交換できるサービスの普及が進みました。

また、特化型AI(レコメンデーションエンジン、顔認証など)、IoT(インターネットにつながった機械)が日常に普及し、AIが人を介さずともデータの蓄積で目的とするゴールに向けて最適化していくようになりました。

※2010年代に起きたことの詳細はこちら。

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2020年代は、機械がより賢くなり、より多くの職種でこれまで人が行っていた仕事を行うようになります。

また、機械同士で通信を行うことで、機械が連携して働く時代になると考えられます。

社会はどうなるのか

現在、AI、半導体、バイオなど最先端分野は米国と中国が覇権を争っている状態です。

欧州・日本もこの開発ゲームに参加はしていますが、実際、過去20年で新しく生まれたほとんどのデジタル産業は米国企業が先進国を席巻しています。

唯一の例外である中国はデジタル鎖国を行っており、中国企業が独占しています。

技術、企業集積の蓄積は一朝一夕では追い抜けないことと、規模とスピードが鍵となるため、2020年も巨大な国内市場を持つ米国・中国の企業が最先端分野を独占していくでしょう。

一方、2020年代が大きく異なるのは、中国が自国のサービスを海外に展開していく方針を強めていることです。

中国のサービスはインフラなどコスト競争力があることに加え(鉄道・通信など)、監視・管理技術と言う点では国家が介入しやすい作りとなっており、権威主義の国にとっては扱いやすいものになっています。

また、使い勝手で言えば、中国の企業のサービスの方が使いやすい・便利である分野も多々あります。

全部入りアプリであるWeChatなどはこれ一つで友人とのコミュニケーション、支払い、エンタメ、デリバリーができ、かなり完結していますし、これがないと中国では生活するのが困難です。

2020年が「アメリカのサービスを中心とする世界」と「中国」の2つだったのに対し、2030年には、「米国・欧州・日本をはじめとした米国の技術を主に用いる先進国群」と、「中国と中国の勢力圏にある新興国群」に世界が二分され、使うサービスも分野により二極化してくるでしょう。

良くも悪くも、中国語が英語に次ぐ世界共通言語になる日が来るのが、2020年代になりそうです。

企業はどう動くか

競争がより世界規模になっていると同時に、企業は社会が求める労働者への保護を重荷に感じるようになってきています。

1990年代より、低賃金の国に生産現場を移管させてコストダウンするというグローバル化が進んできました。

しかし、社会の目は企業の関わるサプライチェーン全体まで及ぶようになっていること、相対的に低賃金だった国の賃金が上昇を続けていることから、低賃金の国に生産を移管することが割に合わなくなってきています。

そのため、企業は機械の方が効率的かつコスト有利にこなせる仕事については、機械に置き換えていくことが想像されます。機械が得意なのは下記のような作業です:

  • マニュアル化されている、定型的な作業
  • ゴール、測定指標が明確な作業
  • 大量のデータを処理する作業

製造の現場でも、機械を用いることで先進国でも新興国と戦えるだけのコスト構造を持てるようになってきており、これは先進国での生産を回帰させる一つの要因になりそうです。

ただし先進国の製造業で雇用が増えるのは人ではなく、ロボットですが。

2020年代にさらに進むのは、サービス業におけるロボットの導入です。例えば、サービス業においても、比較的定型的な業務が多い受付などは、ロボットでも対応可能でしょう。

「4カ国語話せる」人材を見つけるのは大変でも、「一定レベルの応対が4カ国語でできるロボット」は一度に複数台導入できます。

機械に置き換わっていく

現在は機械に任せることが始まったばかりで、まだまだ価格が高く、人を雇った方が安い状態です。

しかし、機械に置き換えることが普及すると、コストはどんどん安くなります。コストが機械と人とで同じくらいになった場合、多くの企業が人を監督者として雇いながら、作業者として機械を買う・レンタルすることを選ぶでしょう

人は賃金のみならず社会保障費や採用・教育・解雇コストもかかりますし、教育してパフォーマンスを上げるのも一人一人に時間と手間がかかります。

一方、機械は文句を言いませんし、ソフトウェアのアップデートで「複数の機体の機能を一度に」上げることができます。機械は法律的な縛りなく何時間でも働かせることができますし、配置転換も容易で、さらに他の企業に売却することも可能です。

現在、海外の大手スーパーマーケットは自動レジを採用して、監督者として数人の従業員を置くようになっています。それと同様に、サービス業のレジや品出しなどはロボットが担い、人は監督者になっていくでしょう。

オフィスの仕事においても、サプライチェーンマネジメント、カスタマーサポート、経理などの仕事も過去のデータから統計的に判断できる割合が大きいため、機械で自動化されていく割合が高まりそうです。

分業が進む(アウトソーシング)

また、2020年の新型コロナで明らかになったのは、「リモートワークで多くのオフィスワークはできる」ということです。

これは異なる言い方をすれば、「世界のどこにいる人でも同様に仕事ができる」ということであり、世界での分業を促進します。

現在の「副業解禁」の延長で、複数企業で働く人が増え、プロジェクトの一部を担う「契約社員」的に副業を営む人が増えるでしょう。これは業務のアウトソーシングであり、「正社員」の雇用の減少を意味します。

また、世界を見渡せば、日本よりも低賃金で雇える優秀な人がいる国は多くあります。今は言語の壁があるために日本企業のアウトソーシングは限定的ですが、すでに自動翻訳は同時通訳がかなりの精度でできるレベルであり、言語の壁はどんどん低くなってきています。

企業の視点からすれば、世界で最適な人材に仕事を行ってもらう方が望ましいため、国境を超えてのアウトソーシングもさらに進みそうです。

人にしかできない仕事

人には人にしかできないことがあります。

  • 問題を定義し、解決すること
  • 人を動かすこと
  • 柔軟に対応すること
  • 責任を取ること
  • 決断を下すこと

問題を定義し、解決すること

特化型のロボットは与えられた課題に対して答えを出すことはできますが、課題自体を自らに問うことはしません。

「どんな社会であるべきか」とロボットに聞いても答えは返ってきませんし、理想を掲げ、そこに至るまでの課題を定義できるのは人間だけです。

また、問題点を見つけても枠を超えた解決策を考えることは、今のところ人にしかできません。

決断を下すこと

機械は定量的な判断は得意ですが、定性的な判断は苦手です。特に価値判断や複数の利害関係者がからむ状況は、機械が決断を下すには難しい状況です。

例えば、潜在的な犯罪者を見つけ出すようなシステムを考えてみましょう(シヴィラシステムのような)。

現代でこのようなシステムが開発されれば、過去の犯罪歴から潜在的な犯罪を犯す率を測定するため、アメリカであれば黒人やヒスパニックの方が潜在的な犯罪係数が高い、とみなされます。

これは、人種差別的な結果であり、「人種を価値判断の軸として用いるべきでない」、という社会の規範に反します。

つまり、「価値判断」がからむ意思決定には人が関わる必要があります。実際、人事など企業の管理職の仕事の多くは決断が求められるため、管理職の仕事は必要になります。

人を動かすこと

また、ロボットは論理的な指示はできるかもしれませんが、人はそれだけでは動きません。

人は他の人の「情熱・論理・思いやり」、に動かされて、動きます。セールスも同様で、誰かに何かを買ってもらうためには、お客さんに「買いたい」と言う気持ちを引き起こす必要があります。

人が仕事をする限り、「他の人に動いてもらって目標達成まで導くことができる人」は絶対に必要になります。

柔軟に対応すること

加えて、特化型ロボットにできないのは、柔軟であることです。

例えば受付、掃除、料理、を一人の人がこなすことはできますが、特化型ロボットでは全てを高いレベルでこなすことは困難です。

医師の診察のように、目、手、耳を使って情報を収集し、情報を統合して病気を診断するようなことも、ロボットではなかなか難しいことです。

責任を取ること

法律的に責任を取ることが求められる仕事、免許が必要となる仕事についても、人の関与が必要となります。

例えば、医療ソフトウェアが医師以上の精度で画像解析の診断を出すことができたとしても、誤診の際の責任の問題があるため、最終的な判断をする役割として医師は必要とされるでしょう。

まとめると、人が「問題を解決する」、「人を動かす」、「決断を下す」、「柔軟性が求められる」、「責任を取る必要がある」仕事は、ロボットと人が協働する時代に必要とされるでしょう。

私たちはどう対応するべきか

「中間層」は苦しくなる

このような時代が来た場合、管理職以外の中間層は苦しくなります。

現場で働く仕事では、「人間ならではの柔軟性」や「人と人との繋がり」が必要な仕事は残るでしょう。

例えば、工事現場で柱を組み立てる、地面を掘り起こして工事する、のような工事は求められる作業が複雑すぎてロボットではできません。

教師のような、「子供に質問を投げかけ、考えさせ、協調性を育ませる」、などの仕事も機械では代替できません。

人にモノを買う気を起こさせるセールスマンは、いつの時代も必要です。

一方、定型的な仕事が多い、バス・タクシー・トラックなど輸送業務に関わる人は自動運転により長期的に職を脅かされますし、製造現場でも決まった作業を行うような仕事はロボットに置き換わる可能性が高いです。

オフィスでの事務作業はどこの職場でもそれなりの割合が定型的、繰り返しの仕事です。

これらの一部または大部分がソフトウェアにより自動化されれば、必要となる人は少なくなります。

また、事務作業が国内の副業従事者または海外にアウトソースされることも今後増えていきます。

これらの影響により、

  • 中間層の仕事が減少していく
  • 中間層の給料が上がりにくくなる

ことが起きます。中間層の給料が上がりにくくなっているのは全世界的に2010年代にも起きている現象です。

この現象はさらに加速していくと考えられます。

攻めと守りの投資

これらの時代が10年後に来ることを見据えて、結論に入ります。

「人にしかできない」能力を突き詰めるのは一つの有力な道です。

「問題解決力を高める」、「リーダーシップを高める」、「決断をする力を鍛える」ことはどの仕事をするにしても、有益です。

これらの能力の重要さや伸ばし方は様々なところで書かれているので繰り返しません。これらの分野に少しずつでも時間を投資していくことが、10年後に選択肢を持てる自分になるかどうかを決めるでしょう。

これらが「攻め」としての「時間の投資」だとすると、「守り」として「資産の投資」も効果的です。

賃金が上がらないとすれば、賃金以外のところで収入を確保する必要があります。

投資は「お金に働いてもらう」という点で、資産を増やす一つの方法です。株式、債権、不動産、コモディティなど様々な投資対象がありますが、株式・債権が最も始めやすいかと思います。

株式へのインデックス投資は過去100年以上にわたり長期的にリターンを出していますし、今後100年も世界経済が成長を続けるならば、それに応じて株式の価格は上昇していくと予想されます。国債は現在は利率が低いですが、それでも銀行預金よりは高い金利です。

現在の覇権国である米国に投資するのであればどちらも特別なスキルはいらず、ただ定期的にインデックスに積み立てていくだけで良いので、多くの人が実践できます。

日本は大学を出ていたとしても、多くの人が金融教育を受けておらず、ほぼ金利がつかない銀行預金に半分以上の家計金融資産が寝ている、という不思議な国です。

金利が0%の口座に100万円を置いておいても30年後に100万円ですが、年利5%で回れば100万円は30年後に4倍以上の440万円になります。

加えて、銀行預金は利率がインフレ率よりも低いことが多く、インフレに弱いですが、株式はインフレに強いので、インフレ対策にもなります。

どちらの行動が30年後に良い結果を生むかは、明白ですし、そもそも日本の将来は若者にとってあまり明るくは見えないため、自己防衛として少額でも早いうちに始めた方が良いです。

仕事にしろ、生活にしろ、私たち一人一人が今、何に投資をするかが将来の選択肢を決めます。

想像以上に早く変わっていく社会。変わらず徐々に国際社会での地位を落としていっている日本。

そんな中で、10年後の未来に向けて、あなたは何に投資を始めますか?

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2010年代に起きた、5つの大きな変化・トレンド

投資・ビジネスを考える上で、世界がどう変わっていくかのトレンドを考慮することは重要です。2020年からの10年に何が起きるかを考えるためにも、2020年までの10年で何が変わったか、このトレンドが続くのか、を見ていきましょう。

スマートフォン:全世界が市場に

2010年代の10年間で最も大きな変化は、スマートフォンの普及、と言っても過言ではないかもしれません。

iPhoneの1号機が発売されたのが2007年です。2010年からスマートフォンの販売は急速に上昇し、2014年には12億台を売り上げました。

2015年以降、全世界で毎年15億台前後のスマートフォンが販売されています。

Number of smartphones sold to end users worldwide from 2007 to 2020 (Statista)より

中国、インドのメーカーが廉価版を販売したこともあり、2010年代にスマートフォンは世界中に行き渡りました。

先進国では、PCからスマートフォンへ移行したのに対し、発展途上国ではPCのステップを飛ばしてスマートフォンを使い始めました。

2010年代は世界中の中間層以上のほぼ全員がインターネットへのアクセスを得た、と言っても良いかもしれません。

スマートフォンは電話、カメラ、メール・インターネット、ゲーム等、2000年代ではそれぞれの用途ごとに別々に存在していた機器を全て統合し、人々の手元にもたらしました。

また、オンラインでのモノ・サービスの購入を当たり前にし、人々の購買のパターンが変わりました。

スマートフォンが普及したことによる、いくつかの業界における変化の例は以下です。

  • デジタルカメラ市場の消失(ハイエンドのアナログ・デジタルカメラ以外の需要がスマートフォンに食われました)
  • 新聞・本・雑誌の紙のメディアの衰退とオンラインメディア・ソーシャルネットワークの影響力増大
  • テレビの影響力の減少とオンライン動画メディア(Youtube, Netflixなど)の影響力増大
  • 小売の衰退(オンラインと実店舗の競争により、実店舗の小売の需要がオンラインに食われました)
  • オンラインとオフラインの融合(オンラインで事前に注文し、店舗で当日に受け取る、など)
  • インターネットサービスのPCファーストからスマホファーストへの移行
  • スマートフォンで操作できるIoTが身近になった(アレクサ、スマートセンサーなど)

2010年代に起きたこれらの変化は不可逆です。新型コロナの影響で人々が家にいる時間が伸びたことから、人々の活動におけるオンラインの比重はより増しています。人々がオンラインでの活動を増やすことは、2020年代にも戻ることはないトレンドだと考えられます。

高速通信(4G):文字から動画へ

高速通信(4G)はソフトウェアの進化を支えたインフラです。

10年前は通信速度に大きな制限があったため、インターネットのメディアはデータ量の比較的小さいテキストがベースでした。

人と人とのコミュニケーションも同様で、メールやSMSなど文字と画素の低い写真が主に用いられていました。

高速通信規格である4Gが商業化されたことにより、スマートフォンが扱える通信データの量が爆発的に増加しました。これにより起きた変化のいくつかは下記です。

  • 画像・動画をふんだんに用いたコンテンツがメディアの主となってきた(Instagram, SnapChat, TikTok, etc.)
  • 通信量のかからない、アプリを用いたコミュニケーションが主となった(Whatsup, FB Messenger, LINEなど)
  • 外出先での動画を用いてのコミュニケーションが当たり前になった(Facebook Messenger, Whatsup, Microsoft Teams, Zoom, etc.)
  • スマートフォン向けゲームがよりリッチになった

歴史的にも、通信技術の進化は新たなサービスを生み出すきっかけになってきました。

2020年代で実用化される5Gはさらに高速の通信速度を持つため、動画への流れは続くでしょう。

また、5Gの低遅延の特性は、人と人のみならず、機械と機械の通信でより真価を発揮して、新たなサービスを生むと予想されます。

シェアエコノミー:所有から利用へ

コンピューターの処理能力の向上により、クラウドコンピューティングが普及したこともソフトウェアのビジネスを変えました。

2000年代がFacebookやTwitterなど人と人とがバーチャルに繋がる、ユーザー無料の広告収益モデルのサービスが普及した時代だとすると、2010年代は下記の点で一歩進みました:

  • バーチャルにつながった人の間でモノやサービスを交換する動きが進んだ
  • 一定額を定期的に支払い利用する「サブスクリプション」が主な購入方法となり、所有から利用への移行が進んだ

個人が主に使うサービスのいくつかの例は下記です。

  • 空いている時間・場所を他者にシェアするサービス:Uber (タクシー)、Airbnb (宿泊・観光)
  • 趣味で作ったモノ・使わないモノの交換を促すサービス:Etzy、eBay、メルカリ
  • 所有から利用へ:Spotify (音楽), PS Now/PS Plus (ゲーム)

企業向けにおいても同様で、2000年代はライセンスを購入して個別のPCへインストールするのが主だったのに対し、2010年代はクラウド上にあるサービスを利用する、SaaS (Software as a service)が主なソフトウェアの購入方法となりました。

提供者側の視点からは、サービスは「販売による売り切り」から「アップデートを続けながら売り続けるもの」に変わりました。

Microsoft 365、SalesForce、Adobe (creative cloud)、DropBox,、Boxなど現在使われているソフトウェアの多くがサブスクリプションモデルです。

サブスクリプションモデルへの移行により、より顧客満足度が大事になったことから、機能の定期的なアップデートが行われるようになったと同時に、「カスタマーサクセス」、「カスタマーエンゲージメント」などの顧客満足度の最大化に焦点を置いた新たな役割が生まれました。

加えて、こうしたソフトウェアのサービスでは大量の顧客データが企業に残るため、「データサイエンティスト」などのデータを活用するプロフェッショナル職が新たに生まれました。

より多くの人々が所有よりも共有に慣れ親しんだ結果、この流れは2020年にも続くと考えられます。

独占:国家よりも影響力を持つ企業の誕生

2010年代はGAFAM(Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoft)の時代でした。

GAFAMはそれぞれの分野でプラットフォーマーとして独占的な地位を築き、世界中にユーザーを広げてビジネスを展開し、競合を事前に買収して脅威の芽をつむことで、自らのビジネスを守ってきました。

  • Google: 検索(Google)、ブラウザ(Chrome)、アンドロイドOS/Google Play Store
  • Apple: iPhone/iPad /Apple Watch/Mac, iOS, Apple Store
  • Facebook: Facebook, Instagram, Whatsup
  • Amazon: Amazon/Amazon Prime, Amazon Cloud
  • Microsoft: Windows, Office

7月19日時点でのAppleの時価総額は$1.67t (180兆円)と世界10位であるカナダのGDPとほぼ同じです。売上高も$267b (約30兆円)と中規模の国の財政支出以上です。

GAFAMの企業の規模は並の企業では束になっても敵わず、米・中以外のテック系企業はこれらの企業の動き一つで潰されます。

世界で唯一事情が異なるのが、デジタル鎖国を行っている中国です。中国では海外のネットサービスの利用に制限があり、独自のインターネットの生態系があります。

GAFAMに対抗する軸としては中国のBAT (Baidu, Alibaba, Tencent)があり、こちらも中国のグレートファイヤーウォールの中で独占的な地位を築いています

特に、Alibaba、Tencentはスーパーアプリとも呼ばれる、「全部入り」のアプリを提供しています。

これらの2つの企業は、決済、コミュニケーション、配達サービス、病院の予約、など他の先進国では見られないほど様々なアプリが入ったアプリを提供しており、スマホを持つほぼ全ての中国人は両方、または少なくとも片方のアプリを入れています。

これは便利であると同時に、政府が情報を握っていると言う点でかなり怖いことです。なぜかと言うと、一つの企業が「あなたがいくら銀行に保有し、いくら稼ぎ、どこへ行き、何を買い、誰とコミュニケーションをとり、何を言ったかのデータを全て持つ」ことになるためです。

「一つの企業が、国家よりもあなたについて多くを知る」と言うことになりますし、悪用・またはデータが盗難されればあなたの個人情報が晒されることになります。中国の場合、法律上、BATは国家の要請があれば情報提供を断れませんし、「国家があなたの全てを必要があれば知れる」状態になっています。

先進国では、Facebook、LINEもユーザーあたりの収益性を上げるために、メッセージアプリを軸にして、スーパーアプリの方向性を目指しています。しかし、これは国家との戦いになる可能性があります。

国家は「国家をも上回る資金力と個人の情報を手に入れた企業」の脅威をようやく認識し始めました。

EUにおけるGAFAへの独占禁止法違反での調査や個人情報保護法などはその一貫であり、「巨大すぎる外国企業の活動をどう管理するべきか」は、特に米中を除く(=これらの巨大テック企業を持たない)国家のテーマになりました。

2020年代にもこのテーマは引き継がれ、国家とこれらの巨大企業の摩擦はより大きくなる可能性があるでしょう。

グローバル化:切り分けられた労働

インターネットで世界中が繋がりコミュニケーションのコストが大幅に減少したこと、自由貿易の推進により、過去十年でモノ・サービスは世界の最適地でより開発・設計・生産されるようになりました。

これは企業のサービスにおいても同じです。

例えば、2010年代に、多くの米国企業はサービスのコールセンターをインドやフィリピンなどの賃金が安い国へ「アウトソース」(企業の機能を外に出すこと)しました。また、経理などのバックオフィスの仕事も定型的な仕事(例:伝票処理)はより賃金の安い国へのアウトソーシングが進んでいます。

同時に、「機械に任せた方がコスト・品質的に良い労働は機械にやらせよう」という動きは加速しており、製造現場だけでなく、サービスの現場でも定型的な業務はどんどん自動化ソフトウェアに置き換わっています。

Amazonの先進的な工場では、ピックアップロボットが正確に、素早く荷物を倉庫からピックアップし、段ボールのラインではロボットが荷物を積めています。

国内の例では三井住友銀行はRPA (Robotic Process Automation)で定型的な業務を削減し、人件費の削減につなげました。

2010年代は、「企業内でヒトがやるべき範囲」、「企業内で機械で自動化すべき範囲」、「アウトソースすべき範囲」、という切り分けと機械の自動化・アウトソースの実行がより進みました

企業が定型的な業務をアウトソースしたいと考えたこと、求める人材の水準が上がって就職できない人が増えたこと、企業に左右されず自らの生き方を選択したいと考える人が増えたことにより、「ギグワーカー」とも呼ばれるような、企業に属さず、個人事業主として働く人が増えました。

これらの「アウトソース」、「機械による自動化」のトレンドは中間層の賃金を押し下げることになりました。結果として2010年代は、先進国で中間層が経済成長の恩恵をあまり感じられない10年となりました。

2010年代に世界中の中間層が「強いリーダー」、「変革」、「反グローバル化」を求める動きに繋がったのは偶然ではなく、このような経済的な背景があります。

2020年代は政治的には「成長」よりも「再配分」への揺れ戻しが起きるかもしれません。

しかし、企業のレベルでは「自動化」、「アウトソース」への流れは止められないため(止めると他の企業との競争に負ける)、個人の自己防衛が求められる時代になると考えられます。

まとめ:2010年代の変化・トレンド

  • 伝統的メディアの影響力減少とオンラインメディア(SNS含む)の影響拡大
  • 高速通信規格がもたらしたコンテンツの進化(仮想現実などより大容量のデータ通信が必要となるコンテンツ、機械から機械への通信など)
  • 所有から利用への流れ
  • 国家より巨大化したテック企業と国家との衝突
  • 企業で「グローバルなアウトソーシング」・「自動化」が進み、政治レベルで反グローバル化が起こった

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東京女子医大から見る、日本の病院経営

東京女子医大でボーナスを支給しない・する、看護士が大量に辞める・辞めない、などの見出しがニュースを賑わせています。しかし、東京女子医大の置かれた状況は決して特殊な例ではありません。

今回は日本の病院経営、新型コロナが病院経営に与える影響、今後の影響について書いていきます。

日本の病院経営

そもそも、日本の病院は利益率が低く、固定費の割合が高い病院が多いため、変化に弱い収益構造です。

実際、昨年の段階で日本は約半数の病院が赤字状態にありました。(特に国立・公立病院。医療法人は全体としては黒字)

新型コロナウイルス感染症の病院経営への影響-医師会病院の場合- より (N=58)

例えば、2020年7月8日に発表された、「新型コロナウイルス感染症の病院経営への影響-医師会病院の場合-」 で回答があった58の病院の平均的な収益構造をみてみましょう。

この資料によると、2019年3-5月の平均的な収益は月に3億円で、そのうち70%以上が入院、20%程度が外来からの収益です

病院によって入院・外来の比率は異なりますが、入院では手術や高額な検査をすることが多いことから、他の病院でも入院が収益の大半を占めることが多いです。

一方、支出をみてみますと、給与費で月に1.65億円と55%程度が職員(医師、看護師、スタッフなど)への給与です。委託費の2500万円の一部も外注している人件費と考えれば、人件費だけで60%を超えます。

減価償却費の5%も合わせれば、70%近くが固定費になります。つまり、病院は固定費の比率が大きい業種です。

変動費である材料費(医薬品・医療機器)は6,300万円と約20%ですが、こちらも様々な理由から特定の医薬品・医療機器の利用が求められることもあり、削ることがそこまで容易ではない費用です。

収益構造を見ると、支出カットで利益を上げようとするのが難しいことがわかります。

すると、収益を改善するためには収入をあげるために

  • 患者数を増やす
  • 患者あたりの単価を増やす

ことが必要になります。

患者数を増やすためには経営の能力が必要となります。

しかし、日本は医療法上、医師でないと病院経営ができません。医師としての能力と経営能力が必ずしも一致しないことが、日本の病院経営で赤字状態が続いていることの一つの理由です。

また、患者あたりの単価も、医療費抑制の流れからの診療報酬や医薬品・医療機器の単価引き下げの方針により、今後は下落傾向が見込まれます。

つまり、収益を増やすための環境としては、かなり苦しい内部環境と外部環境です。

収益改善のために打てる施策の具体例

打てる施策の具体例の一部は以下のようになります。基本的には、特化して、オペレーションを改善するという方向になります。病院経営に秀でた人材を採用し、それを現場レベルで落とし込む必要があるため、実行面に課題があります。

  • 特化する:全ての病院が全ての専門分野で秀でるのは困難です。むしろ、専門特化した方が、医療従事者の専門性が高まって評価が高まると同時に、生産性も高まり、経営的にもプラスになることが多いです。難しいのは「多くの科を持って欲しい」、というニーズが地域からある場合で、経営の最適化と利害関係者の意向の方向性が異なる場合も特に公立病院ではよくあります。
  • 管理スタッフに優秀な人材を配置する:多くの病院では臨床重視、経営軽視の文化が根付いており(医師が最も偉く、医師が仕入れるといった機材・医薬品・医療機器を言われるがまま仕入れる)、購入の最適化がされていません。例えば、同じベンダーに違う科から別々に発注していたりしますが、これをまとめるだけで一回あたりの発注量が増え、ディスカウントを得られたりします。ただし、医師からの抵抗があることも多いという話はよく聞きます。

他にも数多くの「定石」があります。

新型コロナの病院経営への影響

新型コロナが流行したことにより、下記のような影響がありました

  • 患者さんが病院にいくのを怖がり、外来・入院患者数が減少した
  • コロナ患者を受け入れた病院は隔離が必要となるため、部屋やベッドの利用率を下げざるを得ず、入院による収入が減少した
  • 手術を行えなくなった(患者さんからの延期の依頼、政府からの自粛要請、ベッドや医療物資確保などの理由により)ために手術の売上が減少した

これらの理由により、4月は全国の病院で平均的に収入が減少しました。

新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査(最終報告)より N=1,307

5月27日に発表された、日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会の合同調査によりますと、昨年4月の利益率が平均して1.5%であったのに対し、2020年4月はマイナス8.6%と赤字に転落しました。

特にコロナ患者の入院を受け入れた病院は外来、入院ともに前年比10%以上の減収となっており、受け入れを行っていない病院よりも下落幅が大きくなりました。

「赤字が出ている状況で、ボーナスを出す原資がない」、というのはほとんどの病院に当てはまる状況でしょう。

東京女子医大の例は全てカットということで注目を浴びましたが、どの病院も同じような判断をしてもおかしくない状況にありました。

「赤字のために人件費を追加で出せない」というのはコロナ前でも日本の半数近くの病院が抱える課題であり、新型コロナによりさらに状況が悪化したと言えるでしょう。

今後の展開

政府は第二次補正予算案を組み、「ウイルスとの長期戦を戦い抜くための医療・福祉体制の確保」として2兆7000億円を医療機関の支援に充てることを決めました。

この資金注入により、医療機関はしばらくの間、少しは持ち堪えることができると思います。

しかし、新型コロナについても現在の抗体が長続きしないという研究結果を見る限り、私たちは新型コロナとしばらくの間は共生しなければならないでしょう。

入院・外来の減少はコロナがおさまるまで続くことが予想され、今回の支援に続いて、何らかの支援が医療機関の「倒産」を食い止めるために必要でしょうし、短期的には、また補正予算が組まれる可能性は高いと考えられます。

より深刻な長期的な課題としては、今回のコロナ危機が日本の医療機関の職場の「ブラックさ」を明らかにしたことです。

長時間勤務、上がらない待遇、感染症にさらされるリスク、の中で懸命に奮闘する日本の医療従事者はその貢献に見合った称賛を得られていないように思いますし、「割に合わない」と感じる人が増えると、医療従事者を志す若者や現役の医療従事者の減少に繋がります。これは、日本の医療業界の未来にとって悪影響です。

日本の医療を支える医療従事者の方々が報われるよう、政府の支援と病院経営の改善に期待したいところです。

なぜ新型コロナが医療機関の収益を悪化させるのか、海外の状況はどうか、についてより知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

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米大統領選:トランプvsバイデンを見るポイント

大統領選挙はアメリカ政治の一大イベントですが、世界にとっても、世界一の強国の大統領が決まるという大きなイベントですし、世界の株式市場にも大きな影響を及ぼします。共和党候補は現職のトランプ、民主党候補はバイデンです。

今回は大統領選でどちらが優勢かの現状、今後のポイントについて書いていきます。

大統領選、どちらが優勢か

大統領選はアメリカ政治の一大イベントです。11月の大統領選挙では、州ごとに集票が行われ、ネブラスカとメーンを除く州は勝者総取りです。

合計が538票のため、270票以上取ると過半数を確保できます

7月11日現在の大統領選は、バイデン(民主党)がトランプ(共和党)に対して有利に進めています。

現在、バイデンが有利に進めている州の選挙人の合計は222人、トランプが有利に進めている州の選挙人の合計は125人、まだどちらに転ぶかわからない州(スイングステート)の選挙人の合計は191人です。

RealClearPolitics 2020年大統領選より

このまま優勢の地域が変わらなければ、民主党はスイングステートであと50票を確保できれば、勝利できます。

青い地域は2016年の大統領選でヒラリー・クリントン(民主党)に投票した地域とほぼ同じです。

2016年の時にはヒラリー陣営が獲得した票は232票でしたので、現在バイデンが有利に進めている州の選挙人の合計とほぼ同じです。

4年前にはヒラリーは後述する「ラストベルト」(さびついた工業地帯)を全て落としたことに加え、フロリダ、ノースカロライナと大票田も落としたことが敗北につながりました。

2016 Presidential Election

現在、トランプが有利に進めている中部、南部の赤い州は過去30年共和党が強い地域です。また、西の沿岸部と北東の沿岸部も同じく過去30年は民主党が強い地域です。

傾向としては、都市部・沿岸部は民主党支持層が多く、郊外や農村部は共和党支持者が多いです。ニューヨーク州、カリフォルニア州、イリノイ州(シカゴ )という米国の主要な大都市は民主党です。

今後の焦点となる州

共和党、民主党ともに「岩盤地域」(支持が動きにくい地域)があるため、より自分の陣営になる可能性が高いスイングステートに選挙活動を注力することになります。2020年大統領選挙の現時点におけるスイングステートは下記の13州です。

州名 選挙人数
TX テキサス 38
FL フロリダ 29
PA ペンシルバニア 20
OH オハイオ 18
MI ミシガン 16
GA ジョージア 16
NC ノースカロライナ 15
AZ アリゾナ 11
WI ワイオミング 10
NV ネバダ 6
IA アイオワ 6
NH ニューハンプシャー 4
Others その他(メーン、ネブラスカの一部) 2

このうち、テキサス、フロリダ、ラストベルト(ペンシルバニア、オハイオ、ミシガン、インディアナ)は票数(影響力)が大きく、特に注目です。

テキサス

全米でカリフォルニアに次ぐ大きさを持つテキサスは伝統的に共和党が強い州です。2020年の選挙で38票を持つことに加え、人口増加率も高く、今後も票数が増加することが予測される、共和党にとって最も重要な州の一つです

民主党はカリフォルニアや、ニューヨーク、マサチューセッツをはじめとする北東部をガッチリと抑えていることを考えると、共和党はテキサスを失うと、2020年のみならず、将来にわたり今後大統領選で勝てる可能性が大幅に減少します。

そんなテキサスですが、アメリカに起きている変化の最前線にある地域でもあります。

テキサスでは、ヒスパニック(中南米をはじめとするスペイン語圏をバックグラウンドにする人たち)の人口増加が白人よりも早いペースで増加しており、2020年にはヒスパニックの人口が白人を超えることが予想されています

ヒスパニック・アジア系の人口増加速度は白人を大きく上回っており、アメリカの国勢調査を元にした予測では2045年には白人が過半数を割ると予測されています。

テキサスでは2010年の時点ですでに白人が過半数を割っており、2020年には最大の人口グループですらなくなる、ということでアメリカの将来を先取りしているとも言えます。

厳密に言えば、ヒスパニックは若年層の割合が多いことと、白人よりも投票率が低いため、投票する人の数で言えば2020年時点でも白人の方がまだまだ多いですが、時間が経てば立つほど白人がマイノリティになる傾向はかわりません。

アメリカという国は人種によりどちらの党を支持するかがかなり顕著に割れている国です。例えば2016年の結果を見ても、白人男性は圧倒的多数がトランプに投票し、黒人・ヒスパニックは民主党支持が圧倒的でした。

2016 Election Result by Race (青=民主党、赤=共和党)

この傾向が続けばどうなるかというと、テキサスで「ヒスパニックの人口が増えるにつれ民主党支持が増え、民主党の州となる日が来る」、ということです。

あなたが白人男性を支持者層とする共和党の大統領でしたら、どうするでしょうか?

「ヒスパニックの増加を抑制する」、「ヒスパニックを追い出す」ことで、民主党の支持者基盤を削減する、というのは一つのアイデアです。

その視点から見ると、トランプの「メキシコとの間に壁を作り入れないようにする」(=ヒスパニックの流入を防ぐ)、「移民ビザの制限をする」(=家族ビザで家族を連れてくることが多いヒスパニックの流入を防ぐ)、「ヒスパニックが多いDACA(親がアメリカに不法入国した際に連れてこられた子供たち)をアメリカから追い出す」(=ヒスパニックを減らす)、というのはこの方針に沿っています。

また、ヒスパニックは英語ができない人も相当数いるため、スペイン語だけでは「選挙人登録」しにくくする(アメリカでは住民票がないため、自ら投票用紙が送られてくるように登録する必要があります)、「犯罪歴がある人は投票できない」などと投票権を無くして投票できないようにする、なども共和党が進めたい施策です。

40票近くあるこの州を落とすと、共和党の勝ち目がほぼなくなります

さらに、現在テキサスでは新型コロナ感染が拡大したことで、現在の共和党知事のコロナ対策への不満が高まっており、結果としてトランプへの支持率が低下してきています。

トランプからしたら間違いがあってはいけない州のため、大統領選までの間で何かしらの対策が打たれる可能性が高いです。

可能性としては、エネルギー企業への支援、さらなる中南米系移民への強硬策などでしょうか。要注目の州です。

フロリダ

フロリダもニューヨークを超える人口をもち、全米第3位の29票を持つ州です。この州は過去何度も大統領選の勝敗を決める州になってきました

2000年には「民主党のアル・ゴアと共和党のジョージ・W・ブッシュがこの州の結果次第で大統領がどちらか決まる」という状況で、得票数の差が全体の0.5%以下の大接戦となり、票の数え直しが行われて、裁判まで行き、最後の最後までもつれた、というドラマが起こった州でもあります。

2016年の選挙は1.2%の差で共和党、2012年は0.8%の差で民主党が勝利、と僅差で揺れ動いている州であり、今回の選挙でも接戦が予想されます。

ヒスパニックの割合が30%と高いのですが、キューバ系移民が多く、キューバ系移民はカストロ政権に強硬姿勢をとる共和党支持の割合が高いので、必ずしもヒスパニックの割合が高いことが民主党優位に繋がっていません。

こちらもテキサスと同じく新型コロナの感染者数が増えている州になります。

現大統領のトランプの政策やリーダーシップへの不満が高まれば、それだけバイデンが有利になります。

ラストベルト

ラストベルト(錆びた帯)と呼ばれる製造業が強い地域は揺れ動く州(PA、OH、MI、IN)であり、合計65票になります。

これらの州は製造業比率が比較的高く、「生活水準が上がらず不満が募る白人製造業従事者」が多い地域です。

民主党は、2016年の大統領選では事前の予想ではヒラリーが大きくリードしていたためにこれらの州を十分に重視していませんでした。結果として、「隠れトランプ」とも呼ばれたトランプ支持者が多く投票所に足を運び、ヒラリーはラストベルトを全て落として、敗因に繋がりました。

トランプは再戦を確実にするため、「TPPからの脱退」、「NAFTAの見直し」、「製造業のアメリカ回帰の推進」といった、「生活水準が上がらず不満が募る白人製造業従事者」向けの政策を過去4年で行ってきました。

民主党は4年前の反省を活かし、これらの州を奪還することを目指しています。

バイデンは$400b (44兆円)を製造業に投資するという政策案を出していますが、これは主にこのラストベルトの票を狙ったものと考えられます。

バイデンの政策案に対して、トランプは「これは自分の案でバイデンが盗用した」とコメントしています。どちらもラストベルトの票が2020年の大統領選で重要であるということが背景にあります。

まとめ

大統領選挙はアメリカ政治の一大イベントですが、世界一の強国の大統領が決まるという、世界にとっても大きなイベントにもなります。

テキサスの結果は今回の大統領選のみならず共和党の将来を左右しますし、フロリダがどちらにふれるかは大統領選の結果を左右します。

ラストベルトはどちらの候補も注力しており、今後数ヶ月で製造業向けの政策案が飛び交う接戦になることが予想されます。政策によっては、NAFTAの見直しのように貿易に大きな影響を与えます。

ざっくりとでもアメリカの大統領選の仕組み、どの州がポイントか、の知識があると、それぞれの候補が「どのような層に向けて、何を、どんな目的で発言しているのか」がわかり、よりニュースがわかるようになります。

今回の記事が、2020年の大統領選でどんなポイントがあるのか、を知るきっかけになれば嬉しいです。

参考図書:

  • 大石格 「アメリカ大統領選 勝負の分かれ目」(日本経済新聞社)
  • 西山隆行 「アメリカ政治講義」(ちくま新書)

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