ZOOM(ZM)は買い時なのか: ビジネス・株価の分析

新型コロナによる在宅勤務の普及から、一躍有名企業となったZOOM。3月のNASDAQの調整に伴い、ZOOM(ZM)の株価も直近の2月の高値である$444から$311まで、約30%下落しました。

下落を機会にZOOMを投資候補にする人も多いのではないでしょうか?

今回はZOOMについて、ビジネス・株価の点から分析してみます。

ZOOMのビジネスモデル

ZOOMのビジネスはいわゆるSaaS (Software as a service)モデルです。顧客は月額または年間のサービスの利用料を支払い、ZOOMのビデオ会議サービスを用います。

ZOOMは下記のサービスを提供しています

  • ZOOM Meetings/Video Webinar
  • ZOOM Rooms
  • ZOOM Phone
  • OnZoom (まだベータ版)

このうち、ZOOM Meetings/Webinarはみなさんお馴染みの、ビデオ会議サービスです。

ZOOM Meetings/Webinar

ZOOM Meetings Plans

ZOOMはいわゆるフリーミアムの仕組みを採用しており、無料プランで人を集め、そこから有料のプランに誘導するビジネスモデルです。

無料であるBasicプランは40分までの会話が可能です。3人以上で40分以上の会話をしたければ年間$149のプランを購入すれば、30時間まで100人までの会議ができます。

法人向けには電話機能も提供しており、個人から大企業までをターゲットにした異なるプランを提供することで、幅広いターゲットを狙っています。ZOOM Meetingsが収益の柱です。

また、ZOOMはWebinar用のサービスも提供していまして、こちらも参加人数に応じた料金体系になっています。

ZOOM Webinar Plans

無料のサービスをテコにして、ZOOMは顧客基盤を順調に広げていっています。特に、11人以上を雇用している法人の顧客基盤が順調に拡大しています。

11名以上を雇用する顧客の数は2020年のQ1からQ4の終わりまで、265,400社から467,100社まで1年で76%伸びました。

直近では2020Q1からQ2までの10万社近い伸びはありませんが、それでも1四半期で34,000社の増加はかなりのハイペースです。

ZOOMの2020Q4決算時のQ&Aによると、この11名以上を雇用する顧客からの収益が全体の63%を占め、残りの37%が10名以下の法人または個人からの収益です。

これらの顧客の中で、1,644社が10万ドル(1050万円)以上を年間支払っている顧客であり、こちらも1年で113%増と順調に増加しています。

G2Kと呼ばれるグローバルで最も大きな企業での浸透率はまだ14%で、まだまだ増加の余地があります。

2020Q1 2020Q2 2020Q3 2020Q4
Customers with more than 10 employees 265,400 370,200 433,700 467,100
customers contributed more than $100,000 769 988 1,289 1,644

また、1顧客あたりの単価も年率で30%以上増加を11四半期連続で続け、無料から有料、さらに有料プランの中でもより高いプランへの誘導が順調に進んでいます。

2020年のZOOMについては大躍進という言葉がピッタリな、全ての顧客に関する数値が飛躍的に伸びた年でした。

ZOOM Phone

ZOOM Phoneは企業向けの電話サービスです。こちらは企業の電話の電話番号をクラウド上で管理し、割り当てるPBX(電話交換機)と呼ばれる市場に向けた製品になります。

既存の企業の多くがIP-PBX(インターネットを利用した電話交換機)を用いていますが、ZOOMはクラウドを用いたクラウドPBXを提供しており、こちらはIP-PBXと比較して初期導入のコストが安い、拡張もしやすい、といった利点があります。

ZOOM Phones Plans

ZOOM Phoneを導入した11人以上を雇用する企業の数は10,700まで増加しています。

こちらはZOOMを導入している11人以上を雇用する企業約47万社の約2%で、自社の顧客基盤の中でもまだまだ伸び代があります。

また、10,000ライセンス以上の契約を結んだ企業の数は18であり、こちらも徐々に増加していっています。

ZOOM Rooms

ZOOM Roomsは企業の会議室向けのビデオ会議システムのサービスです。多くの企業ではビデオ会議のための部屋があり、そこには会議システムと呼ばれる、各地のオフィスと映像と音声を繋ぐシステムが設置されています。

ZOOM RoomsはLogitechなどの機器メーカーとパートナーシップを組み、このオフィス会議システムの市場に参入した製品になります。

こちらは部屋ごとの料金プランになっています。

ZOOM Rooms Plans

CiscoのWebexなどが主な競合になります。こちらのサービスについては具体的な数値がまだ公表されていません。

OnZoom

OnZoomはまだテスト段階のベータ版のサービスです。こちらは主に個人事業者・インフルエンサーをターゲットにしたサービスで、ZOOM上で参加費の徴収や商品を販売することができるようなサービスです。

ユースケースとしては、料理教室やヨガの教室などを行い生徒を集めたり、インフルエンサーが商品を紹介し、それを販売する、などが考えられます。

ZOOMの戦略

ZOOMの戦略は以下になります。ZOOMはSaasのビジネスを考える上で有用な、AARRRのフレームワークで考えるとわかりやすいです(Acquisition, Activation, Retention, Referral, Revenue)。

このフレームワークを用いて、ZOOMがユーザーの①獲得(Acquisition)、②顧客化(Activation)、③継続(Retention)、④紹介(Referral)、⑤収益化(Revenue)について何を行っているかを整理してみます

  • 獲得;フリーミアムモデルで無料ユーザーを獲得する
  • 顧客化;無料ユーザーを 有料ユーザーにすることで売上を上げていく
    • グローバル展開を進め、特に北米以外の西欧、アジアでの法人営業を加速させ、有料法人ユーザーを増やす
    • 個人の有料ユーザーを広げる製品としてのOnZoom
  •  継続;継続率を高める
    • 法人ユーザー向けにはZOOM Meetingsのユーザーエクスペリエンス(顧客体験)の継続的な向上を続け、製品優位性を保つと同時に、他の企業の製品にもZOOMを組み込みやすくすることで、ZOOMから顧客が離れないようにしていく(moat – 堀を作る)
    • 個人のユーザーについてはOnZoomで繋がりを保つ
    • 他のサービスと連携することで使い勝手をよくし、ZOOMから離れることを防ぐ(Google Calendar, Outlookとの連携等)
  • 紹介;紹介率を高める
    • ユーザーの継続率を上げられれば、ZOOMでの会議・イベント参加者が増え、参加者がアプリを利用することでさらにZOOMが知られ、利用者が増えていく
    • また、ネットワーク効果でより多くのユーザーが使えば使うほど製品の利便性も増加していく
  • 収益化;ユーザー単価を上げる;
    • 北米では継続的にユーザーを獲得すると同時に、既存のユーザーにZOOM Webinar、ZOOM Phone、ZOOM Roomsを売ることでユーザー単価をアップしていく(アップセル)
    • 個人ユーザー向けにはOnZoomでアップセルを行う

主要なKPI(Key performance Indicators – 経営を行う際に重要となる指標)は、11人以上の従業員を持つ法人顧客の数、既存顧客からの売上、主要サービスの顧客獲得(Zoom Phone、Zoom Rooms)になります。

法人向け

法人向けにZOOMが目指しているのは、「顧客を囲い込む」ことです。

ZOOM MeetingsやWebinarsのようなウェブ会議を法人むけに提供するサービスは、従業員の生産性を上げる、「プロダクティビティソフトウェア」に分類される市場です。

この市場は競合も多く (例;Microsoft Teams, Verizon Bluejeans, Cisco Webex)、特にMicrosoft Teamsは企業向けアプリケーションの標準であるOffice 365とバンドルされていることもあり、ほぼ全ての法人顧客に用いられる可能性がある非常に強力な競合です。

一例をあげればチャットツールであるSlackがMicrosoftのTeamsによって成長鈍化させられ、Salesforceに買収される道を選びました。

同様に、ZOOMも常にMicrosoftのTeamsの脅威に晒されています

特にSaasは初期投資が低く、変更のコストも低いため(=スイッチングコストが低い)その分、ZOOMも契約を切られる可能性が高くなります。

Microsoftが365 E5という法人向けプランでTeamsを強力に推し進めていることもあり、 ZOOMにとっては「法人顧客がいつMicrosoftに取られるのか」は深刻なビジネス課題です。

この脅威に対して、ZOOMは企業の比較的変更しやすい「ウェブ会議」だけでなく、電話や会議室といった、ハードウェアの投資が必要であり、「より変更しにくい」サービスを提供することで、企業を囲い込もうとしています。

言い方を変えれば、ZOOMをきっかけとして顧客の社内コミュニケーション全体に入り込み(電話、会議室、ウェブ)、ZOOMから離れられないようにしようとしています

少し抽象化すれば、ビデオ会議サービス提供者から、コミュニケーションプラットフォーム提供へのバリュープロポジションの変更です。

これは、解約率を下げるということに加え、一顧客あたりの単価を上げられるという点でも良い施策です。

また、すでに顧客になっている顧客に新しいサービスを売る方が全く新規の顧客にサービスを販売するよりも効率が良いため、営業効率もよくなります。戦略的にも、財務的にも筋の良いアプローチです。

また、Microsoftという巨大な競合がいるウェブのビデオ会議市場に比べて、社内向け会議システムや機内交換機の業界の競合は大企業ですが、比較的スピードの遅いプレイヤーが多く(Verizon、Cisco)、IP-PBXからクラウドPBXへの技術変化の流れにも乗っており、ZOOMとしてはシェアを獲得しやすい市場です。

ZOOM CEOのEric Yuanの言葉を借りれば、「ZOOMはkiller app(人気のアプリ)からプラットフォーム企業になる」ことを目指しており、ZOOMの成功を基盤として、比較的変化の遅い業界へ乗り込み、市場を拡大しようとしています。

好調なZOOM Phoneの展開を見る限り、法人向けの戦略については、初期の成功が見えつつあります

個人向け

個人向けサービスに関しては、ZOOMに変わるサービスとしてMicrosoft Teams、Google Meet、少人数ではFacebook Messenger等も競合になるため、非常に競争が激しい市場です。

また、新型コロナが落ち着き、人々がZOOMよりも対面で会話することを望むようになると、解約率が増加する可能性があります。

この脅威に対して、ZOOMはOnZoomというビデオ会議を基盤とした課金プラットフォームを提供することで、個人事業主やインフルエンサーを集め、有料ユーザーを増加させようとしています。

こちらのサービスはコンセプトは良さそうです。ただし、サービスはまだベータ版であり、この戦略がうまくいくかはまだ未知数です。

また、いわゆるC2C (Consumer to Consumer)のビジネスの世界ではGoogleのYouTube、FacebookのMarket Place、Twitterの参入、と競争が激しい市場であることと、こちらもネットワーク効果が働き先行者のメリットが大きいサービスですので、OnZoomのサービスのフルローンチが遅れると、その分競争に勝つのが難しくなります。

以上をまとめると、法人向けサービスについては戦略の方向性が決まり、実行も順調に進んでいます。ただし、個人向けについては新型コロナ後に有料ユーザーがどの程度離れるのかが未知数であり、OnZoomもまだ成功が見えていないことから、個人向けサービスについては成長が続けられるか不透明な状況です

ZOOMの直近の決算

ZOOMの直近の四半期決算は、全てポジティブな結果でした。

  • 売上の予想$810に対して$882m(10%近いポジティブなサプライズ)
  • EPSの予想$0.79に対して$1.22 (54.4%のポジティブなサプライズ)
  • 2022売上の予想$3.56b、EPSの予想$2.96に対して売上$3.76から$3.78b、EPS$3.59-$3.65のガイダンス(売上・EPSともに予想よりポジティブ)

ガイダンスに従えば、現在の$347の株価水準では、2022 Forward PSR (Price to Sales Ratio)は28.6、non-GAAPの2022 Forward PERは96となります。

Forward PSRが28.6というのは高い水準ですが、ZOOMの過去の水準からすると、2019年と同等程度です。2020年の過度な期待が剥がれた、といっても良いのかもしれません。

売上高ですが、Saasでは法人向けの多くは年間契約となっており、よほど解約が受注を上回らなければ、売上高が基本的には右肩上がりに増えていきます。

2020Q4の売上高が$882mで、単純計算で前期の売上高を1年間維持できれば$3.53bです。売上$3.76-$3.78というのはその数字から6%増であり、個人向けの有料サービスの解約が増えるリスクをかなり見込んでいるのでしょうが、実現可能性の高いガイダンスだと感じます

また、ZOOMは2020年Q4の結果では粗利益で70%、営業利益で29%と非常に高収益の企業であり、かつ利益率は売上の増加に伴い、改善傾向にあります

この粗利益、営業利益の高さは、比較されることが多い他のSaasサービスと比べても頭一つ抜けています。ARKの創業者であるCathie Woodが「ZOOMはバリュー株」と呼ぶのが分かるほど、既に安定した事業ベースを築いています。

現在はK-12向け(米国の小中高)に無料でサービスを提供していることもあり、こちらのサービスを新型コロナのパンデミック後に有料化した場合、さらに粗利益・営業利益率の向上が見込めます。

2021年のガイダンスについても、営業利益率、純利益ともに30%のガイダンスです。売上高が拡大すること、ワクチンが行き渡り、K-12のサービスを今年中に有料化できる可能性を考えれば、利益についても売上高と同じく実現可能性が高いガイダンスであると考えられます

ZOOMを単一のビデオ会議サービスを提供する企業として見れば新型コロナ後に成長余地が限られるように感じられますが、Zoom Phone/Zoom Rooms/OnZoomと新型コロナ後の世界を見据えた打ち手をうちながら、コミュニケーションのプラットフォームを目指しています。

その戦略が実現するのであれば、ZOOMはMicrosoftやSales Force.com等と併用される、企業内でのコミュニケーションのデフォルトのソフトウェアの一つとなり、更なる成長が見込めます。

ZOOMの株価推移・チャート

ZOOM 1 Year Stock Price

ビデオ会議サービスを提供するZOOMは新型コロナで最も追い風を受けた企業であり、昨年3月の過去1年間から見ても、株価は$105から2020年10月には最高で$559と5.5倍まで増加しました。

現在の50日間移動平均線は下落傾向で、$378、200日の移動平均線は$363であり、どちらも3月12日の終値$346を上回っています。

移動平均線から見ると、ZOOMの株価は下落トレンドにあります。11月の急落時の$376、1月の急落時の$349、2月の急落時の$313、とボトムを切り下げているのが、明確な下落トレンドで嫌な感じです。

需給の点では、3月3日、4日は出来高を伴って2日間で20%下落をしており、これは機関投資家が売却したことを示唆します。株価は直近の最安値である$313から現在は約10%上昇しました。出来高は3月3日以前よりも少なくなってきており、売買が落ち着いてきていることがわかります。

加えて見逃せないのは、ZOOMはARKの旗艦ファンドであるARKKの主要銘柄の一つである点です。

ARKK Holdings of ZOOM

ARKはZOOMの大きな買い手であり、保有割合を増やし続けています。

特に3月はZOOMの価格が落ちた時の買い手となってきました。直近では、株価が大きく落ちた3月2日、3、4日に大きな買いを入れています($372, $343、$341)。ARKKの平均買値は$416であり、現在の株価水準より20%高い価格となっています。

$340くらいの水準はARKにとって魅力的な水準であり、さらに下がった場合は購入されることが見込まれ、下支えがあるという点で好ましいです。一方、ARKKのETFの解約が増えるとその分だけ売りの圧力が増えるため、ARKKのコア銘柄の一つであるということは諸刃の剣でもあります。

また、ZOOMはいわゆる「Work From Home」(WFH)銘柄とみなされていること、ハイグロース株、とみなされていることから、ワクチンが行き渡る世界を人々がより実感するにつれて、テーマで株を購入していた投資家が離れ、需給が悪化して、さらに売られる可能性はあります。また、長期金利が現状の1.6%を超えて増加していくようですと、3月前半のように、また一段と売り込まれる可能性もあります。

短期的には株価の変動が激しそうですが、長期的には戦略がうまく行けば大化けする企業、のように感じます。

まとめ

  • ZOOMは新型コロナをきっかけとした在宅勤務の急速な普及を受けて、躍進したサービス。順調して顧客数を増加させ、かつZOOM Webinar、ZOOM Phone、Zoom Roomsといったサービスの追加により1顧客あたりの顧客単価も順調に増加させている
  • 法人向けのZOOM Phoneが好調で、今後も既存顧客へのアップセルを通じて、顧客単価向上に寄与する見込み。また、ZOOM Phone・ZOOM Roomsは顧客を囲い込む意図があり、Microsoft Teams対抗の鍵である
  • 個人向けは競争が激しい市場であることことに加え、ワクチンが行き渡り、人々がオフィスへ戻り、友人・家族と対面で会うことができるようになると、有料会員が減少するリスクがある。OnZOOMが個人を囲い込む鍵となるサービスだが、まだベータ版であり、未知数
  • ZOOMは上場からずっと良い決算を出し続けている企業であり、直近の決算の売上高、EPS、ガイダンスも全てアナリスト予想を上回った。
  • 2021年のガイダンスは2020年の第4四半期の結果を見る限り、有料会員の個人の解約を見込んだとしても、やや控え目な印象
  • ZOOMは粗利益70%、営業利益30%と超がつくほどの優良企業であり、収益化できていないハイグロースと比べても魅力的
  • 株価は調整を経て2021年のForward PSR30以下と、新型コロナによる業績のブーストがかかる前の水準まで落ち着いている。
  • ビジネスの観点からは株価は適正な水準まで落ちてきた印象。一方、チャートが明確な下落トレンドであることが懸念。現在でもARKが積極的に購入を行う水準であり、ARKの買いが下支えになる可能性もあるが、ARKKの解約が売りに繋がるという懸念もあり、諸刃の剣。

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2021年に向けた政治の流れとビジネス・投資機会

2021年、どのように社会が変化していくかを考え、投資機会を考えていきます。定番のPEST(Politics, Economy, Society, Technology)のフレームワークで整理していきますが、今回は、政治について書きます。

2020年の政治(Politics)

2020年は新型コロナの年と言っても過言でないでしょう。インフルエンザの世界的流行以来、約100年ぶりの感染症の大規模感染に対し、各国の政治家のリーダーシップが試される年になりました*

*政治家が直面した「命を救うために、いくらまでなら支払えるか」という課題については、下記の昨年3月に書いた記事に詳しく書いています。
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課題に対し、それぞれの国・地域は異なったアプローチを取りました。中国、オーストラリア、米国、日本の例をみていきます。

中国

新型コロナ発祥の国と考えられる中国では感染症に対して非常に厳しい対応を取りました。具体的には、

  • マスクの着用義務化、街中に検温施設を設けて、早期発見を強化
  • 大規模な検査による早期発見
  • 厳しい営業制限により人の動きを制限
  • 都市封鎖や区画封鎖により感染症が起きた地を隔離する
  • 新型コロナ患者専用の病院の開設により、感染者を隔離
  • 海外からの渡航禁止・帰国制限により海外からの感染者の流入を制限
  • 携帯のアプリケーション(健康コード)を通じて、全国民の行動を監視するとともに、経済再開開始を支援
  • 国による大規模な支援によるワクチン・治療薬開発の加速

特に、アプリケーションを通じての行動監視は効果的で、感染者、濃厚接触者の特定が効率的にでき、感染を抑えることに成功しました。

四早(早期発見、早期隔離、早期診断、早期治療)を目指した施策により、人口13億人の国であるにもかかわらず、2020年12月も新規感染者は連日数十人程度です。しかもその数十人のほとんどは海外からの帰国者であり、空港から市内まで至る事なく、隔離されています。

人々の自由を大きく制限して、プライバシーに大きく踏み込むアプローチは、議会による合意を得る必要のない、一党独裁国家であることから素早い実行が可能でした。中国の意思決定と施策の実施までの早さは時間とともに広がっていく感染症を抑え込むという点で、優れた結果を出しました。

オーストラリア・ニュージーランド

オーストラリア・ニュージーランドも中国に近い、厳格な行動制限を用いるアプローチで感染を抑え込みました。

しかし、アプローチとしてはトップダウンで力で抑え込むというよりは、政治家のリーダーシップにより国民からの合意を得るという方法でした。

両国が継続的に出していたメッセージは、「人命は最も重要であり、感染症を止めるには国民一人一人、ビジネス一つ一つの協力が必要」です。

外出禁止などの行動制限や罰則を用いたことは中国と同じですが、段階的に行動制限を緩和し、どの程度の行動は許されるかを明確に伝えました。検査を受けるか受けないか、どの程度制限を厳密に守るか、は個々人の判断に任されました。

また、政府は新型コロナにより生活に影響が出た人々への支援や危機に陥ったビジネスへも手厚い支援を行いました。失業保険の増額、ビジネスへの財政・金融支援、により人々の生活を支えました。

オーストラリア・ニュージーランドは、島国の利点を活かし、他国からの移動を制限し、自国内の感染をほぼ0にすることを目指しました。国のリーダーである政治家は明確なメッセージ、プロトコルを作って国民に共有し、継続的なコミュニケーションを通じて国民の行動変容に繋げました。結果として、感染症を抑え込み、素早い経済回復に繋げました

米国

アメリカは感染症を抑えることよりも、「いかにビジネスを継続させるか」、「いかに治療薬・ワクチンまでの時間を稼ぐか」に重点を置きました。

  • 失業保険の増額、現金の家庭への至急
  • ビジネスへの財政・金融支援 (Payment Protection Program等)
  • ワクチン・治療薬開発・生産・流通への巨額の財政支援と政府による治験などの支援(Operation Warp Speed)

ニューヨーク州やカリフォルニア州など民主党が州知事を勤める州では外出禁止などの行動制限がされましたが、国としては人々の行動を制限することには消極的であり、トランプ大統領は感染症が広まったのちも、「ウイルスは危険ではなく、行動を変える必要がない」という立場でした。

特に、Operation Warp Speedはアストラゼネカ(英)、バイオンテック(独)・ファイザー(米)、モデルナ(米)の三種類のワクチンの開発やGilead SciencesやRegeneronの治療薬開発・生産に貢献し、人類と新型コロナとの戦いに大きな希望をもたらしました。

一方、「感染症を放置しながら時間を稼ぐ」というアプローチをとった弊害として、米国は現在新型コロナで最も苦しんでいる国です。2021年1月1日現在、3億3000万人中、2,000万人以上が感染し、約35万人が死亡しました(worldmeters.infoより)。1,000人に1人がこの感染症で命を落とした計算になり、今でも毎日新規で20万人が感染しています。

感染症の広まりとそれによる経済の落ち込み、失業率の増加、は現職大統領に不利に働き、トランプ大統領は再選することができませんでした。大統領としては「国民の結束」を訴える民主党のバイデンが選ばれています。

日本

日本はアメリカに近いアプローチで、人々やビジネスの行動を制限するのではなく、「いかにビジネスを継続させるか」を重視しました。

法改正が必要だったこともあり、他国で行われたようなnon-essential (必要不可欠でない)ビジネスの営業停止や人々の外出制限などの行動制限には踏み込まず、罰則のない「要請」にとどめました。「要請」であるため、政治家など国のリーダーも要請通りの行動をとるわけではなく、要請から外れた行動をとった政治家に対しての罰則もなく、あくまでも「個々の判断」に任せました。

日本では大多数の国民が「要請」に従い外出を自粛し、マスクの着用をした結果、政府が罰則を伴う外出禁止などの施策をとっていないにも関わらず、感染者の数は抑えられました。一方、強い施策を取っていないためにウイルスが残り続ける状況は変わらず、国民の長期にわたる自粛によりビジネスに影響が出てきました。

政府が対策として打ち出した「Go to Eat」や「Go to Travel」といった施策は人の移動を促しながら、新型コロナで特に売り上げにダメージを受けた飲食業、旅行業を支援する施策です。西欧や豪のようにそれぞれのビジネスに休業を依頼しながらビジネスを支援するというやり方ではなく、「お客さんを増やすことで支援する」、というアプローチを取りました。

これらのアプローチは第三波と呼ばれる2020年12月の感染拡大まではある程度機能しており、日本の感染者数は欧州、米国と比較してはかなり低い水準で推移していました。しかし、2021年1月1日現在、東京を始めとして感染者の数が急速に増加しており、予断を許さない状況です。また、感染の拡大を受けて、政府への支持率は下落傾向にあります。

2021年に何が起こるか

感染症は世界中の人が同じ問題に直面したという点で、非常にユニークな現象です。

施策と結果が国を越えて比較できるため、結果が比較しやすくなっています。そのため、同じ問題に直面した時、その問題をうまく解決できた国はその他の国からの尊敬を集め、逆に感染症を抑えることができなかった国は他国からの評価を落としました。

結果として、2020年は「民主主義が最適な政治形態である」という西側諸国が信じていた価値観を揺さぶられる年となりました。その影響が2021年以降に出てきます。

新型コロナに対して、最もうまく対応できた国一つは、強権的に対応した一党独裁の中国です。

一方、民主主義の守り手を標榜していた米国は新型コロナへの杜撰な対応を繰り返し、最も多くの国民が感染している国になっています。選挙結果を覆そうというトランプ大統領の「あがき」や社会の分断を煽って再選を果たそうというその姿勢も、民主主義が社会を安定させるシステムではないということを全世界に示し、民主主義への信頼度を低下させました。

コロナ対策で成果を出しており、かつ安定的に経済成長を続けているという点で、中国の一党独裁の政治システムと国民をコントロールする仕組みは、まだ政治システムが固まっていない途上国にとってはより魅力的に見えるようになりました。

社会の分断が目立つ米国、ブリクジット後にスコットランド独立など分裂のリスクを抱える英国、極右政党の台頭が目立つフランス、「メルケル後」が描けないドイツ、と民主主義各国が政治的な脆さを抱えています。2021年のこれらの国の政治的な状況次第では、さらに民主主義への信頼が失われる可能性があります。

そのため、2020年を一つの転換点として、途上国への中国型の政治と経済のシステムの輸出が進むと考えられます。これは、国レベルのサポートを得ながら輸出先を増えせるという点で、中国の国策企業にとってはポジティブな話です

また、新型コロナで経済的にダメージを受けた人が多く出たことに対し、全世界的に政府が財政支出を拡大させて失業者対策、貧困対策を行い、企業を資金注入で支え、中央銀行が金利を下げて景気を保とうとしたため、全世界が同時に社会保障を充実させる「大きな政府化」しました

米の例で言えば、財政支出に積極的でない共和党がGDPの約15%に当たる$3.1兆ドルの財政赤字を容認したこと自体、異例です。緊縮的な財政政策の傾向のあるドイツですらEUの仕組みを利用した財政支出の拡大に賛成しており、全世界の政府が市場にお金を流し込んでいます。その状態でも、米国、欧州を見る限り、好調な株式市場とは正反対に、雇用情勢は依然として厳しい状況です。また、いくつかの国では税金を下げながら財政支出を上げたため、財政は急激に悪化しました。

雇用状態が依然として厳しい状況であるため、2021年も「大きな政府」の流れが続くでしょう。つまり、政府は財政支出により社会保障の拡大や経済活性化のための投資を行っていくことになります。

政治的に特に注目を浴びているのが、クリーンテクノロジーの分野です。米国ではバイデン次期大統領が「再生可能エネルギー」への大幅な投資を公約している他、欧州も「グリーンディール」に基づいて、再生可能エネルギーへの投資を拡大させています。日本も2050年に「カーボンニュートラル」の目標を掲げています。政府からの後押しを受け、この分野は今後数年間、政府からの投資を受けて成長を続けていくでしょう。

支援を受けるのがクリーンエネルギー業界ですが、全ての業界にとって追い風が吹くわけではありません。2021年は米中の大手テクノロジー企業に対しては規制が厳しくなることが予想されます。

特に対象となるのは、GAFAと軍事と結びつきの強い中国テクノロジー企業(半導体、監視ソフトウェア、ドローン企業等)でしょう。GAFAに対しては欧州で税率の引き上げと規制が検討されており、米国内でも独禁法での訴えがされるなど、段々と行動範囲に制約がかけられるようになっています。

過去にマイクロソフトは独禁法により訴えられ、和解により事業分割は避けられましたが、その後は法務リスクを意識してあらゆる変化への対応が遅くなり、結果として検索エンジンではGoogleに抜かれ、SNSではFacebookの台頭を防げませんでした。GAFAについても事業分割は避けられた和解ができたとしても、これまで以上に当局を刺激しないようなアプローチが求められ、今後の事業運営に足枷が課されることになるでしょう。

また、中国のテクノロジー企業については米国市場へのアクセスがなくなること、また米国企業からの調達ができなくなるリスクがあります。「中国への圧力が必要」というのは米国議会でも党派を問わずコンセンサスとなっていることと、米国国民の中でも中国への悪感情が広まっており、中国へ譲歩するような姿勢は大統領も見せづらいでしょう。バイデン大統領となったとしても、急速に米中関係が改善する可能性は低そうです。

以上のように、2021年は

  • 民主主義国家の政治的な混乱リスクが増加し、全世界的な民主主義への信頼感の低下する(相対的に、中国的な統治システムの魅力増加する)
  • 大きな政府化、政府が財政支出と低金利にて経済を支えつづける体制が続く。先進国、中国がクリーンエネルギーへ投資を始めており、クリーンエネルギーでどこの国が覇権を握るかの国家間競争が加速する
  • 大手テクノロジー企業への規制が厳しくなり、中長期的な成長性に影響を与える

と予想されます。中国はカントリーリスクはありますが、今後途上国への影響力を拡大していくと考えると、米国や香港に上場している軍事関連以外の中国株を調べてみても面白いかもしれません。また、クリーンエネルギーは今後数年の投資テーマになりそうなので、要注目です。

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なぜ富裕層はあなたより税金を払わないのか?

米国大統領選挙の争点の一つは米国内での「格差」です。米国では「富裕層がさらに豊かになり、労働者層は上がる生活費と上がらない給与で貧しくなる」、という現象が1980年代のレーガン政権以来続いてきました。

また、最近では米トランプ大統領の支払った連邦所得税がわずか年750ドル(8万円)だったということでも話題になりました。

今回の記事は税金に焦点をあてて、「どうして富裕層の支払う税金が少ないのか」、「どうして社会の格差が縮まらないのか」、について書いていきます。わかりやすさのため、米国と日本の例も合わせて紹介します。

アメリカの富裕層が支払う税金

2019年における、アメリカ労働者全体の課税率(所得に対する税率の割合)は28%です(“The Trimph of Injustice” Emmanue Sanz より)。

言い方をかえれば、10万ドルに対して、2.8万ドルが税金として徴収され、7.2万ドルが手元に残る、ということです。

労働者のうち、下位50% (1億2000万人)の税率は25%と平均より低く、上位10%を除く上位中流階級40%の平均は28%です。

一方、最上位400人の平均税率は23%と、下位50%の人々よりも低い税率になっています

これは米国だけの現象ではなく、日本でも起きていることです。背景としては、税金の種類により、税率と租税回避の容易さが異なることによります。

税金の種類

米国の税金も日本と同じく、所得税、社会保障税、消費税、資産税、法人税が中心です。

所得税

米国では所得税は、連邦所得税、州の所得税、地方所得税(ニューヨーク等)の3階建てです。所得に応じて税率が異なる、累進課税になっています。

連邦所得税の最低税率は10%、最高税率は37%で、約52万ドル(5,500万円)以上の所得に対してかかります。

Tax rate Taxable income bracket Tax owed
10% $0 to $9,875 10% of taxable income
12% $9,876 to $40,125 $987.50 plus 12% of the amount over $9,875
22% $40,126 to $85,525 $4,617.50 plus 22% of the amount over $40,125
24% $85,526 to $163,300 $14,605.50 plus 24% of the amount over $85,525
32% $163,301 to $207,350 $33,271.50 plus 32% of the amount over $163,300
35% $207,351 to $518,400 $47,367.50 plus 35% of the amount over $207,350
37% $518,401 or more $156,235 plus 37% of the amount over $518,400

僕が暮らしていたミネソタ州の所得税も収入により異なり、最低税率は5.35%で、最高税率は9.85%です。

一人世帯でしたら、$164,401 (約1,800万円)以上で最高税率、と連邦所得税より低めです。

ミネソタ州では市の税金がないため、最高税率は45.85%となります。最低税率は連邦の10%に5.35%を足した、15.35%になります。

日本の2020年度の所得税は4,000万円以上の所得に対して、税率45%。日本は住民税10%がさらに加わるので、55%。

日本の方が最高税率は高めですが、最低は所得税5%に住民税10%を足した15%とミネソタ州の労働者への税率とほぼ同じです。

日本の所得税率

課税される所得金額 税率 控除額
1,000円 から 1,949,000円まで 5% 0円
1,950,000円 から 3,299,000円まで 10% 97,500円
3,300,000円 から 6,949,000円まで 20% 427,500円
6,950,000円 から 8,999,000円まで 23% 636,000円
9,000,000円 から 17,999,000円まで 33% 1,536,000円
18,000,000円 から 39,999,000円まで 40% 2,796,000円
40,000,000円 以上 45% 4,796,000

参考:国税庁ホームページより

最高税率に10%の違いはありますが、どちらも近い水準です。

所得税は累進性が高く、日米ともに多く稼ぐ人が高い税率を支払う仕組みになっています。このような仕組みの背景としては、税金は応分な負担をするのが公平である、という歴史的な価値観が背景としてあります。

しかし、これだけ累進性が高いにも関わらず、「富裕層」の税率がどうして高くならないのでしょうか?

理由の一つは、所得の中でも配当や譲渡所得(株や債券などの金融資産、不動産の売却益)については、日米ともに異なる税率が設定されていることです。

アメリカでは、配当・譲渡所得に対して、課税所得に応じて税率が異なります。課税所得420万円から4,500万円の人までは15%のため、多くの中間層は15%の税率を支払うことになります(下記は一人世帯の例)。

If your taxable income is…
The tax rate on qualified dividends is…
$0 to $39,375 0%
$39,376 to $434,550 15%
$434,551 or more 20%

一方、日本では配当、キャピタルゲインともに、分離課税とすることができ、所得税・住民税合わせて、20.315%が課税されます。

20%は課税所得ベースで200万円から330万円までの範囲と、日本人の平均給与以下です。米国においても$4万ドルから15%とほぼ所得税の最低税率です。

中間層以上にとっては、配当・キャピタルゲインから得られる所得の方が給与所得よりも限界税率が低くなります

富裕層ほど金融資産を多く保有しているため、給与所得よりも、配当・キャピタルゲインから得られる所得の割合が増えます。

所得の種類ごとに税率が異なることが、富裕層の低い実質税率につながっています

また、事業経費として多額の経費や赤字を計上することで所得税を減らす方法もあります。

米大統領のトランプはこの方法で不動産事業からの損失と個人の収入を合算させることで、所得税を極限まで減らしました。損益通算を通じた節税も、事業を持つ層に有利な税制の仕組みです。

まとめると、所得税は累進性があるといっても、日米ともに累進性を回避する仕組みがあり、この仕組みが富裕層の税率を低くしています

社会保障税

米国では給与に対して、年金などの原資となる社会保障税(social security tax)が12.4%かかり、これは労使折半です。

また、65歳以上が加入する公的医療保険である「メディケア」の税である、メディケア税も2.9%かかり、こちらも労使折半で1.45%ずつ支払います。

米国の健康保険は、公的保険は低所得者向けのメディケイドと高齢者向けのメディケアを除けば民間保険が主であるため、民間保険に加入することになります。こちらは税金としては取られていませんが、実際には加入必須であるため、日本における健康保険料のようなもので、ほぼ税です。

民間保険の保険料はプランにより異なりますが、医療費の高騰に伴い、毎年インフレ率以上に上がり続けています。

まとめると、米国では社会保障費用の合計として、国は労働者・企業から合計で給与の15.3%徴収し、労使折半なので労働者が支払うのは7.65%です。加えて、民間保険の保険料がかかり、プランにもよりますが、労働者の自己負担は給与の15%程度になります。こちらもほぼ毎年上がり続ける税のようなものです。

日本で相当するのは、厚生年金保険保険料、健康保険料、介護保険料、雇用保険料です。日本では厚生年金保険は18.3%で、労使折半であるため、9.15%が労働者負担です。また、健康保険料は40歳になると介護保険の支払いも加わるため、協会けんぽの例では約11.7%です。こちらも労使折半のため、5.8%が労働者負担になります。雇用保険料は0.9%で労働者の支払う分は0.3%です。

つまり、日本では40歳以上は給与の約31%が税金として徴収され、労使折半なので労働者が支払うのは15.3%です。

社会保障税については、医療保険まで含めて考えれば、日米ともに給与の15%程度が労働者からの支払いになります

どちらの国においても問題となっているのは、高齢化の影響から社会保障費が増大し、社会保険の税が上がり続けている点です。例えば日本では、厚生年金保険料率を始めとする社会保障費の上昇により、過去10年で社会保険料率が3%近く上昇しています

中間層以下の生活を苦しくさせている要因の一つが、年金・介護・医療を支える社会保障税の上昇です。

社会保障税は所得税のように累進課税ではないため、所得が低く、家計に余裕がない層ほど増税で苦しくなります

また、先ほど述べた配当・キャピタルゲインにこれらの社会保障税は課されません。これらの金融資産が多い層は、その分だけ、所得に対して支払う税負担の割合を低くすることができます。

消費税

米国では生産者、卸、小売がそれぞれつける付加価値に課税する消費税(付加価値税)ではなく、最終消費者からの売上に課税する売上税 (sales tax)が用いられています。

売上税は州により仕組みも税率も異なるために一概には言えません。例えばミネソタ州の売上税は約7.8%ですが、ニューハンプシャー州では売上税そのものがありません。

日本の消費税率は2019年より引き上げられ、10%になりました。

消費税は「逆進性」の税と言われます

言い換えれば、低所得者ほど所得に占める消費税の割合が大きくなり、高所得者ほど所得に占める割合が低くなる税、ということです。

生活のために、人は衣食住が必要ですし、低所得者ほど家計に占める生活費(光熱費、家賃、食費、通信費など)の割合が高くなる傾向があります。消費税は消費に対してかかるため、所得に占める生活費の割合が高いほど、影響が大きくなります。

消費税は①財産を持ちながら「所得」がない人や所得をきちんと申告しない人からも徴収できる税である、②消費が多い人ほど所得が多いはずだからより多く支払う、ことにより、より公平な税だという意見もあります。

しかし、低所得者ほど影響が大きい税であることは変わらないため、高所得者よりも低所得者の税負担の割合を高くする傾向があります

資産税(固定資産税・相続税)

資本税は保有する資産・資本に対する課税です。固定資産税、相続税が代表的な例です。

日米ともに固定資産税の仕組みがあり、主に土地・建物が対象になります。日本では課税標準額に1.4%をかけた額になります。米国では州・市により税率が異なるため、一概には言えません。

固定資産税は財産を保有している人が支払う税のため、固定資産税が高いことは格差を縮める方向に働きます。

相続税も同様に、親の世代から子供の世代に引き継がれる財産を少なくするように働くため、資本家層がずっと資本家であり続けるような、社会階層の固定化を防ぐ働きがあります。

一方で、固定資産税・相続税ともに様々な抜け道があります。資本家であればあるほど、節税コンサルタントの力を借り、海外の法人を用いた税金対策を行うなど多様な税金対策を利用できるため、トップ0.1%のような層には抜け道が多い税でもあります。

実際に、日本でも米国でも租税全体に占める固定資産税、相続税の割合はそれぞれ10%以下と中核的な税の種類ではありません。

法人税

法人税は法人の利益にかかる税です。日本では23.2%、米国では21%です。「法人税が高いとグローバル企業が逃げてしまう」、「自国の産業の競争力が弱まる」と世界的な法人税減少競争の中で、各国は法人税を引き下げてきました。

日本に関しては、実は法人税を納めているのは法人全体のうち4割弱で、残り6割は納めていません。

これは、法人の大多数を占める中小企業の多くの利益率が低いこともあるでしょうが、個人が節税策として法人を運営する、個人事業主のような法人が多いこともあります。

その点で、法人税の引き下げは、実は企業だけでなく、節税策として事業を保有する層を優遇しているとも言えます

例をあげてみましょう。例えば、給与の課税所得で900万円ある人が、副業で経費を除いた利益が年100万円稼いだとします。所得税は900万円以上ですと33%ですので、個人の所得としては住民税と合わせて43%支払うことになります。

つまり、副業で100万円稼げたとしても、手元に残るのは57万円になります。

ところが、この副業を法人の収益とした場合、法人税として支払うのは年800万円までは15%です。地方法人税、法人事業税、法人都民税などを考慮しても、手元には70万円程度残ることになります。

つまり、法人税が下がれば下がるほど、個人の所得を法人化することで税負担を減らすことができるようになります

税の公平性を考えるという点では、法人を用いた節税を防ぐために、法人税と所得税はセットで考える必要があります。

過去四年で、所得税と法人税の両方を下げたのがアメリカのトランプ政権です。法人税を下げ、所得税を上げたのが日本です。

アメリカは中間層以上がより富を蓄積しやすい環境を整えました。これは所得が高い層、すでに資産を保有している層にとって喜ばしいことです。

一方、減税は長期的には政府が社会保障に回せるお金の減少に繋がります。社会保障が必要な層にとっては、短期的には手取りが増えても、長期的には受け取る社会保障の減少により収支はマイナスになる可能性が高いです。一方、減税は富裕層により多くの資本を残すため、資本が資本の増加に繋がる正のスパイラルで、富の増加に繋がります。つまり、減税は社会格差を拡大させる方向に向かいます

トランプの支持率は非大卒の白人層で高いですが、この層は将来的に社会保障を必要とする可能性が高い層であり、彼らが支持する大統領が長期的に彼らの首を締めているのは、皮肉な現実です。

日本は所得税、相続税などの改正を進め、格差を縮めようとする一方、法人を用いた節税策が使える層にとっては良い環境を作りました。社会格差という点では、日本は広がってきてはいますが、アメリカほどではなく、むしろ格差是正の名の下に社会保障をより充実させようとしています(高校、幼児教育無償化など)。

まとめ

これまで日米の税制をみてきました(所得、社会保障、消費、資産、法人)。ポイントは以下です。

  • 所得税は累進課税で、税金は支払い能力に応じて支払われるべきという考え方に基づいた税金。現在の社会では公平な税負担方法であり、許容できないほどの格差を生じさせないような仕組みになっている
  • 一方、金融資産の配当・譲渡所得(株式や債券など)は一定の税率であり、金融資産を持つ層ほど有利な税制になっている
  • 事業所得を用いた損益通算など、税負担を減らせるツールがあり、富裕層はこれらを用いている。
  • 所得税は累進性であるが、累進性から逃れるための仕組みがあるため、現実には累進的な負担になっていない。
  • 社会保障税、消費税は一定税率のため、所得が低い層ほど所得に占める税負担の割合が大きくなる。日本では過去十年でどちらも上がっており、社会保障税・所得税の増税が現在の中間層以下の生活を苦しくしている原因の一つ
  • 法人税は国家間のグローバル競争の名の下に各国で引き下げられてきた。しかし、法人は個人が法人を設立して所得を法人税として、節税策としても用いられることができるため、富裕層の税負担の軽減にも貢献している
  • 減税は「持つ者」にとって喜ばしい一方、財源不足から長期的な社会保障費の削減に繋がる可能性が高く、社会保障を必要とする層にとって喜ばしいことではない

現在、アメリカで起きている分断は様々な軸で語ることができますが(所得・教育、人種、地域、世代)、大きな分断の一つは「持つ者」と「持たない者」の間の格差であり、過去十年でこの格差は拡大してきました。

その背景の一つとしては、今回の記事で書いたような、富裕層ほど税負担を軽減できるために使えるツールが多く、富を蓄積しやすいような税制度になっていることがあります。

トランプは減税をさらに進めることでその社会構造を強化しようとしています。一律の減税は一見全ての層に恩恵があるように聞こえますが、実際には高所得者層の方が恩恵が大きく、格差の拡大に繋がります。

バイデンは逆に「配当・譲渡所得への増税」、「資産税の増加」、「法人税の増税」とトランプの税改革を逆回転させ、富裕層がこれまで用いてこれたツールへの課税を進め、社会保障が必要な層により社会保障を回そうとしています。

減税は必ずしも善ではなく、増税は必ずしも悪ではありません

税の収入がなければ、国として社会保障を提供することができず、社会保障を必要とする層の生活はより苦しくなります。公平な社会の実現のためには、応分の負担を行うことが望ましく、格差を縮小させるためには増税も含んだ施策も時には必要です。

「減税」は甘い響きですが、格差縮小の薬にはなりません。「増税」は苦い薬ですが、病を治す場合には必要です。どこまでの社会の格差を許容するか、どこから取り、どこに再配分するか、は国の根幹に関わる価値観でもあります。

アメリカ国民は、格差の拡大と縮小のどちらの道を選ぶでしょうか。

米国の方向は日本政治にも影響を与えるため、私たちにとっても、人ごとではない話です。11月3日は全世界の人にとって、注目の一日になります。

米国の格差についてより詳しく知りたい方は、下記の本がお勧めです。


米国株のビジネス・株式の分析は下記のボタンから飛べます。

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Royalty Pharma(RPRX)分析。強みと株価

2020年夏の大型IPOであるロイヤルティファーマ(Royalty Pharma)について、業界の中での位置付け、強み、製品、株価について分析したいと思います。

ロイヤリティファーマの業界の中における位置付け

Royalty Pharmaのビジネスはベンチャーキャピタルに近く、「将来巨額の売上を生み出しそうな薬やその薬を開発している会社に投資をして、そこからリターンを得る」、というモデルになります。

Royalty Pharmaの詳しいビジネスに関してはNekoさんのRoyalty PharmaのNoteで詳しく書かれているので、こちらを参照していただくと良いと思います。僕はヘルスケア業界の観点から、Royalty Pharmaの位置付けについて書きます。

製薬はリスクが高い業界です。

医薬品の製品開発プロセスは、基礎研究、動物による治験、人での治験と段階を経て有効性と安全性を確認する必要があり、通常は10年以上かかります。

人での治験まで進んだとしても、3つのフェーズを通過して販売承認を得られる薬は8つに1つなので、投資しても報われるかどうかはわかりません。

近年では新薬の開発が特に難しくなっており、一つの製品を開発・販売するまでには$2.6b、販売後のモニタリングで$0.3mで合計約$3b (3,150億円)かかります(Joseph (2016) “Innovation in the pharmaceutical industry:New estimates of R&D costs”, Journal of Health Economics 2016)。

開発費は高騰を続け、過去10年でほぼ2倍になっています。

このように製薬は長期に渡って高い研究開発費を支払っても薬として承認されるかどうかわからない、リスクが高いビジネスです

薬を生み出すのはそれだけ大変であるため、どの国も「特許」を薬に与えて、製薬会社が独占的にその薬を販売して利益を享受することを認めています。

「新薬開発というリスクの高いプロジェクトに投資をしていたのだから、開発費を回収して、次の薬に投資をできるだけの利益を得て良いよ」、ということですね。

期間は米国の場合、出願日から20年です。この特許で保護されている期間は、きちんとした有効性と安全性がある薬で、競合が出て来なければ、収益は右肩上がりで伸びていることが多いです。

つまり、「新薬が出るまではリスクが高い」ですが、「薬の販売承認が出て、すでに販売がされている薬はリスクが低い」です。

このようにリスクの高いビジネスを行っていることから、製薬会社からすると「リスクを減らしたい」というニーズがあります。

例えば、「研究開発費用の一部を支払ってもらう代わりに、薬が実際に販売されたときに売上の一部を渡す」ことで、リスクを減らせます。

薬がうまく行ったときには得られる収益が少なくなりますが、うまくいかなかったときの損失も少なくなりますので、うまくいったときとうまくいかなかった時の差が小さくなる、ということです。

また、大学の研究室発の薬など、研究開発を進めて治験を行うための資金がないという場合にも「薬が実際に販売されたときに売上の一部を渡す」契約を結ぶことで、資金調達ができ、薬の開発を進めることができます。

この「将来に薬が販売されたときの売上の一部を渡す」というのがロイヤリティ(Royalty)の仕組みであり、ロイヤリティファーマはこのロイヤリティの仕組みを通じて、製薬会社や研究開発段階の会社に対して、「薬の研究開発リスクの減少」と「研究開発コストの資金調達」、という価値を提供しています。

この役割は薬の開発コストの高まりに伴い、特に研究開発段階の会社において、重要性を増していっています。

ロイヤリティファーマはその名の通り、45を超える薬のロイヤリティを保有しており、これらの薬が販売される度に一定割合が売上として入るようなビジネスの構造になっています。

ロイヤリティファーマの強み

ロイヤリティファーマの強みは3点あります。

規模

1996年以降、ロイヤリティ市場のシェアでロイヤリティファーマのシェアは50%を超え、特に$500mを超える大型案件ではシェアは80%を超えます(Royalty Pharma S-1資料より)。

二番手のシェアは7%程度ということですから、ほぼ一強ということになります。

これは、製薬会社が大型調達を行うことを考えた場合、ほぼロイヤリティファーマに案件が回ってくることを意味します。

ベンチャーキャピタルのような投資先によりリターンが左右されるビジネスにおいて、有望な案件が第一に回ってくることは競争優位に繋がります。

また、45以上の薬で分散されたロイヤリティのポートフォリオを持っていることで、金融機関からしても債権の回収可能性が高い取引先として見なされており、低金利で資金の調達が可能となっています。

低金利で資金が調達であればそれだけ低い利回りでも投資が可能となるため、こちらも競争優位性に繋がります。

投資判断のプロセス

医薬品の市場性を判断するのは、異なる医療の専門分野は異なる市場であるため、幅広い知識と経験が必要となります。

ロイヤリティファーマは20年以上にわたり医薬品に投資を続けており、着実に成功する取引を積み重ね、成功体験と失敗体験が投資判断のプロセスに組み込まれています。

この知識と経験の積み重ねは一朝一夕で真似できるわけではなく、またロイヤリティファーマ一強の市場であるため、他の競合が同等程度の経験を積むことは容易ではありません。

過去の実績に裏付けされた投資プロセスはロイヤリティファーマが持つ競争優位性の2つ目です。

ネットワーク

ロイヤリティファーマは資金だけではなく、ネットワークも提供しています。

医薬品は研究開発がうまくいき、販売承認を取れたとしても、そこから販売するには販売のネットワークを築く必要があります。

そして、販売ネットワークを一から築くにはコストがかかりすぎるため、多くの場合、研究開発段階の企業は、販売承認が得られた時点で大手の製薬会社に買収されるか、もしくは提携して大手の販売ネットワークを使わせてもらうことを選びます。

ロイヤリティファーマは過去のロイヤリティ取引を通じて、大手と研究開発段階企業へのネットワークがあります。このネットワークは過去の取引実績から築かれたものであり、こちらも一朝一夕で真似ができるものではありません。

ネットワークが競争優位性の3つ目です。

ロイヤリティファーマはこれらの3つの強みをもつ業界のリーダー的な存在であり、ロイヤリティ業界が伸びれば、その市場の伸びを享受すると考えられます。

ロイヤリティファーマの製品群

2020年上半期の売上

ロイヤリティファーマの2020年のロイヤリティ受け取りを見ると、ロイヤリティ期間がまだ十分に長い製品については順調に成長しており、上半期は$1bを超える受け取りとなりました。

新型コロナの影響で製薬全体の売上に影響が出ている中、2020年の上半期は2019年のペースを上回っています。

ロイヤリティ受け取り製品 適用 企業 ロイヤリティ期限 2020 上半期 2019
Cystic fibrosis franchise cystic fibrosis Vertex 2037 $235,522 $424,741
Tysabri multiple sclerosis Biogen Perpetual $176,324 $332,816
Imbruvica chronic GVHD Abbvie 2027-2029 $159,222 $270,558
HIV franchise HIV Gilead 2021 $148,379 $262,939
Januvia, Jaumet, Other DPP-IVs diabetes Merck 2022 $69,647 $143,298
Xtandi prostate cander Pfizer 2027-2028 $68,908 $120,096
Promacia Hematology Novartis 2025-2027 $62,401 $86,266
Farxiga/Ongyza Diabetes AstraZeneka $8,257 $0
Prevymis Infectious Diseases Merck $6,413 $0
Crysvita Rare disease Ultragenyx $2,620 $0
Erleaada Cancer $1,772 $0
Emgality Neurology Eli lily $2,236 $0
Tazverk 2034-2036 $0 $0
Nutec migrane Biohaven 2034-2036 $0 $0
Trodelvy Immunomedics Perpetual $0 $0
Others $148,344 $242,767
Sum $1,090,045 $1,883,481

これらの売上高が高い製品群については、多くが2020年代を通じてロイヤリティを受け取ることができます。

加えて、2020年には大型のロイヤリティ切れが続いたため、ロイヤリティ切れの影響が大きく、ポートフォリオ全体のロイヤリティ受け取りは2019年と比較して微減となる見込みです。

ロイヤリティ切れ製品 company 2020 1H 2019
Tecfidera Biogen $0 $150,000
Lyrica Pfizer $12,557 $128,264
Letairis Gilead $22,275 $112,656
Remicade JNJ $0 $6,068
Humira Abbvie $0 $0
Others $3,545 $21,047
Mature Sum $38,377 $418,035
Total $1,128,422 $2,301,516

微減はあまり好ましい数字ではありませんが、2020年は

  • 大型ロイヤリティ切れが起きた
  • 新型コロナの影響で製薬全体の売上に悪影響が出て、ロイヤリティも伸び悩んだ

年になります。その中で、前年度から微減程度のロイヤリティ受け取りを確保できているのはポジティブと考えられます。

ただし、2021年にHIVの特許が、2022年にDPP-IVsのロイヤリティが切れるため、2021年に$300m (15%)、2022年に140m(7%)程度の売上減少が見込まれます。

これらの22%のロイヤリティ減少を既存のロイヤリティの成長と新しいロイヤリティの貢献でカバーし、売上を伸ばせるかが焦点になります。

Immunomedics/Trodelvyの影響

先日ギリアドがTrodelvyを持つimmunomedicsを$21bで買収するとの発表がありました。

ロイヤリティファーマはこのImmunomedicsに$250m投資を行っており、株式を保有していることに加え、Trodelvyについてもロイヤリティを受け取る契約をしています。(Market Insider – Immunomedics and Royalty Pharma Announce Royalty Funding and Stock Purchase Agreements Totalling $250 Millionより)

当時、一株$17.15で$75m分の株式を取得しており、ギリアド の買収提案では一株$88での買収提案のため、単純計算で$300mほどの売却益が入ることになります

$300mは2019年にロイヤリティファーマが受け取ったロイヤリティの15%に相当する額で、一過性とはいえ、少なくない額です。

また、ロイヤリティについても売上の$2bまでは4.15%、そこから段階的に%は下がりますが$6bを超える分も1.75%を受け取れる契約になっています。

仮にTrodelvyが$2bの売上を超える薬になれば、毎年$80m以上の売上の上乗せになります。こちらは今のロイヤリティ受取額から考えると、4%程度になります。HIV、DPP-IVsの売上減をカバーする一つの薬です。

その他のパイプライン

現在はまだ売上が立っていない、今年FDAより承認された薬(Tazverk, Nutec, Trodelvy)も今年の後半から売上に貢献してきます。

さらに2020年に$1.5bの投資を行った、Nurtech、Evrysdi, IDHIFA, PrevimisもFDAから承認され次第、今後ロイヤリティ受取額に貢献してきます。

そのほかにも研究開発段階の薬のロイヤリティをロイヤリティファーマは保有しています(Ibrance等)。

ロイヤリティファーマの今後の見通し

第二四半期の決算報告プレゼンテーションにおいて、ロイヤリティファーマの経営陣は以下のように述べました

  • キャッシュフローを用いて、今後5年間で$7bの投資を行っていく。借入金はクレジットレーティングを考慮して、EBITDAの4倍までを目処に行っていく
  • キャッシュフローの25%以下を配当として支払っていく
  • 2025年まで、ロイヤリティ受け取りは6-9%の成長を見込んでいる。成長の半分は既存のパイプラインから、半分は新規投資からを見込んでいる。

この先数年でHIV、DPP-IVsの製品の特許が切れますが、経営陣は2025年まで成長を続けられるという見通しを出しています。

確かにパイプラインは充実しており、2020年を底として、年率7%以上の成長することも不可能ではないと感じます。

ロイヤリティファーマの株価

ロイヤリティファーマの9月18日の終値は$42で、時価総額は$25b (約2兆7000億円)です。2020年の予想利益からPERを計算すると18.3、2021年の予想利益からPERを計算すると、15.8になります。

Stock Price $ 42.0
Market Cap (m$) $ 25,635
2020 Expected PER 18.3
2021 Forward PER 15.8
2020 Adjusted Cash Flow Receipts per Share 14.6
Stock Outstanding (fully diluted, m) 607

S&P500の終値は$3,320です。2020年、2021年の予想EPSからPERを計算すると、2020年は25.3、2021年は20です。つまり、市場全体よりもPERは低めです。

ロイヤリティファーマは2020年以降の製薬業界の成長率は7%、ロイヤリティファーマの成長は年6-9%程度で推移すると予想しています。これは過去5年のS&P500のEPS成長率よりも高い数字です。

まとめ

  • ロイヤリティファーマはベンチャーキャピタルのように医薬品に投資を行い、リターンを得るビジネスモデル
  • 製薬ロイヤリティ市場の中での圧倒的なリーダー。規模・投資プロセス・ネットワークの3つの競合優位性を持ち、市場の伸びとともに成長が見込まれる
  • 大型ロイヤリティ切れ、新型コロナの影響による製薬全体の売上減少から2019と比べて2020年のロイヤリティ受け取りは微減となる見通し。2021年、2022年と売上高の15%、7%を占める大型の薬のロイヤリティ期限が来る為、今後数年で収益への大きな影響がある。
  • しかし、ロイヤリティ期間が残っている薬は順調に成長しており、かつギリアドが大型買収を行ったTrodelvy含めた薬が2020年下期以降に売上へ貢献を始める。ロイヤリティファーマの経営陣は2025年まで、年6-9%で成長を見込んでいると公表している。
  • 株価は2020、2021年の予想PERを元に計算すると18.3、15.8と現状のS&P500全体の水準と比べると割安な水準。

製薬会社のビジネスについてより詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。

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シルクロードメディカル(SILK)企業・株価分析

製薬・医療機器メーカーに投資をする際には、どのような点に気を付けるとより良い銘柄を発掘できるでしょうか?

今回はNASDAQに上場している医療機器メーカー、シルクロードメディカルを例に、分析していきます。

シルクロードメディカルの製品の市場規模

シルクロードメディカル(SILK)は頸動脈の狭窄(血管が細くなること)から生じる、脳卒中(stroke)を防ぐための医療機器を開発・製造・販売している企業です。2019年よりNASDAQに上場しています。

2018年に頸動脈の狭窄と診断された人は42.7万人でした。そのうち、16.8万人が治療(手術)を受け、その市場規模は$1.0b (1100億円)でした。

逆算すると、既存の治療法の単価は約$6,000になります。

carotid artery stenosis market size

現在の標準治療(標準的に行われている治療法)は2種類あり、CEAと呼ばれる65年近くの歴史を持つ手術とCASと呼ばれる侵襲性が低い(より患者さんへの負担が低い)、比較的新しい治療法です。

Carotid Endarterectomy (CEA) and Carotid Artery Stenting (CAS)

効果や手技の時間が同程度であれば、手術後の感染症のリスクが低いため、侵襲性の低い手術の方が好まれます。手術の割合は83%がCEAで、17%がCASということで、CEAの方がまだまだ主流の標準治療のようです。

ここまでをまとめると、$1b(1100億円)の市場で、CEAとCASという2つの治療法がある。シルクロードメディカルが狙えるのはそのうちの2/3の$665m。$1bという市場規模は医療機器の世界ではそこまで大きくはないですが、小さすぎもしない規模です。

シルクロードメディカルの製品・データ

シルクロードメディカルが提供するENROUTEシステムは単純化して言えば、CASと同じく低侵襲性の手術です。

ステントという狭窄を治療するのに使われる機器を用いている点はCASと同様ですが、ステントを設置する際に血液を逆流させて網で捉えることで、脳卒中の元となる塞栓が脳にいくことを避けています。

Enroute system

「低侵襲性の手術の感染症リスクを抑えるというメリットを保ちながら、血流を逆流させて網で捉えることでCASより脳卒中のリスクを低くしている」、という点がウリになります。

シルクロードメディカルは2015年にFDAより認証を得ています。長いですが、適用(デバイスを使うことが認められている患者さん)は以下のようになります。結構条件が厳しく指定されています。

THIS DEVICE IS INDICATED FOR USE IN CONJUNCTION WITH THE ENROUTE TRANSCAROTID NEUROPROTECTION SYSTEM (NPS) FOR THE TREATMENT OF PATIENTS AT HIGH RISKFOR ADVERSE EVENTS FROM CAROTID ENDARTERECTOMY WHO REQUIRE CAROTID REVASCULARIZATION AND MEET THE CRITERIA OUTLINED BELOW.1) PATIENTS WITH NEUROLOGICAL SYMPTOMS AND >= 50% STENOSIS OF THE COMMON OR INTERNAL CAROTID ARTERY BY ULTRASOUND OR ANGIOGRAM OR PATIENTS WITHOUT NEUROLOGICAL SYMPTOMS AND >=80% STENOSIS OF THE COMMON OR INTERNAL CAROTID ARTERY BY ULTRASOUND OR ANGIOGRAM; 2) PATIENTS MUST HAVE A VESSEL DIAMETER OF 4-9MM AT THE TARGET LESION; AND 3) CAROTID BIFURCATION IS LOCATED AT MINIMUM 5 CM ABOVE THE CLAVICLE TO ALLOW FOR PLACEMENT OF THE ENROUTE TRANSCAROTID NPS.
FDA PMA Database

シルクロードメディカルは下記のような比較で自社の製品であれば、脳卒中リスクを低くできると主張しています。こういった主張をする場合、裏付けとなるデータが必要となります。

comparison of procedures

この比較、実はそのまま受け取ってはいけません。医療業界で「御法度」の比較です

本来、手術の合併症のリスクを比較する場合は、他の条件が一定でなければ正しい比較ができません。

言い換えれば、過去に脳卒中を経験した人であればより脳卒中にかかりやすいなど、リスク要因が異なるために、ある程度手術を受ける人の属性が近いグループを比較する必要があります。

上記の比較は、そもそもの治験に参加した人の属性が同じでないため、リンゴとミカンを比較して、ミカンの方が甘いと言っているようなもので、正しい比較ではありません。かなり危ない見せ方です。

実際に、ROADSTER2(治験の名前です)のデータを論文で見てみると、確かにプロトコルに沿った治療を行ったグループの脳卒中は0.6%ですが、治療を行ったグループの脳卒中は1.9%と高く、プレゼンテーションではあえて良い数字を見せていることがわかります。

実際、条件を揃えてCEAとTCARの比較をしたCleveland Clinic(アメリカで臨床と研究の両方で評価の高い病院です)が出した論文では、TCARとCEAで3ヶ月後、1年後の脳卒中リスクに差がないことが示されています

投資家は誤魔化すことができても、医療機器を販売する相手は病院・医師・保険会社であることから販売する際にデータを求められることは多く、悪い数字は拡販の妨げとなります。

医薬品、医療機器を扱う企業への投資をする際にはきちんと論文や学会で発表されるデータを見た方が良い、という良い例です

とは言っても、シルクロードメディカルの製品には、①手術の時間が短い(=より多くの手術ができて病院経営にプラス)、②脳神経へのダメージのリスクが低い、というメリットがあります。

特に手術の時間が短くて済むのは大きなメリットであるため、製品としてのウリはあると考えられます。

また、技術を学ぶのにそこまで時間がかからないということも書かれていること、競合がイノベーションを積極的に行っている市場ではなさそうですので、シェアを広げやすい市場かと思います。

医療機器の製品を見る際には、その企業が訴えている強みだけではなく、その強みがきちんと臨床データによって裏付けられているかを見る必要があります

シルクロードメディカルの営業・マーケティング

医療機器の売り上げを考える際には、どれだけの病院にアクセスがあるか、どれだけの医師に使われているか、どの程度の頻度で使われているか、が重要です。

シルクロードメディカルの商品はFDAから米国での販売承認を得ており、また米国の公的保険からも保険償還をすでに得ています。

silk road medical q2 results

発表されている数字を元に市場を考えてみると、16.8万人の人が手術を受けて、750の病院が80%の手術を行っているということなので、単純に考えると

16.8万人 * 80% / 750病院 = 180症例/病院

1病院あたり年間180症例ということになります。ある程度この手術を行う医師が2,750人ということですので同様に計算をすると、年間50例です。

2019年でシルクメディカルは半数以上の1,440人にトレーニングを行いました。これは市場の半分程度を占める医師にトレーニングを行えたということで、良い進捗だと考えられます。

一方で、2019年の手術のTCARは8,400例ということで、High Surgical/Standard Riskの両方を合わせた市場全体の5%程度です

トレーニングの時期にもよりますが、トレーニングを受けた医師が年間6例程度ですので、これらの医師の中でのシェアも10%程度です。これは、まだまだ拡大の余地が大きいことを示しています。医療機器の消耗品の売上数量は

  • アクセスのある病院・医師
  • トレーニングをした病院・医師
  • トレーニングをした病院・医師がCEA・CASではなく、TCARを用いる頻度

の掛け算ですので、シルクロードメディカルとしては営業・マーケティングに力を入れて、これらの3つの指標をあげていくと考えられます。

silk medical revenue and procedures

2020年1Qでは2,700症例の販売がありました。トレーニングをした医師の数で割ると、1医師あたり約2例です。

トレーニングをした医師だけでみると、頸動脈の狭窄に対する手術におけるシェアは15%程度取れていますので、悪くない数字です。

1手術あたりの単価は$7,000です。他の手術に対して$1,000程度のプレミアムをとっていることが分かります。

一見して順調に成長しているように見えますが、損益計算書を見ると、また違う姿が見えてきます。

silk road medical PL

2020年の前半について、Cost of goods sold (売上原価)は30%程度で粗利率は70%です。これは医療機器業界の水準からするとやや高いですが、まだ新興企業ですので、数量が増えるに従って割合は減少すると考えられます。

やや懸念なのは、シルクロードメディカルのSGA (営業、マーケティング、一般管理費などのコスト)は売上が$34mなのに対して、SGAだけで$35mかかっている点です。

言い方をかえれば、売上よりも早い勢いで、営業費用が伸びています。これは、営業の数を増やして、より多くの病院・医師にアプローチして、手術の件数を稼いでいることを示しています

新型コロナの影響のために売上の伸びが鈍っているのは仕方ないのですが、年間で$80mの営業費用がかかるような体制ですと、粗利益が75%ほどに改善したとしても、年間110億円程度稼いでトントンです。

これは、シルクロードメディカルの製品が適応となっているHigh Riskの$670mの市場に対して、20%のシェアに相当します。SGAがさらに増加すれば、さらにゴールは遠ざかります。

現状、シルクロードメディカルの製品は一つだけですので、営業効率は良いとは言えません。

今後新しい商品が登場すればより売上を伸ばすことができ、営業効率が改善する可能性がありますが、現状のパイプラインを見る限り、治験情報が集約されているClinicaltrial.govを見ても新しい治験は行っておらず、数年以内だとアクセサリー程度のようです。

それまでは利益率が低い状態が続くことが予想されます。

売上の伸びも大事ですが、営業費用をかければ売上は伸ばせます

効率がどう変化するかも重要な指標ですので、次回以降の決算を注意深く見る必要があります。

シルクロードメディカルの株価

SILK Road Medical Stock Price

シルクロードメディカルは2019年4月に上場して以来、株価は上下の移動を続け、9月4日の終値は$58程度です。発行済み株式数が32.7mであり、2019年の売上で見たときのSales per Equityは$1.87です。

株価を一株あたり売上で割ると、32とかなり成長が織り込まれた株価になっています。

まとめ

  • 医薬品・医療機器の市場を見る時には、「標準治療は何か」を考えよう
  • 医薬品・医療機器の企業を見る時には、プレゼンテーションの主張が、どれだけデータで裏付けされているかを論文で確かめよう。臨床データで裏付けられていればそれはポジティブで、逆であればネガティブ。
  • 医薬品・医療機器はインターネットのサービスと比べて、営業・マーケティング頼りの傾向があり、営業・マーケティングコストが高いことが多い。特に若い企業の場合は、売上の伸びだけでなく、営業・マーケティングコストの伸びを見て、効率がどのように変化しているかにも注目
  • 医薬品・医療機器は治験を行う関係上、どの製品で治験を行っているかがオープンなため、製品パイプラインが公表されていることが多い。将来の成長余地を考えるため、clinicaltrialls.govで現状行っている治験や公表されている製品パイプラインを見よう

医療業界におけるマーケティングに興味がある人はこちら

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ギリアド (GILD) 2020第二四半期の決算と株価

新型コロナの治療法のレムデシビアで一躍注目を浴びた、ギリアド・サイエンシズの第二四半期の決算の簡単なまとめです。

レムデシビア(新型コロナ治療薬)

今期で最も大きなアップデートはレムデシビア(新型コロナ治療薬)でした。

EUを始めとした先進国で製品の販売認可を取得。アメリカではまだFDAの正式な承認は取れていませんが、Emergency Use Authorizationという認可前の製品を認可する仕組みで販売することができています。

ギリアドQ2決算プレゼンテーションより

第二四半期でギリアド はレムデシビアを150万本分を寄付しました。これは、もし販売されていたら政府向けの金額で言うと$585m分、民間向けでは$780mにあたります。

本来であれば、これだけ売上高が増加していたはずでした(前半の売上の5%-7%)。

ギリアドは生産委託を行うことで、レムデシビアの生産能力を拡大させ、年末までに200万人分のレムデシビアを生産する方針です。例えば、ファイザーが一部を生産する予定です。

前提は一人当たり治療が6本で、政府向けではUS$2,300、民間向けはUS3,250です。

仮に年末までに200万人分を販売するとすれば、政府向けと民間向けの割合にもよりますが、$4.6bから$6.5bの売上となります

ギリアド決算スライドより

元々のギリアドの2020年のガイダンスが$22bでしたので、仮に200万人分を販売できるとしたら、レムデシビアだけで売上高は20%から30%増加する計算になります。

現状のレムデシビアは点滴による投与のため入院患者が対象です。現在のアメリカで新型コロナに感染している人は230万人で、毎日6万人程度の新規感染者が出ています。

worldometers.infoより

アメリカの新型コロナ患者で入院まで至る率が10%だとすると(ここ2ヶ月程度の死亡者数/新規感染者は2%以下で推移しているので、入院まで至った患者の生存率を80%と仮定しています)、毎日6,000人の新規患者が発生している計算になります。

下半期の180日間で平均的に毎日6,000人患者が出るとすると、アメリカだけで、6,000人 x 180日 = 108万人。

その他全世界の先進国の需要と備蓄の需要を考えれば、200万人分というのは、新型コロナがどれだけ猛威をふるうかによりますが、そこまで実現不可能な数字ではないでしょう。

また、ギリアドはレムデシビルを吸入型(喉にシュッと)で投与する効果についてもフェーズ1の治験を始めました。こちらはフェーズ3で安全性と有用性が確認されれば、入院患者以外にも処方が可能となるため、市場が拡大することが期待されます

次年度以降の需要はワクチンの成否と新型コロナがどれだけ長く広まり続けるか、によるためレムデシビアの売上への貢献は読みにくいです。ただ、2020年については$4b以上の貢献が見込めそうです。

実際にギリアドは、今年前半の売上が前年度を割ったにもかかわらず、売上のガイダンスを2月時点の$22bから$23b-$25bまで引き上げています

コアビジネス(HIV、C型肝炎)

ギリアド決算資料より

第二四半期の売上は前年比7%減の$5bで、前半は3%減の$10.5bでした。こちらは下記の原因です

  • 新型コロナの影響で外来患者が減少したことにより、HIVやC型肝炎の診断が遅れ、新規の患者数が減少した
  • Ranexa, Letairisのジェネリックが2019年より発売され、ジェネリックにシェアを取られた

ギリアドはC型肝炎向けのソバルディ・ハーボニーで売上高を大きく増加させましたが、以前の記事にも書いたように、「効きすぎて」患者がいなくなったため、今では前年比で売上を減少させる要因になっています。

ビジネスの80%を占めるHIV向けの売上は堅調であるため、ビジネスの基盤はしっかりしていると言えるでしょう。

特に主力製品であるBiktarvyは引き続き高いシェアを維持しており、GSKのViiVからの攻勢を退け、引き続き70%近いシェアを確保していると考えられます。

また、売上の10%超を占めるC型肝炎の患者も病気が消えるわけではないので、新型コロナが落ち着けば、新規患者数が増え、売上は少しずつ戻っていくと考えられます。

ギリアド決算資料より

細胞療法

まだ売上の2%と小さいですが、ギリアド(正確には買収したKite Pharma)が積極的に投資をしているのがCAR-T細胞療法という新しいガンの治療法です。

CAR-T細胞療法では、患者さんのT細胞を接種し、遺伝子操作によりCARという特定のガンの抗原を認識する部位をT細胞に付与し、患者さんの体内に戻すことで、ガン細胞を排除します。

現在は世界の市場は立ち上がったばかりで、限られた血液中のガンに関して適応が認められています。市場調査レポートに2027年には$8bの市場になると見込まれており、現在認可されているのはギリアド のYescartaとノバルティスのキムリア(Kymriah)です。

今期、ギリアド はTecartusという薬がFDAより、再発または難治性マントル細胞リンパ腫(MCL)の適応を取得しました。承認の元となった治験のZUMA-2では82%の患者さんに効果があり、62%の患者さんは全ての病変が消失した(完全奏功)し、高い有効性を示しました。

こちらは標準治療がまだ確立していない希少な病気であり、市場は小さいですが、CAR-Tの市場で2つ目の製品の承認を取れたのは大きな一歩です。

ただし、Tecartusの治験結果であるZUMA-2のプレスリリースを見る限り、サイトカイニン放出症候群が18%の患者で発生したり、37%で神経毒性が出たり、56%で重篤な感染症にかかったり、と副作用の率が相当に高いです。CAR-T細胞療法の他の治験結果も同様に副作用の率が高いので、まずこの薬から始める、というファーストライン(第一選択薬)にはなり得ないでしょう。

2025年時点において、市場が$8bまで成長すれば$2bくらいの売上は見込めるかもしれませんが売上の柱になるか、と言われればギリアドの規模からするとやや貢献が限られる印象です。

将来への投資(その他のパイプライン)

ギリアドは積極的に炎症性疾患(リウマチなど)向けの薬とガン向け抗体医療に投資をしています。どちらも非常に大きな市場です(例えばリウマチ向けの薬は米国だけでも$10b近い市場です)

ギリアド決算資料より

特に抗体医療について買収や提携を行っており、パイプラインはかなり充実してきています。

これらのパイプラインはまだフェーズ3の結果が出ていないために評価はしにくいですが、有効性・安全性が確認されれば、C型肝炎向けに代わる新たな柱になる可能性があります。

2020年の見通し

売上のガイダンスの中央値、non-GAAPのEPSも10%情報修正されました。

現在の株価$70に対し、non-GAAPのEPSベースで考えると、PER10程度です。S&P500のCY2021ベース平均のPERが20を超えていることを考えると、割安です。

2020年のカタリストは下記です。

  • ワクチンの有効性が示されず、レムデシビルの需要が急増する
  • 新型コロナ患者が冬になり急増し、レムデシビルの需要が急増する
  • レムデシビルの吸入型のフェーズ1治験で良好な結果が出る
  • Filgotnibのリウマチ適応でFDAから承認を得る

今はやや軟調な株価ですが、ワクチン・新型コロナの行方次第で、再び注目を浴びるかもしれません。

ギリアドのビジネスについてより詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。

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2030年までに起きる変化と、私たちは何を準備するべきか

2020年代の最初は、新型コロナのために社会の変化が加速した年になりました。

2020年から10年前の世界を見ると「え、こんなに社会が変わったの!?」と感じるように、2030年には、今とはガラッと違った世界になっていると想像されます。変わりゆく社会の中、私たちはどのように準備していけば良いでしょうか?

結論から言えば「時間とお金を未来のために投資しておこう」なのですが、その背景を書いていきます。

2020年代に起きる技術革新

特化型AI

2020年代は人工知能(AI: Artificial Intelligence)が普及していく年代になります。

「人口知能」というと鉄腕アトムのような人型の、人間と同じような汎用型の人工知能を想像するかもしれませんが、普及していくのは特定の用途に特化した特化型AIです。

「画像認識」や「異常検知」、など特定の分野で優れた性能を発揮する機械、と言うとわかりやすいかもしれません。

特化型AIは、大量のデータを入手しやすいインターネットのサービスではすでに当たり前に使われている技術です。

例えば、Amazonのサイトを見た時に表示されるレコメンデーションの裏側で使われているのは特化型AIですし、多くの大手航空会社やホテルの販売価格も特化型AIによって最適化されています。

オフラインであっても、特化型AIが仕事の場で使われることは増えていっています。例えば、RPA (Robotic Process Automation)もその一種で、定型的な仕事を行ってくれます。

10年以上昔、僕は通信会社のアルバイトとして、携帯電話の販売店から、FAXで送られてくる手書きの契約書をコンピューターに打ち込む仕事をしていたことがあります。「画像認識をして、読み取った文字列を入力する」と言う仕事はコンピュータが得意な分野なので、今ではそういった仕事も減っているでしょう。

会議の議事録を作るとか、手書きの書類をデジタル化するとか、意外と手間がかかっている仕事はどこの会社でもあるはずです。

現在、多くの大企業が限られた範囲で特化型AIの採用を始めていますが、2030年にはほとんどの大企業でより幅広く採用されているでしょう。

半導体・高速通信規格 (5G)

AIの採用の流れを加速していくのが、半導体性能の向上の継続次世代の高速通信規格である5Gです。

5Gは高速通信・低遅延・多接続、という特徴を持ちます。5Gは人と人だけでなく、機械と機械が繋がる際に鍵となる技術です。半導体性能の向上と合わせ、街中にセンサー、通信機能、頭脳をもって動き回る機械が溢れることになります。

ドローンや自動運転もその例です。

一つ、2030年の生活の例をあげてみましょう。

空港を出て、あなたが自動運転の車で空港からホテルに行くと、人型ロボットの受付がいます。ロボットはにっこりと笑った後、あなたを顔認証でデータベースと照合して、日本人だという情報を受け取り、「チェックインが完了しました」と日本語で話しかけてきます。あなたが日本語で「部屋に爪切りを持ってきておいて欲しい」と言うと、ロボットはきちんと「わかりました」と日本語で返してきます。顔認証が鍵のため、あなたはそのまま部屋に向かいます。途中で、掃除ロボットが掃除をしているのを見かけます。部屋につき、顔認証のセンサーでドアを開けます。少し待つと、部屋から「爪切りが到着しました」と聞こえてきて、扉を開けると、ロボットが爪切りを持ってきてくれていました。

すでにHISの「変なホテル」を始めとして実装されたり、高輪ゲートウェイ駅の案内ロボなど、より多くの企業がこういった自動化ロボットを採用することで、2030年にはこれらのロボットの価格がより安くなっているでしょう。

ルンバも昔は相当高かったですが、多くの人が購入し、企業の参入が相次いだことで、今はかなり安くなりました。家庭におけるルンバと同じように、より多くの場所で、ロボットが採用されることになります。

2010年代、2020年代、2030年代

2000年代はGoogle, Amazon, Twitter, Facebookなどメディア、オンラインショッピング、人と人とがバーチャルで繋がるサービスが普及した年代でした。インターネットはまだまだパソコンが主な時代で、普及している携帯電話はガラケーで機能が限定されているものが大半でした。

2010年代は半導体性能の向上、高速通信(4G)、スマートフォンにより、いつでも・どこでもインターネットに繋がるようになりました。特に、UberやAirBnBなど、人と人がモノやサービスを交換できるサービスの普及が進みました。

また、特化型AI(レコメンデーションエンジン、顔認証など)、IoT(インターネットにつながった機械)が日常に普及し、AIが人を介さずともデータの蓄積で目的とするゴールに向けて最適化していくようになりました。

※2010年代に起きたことの詳細はこちら。

[st-card myclass=”” id=2652 label=”社会” pc_height=”” name=”” bgcolor=”” color=”” fontawesome=”” readmore=”on”]

2020年代は、機械がより賢くなり、より多くの職種でこれまで人が行っていた仕事を行うようになります。

また、機械同士で通信を行うことで、機械が連携して働く時代になると考えられます。

社会はどうなるのか

現在、AI、半導体、バイオなど最先端分野は米国と中国が覇権を争っている状態です。

欧州・日本もこの開発ゲームに参加はしていますが、実際、過去20年で新しく生まれたほとんどのデジタル産業は米国企業が先進国を席巻しています。

唯一の例外である中国はデジタル鎖国を行っており、中国企業が独占しています。

技術、企業集積の蓄積は一朝一夕では追い抜けないことと、規模とスピードが鍵となるため、2020年も巨大な国内市場を持つ米国・中国の企業が最先端分野を独占していくでしょう。

一方、2020年代が大きく異なるのは、中国が自国のサービスを海外に展開していく方針を強めていることです。

中国のサービスはインフラなどコスト競争力があることに加え(鉄道・通信など)、監視・管理技術と言う点では国家が介入しやすい作りとなっており、権威主義の国にとっては扱いやすいものになっています。

また、使い勝手で言えば、中国の企業のサービスの方が使いやすい・便利である分野も多々あります。

全部入りアプリであるWeChatなどはこれ一つで友人とのコミュニケーション、支払い、エンタメ、デリバリーができ、かなり完結していますし、これがないと中国では生活するのが困難です。

2020年が「アメリカのサービスを中心とする世界」と「中国」の2つだったのに対し、2030年には、「米国・欧州・日本をはじめとした米国の技術を主に用いる先進国群」と、「中国と中国の勢力圏にある新興国群」に世界が二分され、使うサービスも分野により二極化してくるでしょう。

良くも悪くも、中国語が英語に次ぐ世界共通言語になる日が来るのが、2020年代になりそうです。

企業はどう動くか

競争がより世界規模になっていると同時に、企業は社会が求める労働者への保護を重荷に感じるようになってきています。

1990年代より、低賃金の国に生産現場を移管させてコストダウンするというグローバル化が進んできました。

しかし、社会の目は企業の関わるサプライチェーン全体まで及ぶようになっていること、相対的に低賃金だった国の賃金が上昇を続けていることから、低賃金の国に生産を移管することが割に合わなくなってきています。

そのため、企業は機械の方が効率的かつコスト有利にこなせる仕事については、機械に置き換えていくことが想像されます。機械が得意なのは下記のような作業です:

  • マニュアル化されている、定型的な作業
  • ゴール、測定指標が明確な作業
  • 大量のデータを処理する作業

製造の現場でも、機械を用いることで先進国でも新興国と戦えるだけのコスト構造を持てるようになってきており、これは先進国での生産を回帰させる一つの要因になりそうです。

ただし先進国の製造業で雇用が増えるのは人ではなく、ロボットですが。

2020年代にさらに進むのは、サービス業におけるロボットの導入です。例えば、サービス業においても、比較的定型的な業務が多い受付などは、ロボットでも対応可能でしょう。

「4カ国語話せる」人材を見つけるのは大変でも、「一定レベルの応対が4カ国語でできるロボット」は一度に複数台導入できます。

機械に置き換わっていく

現在は機械に任せることが始まったばかりで、まだまだ価格が高く、人を雇った方が安い状態です。

しかし、機械に置き換えることが普及すると、コストはどんどん安くなります。コストが機械と人とで同じくらいになった場合、多くの企業が人を監督者として雇いながら、作業者として機械を買う・レンタルすることを選ぶでしょう

人は賃金のみならず社会保障費や採用・教育・解雇コストもかかりますし、教育してパフォーマンスを上げるのも一人一人に時間と手間がかかります。

一方、機械は文句を言いませんし、ソフトウェアのアップデートで「複数の機体の機能を一度に」上げることができます。機械は法律的な縛りなく何時間でも働かせることができますし、配置転換も容易で、さらに他の企業に売却することも可能です。

現在、海外の大手スーパーマーケットは自動レジを採用して、監督者として数人の従業員を置くようになっています。それと同様に、サービス業のレジや品出しなどはロボットが担い、人は監督者になっていくでしょう。

オフィスの仕事においても、サプライチェーンマネジメント、カスタマーサポート、経理などの仕事も過去のデータから統計的に判断できる割合が大きいため、機械で自動化されていく割合が高まりそうです。

分業が進む(アウトソーシング)

また、2020年の新型コロナで明らかになったのは、「リモートワークで多くのオフィスワークはできる」ということです。

これは異なる言い方をすれば、「世界のどこにいる人でも同様に仕事ができる」ということであり、世界での分業を促進します。

現在の「副業解禁」の延長で、複数企業で働く人が増え、プロジェクトの一部を担う「契約社員」的に副業を営む人が増えるでしょう。これは業務のアウトソーシングであり、「正社員」の雇用の減少を意味します。

また、世界を見渡せば、日本よりも低賃金で雇える優秀な人がいる国は多くあります。今は言語の壁があるために日本企業のアウトソーシングは限定的ですが、すでに自動翻訳は同時通訳がかなりの精度でできるレベルであり、言語の壁はどんどん低くなってきています。

企業の視点からすれば、世界で最適な人材に仕事を行ってもらう方が望ましいため、国境を超えてのアウトソーシングもさらに進みそうです。

人にしかできない仕事

人には人にしかできないことがあります。

  • 問題を定義し、解決すること
  • 人を動かすこと
  • 柔軟に対応すること
  • 責任を取ること
  • 決断を下すこと

問題を定義し、解決すること

特化型のロボットは与えられた課題に対して答えを出すことはできますが、課題自体を自らに問うことはしません。

「どんな社会であるべきか」とロボットに聞いても答えは返ってきませんし、理想を掲げ、そこに至るまでの課題を定義できるのは人間だけです。

また、問題点を見つけても枠を超えた解決策を考えることは、今のところ人にしかできません。

決断を下すこと

機械は定量的な判断は得意ですが、定性的な判断は苦手です。特に価値判断や複数の利害関係者がからむ状況は、機械が決断を下すには難しい状況です。

例えば、潜在的な犯罪者を見つけ出すようなシステムを考えてみましょう(シヴィラシステムのような)。

現代でこのようなシステムが開発されれば、過去の犯罪歴から潜在的な犯罪を犯す率を測定するため、アメリカであれば黒人やヒスパニックの方が潜在的な犯罪係数が高い、とみなされます。

これは、人種差別的な結果であり、「人種を価値判断の軸として用いるべきでない」、という社会の規範に反します。

つまり、「価値判断」がからむ意思決定には人が関わる必要があります。実際、人事など企業の管理職の仕事の多くは決断が求められるため、管理職の仕事は必要になります。

人を動かすこと

また、ロボットは論理的な指示はできるかもしれませんが、人はそれだけでは動きません。

人は他の人の「情熱・論理・思いやり」、に動かされて、動きます。セールスも同様で、誰かに何かを買ってもらうためには、お客さんに「買いたい」と言う気持ちを引き起こす必要があります。

人が仕事をする限り、「他の人に動いてもらって目標達成まで導くことができる人」は絶対に必要になります。

柔軟に対応すること

加えて、特化型ロボットにできないのは、柔軟であることです。

例えば受付、掃除、料理、を一人の人がこなすことはできますが、特化型ロボットでは全てを高いレベルでこなすことは困難です。

医師の診察のように、目、手、耳を使って情報を収集し、情報を統合して病気を診断するようなことも、ロボットではなかなか難しいことです。

責任を取ること

法律的に責任を取ることが求められる仕事、免許が必要となる仕事についても、人の関与が必要となります。

例えば、医療ソフトウェアが医師以上の精度で画像解析の診断を出すことができたとしても、誤診の際の責任の問題があるため、最終的な判断をする役割として医師は必要とされるでしょう。

まとめると、人が「問題を解決する」、「人を動かす」、「決断を下す」、「柔軟性が求められる」、「責任を取る必要がある」仕事は、ロボットと人が協働する時代に必要とされるでしょう。

私たちはどう対応するべきか

「中間層」は苦しくなる

このような時代が来た場合、管理職以外の中間層は苦しくなります。

現場で働く仕事では、「人間ならではの柔軟性」や「人と人との繋がり」が必要な仕事は残るでしょう。

例えば、工事現場で柱を組み立てる、地面を掘り起こして工事する、のような工事は求められる作業が複雑すぎてロボットではできません。

教師のような、「子供に質問を投げかけ、考えさせ、協調性を育ませる」、などの仕事も機械では代替できません。

人にモノを買う気を起こさせるセールスマンは、いつの時代も必要です。

一方、定型的な仕事が多い、バス・タクシー・トラックなど輸送業務に関わる人は自動運転により長期的に職を脅かされますし、製造現場でも決まった作業を行うような仕事はロボットに置き換わる可能性が高いです。

オフィスでの事務作業はどこの職場でもそれなりの割合が定型的、繰り返しの仕事です。

これらの一部または大部分がソフトウェアにより自動化されれば、必要となる人は少なくなります。

また、事務作業が国内の副業従事者または海外にアウトソースされることも今後増えていきます。

これらの影響により、

  • 中間層の仕事が減少していく
  • 中間層の給料が上がりにくくなる

ことが起きます。中間層の給料が上がりにくくなっているのは全世界的に2010年代にも起きている現象です。

この現象はさらに加速していくと考えられます。

攻めと守りの投資

これらの時代が10年後に来ることを見据えて、結論に入ります。

「人にしかできない」能力を突き詰めるのは一つの有力な道です。

「問題解決力を高める」、「リーダーシップを高める」、「決断をする力を鍛える」ことはどの仕事をするにしても、有益です。

これらの能力の重要さや伸ばし方は様々なところで書かれているので繰り返しません。これらの分野に少しずつでも時間を投資していくことが、10年後に選択肢を持てる自分になるかどうかを決めるでしょう。

これらが「攻め」としての「時間の投資」だとすると、「守り」として「資産の投資」も効果的です。

賃金が上がらないとすれば、賃金以外のところで収入を確保する必要があります。

投資は「お金に働いてもらう」という点で、資産を増やす一つの方法です。株式、債権、不動産、コモディティなど様々な投資対象がありますが、株式・債権が最も始めやすいかと思います。

株式へのインデックス投資は過去100年以上にわたり長期的にリターンを出していますし、今後100年も世界経済が成長を続けるならば、それに応じて株式の価格は上昇していくと予想されます。国債は現在は利率が低いですが、それでも銀行預金よりは高い金利です。

現在の覇権国である米国に投資するのであればどちらも特別なスキルはいらず、ただ定期的にインデックスに積み立てていくだけで良いので、多くの人が実践できます。

日本は大学を出ていたとしても、多くの人が金融教育を受けておらず、ほぼ金利がつかない銀行預金に半分以上の家計金融資産が寝ている、という不思議な国です。

金利が0%の口座に100万円を置いておいても30年後に100万円ですが、年利5%で回れば100万円は30年後に4倍以上の440万円になります。

加えて、銀行預金は利率がインフレ率よりも低いことが多く、インフレに弱いですが、株式はインフレに強いので、インフレ対策にもなります。

どちらの行動が30年後に良い結果を生むかは、明白ですし、そもそも日本の将来は若者にとってあまり明るくは見えないため、自己防衛として少額でも早いうちに始めた方が良いです。

仕事にしろ、生活にしろ、私たち一人一人が今、何に投資をするかが将来の選択肢を決めます。

想像以上に早く変わっていく社会。変わらず徐々に国際社会での地位を落としていっている日本。

そんな中で、10年後の未来に向けて、あなたは何に投資を始めますか?

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2010年代に起きた、5つの大きな変化・トレンド

投資・ビジネスを考える上で、世界がどう変わっていくかのトレンドを考慮することは重要です。2020年からの10年に何が起きるかを考えるためにも、2020年までの10年で何が変わったか、このトレンドが続くのか、を見ていきましょう。

スマートフォン:全世界が市場に

2010年代の10年間で最も大きな変化は、スマートフォンの普及、と言っても過言ではないかもしれません。

iPhoneの1号機が発売されたのが2007年です。2010年からスマートフォンの販売は急速に上昇し、2014年には12億台を売り上げました。

2015年以降、全世界で毎年15億台前後のスマートフォンが販売されています。

Number of smartphones sold to end users worldwide from 2007 to 2020 (Statista)より

中国、インドのメーカーが廉価版を販売したこともあり、2010年代にスマートフォンは世界中に行き渡りました。

先進国では、PCからスマートフォンへ移行したのに対し、発展途上国ではPCのステップを飛ばしてスマートフォンを使い始めました。

2010年代は世界中の中間層以上のほぼ全員がインターネットへのアクセスを得た、と言っても良いかもしれません。

スマートフォンは電話、カメラ、メール・インターネット、ゲーム等、2000年代ではそれぞれの用途ごとに別々に存在していた機器を全て統合し、人々の手元にもたらしました。

また、オンラインでのモノ・サービスの購入を当たり前にし、人々の購買のパターンが変わりました。

スマートフォンが普及したことによる、いくつかの業界における変化の例は以下です。

  • デジタルカメラ市場の消失(ハイエンドのアナログ・デジタルカメラ以外の需要がスマートフォンに食われました)
  • 新聞・本・雑誌の紙のメディアの衰退とオンラインメディア・ソーシャルネットワークの影響力増大
  • テレビの影響力の減少とオンライン動画メディア(Youtube, Netflixなど)の影響力増大
  • 小売の衰退(オンラインと実店舗の競争により、実店舗の小売の需要がオンラインに食われました)
  • オンラインとオフラインの融合(オンラインで事前に注文し、店舗で当日に受け取る、など)
  • インターネットサービスのPCファーストからスマホファーストへの移行
  • スマートフォンで操作できるIoTが身近になった(アレクサ、スマートセンサーなど)

2010年代に起きたこれらの変化は不可逆です。新型コロナの影響で人々が家にいる時間が伸びたことから、人々の活動におけるオンラインの比重はより増しています。人々がオンラインでの活動を増やすことは、2020年代にも戻ることはないトレンドだと考えられます。

高速通信(4G):文字から動画へ

高速通信(4G)はソフトウェアの進化を支えたインフラです。

10年前は通信速度に大きな制限があったため、インターネットのメディアはデータ量の比較的小さいテキストがベースでした。

人と人とのコミュニケーションも同様で、メールやSMSなど文字と画素の低い写真が主に用いられていました。

高速通信規格である4Gが商業化されたことにより、スマートフォンが扱える通信データの量が爆発的に増加しました。これにより起きた変化のいくつかは下記です。

  • 画像・動画をふんだんに用いたコンテンツがメディアの主となってきた(Instagram, SnapChat, TikTok, etc.)
  • 通信量のかからない、アプリを用いたコミュニケーションが主となった(Whatsup, FB Messenger, LINEなど)
  • 外出先での動画を用いてのコミュニケーションが当たり前になった(Facebook Messenger, Whatsup, Microsoft Teams, Zoom, etc.)
  • スマートフォン向けゲームがよりリッチになった

歴史的にも、通信技術の進化は新たなサービスを生み出すきっかけになってきました。

2020年代で実用化される5Gはさらに高速の通信速度を持つため、動画への流れは続くでしょう。

また、5Gの低遅延の特性は、人と人のみならず、機械と機械の通信でより真価を発揮して、新たなサービスを生むと予想されます。

シェアエコノミー:所有から利用へ

コンピューターの処理能力の向上により、クラウドコンピューティングが普及したこともソフトウェアのビジネスを変えました。

2000年代がFacebookやTwitterなど人と人とがバーチャルに繋がる、ユーザー無料の広告収益モデルのサービスが普及した時代だとすると、2010年代は下記の点で一歩進みました:

  • バーチャルにつながった人の間でモノやサービスを交換する動きが進んだ
  • 一定額を定期的に支払い利用する「サブスクリプション」が主な購入方法となり、所有から利用への移行が進んだ

個人が主に使うサービスのいくつかの例は下記です。

  • 空いている時間・場所を他者にシェアするサービス:Uber (タクシー)、Airbnb (宿泊・観光)
  • 趣味で作ったモノ・使わないモノの交換を促すサービス:Etzy、eBay、メルカリ
  • 所有から利用へ:Spotify (音楽), PS Now/PS Plus (ゲーム)

企業向けにおいても同様で、2000年代はライセンスを購入して個別のPCへインストールするのが主だったのに対し、2010年代はクラウド上にあるサービスを利用する、SaaS (Software as a service)が主なソフトウェアの購入方法となりました。

提供者側の視点からは、サービスは「販売による売り切り」から「アップデートを続けながら売り続けるもの」に変わりました。

Microsoft 365、SalesForce、Adobe (creative cloud)、DropBox,、Boxなど現在使われているソフトウェアの多くがサブスクリプションモデルです。

サブスクリプションモデルへの移行により、より顧客満足度が大事になったことから、機能の定期的なアップデートが行われるようになったと同時に、「カスタマーサクセス」、「カスタマーエンゲージメント」などの顧客満足度の最大化に焦点を置いた新たな役割が生まれました。

加えて、こうしたソフトウェアのサービスでは大量の顧客データが企業に残るため、「データサイエンティスト」などのデータを活用するプロフェッショナル職が新たに生まれました。

より多くの人々が所有よりも共有に慣れ親しんだ結果、この流れは2020年にも続くと考えられます。

独占:国家よりも影響力を持つ企業の誕生

2010年代はGAFAM(Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoft)の時代でした。

GAFAMはそれぞれの分野でプラットフォーマーとして独占的な地位を築き、世界中にユーザーを広げてビジネスを展開し、競合を事前に買収して脅威の芽をつむことで、自らのビジネスを守ってきました。

  • Google: 検索(Google)、ブラウザ(Chrome)、アンドロイドOS/Google Play Store
  • Apple: iPhone/iPad /Apple Watch/Mac, iOS, Apple Store
  • Facebook: Facebook, Instagram, Whatsup
  • Amazon: Amazon/Amazon Prime, Amazon Cloud
  • Microsoft: Windows, Office

7月19日時点でのAppleの時価総額は$1.67t (180兆円)と世界10位であるカナダのGDPとほぼ同じです。売上高も$267b (約30兆円)と中規模の国の財政支出以上です。

GAFAMの企業の規模は並の企業では束になっても敵わず、米・中以外のテック系企業はこれらの企業の動き一つで潰されます。

世界で唯一事情が異なるのが、デジタル鎖国を行っている中国です。中国では海外のネットサービスの利用に制限があり、独自のインターネットの生態系があります。

GAFAMに対抗する軸としては中国のBAT (Baidu, Alibaba, Tencent)があり、こちらも中国のグレートファイヤーウォールの中で独占的な地位を築いています

特に、Alibaba、Tencentはスーパーアプリとも呼ばれる、「全部入り」のアプリを提供しています。

これらの2つの企業は、決済、コミュニケーション、配達サービス、病院の予約、など他の先進国では見られないほど様々なアプリが入ったアプリを提供しており、スマホを持つほぼ全ての中国人は両方、または少なくとも片方のアプリを入れています。

これは便利であると同時に、政府が情報を握っていると言う点でかなり怖いことです。なぜかと言うと、一つの企業が「あなたがいくら銀行に保有し、いくら稼ぎ、どこへ行き、何を買い、誰とコミュニケーションをとり、何を言ったかのデータを全て持つ」ことになるためです。

「一つの企業が、国家よりもあなたについて多くを知る」と言うことになりますし、悪用・またはデータが盗難されればあなたの個人情報が晒されることになります。中国の場合、法律上、BATは国家の要請があれば情報提供を断れませんし、「国家があなたの全てを必要があれば知れる」状態になっています。

先進国では、Facebook、LINEもユーザーあたりの収益性を上げるために、メッセージアプリを軸にして、スーパーアプリの方向性を目指しています。しかし、これは国家との戦いになる可能性があります。

国家は「国家をも上回る資金力と個人の情報を手に入れた企業」の脅威をようやく認識し始めました。

EUにおけるGAFAへの独占禁止法違反での調査や個人情報保護法などはその一貫であり、「巨大すぎる外国企業の活動をどう管理するべきか」は、特に米中を除く(=これらの巨大テック企業を持たない)国家のテーマになりました。

2020年代にもこのテーマは引き継がれ、国家とこれらの巨大企業の摩擦はより大きくなる可能性があるでしょう。

グローバル化:切り分けられた労働

インターネットで世界中が繋がりコミュニケーションのコストが大幅に減少したこと、自由貿易の推進により、過去十年でモノ・サービスは世界の最適地でより開発・設計・生産されるようになりました。

これは企業のサービスにおいても同じです。

例えば、2010年代に、多くの米国企業はサービスのコールセンターをインドやフィリピンなどの賃金が安い国へ「アウトソース」(企業の機能を外に出すこと)しました。また、経理などのバックオフィスの仕事も定型的な仕事(例:伝票処理)はより賃金の安い国へのアウトソーシングが進んでいます。

同時に、「機械に任せた方がコスト・品質的に良い労働は機械にやらせよう」という動きは加速しており、製造現場だけでなく、サービスの現場でも定型的な業務はどんどん自動化ソフトウェアに置き換わっています。

Amazonの先進的な工場では、ピックアップロボットが正確に、素早く荷物を倉庫からピックアップし、段ボールのラインではロボットが荷物を積めています。

国内の例では三井住友銀行はRPA (Robotic Process Automation)で定型的な業務を削減し、人件費の削減につなげました。

2010年代は、「企業内でヒトがやるべき範囲」、「企業内で機械で自動化すべき範囲」、「アウトソースすべき範囲」、という切り分けと機械の自動化・アウトソースの実行がより進みました

企業が定型的な業務をアウトソースしたいと考えたこと、求める人材の水準が上がって就職できない人が増えたこと、企業に左右されず自らの生き方を選択したいと考える人が増えたことにより、「ギグワーカー」とも呼ばれるような、企業に属さず、個人事業主として働く人が増えました。

これらの「アウトソース」、「機械による自動化」のトレンドは中間層の賃金を押し下げることになりました。結果として2010年代は、先進国で中間層が経済成長の恩恵をあまり感じられない10年となりました。

2010年代に世界中の中間層が「強いリーダー」、「変革」、「反グローバル化」を求める動きに繋がったのは偶然ではなく、このような経済的な背景があります。

2020年代は政治的には「成長」よりも「再配分」への揺れ戻しが起きるかもしれません。

しかし、企業のレベルでは「自動化」、「アウトソース」への流れは止められないため(止めると他の企業との競争に負ける)、個人の自己防衛が求められる時代になると考えられます。

まとめ:2010年代の変化・トレンド

  • 伝統的メディアの影響力減少とオンラインメディア(SNS含む)の影響拡大
  • 高速通信規格がもたらしたコンテンツの進化(仮想現実などより大容量のデータ通信が必要となるコンテンツ、機械から機械への通信など)
  • 所有から利用への流れ
  • 国家より巨大化したテック企業と国家との衝突
  • 企業で「グローバルなアウトソーシング」・「自動化」が進み、政治レベルで反グローバル化が起こった

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米大統領選:トランプvsバイデンを見るポイント

大統領選挙はアメリカ政治の一大イベントですが、世界にとっても、世界一の強国の大統領が決まるという大きなイベントですし、世界の株式市場にも大きな影響を及ぼします。共和党候補は現職のトランプ、民主党候補はバイデンです。

今回は大統領選でどちらが優勢かの現状、今後のポイントについて書いていきます。

大統領選、どちらが優勢か

大統領選はアメリカ政治の一大イベントです。11月の大統領選挙では、州ごとに集票が行われ、ネブラスカとメーンを除く州は勝者総取りです。

合計が538票のため、270票以上取ると過半数を確保できます

7月11日現在の大統領選は、バイデン(民主党)がトランプ(共和党)に対して有利に進めています。

現在、バイデンが有利に進めている州の選挙人の合計は222人、トランプが有利に進めている州の選挙人の合計は125人、まだどちらに転ぶかわからない州(スイングステート)の選挙人の合計は191人です。

RealClearPolitics 2020年大統領選より

このまま優勢の地域が変わらなければ、民主党はスイングステートであと50票を確保できれば、勝利できます。

青い地域は2016年の大統領選でヒラリー・クリントン(民主党)に投票した地域とほぼ同じです。

2016年の時にはヒラリー陣営が獲得した票は232票でしたので、現在バイデンが有利に進めている州の選挙人の合計とほぼ同じです。

4年前にはヒラリーは後述する「ラストベルト」(さびついた工業地帯)を全て落としたことに加え、フロリダ、ノースカロライナと大票田も落としたことが敗北につながりました。

2016 Presidential Election

現在、トランプが有利に進めている中部、南部の赤い州は過去30年共和党が強い地域です。また、西の沿岸部と北東の沿岸部も同じく過去30年は民主党が強い地域です。

傾向としては、都市部・沿岸部は民主党支持層が多く、郊外や農村部は共和党支持者が多いです。ニューヨーク州、カリフォルニア州、イリノイ州(シカゴ )という米国の主要な大都市は民主党です。

今後の焦点となる州

共和党、民主党ともに「岩盤地域」(支持が動きにくい地域)があるため、より自分の陣営になる可能性が高いスイングステートに選挙活動を注力することになります。2020年大統領選挙の現時点におけるスイングステートは下記の13州です。

州名 選挙人数
TX テキサス 38
FL フロリダ 29
PA ペンシルバニア 20
OH オハイオ 18
MI ミシガン 16
GA ジョージア 16
NC ノースカロライナ 15
AZ アリゾナ 11
WI ワイオミング 10
NV ネバダ 6
IA アイオワ 6
NH ニューハンプシャー 4
Others その他(メーン、ネブラスカの一部) 2

このうち、テキサス、フロリダ、ラストベルト(ペンシルバニア、オハイオ、ミシガン、インディアナ)は票数(影響力)が大きく、特に注目です。

テキサス

全米でカリフォルニアに次ぐ大きさを持つテキサスは伝統的に共和党が強い州です。2020年の選挙で38票を持つことに加え、人口増加率も高く、今後も票数が増加することが予測される、共和党にとって最も重要な州の一つです

民主党はカリフォルニアや、ニューヨーク、マサチューセッツをはじめとする北東部をガッチリと抑えていることを考えると、共和党はテキサスを失うと、2020年のみならず、将来にわたり今後大統領選で勝てる可能性が大幅に減少します。

そんなテキサスですが、アメリカに起きている変化の最前線にある地域でもあります。

テキサスでは、ヒスパニック(中南米をはじめとするスペイン語圏をバックグラウンドにする人たち)の人口増加が白人よりも早いペースで増加しており、2020年にはヒスパニックの人口が白人を超えることが予想されています

ヒスパニック・アジア系の人口増加速度は白人を大きく上回っており、アメリカの国勢調査を元にした予測では2045年には白人が過半数を割ると予測されています。

テキサスでは2010年の時点ですでに白人が過半数を割っており、2020年には最大の人口グループですらなくなる、ということでアメリカの将来を先取りしているとも言えます。

厳密に言えば、ヒスパニックは若年層の割合が多いことと、白人よりも投票率が低いため、投票する人の数で言えば2020年時点でも白人の方がまだまだ多いですが、時間が経てば立つほど白人がマイノリティになる傾向はかわりません。

アメリカという国は人種によりどちらの党を支持するかがかなり顕著に割れている国です。例えば2016年の結果を見ても、白人男性は圧倒的多数がトランプに投票し、黒人・ヒスパニックは民主党支持が圧倒的でした。

2016 Election Result by Race (青=民主党、赤=共和党)

この傾向が続けばどうなるかというと、テキサスで「ヒスパニックの人口が増えるにつれ民主党支持が増え、民主党の州となる日が来る」、ということです。

あなたが白人男性を支持者層とする共和党の大統領でしたら、どうするでしょうか?

「ヒスパニックの増加を抑制する」、「ヒスパニックを追い出す」ことで、民主党の支持者基盤を削減する、というのは一つのアイデアです。

その視点から見ると、トランプの「メキシコとの間に壁を作り入れないようにする」(=ヒスパニックの流入を防ぐ)、「移民ビザの制限をする」(=家族ビザで家族を連れてくることが多いヒスパニックの流入を防ぐ)、「ヒスパニックが多いDACA(親がアメリカに不法入国した際に連れてこられた子供たち)をアメリカから追い出す」(=ヒスパニックを減らす)、というのはこの方針に沿っています。

また、ヒスパニックは英語ができない人も相当数いるため、スペイン語だけでは「選挙人登録」しにくくする(アメリカでは住民票がないため、自ら投票用紙が送られてくるように登録する必要があります)、「犯罪歴がある人は投票できない」などと投票権を無くして投票できないようにする、なども共和党が進めたい施策です。

40票近くあるこの州を落とすと、共和党の勝ち目がほぼなくなります

さらに、現在テキサスでは新型コロナ感染が拡大したことで、現在の共和党知事のコロナ対策への不満が高まっており、結果としてトランプへの支持率が低下してきています。

トランプからしたら間違いがあってはいけない州のため、大統領選までの間で何かしらの対策が打たれる可能性が高いです。

可能性としては、エネルギー企業への支援、さらなる中南米系移民への強硬策などでしょうか。要注目の州です。

フロリダ

フロリダもニューヨークを超える人口をもち、全米第3位の29票を持つ州です。この州は過去何度も大統領選の勝敗を決める州になってきました

2000年には「民主党のアル・ゴアと共和党のジョージ・W・ブッシュがこの州の結果次第で大統領がどちらか決まる」という状況で、得票数の差が全体の0.5%以下の大接戦となり、票の数え直しが行われて、裁判まで行き、最後の最後までもつれた、というドラマが起こった州でもあります。

2016年の選挙は1.2%の差で共和党、2012年は0.8%の差で民主党が勝利、と僅差で揺れ動いている州であり、今回の選挙でも接戦が予想されます。

ヒスパニックの割合が30%と高いのですが、キューバ系移民が多く、キューバ系移民はカストロ政権に強硬姿勢をとる共和党支持の割合が高いので、必ずしもヒスパニックの割合が高いことが民主党優位に繋がっていません。

こちらもテキサスと同じく新型コロナの感染者数が増えている州になります。

現大統領のトランプの政策やリーダーシップへの不満が高まれば、それだけバイデンが有利になります。

ラストベルト

ラストベルト(錆びた帯)と呼ばれる製造業が強い地域は揺れ動く州(PA、OH、MI、IN)であり、合計65票になります。

これらの州は製造業比率が比較的高く、「生活水準が上がらず不満が募る白人製造業従事者」が多い地域です。

民主党は、2016年の大統領選では事前の予想ではヒラリーが大きくリードしていたためにこれらの州を十分に重視していませんでした。結果として、「隠れトランプ」とも呼ばれたトランプ支持者が多く投票所に足を運び、ヒラリーはラストベルトを全て落として、敗因に繋がりました。

トランプは再戦を確実にするため、「TPPからの脱退」、「NAFTAの見直し」、「製造業のアメリカ回帰の推進」といった、「生活水準が上がらず不満が募る白人製造業従事者」向けの政策を過去4年で行ってきました。

民主党は4年前の反省を活かし、これらの州を奪還することを目指しています。

バイデンは$400b (44兆円)を製造業に投資するという政策案を出していますが、これは主にこのラストベルトの票を狙ったものと考えられます。

バイデンの政策案に対して、トランプは「これは自分の案でバイデンが盗用した」とコメントしています。どちらもラストベルトの票が2020年の大統領選で重要であるということが背景にあります。

まとめ

大統領選挙はアメリカ政治の一大イベントですが、世界一の強国の大統領が決まるという、世界にとっても大きなイベントにもなります。

テキサスの結果は今回の大統領選のみならず共和党の将来を左右しますし、フロリダがどちらにふれるかは大統領選の結果を左右します。

ラストベルトはどちらの候補も注力しており、今後数ヶ月で製造業向けの政策案が飛び交う接戦になることが予想されます。政策によっては、NAFTAの見直しのように貿易に大きな影響を与えます。

ざっくりとでもアメリカの大統領選の仕組み、どの州がポイントか、の知識があると、それぞれの候補が「どのような層に向けて、何を、どんな目的で発言しているのか」がわかり、よりニュースがわかるようになります。

今回の記事が、2020年の大統領選でどんなポイントがあるのか、を知るきっかけになれば嬉しいです。

参考図書:

  • 大石格 「アメリカ大統領選 勝負の分かれ目」(日本経済新聞社)
  • 西山隆行 「アメリカ政治講義」(ちくま新書)

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ノヴァヴァックス(NVAX)の株価はどうして30%近く急騰したか?

ノヴァヴァックス(Novavax)がアメリカの「オペレーション・ワープスピード」に採択されたことにより、株価はプレマーケットで30%近く上昇しています。

今回の記事を読むと、オペレーション・ワープスピード、ノヴァヴァックス、他のワクチン銘柄への影響についてわかります。

オペレーション・ワープスピード

オペレーション・ワープスピード(Operation Warp Speed)は「2021年1月までに3億人分の新型コロナ向けワクチンを生産する」ことを目指した米政府のプロジェクトです。

米政府はワクチンの開発、生産、流通企業に対して投資と有形無形のサポートを行うことで、この目標を達成しようとしています。主要な政府機関が一丸となったプロジェクトであり、一言で言えば、新型コロナに対するアメリカの「総力戦」プロジェクトです

OWS is a partnership among components of the Department of Health and Human Services (HHS), including the Centers for Disease Control and Prevention (CDC), the Food and Drug Administration (FDA), the National Institutes of Health (NIH), and the Biomedical Advanced Research and Development Authority (BARDA), and the Department of Defense (DoD). (HHSホームページより。要は総力戦)

予算総額は$10b (1兆1000億円)と巨額の国家プロジェクトです。そのうち、$6.5bはBARDAを通じてのワクチン・治療薬の開発・生産に、$3bはNIHに割り振られています。

これまでオペレーション・ワープスピードでは、ワクチンの「開発」には3社に対しての支援が発表されていました。その3社とはJ&J、モデルナ(Moderna)、アストラゼネカ(AstraZeneca)です。Novavaxは4社目となります。

支援額 (m$) 7/7現在の進捗 メモ
J&J $ 456 フェーズ1/2準備中
2021年に10億本生産予定
Moderna $ 483 フェーズ3準備中
FDAの優先審査付。フェーズ3は7月後半より
AstraZeneca $ 1,200 フェーズ3進行中
3億本のワクチン供給含む。フェーズ3は8000人登録済み
Novavax $ 1,600 フェーズ1/2進行中
1億本のワクチン供給含む。フェーズ3は秋を予定
合計 $ 3,739

製造ではEmergent Biosolutionsが選ばれており、ワクチンの製造能力拡大のため、$628mの支援を受けています。

この他にもワクチン開発企業としては、Pfizer(ファイザー)/BioNtech(バイオンテック)、Sanofi(サノフィ)・グラクソスミスクラインなどがありますが、これらの企業が今後選ばれるかはわかりません。

これまでに発表された支援の合計がまだ$4.4bであり、予算の$10bの半分すら消化されていないため、今後も他の企業が支援を受ける可能性は十分あります

ノヴァヴァックス

ノヴァヴァックスは研究開発段階の製薬会社です。

インフルエンザワクチンをはじめとした5つの製品に対して、6つの治験が走っています。そのうち、2つのワクチンはすでにフェーズ3の試験を行っています。

Novavax pipeline

モデルナ、バイオンテックと同じく、まだ承認された製品がありません。

株価は新型コロナ向けワクチンへの期待によって大きく上昇しています。

今年の初めから考えると$7から$70超えとすでに10倍株でしたが、今回の発表を受けて、さらに株価は上昇し、15倍株になろうとしています。

ノヴァヴァックスのワクチン候補(NVX-CoV2373)は5月より健康な18-59歳の男女130人を対象に、フェーズ1/2を行っています。中間結果が7月末までに発表される予定です。

結果をみるまではこのワクチンが有望かどうかはまだわかりませんが、「オペレーション・ワープスピード」に採択されたことから、現在までの結果は悪くないのでしょう。

ノヴァヴァックスは秋に30,000人を対象としたフェーズ3の試験を行う予定です。こちらは先頭を走るアストラゼネカ、モデルナ、ファイザー・バイオンテックと比べると2-3ヶ月後に結果が出ることになります。

他の銘柄への影響

ワクチン業界は、メルク、サノフィ、グラクソスミスクライン 、ファイザーの4社のほぼ寡占状態であり、これらの企業が豊富な経験と製造技術を保有しています。

一方、ノヴァヴァックスはこれまでにワクチンを商業化させた実績のない企業です。オペレーション・ワープスピードに採択されたことは大きな成功ですが、臨床的な成功とは無関係です。ワクチンに有効性、安全性が求められる以上、結局は「フェーズ3の結果がどれだけ良いか」が鍵を握ります。

現在、10を超えるワクチンの臨床試験が走っており、どの企業も国からの支援を受け、数億本の生産能力を事前に確保しようとしています。

つまり、フェーズ3の結果が良い企業が複数出てきた時には、人類にとっては望ましいことですが、他の銘柄にも影響を及ぼします。特に臨床試験の進捗で先頭を走るアストラゼネカは少なくとも最初の20億本はほぼ無利益でワクチンを提供することを決めているので、市場に悪影響を与える可能性が高いです。

フェーズ3が7月に開始し、進捗が発表されるのは最速でも8月以降からと想定されるため、8月はワクチン関連のニュースがテレビ・新聞を賑わしそうです。

mRNAベースのワクチンを開発している他の企業、モデルナ(Moderna)とバイオンテック(BioNTech)についてより知りたい方はこちらをどうぞ。

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アストラゼネカのワクチンに関する記事はこちらです。

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